第334話 ファストトラベルシステム

 イゴールと警備について話し終えた日から1週間が経つ頃、屋敷の敷地内に一時的に作られている飛行場には選ばれた50人の部隊と大量の物資、そしてリクレガに派遣するために呼ばれた専門家が40人、文官が20人ほどが並んでいた。


「さて、時間が惜しいだろうから難しいことは言わないが、これだけは言わせてくれ。空だからと言って慌てるな、同時に初となる空の旅を楽しめ」


 俺はイゴールに視線を送り、一足先に飛空艇内に入っていく。


「では、あらかじめ手配した通りに動いてくれ!」


 イゴールの言葉でそれぞれが動き出す。騎士たちは運搬を行い、専門家たちはあらかじめチェックした手荷物だけを持って割り振られた船室へと向かう。そして運搬が終われば騎士たちは自分の持ち場に付き、警備を始める。


「さて、用意は良いか?」

「えっと、まぁ、一応」


 俺は背後にいる一人の男性に声を掛ける。


「父上がお前を信用して声を掛けた、その価値を期待しているぞ」

「はい」

「……彼で大丈夫ですかね?」


 リンがつぶやく理由もわかる。だが連れていくべき人材でもあった。そんな人物にセレナは声を掛ける。


「えっと、どなたでしょうか?」

「ん?ああ、君とは初めてだね、僕はリック・セラ・ワイランド。ゼブルス家に仕えている政務官です」


 リックと名乗った彼はゼブルス家が用意した、リクレガに送る文官の一人だった。それもただの文官ではない、文官の中では最高位と言える政務官だった。


「し、失礼しました。貴族様とはつゆ知らず」

「大丈夫ですよ。自分でも貴族だとみられにくいのはわかっていますので」


 切り揃えた茶髪に洒落の効いている眼鏡を掛けており、顔の造形は整っているため、男前とは言える人相だ。だが、彼の体格は貧弱と呼べるほどの物しかなく、一回怒鳴ればそれだけで失神しそうなほど気弱そうな風貌をしている。よく言えば学者タイプ、悪良く言えば痩せこけたと言い表せる人物だった。


「セレナ、口に気を付けろ、リックはワイランド伯爵家の次男だ」

「なっ!?」

「あはは、大丈夫ですよ。僕としてもあんまりかしこまったやり取りは好きではないので」


 軽く笑うリックにセレナは固まる。


「それよりもリック、ある程度の概要は固めているな?」

「はい。リクレガの街の管理運用と聞いていますが」


 リックの言う通り、リックやその部下の文官にはリクレガの街の管理を行ってもらう予定だ。


 具体的には町に必要な倉庫や飛行場の建設、物資の運搬やあちらでの人員管理、そして最も重要なリクレガの街での問題に対処してもらう。町で喧嘩が起きたら仲裁してその後処理をすることや、どのような物資や人員が足りておらず、どの順序で補給していけばいいか、そして職人にどのような物資の類を自給自足が出来るかなどを報告してもらう。ほかにもこちらに報告する情報を一度リックの元に集めてから効率的に報告させることも含まれている。


「大体その通りだ。大まかに言えばリクレガの街の運用をリックたちが、そして防衛面ではエウル叔父上が担当する。いいな?」

「はい。軍備に必要な部分の物資は確実にエウル様の許可を挟みますのでその点もご心配なく」


 物資関係は文官と武官では、運用方法が違うため、悶着が起きやすい。だが、その点について注意するまでもなく気付いているようなのでひとまずは信用する。


「バアル様。積み込みを終えました」

「よし、じゃあ全員乗り込み次第、すぐさま出立する」

「「「「「「は!!」」」」」」


 積み込みを行っていた騎士たちが続々とケートスへと乗り込んでいく。


「ほら、バアル早く乗りなさい」

「早く行こ~~」


 ケートスの入り口ではクラリスとレオネが待っていた。


「レオネはともかく、クラリスも行くのか?」

「悪い?それに後々にアニキが乗るなら、私が乗ってもいいはずじゃない」


 クラリスの言う通り、結局アルムを乗るならクラリスを乗せてはいけない理由がない。


「事前に何度も念を押したが」

「わかっているわ。私もアニキ同様の扱いを受ける、そして同時に立ち入り禁止区画に入ったら私ですら罰を与える、でしょ?」

「その通りだ(十分な予行演習にはなるだろうからな)」


 クラリスを乗せるために事前に騎士たちにはクラリスだろうと禁止区画には入れるなと通達している。


 そして俺が連れていく人員は当然のごとく護衛のリン、ノエル、セレナ、エナ、ティタの五人。そして今回のゲストとも呼べるクラリスと扱いがいまだに不定なままのレオネの計七名が共にアルバングルへと向かう。


「一応、監視としてセレナを付けるが……」

「わぁ~本当にファストトラベルが導入される前に飛空艇に乗れるのね」


 一応のため護衛兼監視としてセレナをクラリスの近くに付けようと思うが、当の本人は飛空艇を見上げながら何かに感激している。


「セレナ乗り込め」

「あ、は~い」

「それとファストトラベルとはなんだ?」

「えっと、来年の春にグロウス王国内で飛空艇を運用した航空会社が出来上がります。で、それを使うと国内なら一日足らずで移動できるから便利なんですよ」


 ケートスに乗り込もうとする際にセレナから概要を聞くが、あながち間違いではない。


(まずは機竜騎士団充実だが、それと並行して人材教育、飛空艇の補充、王国内での飛行場の開発もできる。それに順調にいけばすべてが年内で終わる。構想自体は前世の航空会社の様なもので十分な需要が産まれるはずだ)


 金が降り注ぐ様な幻聴が聞こえ、騎士団の運営と同時にイドラ商会でそういう部署を作るのもありだと考え始める。


「あ、そうだ。一応聞きますが、飛空艇内に宝箱とか置いてありますか?」

「……お前バカだろう」


 仮にゲームなら飛空艇内にそういう宝箱の様なものを置いてもおかしくはないが、現実ではそんな事態はあり得ない。


「仮にあっても客室に用意した金庫だろう。勝手に開けたら即座に警備に見つかって捕縛されるが?ちなみに飛空艇内で犯罪行為を行うと、即座に極刑もあり得るからな」

「……やっぱ何でもないです」


 その後、全員を収容し終え、俺とリンだけがコックピット内に入るとゆっくりと飛空艇が浮き上がり、出発する。

















 ゼブルス領から出立してから3日が経つ頃、日が真上にある頃に飛空艇ケートスは無事にリクレガの地に降り立った。


「やっふ~~帰ってきたーーーー!!」


 レオネは真っ先に地面に降り立つと、地面に背を付けて青空を見上げ始める。


「ほら、そこにいると、踏みつぶされるぞ」

「ぶ~もう少しこの感覚を堪能させてほしかったな~」


 レオネが立ちあがると、遠慮していた乗員たちが続々と降り始めていく。


「さて、エウル叔父上を……必要なかったか」


 守る様にケートスの周囲に展開してる軍の中から近づいてくるエウル叔父上の姿が見えた。


「さて、バアル様、自分たちはどうしたらいいでしょうか?」

「護衛隊を飛空艇の周囲に配置。ゼブルス家の軍を他国の軍と思い、守るつもりでいさせろ。それと乗員全員が降りたら点検をするから、飛空艇内に残る者が皆無になる様にしろ」

「わかりました」

「また、あとで話があるからリックとイゴールはいつでも動けるようにしておけ」


 俺の言葉を聞いて頷いた後、イゴールは号令を発し、騎士たちが続々と動き始める。


「お久しぶりです、バアル様」


 エウル叔父上が近づくと俺の前で膝をつく。


「(今はいつもの雰囲気で接しないほうがいいらしいな)ご苦労だった」


 俺が上位である振る舞いで労う。


「さて、話は多くあるが、その前に今降りてきている騎士たち以外の者を休めるところに案にしてやってくれ」

「かしこまりました。おい、――――」


 エウル叔父上は、一人の騎士の名前を呼び、その騎士に続々と降りてきている者たちの案内を任せる。そしてすべての人員が飛空艇から降りると飛空艇の守りをノエルとリンに任せてから、移動を始める。

















「にしても、いろいろと持ってきましたね」


 俺達はリクレガに、もっと言えばゼブルス軍のために建てられた建物の一室に案内されると、そこで今回のことについて話を始める。


「今回持ってきたのは物だけじゃないがな」


 俺はテーブルを囲っている面子を一度見まわす。


「ははは、何とも大変そうだな、エウルよ」

「イゴールもよく来たな。まぁ兄さんの懐刀の一本ってことではあまり驚きもないがな。それにリックもだ」

「ええ、ついでの様な言い方をされて少々癪ではありますか……それと空から軽く見ましたが、ここは何とも複雑な地ですね」


 テーブルには四つの席が用意されており、そこには俺、エウル叔父上、イゴール、リックが座っていた。そして護衛にはエウル叔父上の側近、そしてイゴールの側近、そして俺の護衛としてリンとノエルが付き添っている。ちなみに連れてきたほかのメンバーは別室で待ってもらっている。


「運搬してきた物資は主に三つ、生活物資、軍事物資、あとは大型冷蔵倉庫のための魔道具だ」

「む?魔道具ですか?」

「そうだ。そしてそのために以前に指示しておいたはずだが?」

「ああ、すでに倉庫の形だけは作ってあるぞ」


 実はリクレガの土地に来た時の帰りにエウル叔父上に簡易の倉庫を建てておくように指示いておいた。


「なるほど、食料や腐敗する物資の保管のためですね」

「その通りだ。この土地で何が起こるかがわからないため、長期にわたって物資を保管するための倉庫が必要だった」


 リックは魔道具の必要性をしっかり理解していた。


「次に人だが、連れてきたのは主に研究者と技術者だな」

「そちらは私から報告を、まず鍛冶師の―――」


 連れてきた人物の紹介はリックが行ってくれた。


「―――以上の40人が派遣されました。ほかにも20名ほど私の部下の文官たちがいますが、彼らは私の業務を手伝いますので説明は後々」

「了解した。それで指揮系統はどうするつもりですか、若様」

「基本的に総指揮はエウル叔父上にすべて任せます。そしてリックにはエウル叔父上から派生する様に指揮系統を作り、リクレガの街の運用全般を任せるつもりです」


 その後に細々とした説明を行いエウル叔父上は納得した表情を見せる。


「さて、正直なところ俺の仕事はほとんど終わった。あとはエウル叔父上とリックで相談して、何が必要か、どんな人員が必要かを相談してもらう。その後、具体的な内容と機竜騎士団を運用する俺と相談して運搬を行うぐらいだ」


 椅子に背を任せて天井に視線を送る。


「了解だ」

「わかりました」

「…………それと釘を刺しておくが、実際の総指揮は俺が執っている。二人には一応の権限を与えるが、それは期待している動きをすればの話だ」


 重い声でそう告げると、二人はゆっくりと頷く。


「さて、本格的な話は明日、ディライとレオンと共に行う。異論はあるか?」


 三人ともないと口にすると、この部屋でやることが無くなり、それぞれがまた動き始める。エウル叔父上は物資の荷下ろしと確認を、リックは同じように貨物の確認を行い、その後連れてきた専門家たちと行動予定を説明する。そしてイゴールはローテーションを組み、自身の部下と共に飛空艇の警護を始めることになった。

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