第301話 拠点リクレガ
集落の中に入ると、何をおいてもまずは軍の総指揮を取っている叔父上と合流する。ちなみにレオンとアシラはバロンに報告をするため道中で別れた。
「お待ちしておりました、バアル様」
集落の中に入ると、すぐにエウル叔父上が姿を現した。
「エウル叔父上、今はそこまでかしこまった言い方をする必要はありません」
「そうですか?では、やや砕けた口調に戻しましょう……それで、アレは新しい魔道具なのかい?」
疑問に思うのは叔父上だけではなく、集落の一角に集められた軍人すべてが上を見上げていた。
「それについては追々話しますので、今はアレを下ろせる場所への案内を」
「わかった、こっちだ」
エウル叔父上に先導されながら集落を進む。
「だいぶ様変わりしましたね」
「ああ、さすがにただ警戒しているのも無意味なのでな、軍隊には訓練を兼ねて集落の改良にいそしんでいたのさ」
集落はいくつかの区画に分けられており、今ゼブルス軍は駐在している区画はしっかりとした家や建物が立っていた。だが草原と言うこともあり、建てられている家はほとんどが粘土と岩を削って作られたものが多かった。
「食料の保管には道中で使った馬車型の冷蔵庫があるため問題はない。訓練させるための広場も整地してある。そして空飛ぶアレを下ろすとなれば訓練場が最適だろう」
「そこは任せます。それと何人もアレの内部には誰も入れないように、エルフに関しては近づけることすらも許しません」
たとえ派遣してもらっているエルフだとしても内部に入れることは警戒せざるを得ない。
「……わかりました。では人族のみを警護に着けましょう」
叔父上は了承はしたのだがどこか歯切れが悪かった。そして軍務での話になったためか敬語に戻っていた。
「ちなみにだが、この区画にはエルフたちもいますか?」
「いえ、彼らは彼らで区画を決めて、そちらに建物を建てています。いますが……」
エウル叔父上の視線を追うと、均した道の先に、ノストニアで見たような植物の家が建っていた。
「あのように区画には壁はありません。そのため行こうと思えば獣人やエルフの区画には自由に行けてしまいます」
「近づこうと思えば近づけるわけですか……」
エルフの単純な戦闘力は人族の十倍、そう考えれば今この集落で一番の戦力を誇るのはエルフたちと言うことになる。
「それに大雑把な部分の整備はエルフたちに依頼していたので」
「何を頼みました?」
「いくつか例を挙げると、まずは土を均等にすること、山脈の前に仮設の砦を建設する際に土の盛り上げや岩の運搬、それにいくつかの家も彼らに頼み作ってもらった部分もあります」
「なるほど」
効率の面から考えても確かに人族が大人数になって動くよりも一人のエルフが精霊魔法を使う方がよほど早いだろう。
だがその反面、何かしらを仕込もうと思えば仕込めるということでもあった。
「ならばエルフたちの作業を中断してでも砦の方に回してください」
「それならば」
その後、訓練場にたどり着くまで采配された区画と今建設している仮設の砦について詳しく受けた。
まず集落だが、元居た獣人の氏族の名前を取ってリクレガと言うらしい。また区画についてだがこれは三つの勢力があるため、必然的に三方向に分かれた区画になっていた。まずウェルス山脈方面にあるのがゼブルス軍に充てられた区画。方角的には東に位置している。そしてミシェル山脈の方角にあるのがエルフたちに充てられた区画、方角的には北西に位置している。こちらはノストニア同様、不自然に幹が太く、背が低い木が多くあり、その幹の洞を部屋としてエルフたちは暮らしている。そして最後に獣人が暮らしている区画だが、これはアルバングルに近い位置、つまりは南西に位置する場所にあった。こちらは木の枝や獣の皮、木の葉などで作られたテントの様なゲルの様な建物が立ち並んでいた。
そして今建設している砦だが、これはルンベルト駐屯地の様な物資や人の集積所の役割を担っているため、すぐにどのルートでも通れるような位置に建てられている。砦と言うだけあって堅牢さを求められているため、ウェルス山脈やミシェル山脈から石材を採掘し、それを素材に作られている最中らしい。位置にして二つの山脈を中心にルンベルト駐屯地と対になるような位置に存在している。
またこの砦はすでに軍は使用しているらしい。
「この砦に配備されているのはゼブルス軍およびエルフ軍の半分が配備されております。獣人も駐在してはいますが、俺らの用途は山脈間への監視派遣、および後方からの物資運搬、山脈からの石材の採掘と運搬を担っております」
「つまり現状では獣人は戦力としてはカウントしていない、ですね?」
こちらの言葉にエウル叔父上は肩をすくめて答える。
「砦は建設途中であるため防衛には適してはいませんが、それ以外であればそれなりに使えます。獣人には三つのルートすべてを監視してもらい、私たちはクメニギスが攻め込んできた時のみ対応する手はずとなっております」
エウル叔父上の方針だが間違いではなかった。
「そうですか、それとそちらから何か聞きたいことはありますか?」
「もちろん、バアル様がレオン殿と共にクメニギスに向かってからあの空飛ぶ魔道具で帰ってきたことの顛末、そして同時に今後、国やゼブルス家がどのような方針を取るかを教えてもらいたいですね」
「わかった、まず―――」
それから簡潔に決定した事項を伝える。
グロウス王国とノストニア、アルバングルで連盟を結んだこと、クメニギスが戦益奴隷制度を廃止したことに加えて戦益奴隷が分別されて獣人は返還されること、俺がアルバングルの大使にそしてあの飛空艇を束ねる機竜騎士団団長に任命されたことを伝える。
「何とも様々なことが変わりそうだな。それではこの軍も何か変わることが?」
「それは何とも言えないとしか、ですが完全に今まで通りとはいかないでしょう」
現にゼブルス軍のほかにも機竜騎士団という軍勢も作れるようになった。また機竜騎士団が存在することでゼブルス軍をルンベルト地方へと派遣することが出来る。それこそ、時間を掛ければ万を超える数をこの地に留める事が出来るようになる。
(それにゼブルス軍ならこちらに派遣するのに
グロウス王国におけるゼブルス軍の扱いを考えれば、どの軍隊よりも派遣しやすい軍勢だった。
その後、予想される事態をすべて叔父上に伝え終えると共にようやく何もない広場でしかない訓練場にたどり着く。
「……降りてきた姿を見ても、現実の物とは思えないな」
訓練場にたどり着くと、飛空艇はあと二十メートルの高度にまで降下していた。その距離まで降りているもう目と鼻の先に存在しているため、飛空艇の大きさが実感できる。
「大型の商船が空を飛んでいるようだな」
「そんなものです」
飛空艇“ケートス”は全長50メートル弱、この機体は戦闘もできるが主だった用途が輸送のため長いだけではなく太さも存在している。そして輸送用機体なだけあり、その分だけ積載量は多く、人や物を運ぶのには適している。叔父上が例えた商船というものあながち間違ってはいなかった。
ズン!!
訓練所に飛空艇が着陸すると重い音が聞こえてくる。
「さて、叔父上、周囲の警備は手厚くお願いします。それと私が許可した者以外は船内に入れないように。あといくつかのお土産もあるのでお楽しみにしていてください」
「お土産?」
叔父上が首をかしげている間に飛空艇に近づき、乗降口を開け、中に入る。
「ノエル、エナ、ティタの場所は?」
『三名は展望デッキに居ります。また全乗客もそこに居りますので、そちらに行けば一度で事足りるかと』
ブレインの音声に従い、展望デッキに向かい出す。
「「「「「「「「「「おおぉぉおおおおお!!」」」」」」」」」」
しばらくすると、やたらと太い雄たけびが訓練場に響き渡る。
(これで全員を誘導し終えたか)
俺が船内に入ってしたことと言えば展望デッキから乗降口へと案内しただけだ。そして案内を終えれば全員が競うようにさっさと船外へと出ていった。
「すげぇな、本当に空飛んで帰ってこれた!」
「だな!自慢できるぞ!」
「そうだな、だがお前にあの景色を伝えられるとは思えねえぞ」
「うるせえ、それはお前もだろう」
乗降口からは飛空艇内に残っていた全獣人が降りていた。中には大地にうつぶせになり、やっと地に立つことが出来たことを噛みしめている者もいる。
(さて、これですべてのお荷物を下ろすことが出来た。あとは)
船内から乗降口を封鎖すると、リンとノエル、エナ、ティタを引き連れて、とある区画へと進んでいく。
「点灯」
カッ
声に反応して薄暗い場所にライトがつくと区画の全貌が見えてくる。
「それにしても、多いですね」
「まぁな、5千、ついでに3千の補給物資だからな。だが全体で言えば、これですら足りないはずだ」
リンがこのような声を出すもの無理はない。なにせ今いるこの区画は貨物区画となっており、最低限の移動スペースを残してあとはすべて木箱の山が積み重ねられていた。
「食料や水は現地で調達できるとしても、武器の修復、医療物資、その他もろもろが必要になるからな」
軍を維持するのには最低限水と食料さえあればいいとされてはいるが、やはり最善のパフォーマンスを出すとなるとそれなりの物資が必要だった。武器を整備するための消耗品の道具、怪我した際に使うための薬、ほかにも鎧や盾の欠損を補充するための部品や補修材料などなど。あとは生活するための衣服や予備の剣、それに士気を高めるための嗜好品、ほかには軍事必需品も何があるかわからないため、幅広く持ってきていた。
「それもそうですね、魔剣の類でなければ武器がいつまでも持つというわけではないですからね」
リンも戦闘職であるため、これらの重要性は重々理解している。そして説明しながら最後尾の部分に来るとレバーのある壁に向かう。
「それじゃあ開けるぞ」
レバーを挙げると、貨物室の
「さて、ノエル、エウル叔父上を呼んできてくれ」
「かしこまりました」
ノエルは
「何とも、外見にも驚かされたが、こんなにも荷物積んでこれるのか」
貨物室に入っている荷物を見て、エウル叔父上はこれの有用性が一目で理解していた。
「それも、空を飛ぶため、空を飛ぶ手段が無ければ妨害すらできませんからね」
もし籠城戦があったとしても、この飛空艇があれば相手の包囲網を気にせず物資の運搬が可能になる。また攻城戦においても、爆撃機にも転用できるためどちらにせよ有利に戦争を進められるはずだ。
「それと、叔父上」
俺は一つの紙束を手渡す。
「これは今回の物資のリストです。一つ一つ確認しながら下ろすので、人員の手配と物資の保管をお願いします」
「お、おう、わかった、少し待っていてくれ」
叔父上は
「さてここからはリンとノエルだけでいい。エナとティタは知り合いにでもあいさつしに行け」
ここからの人手は俺とリン、ノエル、そして叔父上が手配してくれる兵士だけで十分事足りる。
「……(コンコン)」
「安心しろ、解いてやる『
俺の音声でエナのマスクの形が変わり、自由にしゃべれるようになった。
「ああ、一応言っておく、その状態になれば録音、録画され、今いる居場所が特定されるようになる。そのことを覚えておけ。それと日暮れにはこの場所に戻ってきてくれ」
「わかった」
それだけを告げるとエナとティタは船を降りて、自由に行動し始める。
「いいのですか?」
エナの行動にリンは疑問を呈する。
「問題ない。首輪は付けているが、それでも最低限の信用が生まれただけだ。それに当分はここには戻って来ないように挨拶に行かせた」
「そうですか」
リンからそれ以上の問いかけはなかった。納得したのか、そうでなくても飲み込んだのか、それはリン自身でしかわかりえなかった。
それに、エナをわざわざ獣人の区画に返したのは先ほどの理由に加えて、いくつか理由があった。まず一つ目はそれなりの待遇を与えるということの証明、そしてもう一つがエナ達に積荷の確認に加えたくなかったからだ。そのほかにも些細な目的はあるが、大まかに言えばこの二人が目的だった。
(物資の内容を知っているかどうかで
やはり毒物を扱うティタは警戒の的となる。もちろんエナという切れない鎖で繋いでいるのはわかっているのだが、飼い犬に無遠慮に手を出して噛みつかれることがないこともなかった。
そしてしばらくすると、大勢の兵士と騎士を連れたエウル叔父上が戻ってきた。
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