第337話 ラインハルトの本領

「おい、なんで手を抜いた?」


 模擬戦が終わるとマシラがラインハルトに近寄り、険しい顔で問いかける。もちろんラインハルトにはマシラの言葉が通じないため通訳をする。


「手を抜いたつもりはないのですが」

「いや、明らかに手を抜いていた」


 マシラの言葉を翻訳するとラインハルトは困る。なにせラインハルトは嘘をついていないため、マシラが難癖をつけられているようにしか感じられない。


「お前の体はもっと細かい技術に慣れている。なのにお前が行った剣技は明らかにその技術よりも劣っていた。これを手を抜いていると考えなくて何て言う?」


 マシラの言葉を聞いて、俺とラインハルト、そしてラインハルトの事情を知っている者は納得の表情を浮かべる。


「なら、もう一戦だけ行えばいい。ラインハルトは、例の剣を帯剣しながら戦えるか?」

「問題はありませんが……どうやら乗り気のようですね」


 マシラも何かしらの事情があると察して、最初の場所に戻る。








 場を仕切り直し、新たに木剣を四本用意する。なにせ先ほど使っていた木剣では確実に損耗していた。そんな木剣だと剣に差異が生まれてしまうため、模擬戦にならなかった。









 準備を整えて仕切り直しを終えると、最初と同じようにマシラとラインハルトは対峙する。だが一つだけ最初とは違う点があった。


「ふぅ、ではよろしくおねがっっっ…………はっは~~!!ほら言った通りだろう!!」


 ラインハルトは帯剣しているだけの魔剣“ガルウス”に手を添え、何かをつぶやくと、急に人が変わったかのように人格と髪の色が変化していく。


「なるほど、本来の体の持ち主がお前か」

「ん?いや、違うぜ。俺はこいつの体を借りているだけだ」

「へぇ~そんで師匠ってやつかい?」


 双方軽口をたたくと、一瞬の間に二人は先ほど通りの構えを取る。


 そして合図を寄越せと二人とも目線を送ってくるので、要望に応える。


「では、始め!!」

「はぁ!!」

「でりゃ!!」


 合図を出すと先ほどよりもさらに激しい猛撃が始まる。そんな過激な模擬戦を見ていると一つの疑問が出てくる。


(なぜガルウスの人格はマシラの言葉を理解できる?)


 先ほどのやり取りは翻訳することもなく二者間で行われた。そして耳から聞こえた言語は両方とも違う言語だった。


(ガルウスは念話を使えるのか?……いや、そこまでおかしいことではないか)


 よく考えてみれば、ガルウスは剣だ。ガルウスがラインハルトと会話をするときは直接言葉を使っているわけではない。ならば魔剣“ガルウス”自体が言葉以外の意思疎通の方法を持っていると考えるのが自然だろう。そして最たる候補が念話だった。


「たく、余計な技術を真似されやがって!」

「ははは、やっぱりあの金髪の技術はお前から学んでいるわけか!道理で、似てる!!!」


 一瞬きの間に位置が一転二転するほど、二人の動きは激しい。俺も集中しながら見ないとすぐさま残像しか見えなくなるほどだった。


 そして長いようで短いような模擬戦は誰の合図もなくぴたりと止まる。


「引き分けか?」


 マシラの右手の剣がラインハルトの心臓の上に添えられ、ラインハルトの左手の剣がマシラの額に添えられていた。


「はは、前の奴と一回やりあっていなければ、負けていたな」

「ほんっとうに余計な技術盗ませやがって」


 二人の会話を聞いていると、どうやら純粋な技量だとまずマシラが負ける予想だったらしい。だがマシラは持ち前の学習能力でラインハルトの技量を学んだ。そのおかげでガルウスと互角まで持ち込めたらしい。


「さて、引き分けで後味が悪い。もう一戦やらないか?」

「ふざけんな。俺の技まで盗まれてたまるか」


 その言葉を最後にラインハルトの髪色が戻っていく。


「すごいですね。私ではガルウスには全く歯が立ちませんのに」

「お前もいずれはあの段階まで至れるから心配するな。さて、あたしは合格か?」


 マシラはこちらに向き、合否を尋ねるが


「もちろんだ。これほどの実力者となればむしろこちらからお願いしたい」

「父上に同意だ」

「ぼ、私もだ」


 当然、否定的な意見などは出てこない。


「さて、それじゃあアルベールから、教えるとするか」

「お願いします」


 マシラはアルベールの頭を撫でながら、声を告げる。


「すまないがラインハルト、二人の通訳を頼む」


 ガルウスを通じれば会話ができると判断したため、ラインハルトに翻訳を任せる。


「一緒に受けないのですか?」

「俺は、仲間内の小さいわだかまりを解消しようと思ってな」


 それからラインハルトは二人の間に入り、ガルウスを通じて翻訳を始める。





「さて、リン、エナ前に出てくれ」


 三人に影響を及ぼさない様に離れると、二人の名前を呼ぶ。


「はい」

「……」


 リンは素直に従い、エナは何かを理解しているのか、やや険しい顔をする。


「さて、今後のために一度模擬戦を行え」


 コンコン


 俺の言葉に異議があるのかエナがマスクを指で叩く。


「『開口』」

「オレとリンがやる意味が無い。なにせオレが勝てないのは理解している」

「と言っているが、リンの意見は?」

「是非やりたいです。残念ながらある程度の力はわかりますが、より詳しく力量を知るなら一度やるべきかと」

「はぁ~了解」


 エナは何とも気怠そうに了承する。


 そして二人はマシラ達に影響を及ぼさない位置で対峙する。


「(結果はわかりきっているらいしが)始めろ」


 合図を出すと、二人ともは対比する動きをする。


「っち」

「『風迅』」


 エナは瞬時に後ろに飛ぶと、すぐさまリンが武器のアーツを使い一瞬にして距離を詰める。


「っ」


 エナはすぐさま屈むと、その頭上で鞘のままとなっている刀が通り過ぎる。


「避けられましたか」

「っ!?無制限じゃ、まず無理に決まっているだろうが!!」


 リンは片手をエナに向けると、エナはすぐさま横に飛び、その場を離れる。


 ゴウゥ


 エナの行動は正解だった。なにせリンの掌から暴風と呼べる規模の風が巻き起こり、エナを吹き飛ばそうとする。


「ガァ!!」

「フッ」


 エナが転がると、すぐさま『獣化』し、爪でリンに対して攻撃を仕掛ける。だが、リンは切り返す刀で爪を受け止める。


「は!!」

「それはもう見ました」


 いつぞやの再現の様に、エナが爪に力を込めると、それに対してリンも対抗する様に力を込める。だがすぐさまエナは力を抜き、リンの体勢を崩そうとする。


「ふっ!」

「はぁ!」


 前回とは違い、ほんの少ししかリンの体勢が崩れなかったが、それでもエナは蹴りを繰り出し、リンも迎え撃つように蹴りを繰り出す。


 お互いの蹴りがぶつかると、エナの体が浮き上がる。


 エナが完全に体勢を崩すと、その隙をリンが逃すはずもなく、刀をエナに対して向ける。


「そこまでだ」


 一応の合図を行うが、それを行う必要もなかった。なにせ二人とも刀がエナに向いた瞬間に戦意が消えていた。


「はぁ、だから言っただろう、何の縛りもなければオレは勝てない」


 エナは冷静にそう告げると、立ち上がる。


「じゃあ、聞くがどんな縛りがあればリンに勝てる?」

「バアル様!?」


 興味本位で聞いたのだが、リンは驚く。


「一番簡単なのが、肉の盾を用意すること」

「それ以外は?」

「そうだな、暗くて狭い場所に誘い込めれば勝機はある」

「それは……ありそうですね」


 さすがのリンとはいえ視界が碌に効かない場所で、さらに風を使えない狭い場所ならばエナに勝機はある。


「お~い、私も参加したい!」


 リンの対策を思考していると、いつのまにか隣にレオネがやってきていた。


「レオネもか?」

「うん!面白そうなものを見せつけられてうずうずしているよ~~」


 言葉通りなのか、レオネの髪が少しだけ帯電して膨らんでいた。


「私もいいかしら」

「クラリス……お前もか」


 ユニークスキルを使用した状態のクラリスが、レオネの様に俺の横に来た。


「できればレオネとお願いしたいのだけど」

「うん、いいよ~~」

「…………もう好きにしてくれ」


 リンとエナの入れ違いで今度はクラリスとレオネが出てくる。


「はぁ」

「乗り気じゃないわね」

「うん、なんかやる気でなくなりそう」


 二人はそういうが、こちらとしては両方ともそれなりの立ち位置にいる。正直こんなどうでもいいことで怪我をしてほしくなかった。


「まぁ、いい、怪我しそうになったら強制的に割り込むからな。では、始めろ」


 二人ともこちらの合図にやや思うところがあるようだが、ひとまず合図があったため、戦闘を始める。


「『紫ノ演舞』」

「『獣化』」


 早速とばかりにそれぞれアーツを使用する。クラリスの衣装には紫色の文様が刻まれ、袖の先端から紫色の煙が漂う。対してレオネは何度も見たように四肢と胴、あとは頬に髭を伸ばす程度の半獣半人の姿を取り、戦いやすい形になる。


「先手は譲らない!」


 レオネは早速とばかりに前傾姿勢でクラリスに突撃していく。


「ならこうするまでよ」


 クラリスは袖を軽く周囲に振るうと、袖の先からは先ほどよりも大量の煙が噴き出てクラリスとその周囲を覆いつくす。


「ん~~なら!!」


 レオネは腕を伸ばすと、腕が激しく帯電する。そしてバチバチという音が大きくなるにつれて、レオネの腕に巻き付くよう雷が集中し始める。


「『偽・天雷』!」


 そして腕から一束の雷が放たれる。


「ん~意味ないか~」


 だが放たれた雷は煙に当たるが何の反応もなかった。


「らちが明かないね~~じゃあ、こうする!!」


 レオネは全身を同じように帯電させるとそのまま紫の煙の中へと突撃していく。


「「「「「「「「………………」」」」」」」」


 だが観戦している方は何とも微妙な顔をする。なにせ、レオネが紫の煙に突撃していった後、中を見ることもできないし、音も聞こえてこない。要はつまらない訳だ。


「どちらが勝つと思う?」


 あまりにも何にもなかったため傍に居たリンとエナに軽く問いかけてみる。


「ん?お前の嫁に決まっているだろう」

「そうでしょうか?あの煙の中で何が起きているかわからない以上、どちらが勝ってもおかしくないと思いますが……」


 エナはクラリスが勝つと断言して、リンはわからないと言う。


「根拠は?あとクラリスは婚約者であり、妻ではない」

「勘としか言えない。あと婚約者ってことは実質嫁じゃないか」


 エナの言葉に反論しようとすると、次第に紫の煙が消えていく。そして後に残ったのは完全に関節を決められ伏せられたレオネと立ちながらレオネを捕まえているクラリスだった。


「相変わらず、的中率が高い勘だな」


 エナのユニークスキルによるところが大きいのだろうが、それでも朧げにでも未来を予測できる能力には感心する。


「ほら、そこまでだ」

「わかっているわよ」

「う~~~負けた~~~」


 声を掛けるとクラリスは拘束を解き、レオネは負けて悔しいのか地面に寝ながらじたばたとする。


「おお、そっちも終わったか」

「マシラ?アルベールはどうした?」

「疲れきって寝ている」


 マシラのいた方角を見てみると、訓練場の端で侍女に介抱してもらっているアルベールの姿があった。


「さて、次はバアルだ」

「わかっているよ」


 アルベールが終われば俺が指導されることになる。








 その後は、木槍を使い、マシラから棍術を習うことになる。正直に言えば、別にバベルがあるからわざわざ習う必要がないとも思った。だがマシラの言う通り、意外にも何かがしっくりとかみ合っていた。

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