第326話 無自覚の感情

「お互い納得してくれたようで何より」


 ギスギスとした雰囲気の中、強引にアルムは温和であるような言葉を出す。


 アルムの言葉通り、お互いそれぞれ満足できた結果ではないが、それでも交渉は終了した。


「それで最後の要件だが……あの空飛ぶ船、飛空艇についてだ」


 アルムは何とも興味深そうな表情で、そして女性からすれば極上の色気を感じさせるような表情をする。現に後ろにいるリン以外の護衛は見惚れていた。


「一応確認だが、アレを買うことや貸すことは?」

「出来るわけないだろう」


 一抹の希望を掛けた問いかけだろうが、こちらの返答は変わらない。売ることになれば市販される魔道具に該当されるし、貸し出しも中身を知られる可能性があるため絶対に許可できない。


「だろうね。こちらからしたら、何とも魅力的な物で、若者の興味を引けそうなものだけどね」

「魔道具に代わる新たな興味の対象にするつもりか?」


 アルムは人族との交友で衰弱する未来を変えようとしている。だが今回の件でフーディが魔道具の製法を聞き出した。当然人族と交友することを良しとしないフーディは、国内でも魔道具を生産することでノストニアの興味の対象を国外へと向けない様にするだろう。


 だが同時にそんな事態はアルムも容認できない。ならば新しい興味の対象を作ればいいとして飛空艇を選んだわけだ。


「だが、当然ながら国の外には出せない。そこは理解しているだろう?」

「そうだよね~だけどさ、ちょうどよく興味の引けそうなものだったから」

「……フーディの表情を見てみろ、少し面白いぞ」


 交友を歓迎しないフーディは何とも難色を示した表情をしていた。


「陛下、もし私の意見を必要としないなら退室しても?」

「いや、フーディには否定的な意見を聞きたいからだ」

「……なら私からは、わかりきっている言葉を送ります。反対です」


 フーディは勝ち目が薄いのはわかりながらも意見を通す。


「私が魔道具の製法を引き出した理由を考えれば、当然今回のことは反対するに決まっているでしょう」

「そうだね、だが一度話は切るとしよう。ここから先は僕とフーディの方針について熱が入った議論が始まりそうだからね」

「そうですね、それで何を聞きたいのですか?」

「その前に一つ、バアルに聞きたいんのだけど」


 話の矛先がフーディから俺へと向く。


「なんだ?」

「飛空艇の姿をこのエルカフィアに見せることは可能か?もしできるとしてどんな条件が必要だ」


 アルムの言葉の真意は理解できた。そのため頭の中で必要な事柄をまとめる。


(難しいな、ノストニアに飛空艇を飛ばすには陛下の許可が必要だ。もちろんほかにも飛空艇を守護するための警備、飛空艇の秘密を探ろうとするための工作員の排除も必要だ。何よりアルム……いや、アルムでなくてもノストニアの権力者が本気で奪おうとすれば、おそらく奪われる)


 フーディを一度だけ観察して再び熟考する。


(飛空艇に、今ある飛空艇で最大級であるケートスでも、搭乗人数は部屋に敷き詰めれば200人前後、貨物室も使用すれば500人ぐらいまではいけるだろうが、それだけでは到底足りない)


「一応聞くがアルムの権限で万近い集団をエルカフィアに派遣するのは?」


 アルムはゆっくりと首を横に振る。答えは許容できない、だ。


「僕が責任をもって警備、と言っても無理だよね~」

「ああ」


 根本はいかに多くのエルフを飛空艇に近づけないかと言うのに、警備にエルフを使っていれば意味はない。


「こちらとしては迎えに行く前に警備の騎士団を派遣しなければ、話にならない。飛空艇には数多くの機密がある、それに対してこちらで護衛を用意するなというのか?」

「僕としてもそんな多くの人族を迎え入れることは許可できない。知っているとは思うけど僕たちは数が少ない、もし万の騎士団が僕たちを襲うと考えれば受け入れられない」


 アルムとしては万近い人族が一斉に国内、それも都市であるエルカフィエアに入るのは許容できない。アルムは襲うと言ったがこれは正面からとは限らない。なにせエルフと言えど毒物は効果がある。それはウライトの時に証明されている。その点を踏まえれば万が一に強力な毒を持った存在が紛れていて、ノストニアに害がないとは言えないからだ。


(どのような毒が持ち込まれるかわからないし、持っているかもわからないしどこに隠し持つかもわからない、それこそ捨て身で毒物をまき散らす可能性も捨てきれない。それに隠し持てる魔具が存在しないとも限らないからな)


 それは持ち物検査を徹底すればいいとも思うだろうが、俺が使う『亜空庫』の様な魔法や魔具を使えば物を持ち込むと言ったことは何も難しいことではない。現に俺はすぐにバベルを取り出すことが可能だった。


「それこそ、飛空艇を着陸させないなら話は別だが、そうでなければこちらで手配した警備は絶対に必要だ」


 こちらが断言すると、アルムは目を見開く。


「なら着陸させないで、僕が乗り込もう」


 この言葉を皮切りにアルムは長い説明を行う。















「なるほど……一考の余地があるな」


 アルムの説明を聞いてみると、先ほどの着陸するよりも許諾できそうだった。


「陛下」

「フーディ、君のところからも護衛を派遣してもらう。それで満足できないか?」


 当然ながら飛空艇に乗り込む際にアルム一人と言うことは無い。腕利きの護衛が付き、アルムを何が何でも守り、ノストニアへと護送することになるだろう。


「それでしたら、まだ納得できます」


 フーディは渋々頷く。彼からしたらアルムを国外に出すことは論外だろうが、アルム自身が大衆に飛空艇を見せることを望んでいる。そうなればフーディだとしても忠告はできても、止めることはできない。


(当然、こちらも英雄と呼べるほどの連中を集めればいけないがな)


 ただでさえ人族よりも強いエルフなのに、アルムの護衛ともなれば一騎当千とも呼べる強者が集められることになるだろう。飛空艇の配備する護衛はそれと拮抗できるほどの強者を集めておかねばいざと言うときに拿捕されてしまう可能性があった。


「それと名目はどうする?」

「それなら簡単さ。さっきゼブルス領を案内してもらう約束をしただろう」

「ああ」


 エルフの勢力を派遣する条件でゼブルス領を案内する必要があった。


「つまり、飛空艇でそのまま案内しろと?」

「その通りだよ」

「断る」


 ゼブルス領の案内を許可したのは馬車などの地上を進むからだ。空を飛んで迎えに行き、そのままゼブルス領へと連れて戻るなど、地形を把握させることなどから考えて言語道断すぎた。


「もし、何か見られたくないものがあるなら僕を窓のない部屋に入れるのでもいいけど」

「陛下!!」


 フーディがアルムの物言いに警鐘を鳴らす。当然だろう、なにせ国主が外が見えない箱に入れられて運ばれる。そんなのどこへでも運ぶことが出来ることを意味している。


「俺としても反対だ、精霊に協力してもらい、外を見ることは不可能ではないからな」


 俺も何度かイピリアに景色を映し出してもらったことがある。そう考えれば窓を付けなくても何ら問題がない


「そうかい?こちらとしてはノストニアの国内を飛空艇で通させるんだ。これくらいの譲歩はしてほしいけどね」

「……詳細はこの案で陛下に上奏して許可をもらってからでいいか?」

「そうだね、ここで詳細な条件を決めても拒否されてしまえば意味が無いしね」


 どこまでを飛空艇で飛ばすのか、飛空艇をノストニアに飛ばす許可が下りるのかがわからないため、こうして枠組みだけ決めることとなった。










「陛下、そろそろお時間が」


 護衛の一人の声で俺とアルムは窓の外を見る。するとそこにはあと少しで夕暮れとなる空模様が写されていた。


「そうだね、話すことの粗方は終えたし、今日はここで終えようか」


 アルムの言葉に異存はなく、素直に頷く。


 その後、城の一室に案内されて、晩餐が始まるまでゆっくりとする。










〔~アルム視点~〕


(しかし、バアルも面白いものを作り出してくれるね)


 バアルが退室してからはいつも通り文官たちから渡された書類に目を通して、書面していく作業を行う。普通なら晩餐の準備が終わるまでの少し時間ぐらいなら休息してもいいと思うだろうが、残念ながら今は生誕祭、明確に言えば前夜祭の真っただ中のため少し手を停めただけで書類は山のように積みあがってしまう。


「僕も祭りが楽しめる立場だったらよかったのにね」


 部屋の隅にいる護衛に問いかけるようにつぶやくと、苦笑しながら静かに首を横に振られた。


 コンコンコン


 そんな中、扉がノックされる。


「だれだ?」

「私よ、少しアニキに話が合って」


 扉の外から聞こえてきたのはかわいい妹であるクラリスの声だった。


 すぐに扉を開くように護衛に告げると、何とも不機嫌な表情で入ってくるクラリスの姿があった。


「ん?どうした?」

「……文官の一人から聞いたわよ。バアルと側室のことで話したって」


 クラリスの口から出てきた言葉と不機嫌な態度を結びつけるのは難しくはなかった。そして同時にとても驚く。


「そうだね、バアルにノストニアが一夫一妻制だからと言ってそれに則る必要はないとは告げたよ」

「……内容は今知ったけど、それ以上にそのことをなぜアニキが告げるの?」


 これには弁明できる理由が無いため両手を上げて降伏する姿勢を占める。


「それはごめんよ。でも避けられない問題だと思ったから僕から」

「そうじゃない」


 クラリスから言いにくいだろうから代弁したと告げようとすると、クラリスから違うと言われる。


「私が頭に来ているのは、兄貴から側室云々のことを聞いたはずなのに私に何も告げに来ないバアルと、なぜか私たちの問題なのに立ち入ってくる兄貴によ」


 そういわれると、本当に弁明しようもなかった。


「すまない」

「……私のために言ってくれたのには感謝するけど、これは私とバアルの問題なの。私かバアルが助言を求めない限り立ち入ってこないで」


 そういうと言うことは言い切ったという風にクラリスは退室していった。


 そして執務室に取り残されたのは、しくじったと後悔している僕と何やら気付いている護衛達、そして面白そうな話題を見つけたと喜んでいる侍女たちだった。


「どう思う?」

「アレは恋を自覚していませんね~~!!」


 一応の確認のためにこの場にいる全員に確かめるように聞いてみると、侍女の一人が目を輝かせながら告げる。


「はは、私には年頃の娘がいますが、何とも懐かしさを感じさせますよ」

「政略結婚、いえ、この場合は政略婚約ですか、それで無事に愛情が育まれたみたいですね」


 その後も、同じような意見がいくつも飛び交う。


「だよね……少し心配だ」

「??心配ですか?」


 僕の呟きに全員が興味深そうに視線を送る。


「もしバアルが、エルフなら僕も言うことは無い。けどね、バアルは人族だ。今は友好的ではあるが、それでも敵対する可能性が無いわけではない」


 僕の言葉にこの場にいる全員が理解できた表情となる。クラリスはノストニアの王族、当然その身は自由とは言えない。


「それに……いや、これ以上はやめておこう」


 バアルの様子を見て、彼がクラリスに対して家の利益にしか見ていないことはわかっていた。だからこそ、もしクラリスが邪魔になればすぐさま切り捨てる選択を取ることは容易に想像がついた。


(彼はおそらく……)


 予想を考えているとふと不安視する視線が向けられていることに気付く。


「まぁ、大丈夫だろう。現時点で彼と敵対することもないし、クラリスが上手く押していけば彼もクラリスに情が湧くはずだ。それに僕がうまく立ち回れば二人が離れる必要はないと思うよ」


 そういうと、先ほどの視線が安堵した視線となった。


 だがこれは希望的観測でしかない。


(クラリスが頑張ってバアルを惚れさせてくれれば問題ないんだけどね……まぁ最悪な形で妹の純情が引き裂かれない様に尽力するとしよう)


 バアルはグロウス王国で一番ノストニアとつながりが太い。それを考えればノストニアに価値があるうちはバアルが繋がりの元であるクラリスを手放すことが無いという証明でもあった。


 それを思って、晩餐の時間まで手を動かし始める。

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