第335話 アルバングルからの来客

 リクレガに到着した日の夜。さすがに毎度毎度宴をすることはできないのと、今回の乗員が旅の疲れにより寝込んでいるため、今日は何の宴も行わずにそのまま早めに休むことになっていた。


 だがそんな中、俺は、正確に言えば俺とリン、ノエル、クラリス、エナ、ティタはレオネに連れられて、リクレガの街からほんの少し離れた草原に来ていた。


「う~~ん、懐かしい匂い~~」


 レオネは気持ちよさそうに目を細めながら夜風を浴びる。


「にしても、なんで急に散歩しようと思ったんだ?」

「ん?クラリスが少しアルバンナの風景を見てみたいって言ってたから」


 俺達の視線がクラリスに向く。


「確かに言ったわよ、けど」

「だからだよ~気持ちいい夜だったからみんなを連れ出したんだよ~」

「確かにいい夜だ」

「……ああ」


 レオネと同じようにエナとティタも肌を撫でるちょうどいい風に満足している。現在は春の半ばであり、アルバングルの気候が基本的に暖かいため、夜風を浴びても気持ちのいい状態だった。


「それに今日は綺麗・・でしょ?」


 レオネが頭上を見上げるとそれにつられて、空を見上げると、満点の星空に天の川が煌めいていた。


(まぁクラリスは昼間の景色のことを言っていたのだろうが、夜景は夜景で十分趣があるな)


 今日は新月らしく、月明かりがないのだがそれでも問題ないほど周囲は星明りに照らされていた。また、星明りなためか草木が昼とは違い何とも儚さを感じさせる風景を見せつけていて、それがまた言葉に表せないほど浮世離れしていた。


「それでレオネ、本当にこれだけが目的か?」

「そうだよ~クラリスにこれを見てほしくてさ~」

「そ、そう……ありがとう」


 クラリスはレオネの素直な言葉に赤くなりそっぽを向きながらお礼を言う。


(しかし、本当に大丈夫なのか?)


 リンとノエルがいるため十分な索敵が出来るとはいえ、やはり魔獣が生息している地域にこのような少人数だけで出向くのは少しだけ不安が残った。


「バアル、警戒しなくていい。近くに危険な獣が来ればオレが必ず気付く」


 そんな俺の心情を知ってか、エナはそういい、近くにあるちょうどいい岩に腰かけて空を見上げる。


「それにさ~」


 先ほどの話の続きとばかりにレオネが視界に急に入ってくる。


「とりゃ!」

「っ、おい!?」


 強引に膝を崩されて、背を地面につけることになった。


「バアルが何か疲れていそうだったから、少しでも休まればいいな~と思って」


 レオネのその言葉を聞いて、体の力を抜き始める。


「そこまで疲れて見えたか?」

「うん。かなり」


 レオネですら理解できているなら、おそらくほとんどの人たちが俺の疲労していることを知っているのだろう。


「すぅ~~~はぁ~~~」


 大きく息を吸い、吐き出すと体の中から何かが出ていくような錯覚を覚える。背中にある草のおかげで、地面の固さによる不快感はなく、何ともゆったりとできた。


 ゴソゴソ


「おい、レオネ」

「な~に~」

「勝手に腕を使うな」


 レオネは俺の腕を広げて、腕枕しようとしていた。


「なはは~、ほらクラリスも来なよ~~」

「…………」


 レオネの言葉を聞くとクラリスから何とも葛藤した雰囲気が感じ取れる。


「ほらほら、むしろ私がやるよりふさわしいでしょ~~」

「そうね……そうよね」


 何ともな言い分を聞くと、静々とクラリスは俺の腕を取り、枕にし始める。


「うん、最初は一番に譲らないとね!」

「お前が使う事には変わらないんだな」

「もっちろん。遠慮ばかりしていたら、得られるものも得られないからね~」

「っ!?」


 すぐそばから動揺した呻きが聞こえてくるがあえて聞こえないふりをする。


「……しばらくしたら戻るか」


 満点の星空を見上げながら問いかけると反対の言葉は聞こえてこなかった。


















 星空を見上げた、その次の日。エウル叔父上と話をした、あの部屋にレオンとディライの姿があった。


「――と言うことでこれからは軍務はエウル叔父上、町に関してはリックが担当することになった」


 昨日、叔父上に紹介したようにリックを二人に紹介する。


「何とも、めんどくさそうだな」

「仕方ない。長けた部分が多く違えば、その分それぞれで起用するタイミングは異なるからな」


 エウル叔父上は軍務については十分な知識を持っているだろうが、街造りや運用、管理などはやはり文官の出であるリックに分がある。


「それでアルムから聞いたノストニア軍の方針だが―――」


 以前アルムと協議した結果をディライに伝える。


「なるほど、わかりました」


 だがディライは何のこともない様に返答する。


「で、それ以外に話はあるのか?」

「いや、無い」


 レオンがほかにあるかと聞いてくれるが、報告できることは現状ではもうない。なにせ今回の来訪目的はすでにすべて終えていると言っていい。


(もしここでやるべきことを挙げるとしたら、今回のことでマニュアルを作って機竜騎士団の今後に生かすぐらいだな)


 アルバングルの資源調査の一環として現物を持ち帰るのは専門家が物を査定し終えてから、また兵士の期間に関しては定期的な運用ができないため現状ではできない。エルフの期間に関しても同じだ。つまりはここではもうやることは無い。


「それじゃあ、俺から一つ。マシラおばさんがしびれを切らしている」

「(しびれを切らしている?)それはアレか、俺を鍛えたいからと言うやつか?それともグロウス王国へ来てみたいという意味か?」

「鍛えたい方だ。それで、どうなんだ?マシラおばさんがついていっても問題ないのか?」

「ああ、マシラ達の予定が空いていれば短期間だが、ゼブルス家で受け入れる予定だったが」


 そう伝えると、レオンはわかったと言い頷く。


「とはいえ、防衛に問題ない連中のみと言う注釈がつくがな」

「さすがにそれはわかっている」


 レオンもそのことはわかっていたらしい。


「ちなみに言っておくが人数は10人までだ。それ以上はこちらでは受け入れられないから気を付けてくれ」

「おう、そこは問題ない。行くのはマシラとアシラだけだ」

「二人だけか?もっと大勢来たいと言うと思っていたが?」


 レオンの言葉に思わず聞き返す。


「まぁ、今はな。もう少し落ち着いたら誰もが声を上げると思うぞ」


 それもそうかとレオンの言葉に納得する。なにせ現在のアルバングルは出来上がったばかり、そこかしこで慌ただしくなっているのだろう。


(そしてその反面落ち着いたら獣人達がどっと押し寄せてきそうだな)


 獣人の好奇心を考えれば故郷が安全と判断するや否や、押し寄せてくる予想が容易に建てられる。


「それで、ほかに聞きたいことはあるか?」


 俺の言葉にレオンもディライも首を振り、何もないことを示す。
















 レオンとディライと共に会議を終えると、残り二日は雑用と呼べる用事を済ませることになる。一日であらかじめ作られた大型倉庫に冷蔵装置を倉庫に取り付ける。またもう一日で専門家に割り振られた建物を見て回り、どんな様子かを確かめる。また同時にリクレガの町中や、建設中の砦、それぞれの生活様式の確認をして、問題点を洗い出すことに集中する。













 そして三日目、この日は朝方にどんな補給物資が必要かのリストをエウルとリックから受け取り、昼前に出立の準備を始めていた。


「それじゃあな」

「ああ、一か月後ぐらいにまた来るから何かあったときはその時に教えてくれ」


 俺は飛空艇の前でレオンと握手を交わす。そして入れ替わる様にディライがやってくる。


「ではお気をつけて」

「ええ、ディライ殿も気を付けて」

「はい。それと今更ですが、私もレオンの様に接してもらえれば助かります。正直仲間外れにされている感覚がしていますので」

「そうか?ではそうしよう。リクレガ、ひいてはルンベルト地方の守護をよろしく頼む」

「はい」


 ディライから許可も出たので気安い言葉遣いに直して、レオン同様に握手を交わす。


「お~~い、まだ飛ばねえのか?」


 ディライが離れていくと、後ろからアシラの声が聞こえてくる。


「もう少し後だ。それまで部屋に籠っているから、外に出て暇をつぶしていろ」

「うぃ~わかったよ」


 アシラはその言葉を聞くと、飛空艇の中に入っていく。


「俺の息子がすまんな」

「だな、少しはしゃぎすぎている」


 そんなアシラを見送っていると後ろ声が聞こえてくる。


「マシラは行きたいと言った張本人だからわかるが、長であるテンゴがここにいるとは少し予想外だった」


 振り向くと、いつもと変わらないテンゴとマシラの姿があった。


「魔蟲も完全に終わったようだからな、俺が無理に里に居座る理由はもうほとんどないしな」


 以前アルバングルに訪れてた時に最後の母体はリュクディゼムが処理したことを伝えている。そうなれば、主だった脅威はリクレガ、ひいてはクメニギスと言うことでテンゴがここに居ても何もおかしくなかった。


「それに少しの間、妻と息子がお邪魔するからな。挨拶するのが筋ってものだろう」

「まぁ、そうだな」


 全く持ってその通りだったため歯切れ悪く答えるしかなかった。


「それとバアルに頼みがある」


 テンゴはその人の手とは思えないほど分厚く大きい手を肩に置いて近づいてくる。


「もし、よからぬ連中がマシラに近づいたら容赦なく排除してほしい。もちろんお礼はするぞ」


 テンゴは何とも優し気な笑顔で告げるのだが、その瞳だけは真っ黒に濁っていた。


 ドゴン!!


「がはっ!?」


 テンゴの言葉になんて答えようかを悩んでいるとテンゴの後ろから、何かが振り下ろされ、岩でも砕けたような音が聞こえてきた。


「すまんなバカな旦那が。ちょっとした寂しさからの戯言だから気にするな」

「だがな、ましら」

「安心しろ、あたしがテンゴ以外に惹かれると思うか?」

「……信じているぞ」


 目の前で何ともな会話が行われて、これまた何とも反応に困る。


「とりあえず安心してくれ、マシラには女性の騎士を護衛に付けるつもりだ。それに翻訳するために俺かエナが傍に居なければいけないから目の届かない場所にいることもないだろう」

「そうか…………本当に、本当によろしく頼むぞ」


 テンゴが念を押すように言葉を告げるとマシラは額に手を当ててため息を吐きだす。


 そしてそんな二人を見ていると視界の端にこちらを見ているエウル叔父上とリックの姿があった。


「さて、旅立つ準備が済んだら乗り込んでくれ。追加の荷物があるならあっちの貨物口の方に行き検査してもらってからだ」

「荷物は事前に渡していた物だけだ。すでにアシラが預けたと思うが?」

「なら、あとは乗り込むだけだ。ただ案内には従ってくれよ」

「わかった」


 旅立つ最後の挨拶をしている二人を置いて、今度は俺が叔父上たちの近くへ向かう。


「ではあとのことはよろしくお願いします、若様」

「道中お気をつけて」

「ああ、そちらも建設やその他諸々を頼む」


 ここ数日間で必要な種類の建物を割り出し、その建築を依頼していた。


「ちなみに彼女らの様子はどうだ?」

「物珍しそうにしていますよ」


 エウル叔父上の言う彼女らはクメニギスに囚われていた違法奴隷となった女性たちだ。


「彼女たちは安全なんだよな?」

「ええ、ゼブルス領に着きしだいに、王都へ搬送、そこでそれぞれの扱いが割り振られると思います」


 帰りたいと思う者は村などが残っていれば帰し、家族がいる者は家族の元へと帰すことになるだろう。ほかにも王城で職を斡旋したり、保護したりと言った形が取られることになる。もちろん、そのうちの数名はクメニギスに対する言い訳として、優遇されて手元に置かれることになるだろう。


「はい、バアル様も例の件をお願いします」

「本当に頼むぞ。軽視していい問題じゃないからな」


 リックの言葉にエウル叔父上が念を押す。


「わかっている。そしてそちらもしっかりと仕事を果たしてくれ」

「はい」

「了解だ」


 最後にリックから父上への報告書を受け取り、俺は周囲に出発すると合図を出して、飛空艇に乗り込んでいく。









 その後、全員が乗り込んだことを確認するとゼブルス領へと向けて出発した。

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