第331話 アルム空中搭乗計画
セレナから悪役令嬢云々を聞いた翌日、俺は王城へと足を運んでいた。
「北や南へと忙しそうだな」
「本当ですよ。できれば代わってほしいぐらいです」
「馬鹿を言うな。それに近衛騎士団長という立場も激務だ」
王城の廊下を歩いているのだが、その際に案内を務めてもらっているのが近衛騎士団団長のグラスだった。
「しかし、前回の会談で大方の話題は尽きたと思っていたが。つまりはノストニア関係で何かを報告することがあったのか」
「その通りです」
ノストニアに行った後に再び陛下に面会を求めている時点で容易に予想は立てられるだろう。
その後、しばらく廊下を歩いていると、もはや見慣れた部屋へとたどり着く。
部屋に入ると、陛下は豪華なソファに座りながら休息していた。
「陛下に置かれましては――」
「よい、この場では前置きは要らん」
すぐそばまで近づき、跪いて口上を述べようとするが陛下に止められる。その後、陛下の許しを得て、対面のソファに座る。
「早速本題に入れ」
「わかりました。まずこちらに赴いたのは陛下に一つのお願い事があったからです」
給仕がカップを用意する中、陛下は続けよという視線を送る。
「まず、ノストニアに赴いた際にノストニアの森王と会談いたしました。その内容がルンベルト地方へと派遣されたエルフの扱い、そして魔道具についてです」
「結果は?」
「魔道具の件は事前に教えた部分に加えて、どんな素材を使うと危険なのかを教える条件で締結。そして派遣されたエルフについてですが、二年ほどは同じ戦力を駐在させてもらえるとのこと。見返りに飛空艇による物資の運搬の際に5%の物資の行き来を好きにさせること、もちろん禁止された輸入品輸出品は止めます。そしてゼブルス家から倉庫を貸与すること、そして近い内にゼブルス領内の案内を頼まれることになった。ですが、ここで問題が」
「どんな?」
「アルムから、森王から要求が一つございます。ゼブルス領へ訪れる際に飛空艇にてノストニアの首都まで森王を迎えに来ることを希望されました」
アルムからの要求を聞くと陛下とグラスが嫌な顔をする。
「もちろん。こちらとしても飛空艇の機密を漏らさぬようにするつもりです」
「どうやって?」
陛下も機密情報漏洩の危険性を理解したうえでの質問を行う。
「まずはあちらの派遣する護衛の人数を制限します。そのうえで、ノストニアの国内では着陸いたしません」
「……着陸しないだと?」
「はい。アルムの目的はエルフの大衆に飛空艇を見せつけること、理由は人族と交友することの利点を見せつけるため」
「だから飛空艇をノストニアの首都まで飛ばしてほしいか……なるほど」
陛下も話の流れが見えてきたらしい。
「アルムは飛空艇を大衆に見せつけたい、そして私たちは飛空艇を国外に、明確に言えばほんの少しでも機密を探られたくないということ。なので妥協点として、ノストニアの国内に飛空艇を飛ばしますが、着陸はせずに森王はあらかじめ制限した護衛と自らが空へ浮かび上がり飛空艇に乗り込みます。そうすれば」
「リスクは最小限に抑えられるわけか」
陛下の言葉にうなずく。
ノストニア側が無理やり飛空艇を乗っ取ろうとすれば、即座に引き返す、もしくは飛空艇の秘密が漏れないように爆破なりで隠蔽してしまう。そして準備が整い、アルムが少数の護衛で乗り込んでくれば一人に付き二人ほどの監視を付けておけば不穏な動きをされることは無い。ここでアルムが飛空艇をジャックしそうなものだが、アルムの方針からまずないと判断できる。
「ただ、ここで問題なのが。監視するため、万が一森王が強引に奪おうとした際に備えなければいけません。ここで最初のお願いごとに戻ります」
陛下は続けろという仕草をする。
「その時に近衛騎士団の貸し出しをお願いしたい」
ゼブルス家で腕利きを用意することはできなくはない。だが万が一が起こってそれでも絶対に大丈夫と言われると絶対とは言い切れない。そのため戦力には問題ないと言い訳が出来るように陛下が認めた近衛騎士を使うことにした。
(それにあるところから借りたほうが何と言っても楽だしな)
「……私に機密を渡していないことの証明と、責任の分担か?」
「正直に言ってそれもあります。ですが、最もな理由は近衛騎士団ならエルフの精鋭に太刀打ちできると考えたからです」
「ゼブルス家にも腕利き入るだろう?近衛騎士団でも欲しかった人員がそっちに行ったこともあるはずだ?」
ゼブルス公爵家やほかにも三つの公爵家は王家と引き抜き競争を何度も行ってきた。それこそ、その年で最優秀と飛べる騎士を得るために様々な条件を出し合ったこともあるぐらいだ。
「ですが、やはり人が集まる王都と言う地形の特徴からしてどこよりも腕利きが集まりやすいのも確かでしょう」
王都が繁栄したのには地理的な理由があった。南には豊穣となる農地、西には大規模な草原地帯で放牧に適している地、東には鉱床豊かな鉱山地帯、そして北には特色はないがその分、移動に適した土地でクメニギスとネンラールとアクセスしやすい地が存在する。そしてこの王都はそんな南北東西に特色ある地の中心に存在しており、物資も人もより集まりやすい地、つまりは繁栄するのは必然な土地だった。
「もちろんほかのメリットとデメリットもございます。一つはエルカフィエアまでの地図を作成することが出来ます」
「その考えだとあちらもこの国の地形を把握するのではないか?それもアズバン領からゼブルス領という南北一直線が見られるぞ?」
「その点はご安心ください。行きはそのままエルカフィエアまで赴きますが、帰りは一度ルナイアウルへと降り立ち、そこから馬車でゼブルス領へと来てもらうつもりです」
アルムの考えでは大衆に見せつけること、グロウス王国に入ればその点は達成されたも同然だ。ならばそれ以上飛空艇を飛ばす必要はない。
「どうでしょうか?」
「いいだろう」
こちらの問いかけに考えることなく陛下は頷く。
「人数にして50人を派遣するとするが、異存はあるか?」
「いえ、願いを聞き届けていただき感謝いたします」
陛下からしても信が置ける部下に守らせることでノストニアへの情報漏洩が防げると考えれば、ほかにも飛空艇について少しでも情報を得られれば話を受けるに値するのだろう。
「それと、これは追加の頼みだが、ノストニアの王がこちらに来るときは私との顔渡しを頼む」
「わかりました」
アルムは滅多にノストニアの国外に出てこない。そう考えれば顔合わせの絶好の機会でもある。
「ではその件ではグラスと話をすり合わせておいてくれ」
「「はっ」」
グラスと共に頷く。その後は退室して、グラス殿の執務室で話を詰めてから王城を後にした。
「バアル様、お手紙が来ております」
王城から帰ったその日の夜に、一人の侍女が部屋を訪ねてきて手紙が届けられる。
(クメニギスからは二通、フィルク聖法国から一通か)
クメニギスからの手紙は一つはクメニギス王家の家紋が刻まれており、もう一つはよくわからない家紋が刻まれている。
(フィルクからの手紙はラファールからか)
そしてフィルクの手紙には差し出し人の名前が刻まれていた。
手紙を開けて中身を確認してみる。
クメニギス王家からの手紙はエレイーラから、そしてもう一つのクメニギスの手紙はヴェヌアーボ伯爵家、つまりはロザミアからの手紙、フィルクからはラファールからだと確認ができた。
エレイーラの内容は戦役奴隷の輸送に関してのこと、打ち合わせのため近々グロウス王国へ訪れること、そしてそれにエレイーラの腹違いの妹であるクメニギス第二王女であるアリエットが同伴するという事。
そしてロザミアの内容は臨時の研究所の件で俺と直接話がしたいとのこと、そして同時にエレイーラに同伴して現地を視察しに行きたいと。
最後にラファールからだが、要件はソフィアとザルカザの王冠の輸送ことについてだった。
(また忙しくなるのか)
奇しくもこの三通に書かれていた時期については補給のためにリクレガに行き終えた頃だった。
「まぁ今すぐじゃないだけ幸運か」
これがリクレガに行くタイミングと重なればさすがに両方に対応すること自体がまず困難だった。
(とりあえず、人員の手配して、スケジュールに穴をあけておいて、それから―――)
手紙を受け取った後も、できるだけ仕事を詰めて、この日はそのまま机で寝る羽目になった。
陛下に嘆願しに行った日から四日目、王都から南下する街道を走っている馬車の列があった。そしてその中の一つに俺は乗り込んでいた。
「ずいぶんお疲れのようね」
「まぁな」
馬車の中には俺とクラリス、そして護衛であるリンとノエル、セレナが同席していた。本音を言うならば一人で数時間もかけずに帰ることもできたのだが、急いで帰ってもリンやノエルといった人員がほとんどいない。また無理に貯蔵している魔力を使う盤面ではなかったため今回はこうして馬車に乗り込んでいる。
(それに先に帰ったことで機嫌を損ねられるのは後々に響きそうだ)
クラリスの感情は何となく理解している。だからこそここで一人で帰ってしまえばどんな事態になるかは容易に予想がついた。
「にしても昨日、王都に帰ってきたばかりなのに、その翌日に移動するなんてね」
クラリスはこちらの思考を余所にそう愚痴る。クラリスたちが帰ってきたのは昨日、本来なら休息を兼ねて帰ってきてから一日二日ほどは休息を入れるのだが、今回ばかりは少しばかり無理をして次の日にはゼブルス領へと向かい始めた。
「それはすまない、こちらとしても余裕がないんでな」
と言うものの、今は少しばかり猶予があるため、馬車の中で書類を確認するだけで済んでいた。
「一応聞くけど、それは?」
「ルナイアウルでの魔道具の販売予測だ」
書類には道中の危険性、そのために掛かるコスト、ルナイアウルで変化する需要量などの予測が書かれており、ここから適切な販売価格を導き出さなければいけない。
(委託販売も考えなくはないが、ノストニアから完全に撤退するのもそれはそれで惜しい。あそこに店を出しているという点だけでも十分価値があるから、っうぷ)
胃から何かがこみあげてくる気持ち悪い感覚を感じると、すぐさま書類から目を離して馬車の外に視線を移す。
「つらいならやめればいいのに」
「……まぁそうだな」
クラリスの何気ない一言を聞き流しながらも馬車は進み続けた。
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