第300話 首輪が生み出す物
≪※読み飛ばしにご注意を※≫
「バアル様、よくわかっているとは?」
コックピト内に戻り、様々な計測器を見ながら状態を確認しているとリンに問いかけられる。
「……エナに着けているあのマスクはどう思う?」
計測器と前方を見ながらリンに問いかけ返す。
「ありていに言って首輪でしょうか?」
「その通りだ、なら首輪の利点は?」
この問いに、リンは少々の沈黙を挟んで答えを出す。
「
「その通りだ」
首輪は何も行動を制限させるための物だけではない。誰かの庇護下にあると証明する物であり、信用を生み出す物的証拠だった。
「そこらにいる野良犬はいつ噛みついてくるかわからない不安感を与えてくるが、首に鎖が繋がれている飼い犬は調教されているという安心感がある」
エナの場合で言うと、まずマスクを装着することで声による洗脳に似た力を使わせないようにすること。これが噛みつかないという証明。そして次にマスクを着けていることにより、俺が管理しているという証明をしている。これが俺の庇護下にいることと同時に俺の目が光っている、つまりは安心感につながる。
「エナのマスクは俺が発行している証明書みたいなものだ。それを付けていれば能力の一部に制限がかけられるが、その反面ゼロ近しい信用がいくらか生み出される。洗脳に近い能力を持っているならマスクをつける方が賢明な判断だろう」
最後に小声で、反乱する意思が無ければと付け加える。
「なるほど」
「それが本人の頭で考えたことなのか、はたまた匂いで察しているだけなのかはわからないが」
「まぁ、それは、はい」
エナの頭は悪いとは言わないがいろいろと知識不足なのはリンでも理解している。
「ですが、それならもう一つ疑問が」
「ティタのことか?」
「あ、はい、その通りです」
リンの表情になぜわかったのかと書かれていた。
「エナの話をしていて、今までの話の流れを考えれば召し抱えたもう一人を連想するのは当たり前だろう?」
「なるほど、でしたらティタにはなぜ、何も制約を付けていないのですか?」
「もうすでに制約は付けている」
ティタに関しては制約を付けるまでもない。なにせ――
「ティタは何をおいてもエナを優先する。もし仮に何かしらの行動を起こせばエナを処罰することがティタへの制約だ」
「ですが、その理論で言えばもしエナが陰ながら反乱を画策してしまえば」
「ああ、ティタはどんな不利益を被ってもエナに協力するだろう」
「でしたら制約には」
「ならないと?」
「私はそう判断します」
リンは苦い表情をしながら頷く。
「それは考え方の相違だな。まずティタだが、何をおいてもエナを優先する。そしてエナは、ああは見えるが、しっかりとした信条があり愛国心に満ち溢れている。俺がアルバングルに必要な人材であるうちは俺から反目しようとはしない。それどころか獣人は恩を忘れないと言う、エナも恩義のため尽くしてくれることだろう」
とはいっても最後のは希望的な観測に過ぎない。だがそれ抜いたとしても現時点ではエナが俺に敵対する道はまず存在していなかった。
「もしも……本当にもしもエナがバアル様に牙を剥いた時はどうなさるおつもりで」
「ふ、ははは」
リンの警戒した表情に思わず笑ってしまう。
「リン、今のアルバングルを見てみろ。アレは生まれたばかりの赤子、誰かが介抱しなければすぐに獲物となる弱い存在だ」
「……だからバアル様を切ることはできないと?」
「ああ、今、グロウス王国がアルバングルから手を引いて、誰がクメニギスの魔の手を退けてくれる?」
『
「ですが、フィルクなら」
「可能性はある。だが、おそらくは無理だろう」
神光教は戦いを嫌う宗教。そして獣人は真正面から戦うことが好きな者たち。どう考えても手を取り合うには難しい相手だろう。
(仮にできたとしてもそれはそれで遠からず不満が爆発するはずだ)
もしフィルクがアルバングルに力を貸すにしてもそのあとで必ず見返りを求められることになる。内容は詳しく推測することはできないが、中に必ず布教が入っていることは簡単に予測がつく。そして教えに従い戦闘を忌避することを強要してしまえば必ず反発が起こるはずだ。
(それにクメニギスとフィルクの関係は良好。クメニギスからアルバングルに鞍替えすメリットがそうそうあるとは思えない)
クメニギスの第三王子が入信したようにクメニギスにとってフィルクは険悪な相手ではなかった。
「やや横に逸れたため話を元に戻すぞ。アルバングルが今のところ自国の民を奴隷にせず助けてもらうならグロウス王国が最適解ということだ」
「ですが、それでもバアル様を絶対に害さないという保障は」
「ないな」
「では」
「だがそれはお前たちにも言えることだろう?」
この言葉を聞き、リンは動きを止める。
「………」
「だが限りなくゼロに近い。なにせ陸路と海路でアルバングルに兵を派遣するのはまず困難。となれば残るは空路だけだが、それには今俺たちが乗っている飛空艇が必須となる」
「だからエナは裏切ることがないと?」
「ああ。俺の協力を得られなければアルバングルに防衛勢力を送ることは困難となる。そして困難となれば」
「ルンベルト地方にいるのはバアル様の息がかかった防衛戦力、エナが反目してしまえば機能することがなくなるということですか」
「その通り、俺がアルバングルに一番有益な人物である限り、まず裏切りはないと思っていい」
薄目でリンを見返す。
(それを踏まえれば有象無象の騎士よりは信用できる)
「むしろエナ達よりも、私や普通の騎士たちの裏切りの方があり得そうだと思っていますか?」
「おお、よくわかったな」
「何年お傍に居ると思っているのですか」
裏を返せばリンを信用していないという言葉にもなりかねないのにも関わらずリンは平然としていた。
「怒りはないのか?」
「多少は、今までお仕えしたのにも関わらず新参者のエナの方が信用されているのに不満を抱えずにはいられないでしょう」
リンの言い分は至極全うなものだった。
「リン」
「なんでしょうか?」
「一つ間違えている、
「……」
その言葉にリンは目を丸くして、こちらを凝視してきた。
「それは……光栄です」
俺はその言葉を聞くと話はもう終わりだと、外と計測器に視線を向ける。そしてその後ろで、いつも通りリンが控えているのだが、その表情が柔らかい笑みだったことは知りようもなかった。
その後、何のトラブルもなく空の旅は順調に進んだ。
翌日、太陽が真上に上る頃、起きている連中だけを展望デッキに集める。その理由だが。
「すげぇな!アレはウェルスとミシェルだよな!!」
展望デッキからはそびえたつ、二つの山脈が見えていた。そして手前にあるウェルス山脈のさらに手前には広く広がる砂漠が存在していた。
「もうそろそろ、到着するな」
「だな、俺の足でもそこまで時間は掛からねぇ」
レオンやその仲間の足だとおそらく数時間もしないうちにアルバングルに戻ることが出来るだろう。
「はぁ~ようやく帰れるわけだな~」
「ああ、だがどちらかと言えば、帰ってからの方がとてつもなく忙しくなるがな」
「???同胞の受け入れ以外になんかあったか?」
レオンの能天気な表情はこれからの大変さを理解していないことを表していた。
「……レオン、お前はこの先の展望を理解できていないのか?」
「バアル?」
レオンはこちらの違和感に気付いて首をかしげている。
「……」
「バアル?」
「レオン、お前は俺が敵だと思っているか?」
「はぁ?そんなわけないだろう」
こちらの問いかけに間を置くことなくレオンは否と答える。
「お前ならそう答えるよな……」
「……バアル」
レオンもようやくこちらの意図を感じ始めたらしい。
「お前が……敵になるのか?」
「俺の家はグロウス王国にある四つの公爵家のうちの一つ。となれば当然国に忠誠を誓っている」
「つまり?」
「国としての行動を取らせてもらう」
「はっきり言ってくれ。バアル、お前は敵になるのか?」
視線が交わるがその色は決して穏やかではなかった。
「レオン、なぜこのタイミングでこの話をしたのかを考えろ」
「と言うと?」
「この飛空艇内では俺たち以外に耳は存在しない」
「???何かを伝えたいのか?」
こちらの意図を理解したのか、レオンの視線から棘が取れる。
「俺の立ち位置だが―――」
会話が終わるとレオンは険しいながらもどこか納得したような表情をして再び眼下を見下ろし始める。
そして共に何もしゃべらない中、飛空艇はゆっくりと降下を始めていった。
飛空艇“ケートス”が徐々に降下して高度200メートルほどになったタイミングで地上で騒ぎが起きているのが展望デッキから見下ろすことが出来た。
「おい、こっちを警戒していないか?」
「ああ、しているな」
展望デッキから見下ろすと、明らかに軍がこちらを警戒する動きを見せていた。
「どうする?」
「敵ではないと知らせに行けばいい」
展望デッキから移ろうとすると、ふと思いつく。
「レオン、お前は度胸試しに興味はあるか?」
「??」
それからレオンを伴い、展望デッキから場所を変える。
ビュウウウ!!!
強風が巻き起こる中、俺とリンとレオンは足元に見える景色を見下ろしている。これだけを聞けば展望デッキと似てはいるが、その景色が見える場所にはガラスが嵌められていなかった。
「お~なかなかに寒いな」
俺がいるのは船底に位置する場所だった。そこには降下用のハッチが用意されており、そこから外へと飛び降りることが可能となっている。そしてそのハッチは今全開となっており一歩間違えば落下死するのに苦労はないだろう。
(本当に空という手段が増えただけでやれることは飛躍的に増えていくな)
空という切符を得た今、様々なことが出来る。空からの偵察、爆撃機のような役割も可能となる。
「でここで何をする?」
「それは簡単、飛び降りるだけだ」
「……はぁ?」
レオンはこちらの言葉を聞くと大きく口を開けて固まる。
「いやいや、落ちたら死ぬだろう」
「ああ、普通ならな。だが
「ん?
共に視線を向けているのはレオンの手首にはめている腕輪。外見上ではわからないようになっているが内側に飛翔石を仕込んである。そのためパラシュートなしでもスカイダイビングが可能になる。
「安心しろ、もしもの時のためにリンがいる」
「いやだがな……」
「何、ただ飛び降りるだけで自然とゆっくり地に足がつくはずだ」
腕輪には飛空艇から離れた瞬間、地上までの距離までを計算して時間を割り出す機能が付けられている。そのため身一つで飛空艇から投げ出されても勝手に飛翔石が発動されるようになっている。
そのため、地上残り数十メートルで減速が掛かり、十メートルほどで時速数km/hまで速度が落ちる。そこまでくれば赤ん坊でもない限りは無事に着陸することが出来る。
(まぁ、さすがに草木の計算はしていないから、枝で擦り傷、最悪切り傷くらいはできるかもしれないが)
下手すれば鋭い岩の上に着陸することになるが、それなりに動けるレオンや俺ならば何の問題もない。
「それに、もし仮にその腕輪が機能しなくてもリンがいる」
「はい」
リンは風を自由に生み出し操ることが出来る。そしてその力は強大で飛翔石を使ってなくて数人を風で持ち上げるぐらいは容易なほどだ。
「……それでもよ」
「まぁ、レオンに度胸がないならそれでいいさ」
「……やってやらぁ!!」
トン!!
レオンは簡単に挑発に乗り、身を投げ出す。
「せっかちだな……十秒後、ハッチを閉鎖。その後、俺を追いかけて降下を開始。また重要な区画への扉を完全封鎖しろ」
『了解いたしました』
声を掛けると電子音での返答が帰ってくる。飛空艇に搭載している人工知能による音声指示が機能した証拠だった。
「リン、行くぞ」
「はい」
その後、リンと共にスカイダイビングを楽しむことになる。
俺たち三人はパラシュートの無いスカイダイビングを楽しむと無事に腕輪が機能して自然と地面に降り立つ。
「はぁはぁはぁはぁ」
「どうだ景色はよかったか?」
「はぁはぁ、はぁ、ふざけんな、本気で死ぬかと思ったぞ」
俺とリンは何も問題はなかったのだが、飛び慣れていないせいかレオンだけは足が震えていた。
現在は集落のすぐ近くに降り立っているため、集落にいる獣人やゼブルス軍もこちらの存在に気付いており、様子見のためすでに人が送られている。
「ふははははは!!足が震えてやがるぜ、おい!!」
「うるせぇアシラ!!笑うんじゃねぇ!」
その人員を率いているのがアシラだった。
「しかし、お前たちがここにいるということは、頭上にある
アシラの視線は頭上にある飛空艇に向けられる。
「ああ、その通りだ。足の速い奴にアレは仲間だから攻撃を止めるように伝令させてくれ」
「わかった」
連れてきた獣人の中で足の速い獣人が攻撃を止めるように伝令に走る。これで飛空艇が敵ではないと分かるだろう。
「バアル様、よくお戻りになられました」
様子見に来た人だかりの中にいたゼブルス軍の一部隊が挨拶しに来た。
「ご苦労、それとエウル叔父上に面会したいと伝えてくれ。それとあの船を止めるための広場を用意してもらいたい。あと、アレには機密情報がいくつも含まれているため、護衛を忘れるなとも伝えてくれ」
「わかりましたすぐにお伝えします」
部隊はすぐさま馬に乗り、行動を開始する。
「さて俺たちも移動するぞ……アシラ、その生まれたての小鹿に肩を貸してやれ」
「プッ、フフ、あいよ」
「お前ら、あとで覚えとけよ」
その後、飛空艇かゆっくりと降下する間に俺たちは集落の中に移動する。
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