第336話 武芸の応酬

 リクレガを飛び立ってから三日後、飛空艇は何の問題もなくゼウラストにたどり着いた。


「それで、これが後々必要になる物のリストか?」


 飛空艇が屋敷内の発着場に停まると物資の荷下ろしを騎士団に、やってきたアシラとマシラの世話をエナと侍女に任せ、俺は報告のために父上の執務室にきていた。


「はい、物資に人材、施設などです」


 リストに書かれているのはエウル叔父上が希望する兵器や武装、そして馬や特殊な技能を持っている騎士、そしてリックが希望する人材と施設だった。


「砦用の大型弩砲バリスタに防御用の魔法杖、大盾と槍、そして弓と矢、回復用のポーション、武器の修復用品が大量にか」

「ほかにも兵士の慰安用に娼婦の誘致に娼館の建設、避妊薬や性病対策の品々、あとは金銭の受け渡しのために銀行、もしくは他の金銭のやり取り方法ですね。ほかにも嗜好品の運搬や、不祥事の際に手紙のやり取りなどなどがあり、やることは山積みです」

「まぁ、一つの防衛都市を作ろうとしているから…………そうなるか」


 父上は顎に手を当てて何かを考えこみ始める。


「これらの仕事は父上にお任せします」

「ちょっ!?」

「残念ですが、俺はフィルクの件とエレイーラの話のために一度王都へと赴く必要があります。そのためにこれらの業務は父上にお任せするしかないですね」

「バアルがやっても変わらないだろう!?第一に私はゼウラストの新たな街壁のための書類だけで手いっぱいだ」

「それを持ち出すのであれば、俺は機竜騎士団のために新たに飛空艇を作り出し、団員を教育しなくてはいけない立場です。これが遅れれば様々な面で不都合が起きるので後回しにはできません」

「だが、それでも騎士団のための拠点が必要となるだろう?」

「ご安心ください。今すぐに飛空艇を数十隻、団員を数百人用意するわけではありません。最初は臨時の発着場で細々と行い、後々に規模を拡大していくつもりですので」


 父上にも俺にもやるべき仕事があり、どちらでもできる仕事ならお互いに押し付け合う。


「「…………」」


 俺も父上も共に相手に微笑むが、その瞳は全く笑ってはいなかった。





 その後、醜い仕事を押し付け合いは、事態を見かねた文官の一人が母上を呼ぶまで続くことになった。

















「へえ~あんたがバアルの父親なのか」


 翌日、敷地内にある訓練場にてマシラとアシラ、俺とその配下、クラリスとゼブルス家の面々の姿があった。


「どうやら息子を鍛えてくれると聞いてな、感謝を伝えたくてな」

「いや、いいさ。これは趣味に近い部分だからな」


 エナが間に入り、言葉を介しながらお互いに挨拶を交わす。


「さて、それじゃあと言いたいんだが……」


「僕もお願いします!!!」


 訓練場にはいつものメンバー以外にも動きやすい恰好に着替えたアルベールの姿があった。


「いいのか?ラインハルト・・・・・・?」


 現在ラインハルトの部隊は二か月の長期的な休暇が与えられていた。だがラインハルトはそんな休暇期間でも絶えず訓練場に通っていた。それが父上の耳に入り、長期休暇が終わるまではアルベールの指南を請け負っていた。


「アルベール様により良い指導が行われるならば」

「ラインハルトが問題ないならそれでいいが……」


 マシラが俺を鍛えたくてここに来たことを考えれば、仕事中に文句が出てもおかしくない。変な教育を受けないか少々不安があるが、俺が忙しい間にマシラがアルベールの世話をするとなれば、そちらに目が向くので都合がいい。


「さて、マシラ、どうする?」

「あたしとしては異論ないね。この子に施されている教育もほとんど間違っていないし」


 マシラはアルベールの前に立つと、前かがみになりじろじろと観察し始める。


「この子は両手で刃物を扱っているのか?」

「その通りだ」


 俺の時同様、アルベールは幼いころに様々な武器を一通り習っており、その中でも最適と判断されたのがラインハルトの様に両手で二つの剣を扱うことだった。


「方向性は合っているな。けど、少し左右のバランスが悪い。おそらくは左右で少しだけ違う形の獲物を持たせればちょうどいいだろう」

「どう違う?」

「右は腕の筋肉からして力強い太刀筋が合っている。そして左はどちらかと言うと鋭い振りと速度が出る筋肉の付き方だな。右はそこの金髪と同じ剣で問題ないが、左は切れ味と鋭さが増す剣の方が合っている。ちょうどリンちゃんの剣のようにな」


 マシラの言葉を聞くとリンの腰にある刀に目を送る。


(つまり右手には肉厚の西洋の剣、左手には切れ味を生かす刀の類か)


 何ともな異種双剣がアルベールには合っているという。


「だが、これは生来の素質だ。鍛え方次第であとから変えることもできるが……ひとまずはそこの金髪から一通り剣術を習えばいいだろう」


 マシラから先ほどと打って変わりラインハルトに指南を任せようとするような言葉が聞こえてくる。


「マシラがやらないのか?」

「別にあたしがやってもいいが、おそらく、金髪とほとんど同じ結果しか出せないよ」


 マシラの言葉にやや表情を曇らせながらアルベールに先ほどのやり取りを翻訳して伝える。


「少しでも強くなれるならお願いします!!」


 アルベールはマシラに対して頭を下げて、教えを乞う。


「さっきも言ったがそこの金髪とほとんど変わらない結果になりそうだけど、それでもいいかい?」

「はい!!」


 俺とエナが互いの言葉を翻訳しながら会話が続く。


 そしてマシラはさほど考えることもなくアルベールの指南を請け負うこととなった。


「さて、それじゃあ、バアルとアルベールに色々と教え込む、その前にだ。バアル木剣を四本用意してくれ」

四本・・?」


 疑問に感じながらもリンに木剣を持ってこさせる。


 そしてマシラは四本のうち二本をラインハルトに投げ渡し、訓練場の中心へと向かう。


「これはそういう事・・・・・なのでしょうか?」

「マシラ、これはどういうことだ?」

「簡単さ。バアルの訓練は私一人でもできるが、アルベールに関してはまだわかっていない部分が多い。だからその指南役と手合わせしてどう指導しているか把握するのさ」


 何ともな言葉だが素質を見極められるであろうマシラならそれだけで問題がないらしい。


 そしてラインハルトに言葉を伝えると、ラインハルトも口角を上げながらマシラに対峙する。


「これでも指南役を任された身です。そうやすやすと負けるつもりはないですよ」

「はは、じゃあお前の技を学ばせてもらうぞ」


 そして双方同じタイミングで半身になり、右手の剣を突くように前に、左手の剣を眼前に構える。


(身長や体格は違うが、小さな点を除けば全く同じと言っていいな)

「バアル様、合図を」

「バアル、合図をくれ」

「……それでははじめ」


 双方の希望を受けて、始まりの合図を行う。


「しゃあ!!」

「ふっ!!」


 マシラもラインハルトも臆することなくお互いの間合いに入り込むと、そこから行われるのはひたすらの猛撃だった。


「…………」


 二人の戦いを見ているアルベールは口を開けてじっと静かに戦いを見守っていた。


「リン、お前なら、あの二人に勝てるか?」

「魔力を一切使わないという条件なら勝率はよくて五割かと」

「何でもありなら?」

「少なくとも負けることはありません」


 リンの技量は結局のところあの二人とさして変わらない。だがあの二人にない物をリンは持っていた。


「ん~~ん?」

「どうした?」


 二人の戦いを観戦していると、レオネから何とも不思議そうな声が聞こえてきた。


「いやね、なんかマシラおばさんが少し不思議がっている?」


 レオネの言葉で戦闘を行っている二人に視線を向けるが、さしておかしい箇所は見えなかった。


「そうか?俺はかなり激しいと思うが?」

「私もおかしいとは思わないけど?」


 クラリスが話に加わるが、やはりクラリスも二人の戦闘に違和感は感じないという。


「うん、やっぱり困惑しているね~~」


 だが今度はレオネは断言する。レオネはそう言い切る何かをしっかりと感じ取っているらしい。


「俺達から見たら、ただただすごいとしか言えないです…………」

「だね。だってさ、剣がぶつかり合う度に小さい木片が飛び散っているよ…………」


 カルスとカリンは直接ラインハルトに師事してもらったことがある。そのため二人はそれなりに実力を兼ね備えているのだが、やはり高度な技術の応酬を見てしまえば賞賛の言葉しか出てこない。


「あ!」

「……終わるな」


 横で興味深そうに二人の戦いを見ているレオネと、エナと共に俺の背後にいるティタがそう口に出す。


 そして


 バギャ


 マシラの一撃でラインハルトの木剣の刀身が縦に割れる。


「っ!?」

「はぁ、何とも期待外れとしか言えないな」


 バギャ


 驚くラインハルトの一瞬のスキを突きもう一本の木剣も壊される。


「そこまでだ」


 俺が終了の声を上げるが、ラインハルトの武器が破壊された時点で二人とも動きを止めていたので必要がなかった。

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