第332話 裏切る確率

「父上、手紙を見ましたか!!」


 屋敷へと戻ってくると、リンを連れて早速とばかりに父上の執務室の扉を開け放つ。


「ん?おぉ、おかえり」


 父上の声は執務机からではなく、暖炉の前に置いてある長いソファの方から聞こえてくる。


「……」

「待て待て、今はブレイクタイムだ。ここでゆったりとしていて誰が文句を言うんだ?」

「もちろん私が」


 そういうと父上は渋々と立ち上がり、名残惜しそうな視線をソファに向けて執務机に座る。


「それで、手紙だったか?」

「はい、本格的に騎士団を始動させるために候補を集めてほしいと……どうでしたか?」


 父上は引き出しの一つから書類を一枚取り出す。


「すでに声を掛けている。まず初めに裏切らないと言える100名部隊ピックアップしておいた、好きに使え」


 書類を見てみると、第一軍団の一つの部隊をゼウラストに置いていると書かれている。そして俺の自由に使う許可証も添えられていた。


「意外ですね、父上が重宝しているの一つですか」

「ああ、実力も私のお墨付きだ。三か月間は好きに使えるようにしているから自由に使え」

「感謝します。それと機竜騎士団の団員候補の方はどうですか?」

「もちろん、絶対に裏切らないと確信できる友人に声を掛けている。しかし、本当に既存の騎士たちを流用しないのか?」


 父上の考えも十分理解できる。それなりに教育を受けている騎士を使うのも十分理に適っている。


 だが


「以前にも説明しましたが、機竜騎士団は飛空艇と言う、乗り物を専門とする騎士団です。これは言い換えれば既存の騎士たちでも新たに騎士になる者でも結局はスタートラインが同じことになります。もちろん、ある程度は何かしらの騎士団経験がある方がいいでしょう。ですが、結局最初から教育するのであれば、裏切らない者たちで固めるべきだと結論が出たではありませんか?」


 既存の騎士団の主な戦闘が目的だ。だが今回使われる機竜騎士団はどちらかと言う飛空艇を運用することが目的となる。もちろん船内での警備と言う点では戦闘能力も必要だが、それならば、下手に知識を与えていない精鋭の騎士団を派遣してもらえばいいだけだった。


「そうよな……あとは声を掛けて選別するだけだ」


 父上はもう一つの書類を取り出し、渡してくる。


「もう一度確認ですが、まず裏切ることは無いと考えていいですね?」

「絶対とは口が裂けても言えないが、家の状況、裕福さ、グロウス王国と何よりゼブルス家と経済的に、武力的に密接につながりを持つ点から限りなく低い。そう考えれば突出した才能を持つ平民や庶子よりもよっぽど信用できる」

しがらみがない人物よりもある人物の方がまだ信用が置けますからね」


 父上も俺も信用という脆さを理解しているが故の言葉だった。


「その通り、義理人情でも人の裏切りを防止できるが、それは義理人情に厚い人物のみだ」

「そうでない者は良い条件と正当な理由を与えられれば、裏切るのに十分ですからね」


 その点で言えば、渡されたリストに載っている人物たちは裏切るための良い条件と正当な理由がとてつもなく厳しい人物たちとなる。となれば必然的に裏切るリスクは他よりも格段に低くなる。


「さて、話は以上か?ならば少しばかり用があって出かけたいのだが」

「ええ、構いませんよ」


 既に確認したい出来事は終了したので、執務室を出ようとするのだが、扉のノブに手を掛けようとすると、扉がノックされる。


『申し訳ありませんリチャード様、バアル様の部屋に入りきらない書類はどうしましょうか?』


 その言葉を聞き父上に視線を向けると、全力で窓の外を眺めてこちらと目を合わせない様にしている父上がいた。


「「…………」」


 執務室に何ともいえない空気が漂う。よくよく見てみれば執務机の上には全く書類がない。ゼウラストの外壁を新しく作ろうとしている現状で忙しくないはずがないのにだ。つまり、その分の書類がどこかに消えたことになる。そしてその行先はドアの向こうからの言葉で判明した。


「父上」

「……なんだ?」

「逃がすと思いますか?」

「……くぅ」


 その後、文官に命令させて、わざわざ運んだ書類のすべてを執務室に持ってこさせることとなった。














「……運ばれた書類を戻してもこんなに残るか…………」


 俺は自室に入ると机の上に載っている書類の束と、その横二メートルほど広がっている書類の山を見てため息を吐かざるをえなかった。


「ノエル、何かさっぱりする食べ物と飲み物を持ってきてくれ」

「かしこまりました」


 部屋の中で待機しているノエルに休息用の食べ物と飲み物を用意させる。


「大変そうね」

「そう思うなら手伝っても……いやよくないな」


 クラリスに無理やりやらせようと一瞬思ったが、すぐに考え直す。


「そう?ならリンが手伝ってあげれば?」

「……そうしたいのはやまやまなのですが」


 リンは口惜しそうに書類の山を見る。


「……リンにはそういった知識は教えていない」


 俺はリンを文官として使うつもりはなかったので、そういった知識は教え込んでいない。なにせ、もしリンが俺の護衛を辞めたいと言ってきたとき、俺の仕事内容を知っているか否かで扱いが変わるからだ。当然、知っていれば最悪の場合は口封じする必要もある。俺としても口封じに失敗した時にリンと敵対する可能性を考えると、やはり情報は渡さないほうがいい。


「そう、なら、一緒に遊びましょ」

「えっと……」


 クラリスは棚からボードと駒を取り出し並べ始める。そしてリンが困惑しているので許可を出すように頷くと静々とクラリスの対面に座り始めた。


(普通なら自室でやれと言いたいが、うるさくないだけまだましか)

「あ、バアル様」


 邪魔しないなら放っておこうと思った矢先にリンが何かを告げようとする。そしてその瞬間に何を告げようとしたか理解できる事態になった。


 ドタドタドタ!!バン!!!


 廊下の方からうるさいくらいの足音が聞こえたと思ったら勢いよく扉が開かれる。


「帰ってきたなら教えてよ!!」


 どかどかと部屋の中に入ってくる人物が誰かわかれば、思わず大きなため息を吐くことになる。


「もう少し静かにしろ」

「それは帰ってきたのに、何も言わないバアルが悪い」


 そういうと俺の元まで進もうするが、クラリスとリンの間にあるボードと駒を見て進む方向を90度変える。


「何それ?」

「これはね――」


 レオネが問うとクラリスは素直に答える。


 コンコン


 ノックする音の方向を見てみると、マスクをつけたエナとエナに付き従っているティタの姿があった。


「『開口』、いいぞ」

「無事に戻ったようで何より。それとレオネが迷惑を……かけてないようだな」

「ああ、とりあえずは興味の矛先が変わってくれたことにほっとするよ」


 レオネが無遠慮に机に近づいて震動を起こせば雪崩が起きかねなかった。


「まぁ、オレが言うのもなんだが、お前がいない間はおとなしく勉強していたから優しくしてやってくれ」


 エナはそういうとレオネのすぐ隣に向かう。


「……レオネはこの一か月ほど死ぬ気で勉強して片言だがしゃべれるようになっている。少しは労わってやってくれ」


 ティタはそれだけ告げるとエナの元に行く。


「あ、そうだ」


 レオネが声を上げるとこちらに振り向き、笑顔で


「おかえり」

「……ただいま」


 レオネの純粋な感情に何とも気恥ずかしさを感じながらも返答する。


「ねぇねぇ、これで勝負しよう」

「いいけど、ルールは?」

「何とか覚えるよ~」


 興味を示したレオネは姦しい和に入り、ボードゲームを楽しむ。そしてその結果、俺は書類仕事に専念できるようになった。


(とりあえず、作業が邪魔されないようで何よりだ)


 その後、ルールをレオネ、エナ、ティタに教え終わると、クラリスとリン、そしてレオネとエナとティタという組み合わせでボードゲームを楽しむことになっていた。ちなみに経験者であるクラリスとリンだが、本能で危険を察知する獣人達に大苦戦を強いられるようになったのは見ていて面白かったと明記しておこう。

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