第330話 イグニアの頭脳

「それで悪役令嬢?が、どうした?」


 とりあえずセレナをソファに座らせて、落ち着かせる。


「ありがとう、ノエルちゃん」

「いえ」


 セレナはノエルからカップを受け取り、一度息を付けてからこちらを見る。


「えっと、どういえばいいのかな……」


 セレナはなんて説明しようか迷い出す。


「……悪役令嬢とはなんだ?まぁ悪役と付く時点で大体見当は付くが」

「えっと、それはですね。物語で意地悪をしてくる悪女のことって言えばいいのかな?」

「物語で悪役、嫌われ役が必要なものはよく知っている。だが、そんなものが本当に存在していると?」


 脳裏でユリアのことを思い浮かべるが、あの女が生半可な行動をするとは思えない。


(もし邪魔者がいるならこっそりと殺すと思うが?)


「えっと、簡単に言いますとヒロインが見つかりました」

「……それで?」


 色々と言いたいことがあるが、とりあえずは続きを促す。


「一年前にどうやらイグニアに接触していた模様。まぁ、その時は私はバアル様の傍に居たので聞いただけなのですが」

「それで?」

「中等部二年の冬休みまではバアル様とクラリス様と一緒だったから詳細は知りませんが、どうやら関係が進展した模様」

「……それで?」

「冬休み、クラリス様がゼブルス領に居座るということで、丸々使って、少し様子を確認しに行きました」

「…………それで?」

「その時にイグニアと主人公が恋仲になっていることを確認しました」


 思わず目を瞑る。おそらくは深く眉間に皺が寄っているだろう。


「で、なんでユリアが悪役になる?」


 ユリアもイグニアの継承位争いを支えて、正妃の座を狙っている。


 だが同時にユリアもわかっている。


「たとえイグニアとその主人公とやらが恋仲になっても、それはその主人公を側室、つまりは寵姫にしてしまえばいいだけの話だ」

「確かにそうなんですけど……えっと痴情のもつれと言うやつです」


 痴情のもつれ、つまりは男女の色恋による衝突という意味。この場合だとユリアがそのヒロインに対して嫉妬の様な感情を向けているという。


(…………ユリアは貴族の女性ではあるが、同時に一人の女性でもある。つまりはありえなくはない、か)


 あのユリアに限ってとも思ってしまうが、恋に溺れているのならば十分にそうなる可能性があった。


「一つ聞く、この後はどうなる?」


 ユリアが血迷う可能性が出てきた今、できるだけ情報を得ておく必要がある。


 だがセレナの返答は


「わかりません」

「……あ゛?」


 思わず声が出てしまった。


「わからないはずがないだろう。物語、お前で言うゲームにストーリーがあるなら、当然たどるべき道筋というものがあるはずだ」


 するとセレナは何かに納得した表情をする。


「えっと、バアル様、確かにゲームを物語と表現したんだけど、少し違うんです」

「と言うと?」


 セレナはこちらの問いかけを聞くと、一度カップに口を付けてのどを潤す。


「えっと、確かに何十世代前のゲームは選択肢式でストーリーが分岐するようになっています。ですけど、私の世代は全く違うんです。まずゲームのシステムなのですが、『幻想世界』というシステムを元にゲームが製作されています。で、その『幻想世界』と言うのは―――」


 それからセレナはこちらに問いかけさせる暇を与えることなく口を開き続ける。


 そこでわかったのが、セレナの知っているゲームがフルダイブVR恋愛シミュレーションゲームであるという事。そして簡潔に言うなら『幻想世界』とやらで惑星を作り出していること。もちろん統一性があるゲームのため、地形や国、登場人物、文化、情勢、気候の設定は同じだという。


 そして肝心なのが、ヒロインを完全に自分で作り出すことが出来るらしい。姿、親類、資産、階級、能力すべてをだ。もちろんこれだけなら、少し凝ったゲームなら全く同じだという。だがここから違う点があった。


 それが『幻想世界』により、ヒロインの行動が全体的なストーリーに影響を与えるという事。『幻想世界』は単なるシステムだけではなく、惑星を完全に計算して動かしていくシステム、誰と恋人になり、どんな権力を得たのか、すると誰が敵になりどのようなことをして相手が動くのかを正確に割り出すシステムになっている。


「つまり?」

「本当に異世界に居て、そこで恋愛をしている様になるゲームです。もちろんキーイベントに参加しなければフラグは立たないですし、対象を攻略することもできません」

「それでなんでストーリーが成り立つ?」

「えっと、ヒロイン自体にストーリーは無いのです。代わりに攻略人物には独自のストーリーがあってそこに交わることによってシステムが自動的にストーリーを組み立ててくれるんです」


(自動的にAIが情勢や性格、立場を考慮に入れて独自にストーリーを展開させるか……なくはないな)


 前世でAIが様々な分野に手掛けて人に代わって手柄を立てている。それを考えればAIがゲームのストーリーを随時更新していても何もおかしくない。


(それにアークの未来が様々あることを考えれば何もおかしくないか)


 ヒロインの行動によって未来が違う対象が居ても何もおかしくない。


(だが、フルダイブ技術に『幻想世界』という惑星を再現するシステム、それにnpcノンプレイヤーキャラの性格、感情、立場を考慮して、人物の行動を決めるAI技術、か。そんなことが可能な家庭用機器が存在するのか?)


 前世でそれなりに知識があるためか、これらのシステムを導入できる演算機器となると最低でもスーパーコンピューターぐらいしか思い浮かばない。


(規模によるが、ただでさえ惑星の地形、気象、国の動き、何百万と言う仮想の人物を動かすとなると、国が防衛に使うような演算能力が必要となる……)


「国の人員すべての動きを把握するだけの技術がセレナの世界にはあるのか?」

「ん?そうよ」

「本当に……そんな技術が存在するのか?」

「だから、そうよ。私が前世で生まれるころに量子コンピューターっていうすごい機械が一般的に作られるようになったの」


 思わず口に付けていたカップを落としそうになる。


(……嘘だろう?)

「まぁ、一般的にと言っても、そう、使い道がないからね~家の管理も型落ちのスパコンでいいし、フルオート自動車なんてスパコンを使うまでもないし、それにほかのも同じね。本当に『幻想世界』をやるためだけに買ったようなものなのよね」


 セレナはずいぶん高い買い物だったと呟く。


(……本当に量子コンピューターが一般的に売られているのか?)


 前世で俺が死ぬ頃、量子コンピューターは世界の電子機器メーカーのトップ数社や軍が国家の防衛のために研究してようやく初号機が運用されそうな段階だった。


 それが一般的に使われているとなる、だいぶ技術が進歩していると考えられる。


「一応確認だが、セレナは前世では富豪だったか?」

「私が?ないない、普通に仕事をしていたOLですよ。両親もしがない公務員でしたし」

「……そこまですごい機器を普通に働いているだけで買えるのか?」

「まぁ、できますよ。さすがに200万ほどするんでローンを組む必要があるんですが」

「気軽には買えないのか?」

「そうです。他人の持つ『幻想世界』にアクセスするためだけなら別に十数万ほどのVRデバイスだけあればいいけど、本格的に『幻想世界』を使って遊ばないとさすがに買わないと」


 聞いていた限りだと、『幻想世界』はサーバーに近いような物らしい。そしてその『幻想世界』を管理するためには一般的に作られた量子コンピューターが必要という事らしい。


「(それでいて、技術についてはそこまで詳しくないとは何とも不思議な話だが……)とりあえず話を戻すが、つまるところセレナにとってイグニアとユリア、それにヒロインの未来についてはよくわからないということであっているか?」

「はい、はっきり言ってヒロインがどう関わってくるかで全くシナリオが変わります」


 つまりゲームと言えど、本当に別の人生を楽しんでいる様なものらしい。そしてその世界で、ある程度の既定路線は存在しているが、詳細まで完全に同じということはあり得ないらしい。


「あ、でも大まかにどんなルートになりそうかはわかりますよ」

「どうなる?」

「えっと攻略しようとしているのがイグニアだからネンラールに行くルートね。ユリアがどう関わってくるかは、ヒロインの動き次第だから何とも言えないけど、ヒロインがイグニアと相思相愛になろうとしていることから確実に悪役令嬢になるでしょうね」

「そうか……」


 セレナの知識にはかなりあいまいな部分が多い。それもあまりにも発達した技術が、世界を再現しているが故なのだろうだが、立場や情勢、正確などを反映している時点である程度は絞れているともいえる。


(イグニアとそのヒロインが恋仲になる。普通ならそうですかと言うところだが、ユリアはイグニアに恋をしている。そしてセレナが言ったように感情が暴走して痴情のもつれとなる可能性は大いに存在しているな)


 だが結局いくら考えても仕方がない。何せ不確定要素があまりにも多すぎるからだ。


「とりあえずはユリアの動向を注意しておこう」

「へ?イグニア殿下じゃないの?」

「イグニアの政治面を支えているのはユリアだ。そのユリアが暴走を始めてしまえば、イグニアの政治面はズタズタになることを意味するからな」


 現在のグロウス王国はエルド陣営とイグニア陣営が存在するが、国としてはクメニギスとはやや険しくになったため優勢はイグニア寄りとなっている。だがここでユリアと言うイグニアにとっての政治面が機能しなくなればこの均衡がどうなるかわからない。


(最悪はあの約束を反故にする算段も付けておかないと)


 ユリアが自滅するのは勝手だが、こちらを巻き込んでの自滅などごめん被る。そのためにほんの少しばかり縁を切る準備をしておく必要があった。


「よく知らせてくれた。今後も何かあったら教えてくれ」

「!わかりました!!!」


 役に立てたのか、セレナは笑顔でそういう。そして何かを思い出したかの様に一度止まる。


「それとバアル様、これを」


 セレナはポーチから何かしらの袋を取り出す。


「これは?」

「ほんの少しですが、借金の返済を」


 袋の中身をノエルに確認させると、20枚の金貨が入っていた。


「そういえばギルドでクエストを受けていたな」

「はい、ほんの少し臨時収入があったので」


 それを借金返済に回したという。


 そして袋を受け取りながら、一つ気になっていたことを聞いてみる。


「ちなみにだが、そのゲームの中で俺はどんな存在だった?」

「う~~ん、ひところで言えば謎という感じでした。本当になんでそこにいるのか全く動きが掴めませんでしたから」


 セレナの言うことを聞いて、何となくだが納得する。もし俺の行動がゲームの動き通りなら、俺は様々な問題に巻き込まれてあちらこちらに移動している。もちろん俺すらも予期できないような事態が起きているため、セレナの言う攻略予測ができないのだろう。


「あ、そういえば生誕祭はどうでした?」

「何も恙なく終わったよ」

「あ、そういえば、アルベールとシルヴァの清めも終わったと聞きましたよ!!」


 その後、金貨20枚の返済証明書を書き記し、休憩がてらセレナの話を聞くことになった。

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