第338話 他国の重鎮来訪

 ガタ、ガタン


 マシラとの修業が始まってから三日が立つ頃、俺は馬車で王都へと向かっていた。同行者は護衛であるリン、セレナ、ノエル、あとは父上とその護衛達、それと王家に渡すための違法奴隷たちだった。それ以外の人員はゼウラストに残っている。


「それで、修練の結果はどうだ?」


 そんな身内だけの馬車の中で父上はマシラとの訓練の手ごたえを聞いてきた。


「上々だと思います」

「そうか?私としては槍も棍も大差ないと思うが?」

(それは母上にも聞かれたな)


 かくいう俺も、長物と言うことでさほど違いはないと思っていた。だが、実際に過去に習っていた槍術と今マシラに習っている棍術は明らかに違う物だと実感できている。


「わかりやすく言えば、穂先やその周辺を主に使うのが槍、そして全体を使うのが棍と言えばいいでしょうか」


 槍はもともと距離を取り相手を制するための武器、だが棍は遠心力を乗せて威力を増す武器とでも言えばいいだろう。もちろん共通部分は槍も棍も共に持っている、だが重きを置く点ではやはり明確な違いがあった。


「マシラの言葉を引用するなら、武器には最適な形があり、槍なら螺旋、棍なら円ということです」

「……すまんが全く分からん」

「そこに関しては同意します」


 今もしっくりくるという曖昧な理由と、もしかしたら上達するのではないかという期待でマシラから習っている。


「それにしても訓練用の木槍がすべて壊れるとは思わなかったぞ」


 父上は何とも面白そうな表情でこちらに笑いかけてくる。


「そこは私の未熟さ、としか言えませんね」

「む、つまらん」


 マシラとラインハルトは木剣で激しい打ち合いをしたというのに壊した木剣は10本にも満たない。その反面、俺はマシラと何回か打ち合うと、すぐさま木槍が壊れていた。その理由は魔力による武器の強化にあった。


 武器や物にはそれぞれ魔力の許容限界という物がある。その限界値まで魔力を込めれば武器の物理的性能が上がる。より簡単に言えば、魔力をうまく込めれば壊れにくくなるということだ。ただそれは柔軟性を損なうわけではない。木の枝で例えると、ただ折れにくくなっただけで、曲がらないわけではないという具合だ。


 ではその限界値を越えるとどうなるのかというと、その答えは簡単で、逆に脆くなるだけだった。それも木剣を振っただけで刀身が折れるということもあり得るほどだ。そしてそんな状態ならば数日触らずに放置しておけば元に戻るが、その状態でさらに魔力を込めれば何もせずに自壊する可能性があるため注意が必要だった。


(許容限界までは魔力を入れてはいない。となると純粋に俺の力により破壊されたということになる)


 直近で見たSTRの値はおよそ170ほど。騎士たちの平均がおよそ30にしたとしても、そのおよそ5~6倍となる。


 もちろんいつも全力で力を出しているわけではない。たとえリンゴを握りつぶせる握力を持つ人でも子供の手を握るのにはそこまでの力を出すことが無いようにだ。


 つまりは俺の身体制御が少し甘くなっているということ、体の感覚に振り回されている証明となる。これを未熟さと言わずになんと言うのか。


(にしても、以前よりも体が制御しにくくなったのは気のせいか?)


 数年前には、ここまでSTRの値は高くないにしても、木製の武器を壊すまでではなかった。


(それとも、バベルに慣れすぎて感覚が少し麻痺しているだけか?)


 魔力許容限界に近づくと、魔力が異常なほど通りづらくなる。例えとしてはペットボトルが近いだろう。潰れた状態で空気を吹き込めば徐々に元に戻る。だが元に戻ってから空気を入れようとしても生半可な入れ方だと入るわけがないのと同じだ。


 だがバベルは今のところそのような感覚がない。つまりはまだまだ強化しようと思えばできるということになる。


(魔力の入れる感覚が鈍ったか、それともバベルの強度を基準にして使っているからのどちらかだろうな)


 最終的にそう判断し、王都への旅路を楽しむことになった。



















 王都に到着してから4日後。俺は王城の窓から城門を潜っている馬車の列を見下ろしていた。


「やたらと仰々しいのはお決まりなのですね」

「仕方ない、なにせ片や王座に最も近い王女、もう片や九人しかいない枢機卿のうちの一人なのだからな。それに、彼女らを招いたのはバアル殿だろう」


 隣には陛下の最も信頼する人物であるグラスがいた。


「クメニギスが違法奴隷の扱いについて、フィルクはザルカザの討伐における魔具の受け渡しだったか」

「ああ、と言ってもフィルクはもう一つバアル殿とやり取りがあるみたいだが、そこに関しては関与はしない」

「その点は感謝します。それとクメニギス国内の獣人についてですが」

「ああ、その件の主導権はアズバン家には渡さないつもりだから安心してほしい」


 俺がこうしてグラスと面会しているのはこれが理由だった。


(元々開拓しているのはゼブルス家なのに、そこに我が物顔で横やりを入れられてはたまらないからな)


 もちろん、今後の関係性と言う点ではアズバン家は全面的に協力した方がいい関係を築けるだろう。だが今回のことはむしろゼブルス家がアズバン家の領分を侵しているとも取れてしまう。そうなればアズバン家は面子を守るためにこちらの行動を阻害する可能性がどうしても出てきてしまう。その可能性があるため、確実に主導権を握っておく必要があった。


「それと興味本位で聞きますが、彼女たちはどうしてますか?」


 四日前、王都に到着すると俺は彼女たちを王城へと搬送していた。また彼女たちのその後の扱いは詳しくは把握していない。


「城内でもてなしているが、これから対応は個々に分かれているな」

「と言うと?」

「ほとんどが家族や友達の安否を気にしていてな、もしそちらの伝手があるなら帰りたいそうだ。なので今は人員を派遣して、元の居場所を調べてもらっている。家族や住む場所が無くなっていれば、王城や王都で面倒を見るつもりだから心配するな」

「そしてそういった者はクメニギスに対しての手札にして、厚遇する、ですか。ですがもし全員に帰るべき場所があるなら?」

「もし全員が帰る場所と家族がいた場合は、よい好条件でニ、三人ほど引き抜くことになるだろうな」


 どうやらほとんど予想通りの展開となったらしい。


「そろそろ、始まる頃だ。向かうとしよう」

「そうですね」


 グラス殿の後ろについて聞き、他国の使者と会議するための議場へと向かう。












「クメニギス第一王女エレイーラ・ゼルク・クメニギス様、クメニギス第二王女アリエット・ゼルク・クメニギス様、フィルク聖法国緑樹聖騎士団長ラファール・ビーエル枢機卿がご入室されます」


 扉が開かれた先からエレイーラと今回の使節団、そしてエレイーラの妹であるアリエット・ゼルク・クメニギスが入ってくる。その後ろに礼服を着こんでいるラファールとリーティー、そして神光教の礼服を着こんでいる者たちが10名ほど入室する。


「本日はお時間をいただきありがとうございます。アーサー陛下」


 エレイーラ、アリエットが陛下の前まで進むと、二人はカーテシーを行う。


「楽にしてよい。それとよく来訪してくれた、クメニギスの俊英と若い者たちが噂しておったから楽しみにしていたぞ」

「光栄です陛下」


 エレイーラの挨拶が終わると、入れ違いにラファールが進み出て、男性がするように跪く。


「お初にお目にかかります。私はフィルク聖法国にて緑樹聖騎士団を統括させていただいております、ラファール・ビーエルと申します」

「先ほども言ったが楽にしてよい。遠路はるばるご苦労だった。貴殿の活躍は耳にしている。若くしてその地位について、多くの実績を上げたと聞き及んでいる」

「過分の評価をいただきありがとうございます。ですが、すべて優秀な部下がいたからこそです」


 クメニギスとフィルクそれぞれの代表と軽く挨拶を交わすと、会議室に置かれている巨大なテーブルに着く。


 テーブルに着いたのは陛下、近衛騎士団長グラス、外務大臣を務めているアズバン卿、それにアズバン家の嫡男であるレナード、そしてレナードが率いていた外交団の高官の面々、そしてアルバングル大使に任命された俺だった。


「それでは違法奴隷移送についての会議を行います。まず―――」










 それからクメニギスに居る違法奴隷となったグロウス王国国民の選別と運搬の方法を双方が話し合い、方針を決めていく。


「では、選別はこのように」

「こちらとしても異論はありません」


 まず決まったのはクメニギスの各地に調査する文官を派遣することだった。


(派遣される文官諸君、ご苦労様)


 派遣された文官が何をするかというと、違法奴隷らしき人物の聴取だ。その聴取を元にグロウス王国に結果を持ち帰り、聴取した内容が本当かどうかを精査する。そして内容が本当で違法奴隷だと分かれば国へ連れ帰るという形となった。


(これが数えるほどならいいが、どれぐらいの規模になるかは予測できない)


 もし正当な奴隷が嘘を突けばそれも精査しなければいけない。その分、仕事が爆増することはまず間違いなかった。


「さて、では次に獣人の輸送に関してですが」


 クメニギス側の一人が声に出すと、全員の視線がこちらに向く。


「まずそちらの想定内容を聞きたい」

「こちらとしては……出来れば輸送に例の船を使用してもらいたいのですが―――」


 クメニギス側の言葉で、一瞬のうちに様々な場所からそれぞれの圧がぶつかり合う。主に俺、グラス、陛下、そしてエレイーラとレナードからだ。


「もちろん、飲めない条件だと理解しているのでこの案は廃止いたしました」

「それで次の案は?」

「できれば、獣人側から人員を派遣してもらい、平和的にアルバングルまでの輸送をお願いしたい」

「反乱する恐れがある以上、無事に解放することを証明したいからですか」

「はい。そしてもう一つの問題なのですが、我が国内で獣人を一斉に動かすとなればこちらも相応の準備が必要になります」

「具体的にはどのぐらい?」

「食料を準備して、運搬、ルートに警備する者も配置していくため、できれば一か月ほどの時間をいただきたい」


 クメニギスの話は最もだ。獣人の奴隷がどれほどいるか明確な数字はわからないが、それでも万はくだらないだろう。


 その数を一気に動かすとなると、確実にイナゴの群れの様にその地域の食糧がすり減っていくだろう。そのために事前に準備が必要だった。


「承知した。アルバングルとの調整が出来たらそちらに連絡しよう」

「わかりました」


 これで獣人の輸送についての話はとりあえず終わった。

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