第327話 奇妙な気配について

 アルムとの会談を終え、俺とクラリス、アルムとその両親とで晩餐を行った翌日、俺はクラリス、そして護衛であるリンとグエン達を引き連れてエルカフィエアの街を回っていた。


 ただその際に


「……」


 なぜだかクラリスはやたらと不機嫌だった。


『なぜ怒っているか心当たりは?』

『ありません』


 リンと目線のやり取りする。リンも女性のためクラリスの不機嫌の理由がわかると思ったが、どうやらリンでもわからないらしい。


「バアル様」

「ん?ああ、そうだな」


 リンの声で視線を前に向けると、露店や屋台が立ち並ぶ地区にたどり着いた。


「クラリスは行きたい場所はあるか?」

「……別にないわよ」


 不機嫌な最中、一応の確認を取るが、やはりと言える反応が返ってくる。


「なら、少し寄りたい場所があるんだがいいか?」

「ご自由に」


 クラリスの言質を取ると、今度は俺が先導して道を進んでいく。




















「ここ?」

「ああ、少々必要になってな」


 俺が先導して着いたのが様々な水晶が置いてある露店だった。


「いらっしゃいませ」

「すまないが、今ある精霊石・・・の在庫を教えてほしい」


 水晶はノストニアでは簡単に手に入る精霊石だった。


「在庫ですか?置いてある物ならすべて売れますけど」


 露店には数にして100程の精霊石が置いてある。だが同じ種類だけとなると、せいぜいが4、5個前後だった


「俺が欲しいのは『無の精霊石』だ、ここには5個ほどしかないだろう?できれば数多く欲しいのだが」

「一応の確認で聞きますが、何用ですか?」

「用途は様々ある。人族の国だと精霊石はかなり珍しい物でな、本来の用途としても使えるし、それ以外にも装飾して贈り物としても使えるからだ」


 人族でも稀に精霊と契約している者たちがいる。それもノストニア国内ではなくグロウス王国や他国でだ。それはつまりグロウス王国にも精霊がいることを意味しており、縁者や友人に送れば精霊と契約できる可能性も増える。それに精霊石自体が宝石、とまではいかないが綺麗な水晶なので、装飾品にしてプレゼント用にしても十分価値があった。


 これらのことを説明すると合点がいったように露店のエルフは頷く。


「なるほど、ちょっと待っていてください」


 エルフは露店の見えないところに用意している大きな箱を開けて、在庫を確認し始める。


「ねぇ」

「なんだ?」

「……今更?」


 クラリスが、過去にいくらでも機会があったのにと言う視線を送ってくる。


「二人が清めを受けたからな、当然表舞台に上がってくる。その時にノストニアの特産で作られた装飾品と言うのは十分に使い道がある」


 俺と違い、二人は様々な縁を繋ぐことになるだろう。ほかにも精霊石を使った装飾品を下賜することでゼブルス家と近しい家だと証明することが出来る。そして貴族の子弟はその証をもらうために二人に、より貢献する動きを見せてくれるようになるだろう。


(まるでボーイスカウトのバッジ集めだな)


 貴族の子弟がアルベールとシルヴァに近づき、二人に対して何かしらの貢献を行う。そして十分な功績を上げれば、二人から通して装飾品を渡し、二人からお墨付きをもらえる。まさに餌の様な扱いをすることで二人の周りで我先にとゼブルス家ひいては二人にとって有益な行動をしてくれるようになる。


「だとしてもそこまでの数が必要?」

「??何も一つだけで装飾品を作る必要はないだろう?」


 精霊石一つだけでも十分な装飾品は作れるが、別に精霊石を複数使って、装飾品を作っても何も問題はない。それどころか精霊石の数でランク付けをすることでより上位にと動かすことも可能だろう。


 また別の理由として、ゼブルス家がノストニアと懇意にしていると宣伝するためでもあった。


「納得したか?」

「なんか引っかかるけど、とりあえずは」

「お待たせしました。『無の精霊石』は少し売れたので現在は94個あります」

「そのすべてを買おう」

「ありがとうございます」


『亜空庫』からノストニアの紙幣を取り出すと、金額分を渡す。


「もしよろしければ、ほかの精霊石はいかがですか? 『無の精霊石』は透明ですが、ほかの属性付きの精霊石は色がついていて、こちらはこちらで装飾品として使えますが?」

「装飾品としては十分なんだが……本来の用途である属性の増幅が少しもったいなくてな」


 人族は魔力を見ることが出来ない。エルフが見るだけでわかる、色とやらも理解できない。


「そのため下手に属性のついた精霊石よりも、ただ魔力を拡散する『無の精霊石』の方が使い勝手がいいわけだ」


 そういうと店主も納得の表情を浮かべる。


 その後、受け取った精霊石を『亜空庫』にしまうと、日が暮れるまで生誕祭の前夜祭を楽しむことになった。


















「へぇ~アルベールとシルヴァが本格的に表に出てくるのか」

「ああ、これから二人は忙しくなるだろうな」


 夜、星空が見える露天風呂にてアルムと雑談をしていた。


「しかし、いいのか?明日の生誕祭に向けてどこもかしこも忙しいと聞いていたが?」


 日が暮れると城へと帰ってくるのだが、城では生誕祭前夜のためか、どこもかしこも忙しそうに何らかの作業を行っていた。その忙しさは本来ならもてなす必要がある客人への晩餐も簡易に済ませてしまう程だった。


「ははは、僕は明日にみんなの前に顔を出す必要があるからね、前夜祭に疲れるような仕事は回ってこないのさ」


 生誕祭の開催宣言をするのはノストニアの王であるアルムの役割だ。その時に疲れた表情をしていては示しがつかないということで今夜だけは休息の時間があるとのこと。


「まぁ、それでも開催宣言と終わり以外は普通に仕事があるけど」

「だろうな」


 グロウス王国で行われる新年祭と同じ、もしくはそれ以上に忙しくなるのだろう。


「今日は慰安だと思って、これに付き合ってくれよ」


 アルムは傍に置いてあるお盆とコップ、ボトルを取り出す。


「俺も飲めないわけではないからいいが」

「なら」


 何かしらの酒が注がれたコップが渡される。


「そういえば」

「どうした?」


 ふと視線をアルムに視線を向ける。


「アルカナについて一つ聞きたい」

「アルカナ?」


 俺が話を切り出したのは、アルムから常時奇妙な親近感を感じさせる気配をフィルクで感じていたのを思い出したからだ。


「アルムはどうかわからないが、俺はアルムに何かしらの気配を感じている。それはアルムもだよな?」

「ああ、感じているよ。そしてそれはアルカナの契約者であればお互いに気配を感じることが出来る」

「理屈は、わかるわけないよな」

「そうだね」


 理屈、理論がわからないからこそ、『魔具』と呼ばれている。当然、俺はバベルの細部を知らないし、スキルについても同じだ。


「そこで一つ疑問だが、その気配が建築物、そして土地から発せられることもあるのか?」

「???妙な話だね……普通であれば本人にしか、感じないはずだ……本当に僕たちが感じている気配なのか?」

「ああ」


 フィルクで感じた、あの気配はアルム、ロザミア、フィアナから感じていたそれだった。


「……不思議な話だな」

「ただ、同時に違和感も感じていた」

「それじゃあ、もっと意味が分からないね……アルカナで土地や建物と言った、物に影響を与えることはできる。でもそれ自体に気配は感じないはずだ」

「それ文献によるものか?」

「その通りでもある。この際に言えば僕の『皇帝』もモノに影響を与えるようなことができるからね。ただ、エルカフィアで僕以外からアルカナの様な気配は感じてないだろう?」


 アルムは自身のアルカナである『皇帝』でも物に影響を与えることが出来るという。


「だが、俺は感じていない。だからこそ不思議な話か」


 アルムは頷く。気軽に話すということは『皇帝』の基本的な能力で、隠し様が無いという理由、もしくは調べれば判明してしまうからこそだろう。


 そしてそんな能力を出し渋ることはしないはず、つまりはこのエルカフィアでフィルクのあの気配を感じないということはアルカナの能力ではない可能性が高いということだ。


「もしかしたら、ほかの物への影響を与える魔具を使っている可能性もあるし、そこは完全には断定できないね」

「……それもそうだな」


 もしかしたら知っているのかもという思いで問いかけたのに答えは否だった。


「あ、そういえば」


 アルムは何かを思い出したかのようにこちらを向く。


「僕、来年結婚するつもりだから」

「へぇ~」

「つれないね。その時に妹であるクラリスを呼ぶんだけど、そうなると必然的に」

「俺が出席しなければいけないわけか」


 義理の兄になるかもしれない相手の結婚式だ、ここは出るのが普通だった。


「非常事態になっていなければ出ると約束しよう」

「そうしてくれ」


 その後、アルムは湯を上がり城へと戻っていった。そして残された俺は残ったボトルを飲みながら星空を楽しむのだった。

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