第十章 育ちゆく翼

第299話 飛翔の時

 人類が空への足掛かりを手にしたとき、どのようなことが起こるだろうか。善望か疑惑、はたまた欲望か。ただ一つ言えることは、何かが生まれればそれを育てる苦労が生まれるということだ。















『機竜騎士団』


 それは万人を空へと誘う箱舟『飛空艇』を運用する騎士団である。王都へと飛空艇が飛来した時に多くの者がその姿を目にした。平民の多くは空飛ぶ船を見て空に期待を持ち、王侯貴族はすぐさまその用途を考え始めた。立場の違う両者は思惑に違いはあれど、その船を見た者は少なからず空への想いを忘れることはなかった。


 そして王が自ら騎士団の設立を宣言した時、機竜騎士団の存在は公の存在となった。貴族から貴族へ、貴族から平民へと噂は広がる。そして公衆の耳に入れば次に起こることは何か、それは噂話の誇張だった。


「おい、聞いたか?例の騎士団が人員を募集しているってよ」

「本当か?俺は荷物の運搬をしてくれるって聞いたが?」

「俺は嫁に飛空艇が販売されるって聞いたぞ?」

「うちは飛空艇造りのために優秀な鍛冶師を集めるって聞いたが?」


 噂は人伝に伝われば、内容は変わっていき、最終的には全くの作り話のような内容にもなってしまう。


 そして当然、その内容は人の考えの多さに比例するように膨大になっていく。それに加えて、中には信憑性を持たせるような内容がいくつか出てきてしまう。そのため嘘と真の判別が難しくなっている。さらにもう一つ、もし国民の大半がそのうわさ話を信じ切ってしまえばどうなるのか。




 だが、件の『機竜騎士団』の団長であり、『飛空艇』の開発者であるバアル・セラ・ゼブルスはその事を知る由もなかった。




 なぜなら彼は今――――
















「ゼウラストから飛び立ってからの経過時間は?」

『現在、53時間43分となります』


 こちらの問いに答えてくれるのは飛空艇に搭載されている人工知能『ブレイン』だ。もちろん搭載されているのは本体ではなくブレインの子機であり、通信できないときは自律的に動くようにもプログラムされている。また通信範囲に入るタイミングでゼブルス家の工房にある親機にすべての情報が伝達されるようになっていて、どの端末からも情報の齟齬が無いように受け取ることが出来る。また子機ということで性能は劣るようにも感じるが。実際は親機と同様で様々な補助が出来るようになってもいる。


「やはり空での移動は速度が出るな。それと現在地は?」

『現在はウェルス山脈から東に向かっておよそ800km地点となります』


 広いコックピット内にて、様々な事柄を確認している。


「現在の速度、貯蓄魔力残量、およびトラブルなどの報告」

『現在は最低速度で40km/h、貯蓄魔力残量は約17万、トラブルに関してですが現在のところありません』

「機内状況も問題ないな?」

『問題はございません。従者であるリン・カゼナギ、および、ノエル・セラ・エジルカ、エナ、ティタの四名が乗客の監視をしております。また機内状況も確認しておりますが、獣人は行動可能エリアから出てはおりません』


 その言葉と共に、大まかに作成された地図と船内マップがモニターに表示される。


「二日間、キャビンにロビー、ラウンジ、展望デッキ内にしか出歩いていないか、案外おとなしいな」


 この飛空艇“ケートス”は全長50mの大きさを誇る。そのために物資の積載量、搭乗人員、各種フロアも充実させていた。


 キャビンはそのままの意味の客室。ロビーやラウンジなどの人が集まれる場所にはひとまずと言う意味で簡易のソファなどが設置されている。そして保存食を出す食堂とトイレ、ほかにも船内から外の様子を見渡すための展望デッキを用意している。


(まさか作る過程において、一番大変だったのがトイレだとは思わなかった)


 実は排泄物は時間をおいてしまうと飛翔石の影響を受けてしまう。そのため排泄物は適切に処理しなければ宙に浮いてしまうという最悪な事態になりかねなかった。そのため無理やりと言えるほどのやり方で排泄物を処理しなければいけなかった。


『それともう一つ説明を、大半の人員が体調不良を訴えております。そのうちの4名が嘔吐の症状を見せました』


 つまりはほとんどが体調を崩しており、物理的に静かになっているわけだ。


「その嘔吐した場所を記録しているか?」

『はい。ノエル・セラ・エジルカが清掃をいたしました』

「機内空圧は?」

『徐々に高所に慣れさせています。そして降下する予定時刻になると、平地の空圧に慣れさせていく予定です』

「つまり、軽い高山病にでもかかっているのか?もしくは単純に船酔いか?」


 もし高山病だとしても、空気圧は徐々に慣れさせているため、重症化している連中はいない。また不安定な飛空艇の内部ということで乗り物酔いや船酔いと言った三半規管による体調不良の可能性もあった。だがどちらにせよ獣人達の大半がダウンしているのは何も変わらない。


(予想だと船内を駆けずり回りそうだったからうれしい誤算だな)


 もう少し騒動のような何かがあると思っていたが、肝心の獣人は静かにせざるを得なかった。


「武装の方はどうだ?」

『問題ありません。魔法杖による、近接武装、および、超電磁砲レールガンによる遠距離攻撃も可能となっております』


 この飛空艇“ケートス”には当然のように武装をしている。理由は一つ、空を飛べる魔物が襲い掛かってこないとは限らないからだ。


(前世だと確か最高でも海抜1万2千mほどを飛ぶ鳥がいたはずだ。そして現在の高度は大体7~8千m、前世とは違いワイバーンなどがいるこの世界で厳密には言えないが、ワイバーンなどがいる点からこの高度でも安心とは言えない)


 魔物と言えど一応は生物のくくりに入る。だがそんな魔物は前世では考えられない特性を有している場合がある。なら高度にて順応する能力を持つものがいないとも限らない。


「センサー関連は?」

『すべて正常に動いております。現在のところ遠くに生物らしき影は認識していましたが、こちらの警戒範囲内に入るとすぐさま離れていきました。影から推測して全長3mにも満たない生物だったため、大きさから攻撃するのを止めたと推測できます』

「ならばいい。魔法杖はともかく、超電磁砲レールガンだと実弾を消費することに加えて、一撃を放つだけで大量の魔力を持って行かれるからな」

『肯定いたします』


 それからも様々な項目を確認しながら飛空艇は雲の上を進んでいく。















 コンコンコン


 コックピットの扉がノックされる。


「誰だ?」

「リンです。何やらレオン殿がお話があるらしく、バアル様をお呼びになっています」


 扉越しに俺を呼びに来たのは、俺の最初の従者である風薙カゼナギ リン。長い黒髪を後ろでまとめており、その瞳は宝石の翡翠の様な輝きがあった。また腰には風薙家の宝刀“空翠くうすい”を携えている。そして彼女は今年で19を迎えていた。


「少し待て」


 リンに返答すると、コックピット内のすべての計測器や画面を確認して問題がないことを確認する。


 そして自動飛行ができていると判断するとコックピットを出て、リンと合流する。


「それで、あいつらはどこにいる?」

「展望デッキでを見下ろしています」


 リンの言葉でどんな事態になっているかが何となく予想することが出来た。


「まだ、のんきに景色でも眺めているのか」

「はい、食い入るように」


 彼らのいる展望デッキは飛空艇“ケートス”の下層部分に存在している。そこは外を眺めることが出来るように一面の壁が透明な強化プラスチックとなっている。


(本来は周囲を視認するために作ったフロアだったのだが)


 レオン達の様に飛空艇の醍醐味と言った使い方も確かに存在していた。


「リンはこの空の旅に違和感は感じていないか?」


 レオン達の様にリンも体調を崩しても何らおかしくないはずだったのだが。


「問題ありません。空を飛ぶのには慣れていますので」


 リンは自身のユニークスキルの力で飛行することが可能だ。そのため、飛空艇の旅にもある程度の慣れがあるのだろう。


「ならいい」


 その後も通路を進むと、展望デッキにたどり着く。


(確かに食い入るように、というよりも揃いも揃ってガラスに張り付いているな)


 展望デッキの扉を潜り、中の様子を確認するとガラスにぴったりと張り付いている、獣人の姿があった。


「レオン」

「おお、バアルか」


 最前線で景色を眺めていたレオンが声に反応する。


「見てみろよ、すげぇぜ」

「それは知っている。それより話はなんだ?」


 声を掛けたのに今だにガラスに張り付いているレオン。仕方なく俺がレオンの下に向かい話をする。


「いやな、何人も寝込んでいるだろう?見た感じだとまだ長引きそうでな、あとどれくらいで着きそうなのか聞こうと思ってな」


 レオンの見立てでは体調を崩した連中はまだまだそのままだという。


「明日には山脈が見えてくるはずだ、それまでは海原・・でも見て楽しんでいろ」


 レオンと同じように外に視線を向けるのだが眼下に広がるのは、どこを見渡しても海しかない大海原だった。


(初日以外は代り映えしない光景なのによく飽きないものだな)


 現在飛空艇“ケートス”は大陸の上ではなく海の上を通っていた。その理由は空での安全を考えてのことだった。


 いくら空を飛ぶ魔物でも永遠に飛び続けられる生物はほとんどいない。そのため、空を飛ぶ魔物は大半が自身が飛べる範囲のどこかしらに休息地が存在していた。そして休息地とは羽休めできる場所のことであり地に足を付ける場所のこと、つまりは足場となりにくい海の上空の方がそう言った魔物との遭遇確率が低いことを意味している。


「お前もすげぇと思わねぇか?」


 レオンは視線を海に向けながら問いかけてくるのだが、俺はその問いに嫌な顔をして答えた。


「残念だが、俺は海は嫌いだ」


 この言葉を聞くと、レオンは視線を海からこちらに向ける。


「ん?溺れた経験でもあるのか?」

「いや……遠目からなら情景としては俺も評価する。だがいざ近づいてみると怖気・・を感じる」


 実は前世から海洋恐怖症のきらいがあるのだが、転生してからはその兆候が大幅にひどくなっていた。


(それに……海を見ていると、まるで気持ち悪い視線を感じている気分にもなる)


 ガラス越しに海を見下ろすと、まるで海の奥深くにこちらを覗いているナニカ・・・がいるように感じてならない。またほかにも、ふと目を離した瞬間に海面のすぐ下にある大きな口がこの上空にすら飛び掛かってきそうな嫌な妄想が頭から離れない。


「悪かった。なら今度から話を持って行くときは俺が出向くことにする」

「いや、伝言だけしてくれればいい。さすがに気軽に出歩いてもらうのはこちらが困る」

「まぁ、それは何となく理解できている」


 レオンは外の光景にも俺にも向き合うことはなく、部屋の入口近くにいる二人・・を見る。


あいつら・・・・のことよろしく頼むぞ。できればアレ・・は外してもらいたいが」


 出口近くの備え付けの椅子に座りながら薄目でこちらを眺めているのはエナと、それに付き従っているティタだった。そして同時にレオンの視線がエナのマスクに向けられている。


「それはできない。アレを付けることがエナが俺の周りにいるための条件なのだから」


 エナの『獣化』した獣は“狡知鬣犬スライヒエナ”といい、この獣は声に関する様々な能力を持っていた。その声の能力の中でも『誘思の声』という相手の思考に影響を与えるアーツが存在しており、一番の問題がこのアーツだった。こちらの立場としては、その能力がいつ誰に使われるのかと不安の種が尽きない。そしてエナ自身は約束とアルバングルのために何とか信用されて俺の近くで働きたい。俺とエナの条件を探り、そして見つけ出したのがエナの声を封じることだった。


 エナが付けているマスクは完全防音性を持っており、マスクをした状態で言葉を発しても、フゴなどの音しか聞こえてこない。もちろん、寝る前や食事の才はマスクは邪魔なので取ることを許可しているのだが、このマスクはエナの部屋の中にいるか俺の音声での許可が無ければ取り外すことが出来なかった。


 そしてレオン達からすればこのマスクはさぞ苦しそうに見えるのだろう。


「まぁ、エナ自身がいいと言っているなら俺がとやかく言う必要はないな」

「話はそれだけか?」

「ああ、いや、あと一つ、もう少し味のある食事を希望する!」


 レオンの要望に思わずため息を吐く。


 これはレオンの舌がおかしくなったわけではない。この飛空艇という新たな乗り物はいまだに試運転の域を出ない代物、そのため事故の元となりやすい火を使う調理場などは設置していなかった。よって飛空艇内での食料はあらかじめ作ってきた保存食の身となり、これがまた微妙と言わざるを得ない物だった。


「我慢しろ、明日の昼には肉汁が滴る肉塊に飛びつかせてやるから」

「う~~む、わかった」


 若干がっかりとしたレオンとの会話は終わる。


 その後、部屋の出口に向かうのだが。


「レオンはそのマスクを取ってくれと言っているが、取ってほしいか?」


 エナの横を通り過ぎる際に一つの質問をする。


「………」(フルフル)


 そしてその答えは予想通り、エナは静かに首を横に振る。


「よくわかっているじゃないか」


 その後、リンを連れて、コックピットまで戻る。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る