第339話 頭脳が機能しない意味
その後、違法奴隷についてこまごまとしたやり取りを行い。クメニギスとのやり取りは全て終える。
次にフィルクとのやり取りを行うのだが
「さて、不必要な者には出て行ってもらった」
「ご配慮、ありがとうございます」
現在、議場には俺と護衛のリン、陛下、グラス殿と陛下が信頼する数人の文官。またそれに対峙するのはラファールとリーティーそして神光教の神官のみとなった。
「では、この場で『死の王冠』の受け渡しを行う。バアル、物を」
「はい」
『亜空庫』からあらかじめ用意していた『死の王冠』を取り出し、テーブルの上に置く。
「さて、確かめてくれ」
「失礼します」
神官の一人がモノクルを使用して本物かどうかを確かめる。
「はい、確かに本物です」
「では双方が問題ないと判断した、それでいいな?」
陛下の言葉で、文官がラファールと陛下の前に一つの書類を用意する。
「ええ、了解しました」
「ではサインをお願いいたします」
文官の声で、ラファールと陛下が書面にサインする。こうすることで後々に言い訳できないようにするためだ。
「返還していただき、ありがとうございます。おい」
「『亜空庫』」
神官の一人が『死の王冠』を受け取ると『亜空庫』から特殊な箱を取り出し、そこに収める。
(時空魔法が使える神官か、かなり珍しいが、いないわけではないからな)
手に持って移動するよりも魔法でしまって移動した方がリスクは少ない。
「さて、これからもいい関係であることを願っている」
「こちらこそ」
陛下とラファールが合意に至ったことでザルカザの件は本格的に終了した。
クメニギスとフィルクのやり取りが終われば、双方の組織は大使館なり教会なりに戻る。そして夜には双方を歓迎するための夜会があるため、その準備する必要があった。
当然、俺もその夜会には出席することになっている。なので屋敷で夕方まで過ごすと、リンと共に準備を終えてから出立することとなった。
「正直なところ、こういったパーティーはどこも変わらないらしいな」
「グロウス王国もクメニギスも、そこまで文化の違いがあるわけではないですから」
夜会にてドレスに着替えたエレイーラと雑談を交わすのだが、飽き飽きしているのが感じられた。
「バアル、すまないが紹介を頼めるか」
エレイーラと話していると、後ろから声が掛けられる。
「お久しぶりです、イグニア殿下」
「そっちも息災そうで何よりだ」
会話に割り込むようにやってきたのはグロウス王国第二王子イグニア・セラ・グロウスだった。
(普通に考えれば来賓がいる手前で会話に乱入はないだろう)
貴族という者は何か重要な話を行っていることが多い。そのため目下ならともかく、目上の者に対して会話の乱入と言うのはまず行わない。たとえそれが王子だとしても、他国の王女の会話中に乱入はまずないはずだった。
証拠にエレイーラがイグニアに対していい感情を抱いていない。現に貼り付けた笑みで応対していた。
「ちなみにそちらは?」
イグニアの後ろにはユリアではない女性がいたので気を逸らす目的で問いかける。
「彼女は俺のパートナーだ」
「初めまして、ジェシカ・セラ・アルテリシアと言います」
ジェシカと名乗った女性は、何ともふんわりとした女性だった。プラチナブロンドの髪をゆったりと腰まで流しており、髪色と相対するような青色のドレスが存在感を出している。また体格は平均的で、その美貌は何ともたおやかで可憐だった。そして一番の特徴と言えるのが、何とも安心できる雰囲気だった。
「アルテリシア……すまないが聞き覚えの無い家だな」
残念ながら全く聞き及んだことのない家だった。そしてその言葉を聞くとイグニアは表情をゆがめる。
「バアル、少し勉強不足なんじゃないか」
「イグニア様、いいのです。アルテリシア男爵家は中央と東部の中間の土地を拝領している貴族です」
「男爵家?」
思わず聞き返してしまう。それに対してイグニアは堅めの目尻を上げて、ジェシカは苦笑する。
「ユリア嬢はどうされたのですか?」
「もちろんいるぞ」
イグニアがとある方向に視線を向けるので、そちらを向いてみる。
(……これはセレナの言う通り、少しまずい状態になっていそうだな)
向いた先ではユリアが取り巻きらしき令嬢たちと笑顔で会談しているのが見えた。だが時折ユリアがこちらの様子を確認しているのも見て取れる。
「イグニア殿下の婚約者はユリアと聞いている。なのにほかの女性をパートナーとして連れ歩いているのか?」
疑問に思ったためかエレイーラが問いかける。
「ええ、彼女は私の後宮に入ることになっている。今回彼女を連れてきたのはそのお披露目でもあるからな」
「なるほど、だが。女性観点からして正妃となる者を放っておくのは、少々何かと思うところがあるが」
「そちらでも王となった者は複数の妃を娶るだろう?その時に正妃ばかりを優遇するのは問題が起きやすくなる。それと同じと思ってほしい」
俺とエレイーラは表面的に納得した表情を取る。ただ心のうちは共に建前だということを理解していた。
「それでイグニア殿、紹介と聞いたが、その意味を理解しているのだろうか?」
エレイーラの言葉の裏には東部主体でさらにはネンラールと親密になっている状態でクメニギスに近づくのか、という問いかけがあった。
「ああ、友好国の王女なら是非親しくなりたい相手だったからな」
この言葉と共にイグニアは握手を求めるように手を伸ばす。
(まずいな、本格的に暴走しているな)
元々イグニアは、ネンラール寄りの人物だ。実際にネンラールと実質的なつながりをいくつか持っていると聞いている。そんな中でクメニギスの王座に近いエレイーラと縁を結ぼうとしていると当然双方に不都合が生じる。
エレイーラからすれば友誼を結んでも、イグニアにはネンラールがいる手前、エルド以上の優遇措置は引き出せないだろうし、何より険悪と言っていいネンラールと繋がっている人物と友好的に接したくはない相手だった。
イグニアからすればどっちにもいい顔をしたいが、どちらも優遇することはできない。片方が損すると片方が得するのが経済だ。そしてどちらにも得をさせるなら身銭を削るしかなくなる。また身銭を切り仲間を集めるという行為は短期的には効果はあるだろうが、長く見れば確実に破綻する行為だ。そんな行為をしている相手はまず信用されなくなる。
(本当にユリアが上手く支えていたようだな)
もしネンラールがイグニアとの約束が反故されると判断してしまえば、イグニアの援助は打ち切る。それどころか報復をされてしまうだろう。そのためにイグニアはクメニギスとは険悪だとアピールするべきだった。それこそ俺はエレイーラとはいい関係を築けている。そのため表面上は険悪そうにして俺を通して裏から繋がればよかったはずだった。
(政治面ではエルドに見劣りすると判断していたが、予想以上に双方の派閥の溝は深いようだな…………それに)
そしてイグニアが周囲の目のあるところで友好と言い握手を求めていることも、たちが悪かった。これで握手しなければエレイーラがグロウス王国と友好的にしたくないと判断されかねない。もちろん事情がわかるやつにはわかるだろうが、エレイーラが握手してしまえばクメニギス内の敵にイグニアを通じてネンラールと繋がっていると吹聴させる口実を与えてしまう。握手しなくても友好国であるグロウス王国と険悪だと吹聴させる口実になってしまう。
「そこまでだイグニア、君は相変わらず脳が足りないな」
イグニアが握手の手を差し伸べていると、ほかの場所から声が上がる。
「話に割り込むほど、作法知らずじゃないがな」
「この割り込みが君の起こした不祥事だと判断できていない君ほど愚かではないよ」
やってきたのはイグニアの敵と呼べるグロウス王国第一王子エルド・セラ・グロウスだった。
「俺の不祥事だと?何を言っている」
「はは、自分の頭で考えられないのは知っていたが、どうやら近い者たちも何の警告もしていないようだな。妃の存在意義を理解していないなら、こうなるのも必然か」
「ジェシカへの侮辱と言うなら、その喧嘩を喜んで買うぞ」
イグニアはエレイーラから完全に視線を外し、エルドと相対する。
イグニアは先ほどの笑顔を捨て、エルドに対して威圧的な鋭い視線を送る。そしてエルドは文官らしい貼り付けた笑みを浮かべてイグニアに冷たい視線を送る。
(今回ばかりはエルドに同意だが……もう少し場を考えてくれ)
二人がぶつかり合うのも理解している。だがこの場にはエレイーラや他国の重鎮がおり、その前での恥はやめてほしかった。
「両殿下、そこまでです」
一色触発の空気の中、俺たちに向けて声が発せられる。
「グラス」
「グラスさん」
イグニアとエルドがそちらを向くと、険しい顔を二人に向けて言うグラスの姿があった。
「バアル殿、そしてエレイーラ殿下。陛下がお呼びになっておりますので同行していただけますか」
「こちらは構わない」
「陛下の希望とあれば異論はありません」
これがグラスの独断なのか、事態を見かねた陛下が指示したのかはわからないが、丁度良かった。
「では、両殿下、二人をお借りします」
「ああ」
「陛下のお言葉なら」
二人はあっけなく引き下がり、俺とリン、エレイーラはグラスの後についていき、陛下のいるフロアまで移動する。
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