第302話 荷下ろし
≪※読み飛ばしにご注意を※≫
「では、動くぞ」
「「わかりました」」
それから兵士が積荷を移動させて、下ろしたすぐの場所で俺、リン、エウル叔父上とその側近で品を確認する。そして確認が終われば兵士たちが物資を倉庫へと移送し始めるのが物資の運搬の流れとなった。またノエルに関してだが、飛空艇内での清掃と同時に糸を船内と貨物区画に張り巡らせて侵入者を警戒していた。
「これは?」
「武具関係の物資」
「次のこれは?」
「衣服類」
「次のこれは?」
「紙」
「つぎ……紙?」
開けられた木箱の中身を見分しながら流れるように答えていくのだが、エウル叔父上が一つの木箱の中で止まる。
「なぜ紙?」
「あると便利ですよ。手紙や命令書は正確な情報伝達手段、交渉の際に必要な契約書、何かを行ったことの証書、それに何かあれば燃やして薪代わりにできます」
このリクレガには人族だけで約5千もの数が存在している。となれば様々な面で紙というものが必要になってくる。先ほど挙げた例やほかにも、問題を起こした時の際の調書にもできるし、何かしらの確約を結ぶとき書面する必要がある。あとは獣人に字を教えるときにも必要になるだろうし、ほかにも些細なことをメモすることもできる。
「言われてみればそうか」
「ええ、それに近々、クメニギス側から使者が来るはずです。その際におそらく何かしらの書面が必要になるでしょうし、何より多様性で言えば今回持ってきた物資の中でも随一でしょう」
紙は日常的に使っているから忘れがちになるが、とても便利な発明品だった。その最たるは内容を共有したり、正確に意図を伝えるための伝達手段として用いられる。
「それにおそらくですが、今年の夏までは誰一人として帰ることが出来ません。もちろん何度か、俺や飛空艇を出して物資を運搬するつもりですが、それでもかなり品薄の状態が続くと思いますよ」
俺が飛雷身で何往復もし、必要な物資を運搬してもいいが、それでは俺の時間が無くなる。ただでさえ最近は忙しいのにそんな時間を使いたくはない。
「それに獣人が日常的に使用してない武具関連はさておき、食料や家や砦を作るための資材などはアルバングルでも手に入ります。そう考えれば紙などの実務品や士気を落とさないための嗜好品を運んできた方がいいと判断しました」
実際に今リクレガで最も不足している物資は、設備がないと作れない物の比率が大きい。武具防具を整備するための布や油、砥石、時間が掛かる植物を繊維にしてから作る紙などなどだ。
「まぁこれらの問題もいずれは解消されるでしょう」
「解消か、この場所に町を作る気か?」
「その通りです」
こちらの問いにエウル叔父上は首に手を当てながら空を見る。
「はぁ~、なるほど」
どうやらエウル叔父上もこちらの意図がある程度理解できたようだ。
「ならば、本格的に動く準備をしていないとな」
「まだ準備の必要はないでしょう。なにせ本格的に動き出すには飛空艇がある程度そろわなければ意味がありません」
「それもそうだな」
それからすべての積荷を検分し終わると、空が茜色に染まり、もう少しで日暮れとなる時間だった。
「よし、最後に酒だな、運んでいいぞ」
「「「「「「「うぃ~~」」」」」」」
「道中で盗み飲みするなよ。酒の恨みは恐ろしいぞ」
最後の木箱が兵士によって運び出される。
「終わりましたよ、若様」
そういいエウル叔父上はリストにサインし、その書類を返却する。
「それで、この後はどうしますか?」
「叔父上とその側近、エルフのディライとその側近、そしてバロン達に話すことが多々あるのだが……」
空を見上げると、すでに半分が藍色の色となっており、これからは何かしらの作業をするのには不適な時間帯となっていた。
「お、帰ってきたみたいだな」
エウル叔父上の声でそちらを向いてみると、こちらに向かって歩いているエナとティタ、そして数人の獣人の姿があった。
「戻ってきたか、何か伝言はあるか?」
「……バロンがお前たちを呼んでいる」
「ああ、レオンが帰ってきたから宴をするんだとよ。だからバアルやその軍も参加してほしいと」
どうやら獣人お得意の宴が始まるらしい。そしてその宴に俺とゼブルス軍を呼んでいるのだという。
「しかし急だな、五千人もの食料となるがそっちの負担は大丈夫なのか?」
この土地が将来的にグロウス王国の物となると考えれば資源が枯渇する事態は好ましくない。
「それなら大丈夫だ。この時期になると様々な魔獣が大移動を始める。その群れの何割かを狩れれば今回の宴には十分な量になるだろうよ」
エナの言葉では、この近くを通っている草食魔獣の群れがあるという。その群れの何割かを狩れれば今回の宴には十分に足りるという。
「……その情報はこちらにも流したか?」
「そう聞いたが?」
俺とエナの視線がエウル叔父上に向く。
「ええ、すでに調査済みです。それ以外にもともとこの近くの氏族に気候や災害、危険な魔獣や野草のことなども聞き及んでおります」
「ならばいい」
エナとティタだけなら先ほどの言葉遣いで問題なかったが、今はほかの獣人がいる。軍の指揮系統から言って俺はエウル叔父上の上にいるため俺に対して敬語を使用していた。
「なら、喜んで招待に応じると伝えてくれ。エウル叔父上はローテイションを組み、この飛空艇を警備させるように人員をそろえてくれ。もちろん警備の予定があるなら酒は飲ませるなよ」
「承知しております」
この言葉を聞き終えると数名の獣人はこの場を離れていく。
「あの数人はなんで来た?」
「オレを心配して様子を見に来たウチの連中だ」
つまりは数少ないエナが率いていた部隊だという。
「……あいつらも連れていけないか?」
「それは許可できない」
エナは細い望みにかけて問いかけてくるが、それは許可出来ない。
「ふぅ、そうか」
エナの表情から心情を読み取る。
「
「ああ、あいつらはどの氏族でも受け入れられな、いや、言い方が悪いな。氏族には所属できる、だが、あいつらの能力だと本領は発揮できない。現に魔蟲にやられかけたところを見つけてオレが能力の使い方を教えてようやくあの戦争に参加できたくらいだ」
(思っていた想定と違うな)
エナの部隊は卑怯者とエルプスに言われていた。そのためエナやティタの部隊の人物は多くの獣人から忌避されていると思っていたが、獣人の善性からか、能力だけを忌避していて、その人物自体を忌避しているわけではなかった。
「(そこから考えられることは)慕われているな」
「……まぁな」
エナはそっぽを向きながら言葉を放つ。その様子からして考えから予想は正解だった。
「希望する答えではないが、傭兵団としてならこの砦で雇うことはできるぞ。給金も出る」
「一応話を通しておこう」
エナは不満そうに言う。だがこちらとしても数百人程度だとしてもエナに自由に使える戦力を与えることは許可できなかった。
「俺としてはお勧めするぞ。なにせこれから
「どういう意味だ?」
「それはな―――」
エナに一通りの説明を行うと、同じタイミングでエウル叔父上の手配した警備の者が到着した。その後、軽くどのように警備すればいいのかを教えた後、飛空艇内のすべての扉を閉鎖して、バロンの元へと向かう。
「お前らが戻ってきたことは最近では一番の朗報だ!!だがそれ以上にお前ら喜べ、レオンとバアルの尽力で捕らえられた連中が無事に戻ってくる予定となった!!」
「「「「「「「「「「うぉぉおおおおおおおおおおお!!!!」」」」」」」」」」
予定通り、レオン達が帰ってきたことを祝した宴会場に訪れると、多くの獣人やゼブルス軍の人族、それとエルフたちの姿がそこかしこで見られた。そして最も大きい広場の中心でバロンが声を上げている姿が見えた。
(祝い、か)
この後のことを考えると、喜んでいる獣人達にほんの少しだけ同情する。
「おぅ、ここにいたか」
「ん?ルウか」
宴の席で周りを観察していると、ルウがやってきた。
「お前がここに来たということは魔蟲の討滅は終えたのか?」
「いんや」
「まだ終わっていないのに、この場所に来ているのか?」
ルウがここに来ていることを踏まえて魔蟲の件は片が付いたと思ったのだが、そうではないらしい。
「いや、ほとんどの魔蟲は駆除し終えた。もうラジャの里から砂漠までは普通に散歩していても魔蟲とは出会わないほどだ。だが……肝心の蜂の『母体』が見つからねぇ」
「見つからない?なぜ?」
「さぁな、鼻や目の効く奴をそこかしこに配置したのに一向に見つかる気配はない」
「……一応聞くが見落としは?」
「ないはずだ。お前があらかじめ作った区画を隅から隅まで探して、二往復したほどだ。なのに姿がなくてな」
ルウの言葉に考え込む。
(残りの母体は蜂のみ。もし前世の蜂と同じような形なら土の中や木の洞や木の枝の様な場所に巣を作っていると考えるべきだ。だがその条件だとルウたちが見逃すとは思いにくい……可能性としては逃げたのが一番あり得そうだな)
「っと、魔蟲の話は後々。魔蟲の件はそこまで重要じゃないんだよ。今回はこれだ」
ルウはわきに抱えていた臼を取り出す。
「バアル、お前が尽力してくれたおかげで捕らえられた連中が帰ってくる。そこのことで礼が言いたい」
そういうとルウは臼を地面に置くと、そのまま両の拳を作ると、床に着けて深く頭を下げる。
「不要と言っても聞かないだろうな」
「ああ、恩義を受けたら倍にして返す、それが俺の氏族の流儀だ。今は特製の酒しか持ってこれないが、何かあった際はいつでも言ってくれ。必ず力になると約束するぜ」
ルウはそう言い終わると頭を上げて、臼の蓋を取り外す。
「これはうちの縄張りで取れる果実で作った酒だ。少々焼けるが、その分飲みごたえは抜群だぜ」
中を見てみると琥珀色の液体が見える。そして例にもれず様々な果実が中に浸かっている。
「ありがたくいただこう」
その言葉と共に傍に控えるリンが器を取り出して、一掬いする。その器をリンから受け取るとそのまま一気に飲み干す。
「ああ、確かにこれはきついな」
「そうだろう。それと
ルウは言葉と共に俺の背後に視線を向ける。そこにはいつのも様子とは違い、ふくれっ面で居座っているレオネの姿があった。
(本当にどこから現れたのやら)
レオネはバロンの音頭が終わる頃にいつの間にか現れた。それからずっとこちらを見ながら頬を膨らましている。
「……レオネ」
「な~に、怒ってないよ!!」
軽く声を掛けると、不機嫌さを孕んだ声で答えてくれる。
「はぁ~」
「なんだか、大変そうだな……持論だが男女の喧嘩は男が折れたほうが早く片付くぞ」
「余計なお世話だ」
ルウは笑いながらそういうとそのまま立ち上がり、軽く手を振りながら去っていった。
(そうは言うが、今回のことに関しては俺は何に対して謝ることがあるのか……)
レオネのこの不機嫌さはおいていかれたことによるものだと推測がつく。だがそれについては根本が間違っている。
「レオネ、あの状況下ではどうやっても置いていくしか方法が無かった。それに対して怒っているなら完全な筋違いだ」
「ぶぅ~それでもさ。なんで連れて行かなかったのさ、私ならそれなりに戦えるから問題ないのに」
「力がある、戦えるは本質的な問題じゃない。あの時、レオン達には常に死の危険があった、だから連れて行かなかった」
まず根本として、クメニギスに向かうときに必要なのは力ではないためレオネやほかの人たちは必要なかった。最低限威厳を保つことが出来る数と質、それにレオンがいるだけでひとまず事足りた。
「……ふぅ~ん、死んでほしくないから連れて行かなかったの?」
「ああ、お前が死ぬのは望んでない」
レオンがいる手前レオネが同行するのはありえないとは思うが、もしレオネを連れて行って死なせてしまった場合、確実にレオンやバロンとの信用関係にひびが入ることになるだろう。そうなるのはこちらは望まない。
「なら置いていったのは許してあげる、その代わり、今度は私もそっちの国に連れて行ってね!」
「機会があればな」
それぐらいで機嫌が直るなら安いものだ、なにせその機会は近々訪れる予定だった。
「あの……バアル様?」
「なんだ?」
レオネが機嫌を直すとリンが困惑の様な混乱の様な問いかけが掛けられる。
「あ、いえ、何でもありません」
「??そうか」
だが当のリンは何でもないと訂正してそのまま黙り込む。
ジィ~~
そして今度はそんなリンをレオネが凝視するという何とも奇妙な形が出来上がっていた。
「お~い、バアル」
何とも居心地微妙な空間にいると、遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。そちらに顔を向けるとアシラがこちらにやってきていた。
「アシラか、何かあったか?」
「ん?お前の叔父から話し合いの準備を終えたから来てほしいって伝言を頼まれたんだが?」
「……近い言葉は言ったな。わかった、今行く」
俺達は臼に蓋をすると立ち上がり、アシラの後をつけていくことになる。
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