第329話 積み重なるもの
「もう少しゆっくりしていけば?」
生誕祭が終わった翌日の朝、アルムの執務室に出立の挨拶をしに来ていた。だが返ってきた言葉はこちらを引き取前うような言葉だった。
「それは、ちょくちょく遊びに来て、お前の休憩時間を作れと言うことか?」
視線を執務室のテーブルとその周辺に向けると、そこには机の上には書類の山と床には腰ほどの高さまで積み上げられている書類の山が山脈を作っていた。この光景を見れば先ほどの言葉の真意は簡単に予想できる。
「あははははは…………助けて」
笑いながら、本当に苦しそうな声で助けを求められる。
「諦めろ、その地位なら仕方がない」
上に上り詰めれば楽になると思っているようだが、当然そんなわけがない。下で何かしらの問題が起きて、それが上へ上へと上がれば必然的に下にいる人数分の問題が一斉に押し寄せてくることになる。
「普通はもっと、優雅な生活を送れると思うんだけど?」
「なら部下を使え」
「使っている……使っていて、これなんだ」
当然、問題が起きれば部署内で、もしくはその上司が尻拭いを行い問題を解決するだろう。だがそれでも問題点の報告書がまた上へと向かい、解決したとて何かしらの残滓を残すことになる。そして同時に、一般的に見て上の立場だとしても、王という国のトップにいる以上、どんな立場、たとえ大臣だとしてもアルムからしたら下の立場となる。そして大臣やそのほんの少し下の問題は当然ながら、上にいる責務としてアルムが関わることになる。
とどのつまり、上の立場になれば、仕事の量は必然的に増えていくということだ。
「諦めろ」
そういうと、アルムは再び乾いた笑い声をあげる。
「あ、それはそうと」
笑い声を止めて、こちらに向き合う。
「実はクラリスに叱られてね」
「なにで?」
「僕が側室云々に関して君に伝えたこと」
「クラリスの頭を飛び越えるな、か」
「そうそう、私たちの問題に入ってくるなってさ」
アルムに向けて文句を言ったこと、ここ数日間の不機嫌さを繋ぎ合わせればクラリスがどの理由で不機嫌になっているかは予想がついた。
だが
(……危ういな)
「バアル?」
「いや、何でもない」
用意されているカップを持ち、中に入っている紅茶を飲み干す。
「安心してほしい、どちらにせよ側室を娶るならクラリスの許可を得てからだ」
こちらとしてもグロウス王国国内、もしくはアルバングルの有権者との婚姻を進めるとなると、さすがにノストニアの姫であるクラリスを優先して進めることになる。もし、クラリスと新たな側室と関係が悪いようなら、まずその婚姻を結ぶことは無いだろう。
カップをテーブルに置くと共に立ち上がる。
「もう行くのかい?」
「ああ、こちらも負けず劣らず忙しいからな」
ノストニアの件はいくらか片付いたがそれでも全体のほんの一部のため、忙しいことには変わりなかった。
「そうか、気を付けてね」
「そっちも忙殺されない様に気を付けてくれ」
そう言い残すと背後にいるリンとグエンを連れて城の外へと向かい出す。
「グエン」
「はい」
グエンに声を掛けると、一つの紙が渡される。
「簡単に聞き出せたか?」
「はい、部下の一人が侍女の一人に話を聞いたところ快く教えてくれたとのことです」
実は昨日の閉会式からグエンに神樹の実を分ける行為についての意味を探らせていた。
(……やはりジンクスの様なものか)
快く教えてくれたということはまず、一般的に広まっているジンクスなのだろうと予想を建てながら、渡された紙を開く。
(トレヴィの泉の様なものだな)
紙には神樹の実を二人で食べることについて書かれていた。
神樹の実を分け合うという行為は一般的に夫婦や恋人間で行われるとのこと。その意味は、一つの実を共に食べることで魔力を一つにすること、つまりは二人で一つとなると思われているらしい。
「一通り見たが、言い伝えで、なんの信憑性もないな」
「まぁ、そうなのですが……」
グエンは顔で乙女ならそういうのが好きだと主張していた。
「クラリスは?」
「すでに馬車に乗り込んでいます。現在は私たちを待っておいでです」
城の門を出ると、一つの馬なしの馬車が停まっていた。
「なら、機嫌を損ねないうちに戻る必要があるな」
「でしょうね」
リンの苦笑を聞きながら、馬車に乗り込む。
「少し長かったわね、アニキと何かあった?」
「いや、何もなかったよ」
とりあえずはクラリスの機嫌がいいのを確認していると、ゆっくりと馬車が進み始める。こうして生誕祭を終えたのだった。
生誕祭を終えてから四日後、陽がまだ高い内に交易町ルナイアウルへと戻ってきたのだが。
「普通に考えて、婚約者を置いて先に帰るかしら?」
ルナイアウルにある高級宿の一室にて、俺はクラリスから文句を受けていた。
「クラリスが不機嫌になるのはわかる。だが、この数か月間は本当に忙しい」
残り2,3週間で一度リクレガに行って、その後にフィルク、明確にはソフィアを迎えに、そしてザルカザが持っていた王冠の受け取るために来るフィルク連中の相手をしなければいけない。またアルムの件を進めて、許可が出れば条件を考え迎えに行かなければいけない。そのために飛空艇を守るために腕利きの護衛を集めたり、機竜騎士団の団員を募集し教育を行わなければいけない。ほかにもロザミアの臨時研究所の許可などもある。
「……埋め合わせはしなさい」
「快く」
渋々だが許可の言葉をもらうと、早速とばかりに部屋を退出する。
「リン、グエン、クラリスを頼むぞ」
「はい、お任せくださいませ」
「バアル様もお気をつけて」
リンとグエンにあとは任せ、俺は宿の外に出ると、『飛雷身』で王都への移動し始める。
帰りは行きとは違い程よく雲が存在していたので、そこまで魔力を使うことなく王都へとたどり着いた。
「おかえりなさいませ」
王都のゼブルス邸の前に降り立つと、そこで仕事をしている侍女がカーテシーで出迎えてくれる。
「父上はもう、領地に戻ったか?」
「はい、昨日出立いたしました」
相談したかったのだが、いないのならしょうがない。
「ノエルを呼んでくれ。それと王城に、あと出立した父上に手紙を届けるからそのための人も用意しておいてくれ」
「かしこまりました」
頭を悩ましながら自室に戻ると、早速とばかりに紙とペンと取り出す。
コンコンコン
「誰だ?」
「ノエルです。お呼びと聞いたのですが」
「入れ」
「失礼します」
ノエルが部屋の中に入ってくると礼をして机の前に立つ。
「ノエル、リンが戻ってくるまで俺の護衛となれ」
「はい」
ノエルが前に居ても手を止めずに手紙を書き続ける。そして封をして家紋を刻む。
「よし、これをアンリエッタに渡しておいてくれ、手紙の配達人を準備しているはずだ」
「かしこまりました」
ノエルは手紙を受け取ると恭しく礼をして退室していく。
(さて、となれば次に必要なのが、団員についての教育だが―――)
それからはひたすらに必要な書類や手順書を作成していく。
作業を始めてから数時間が立つ頃、廊下がバタバタとうるさくなる。
「なんだ?」
「どうやらセレナさんが帰ってきたようです」
手紙を届け終えた後、傍で給仕を行っているノエルに問いかけると、セレナが帰ってきたと告げられる。なぜわかったのか、それはノエルの能力で屋敷を監視しているからだった。
「バアル様!おかえりなさい!!それと大変です!!」
「ノックぐらいしろ……それでどうした?俺が帰ってきたから急いだわけではないだろう?」
色々と問いただしたいところだが、まずは息が上がっているセレナの話を聞いてからでもいいと判断する。
セレナが頷き息を整えると、こちらを見て、詰め寄ってくる。
『大変なの!ユリアが、悪役令嬢になっちゃった!!』
「はぁ?」
その言葉に思わず気の抜けた返事をしてしまった。
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