第281話 エナの協力者と約束の反故

断る・・

「………なんと言った?」


 こちらの返答にエレイーラ目が細くなる。


「こちらの返答は断るだ」

「海路で私の協力もない意味をよく理解しているのか?」

「ああ」

「意地を張っているわけではないな?」

「道理もわからず張るわけがない。答えは単純、エレイーラの支援は要らないということだ」


 完全に言い切ると、エレイーラから圧が飛んでくる。


「答えになっていない。アルバングルが生き延びるにはグロウス王国と定期的なやり取りは不可欠だ」

「そうだな」

「陸路はクメニギスの国内を通る点から私が言うのもなんだが、グロウス王国に怒りを覚えている連中の鼻先をなでるようなもの。グロウス王国が開戦を望まない限りまず選べない」


 エレイーラの考察に心の中で同意する。


「そして残るは海路だけだ。今のところ国で安全な航路とされているのが海岸から見える範囲。つまりは海岸からさほど離れていない場所となる」

「そうだな」

「そのさらに奥の海域に踏み込む気か?」

「どうだろうな………一応教えておくとは使うだろう」


 エレイーラはこちらの意図を読み取ろうとするが、情報が足りないため答えにたどり着けない。


「安全な航路を見つけたのか?」

「どうだろうな」


 下手をすれば双方の護衛が剣を抜きそうなほど険悪な雰囲気が漂う。




 コンコンコン




 だがそんな雰囲気の中に響いてくる高い音があった。


「私が出るよ」


 ロザミアが応対をする。


「誰だ……これは珍しい」


 ロザミアの声で、俺とエレイーラの視線がそちらを向く。


「話し中にすまないな」

「……エナ・・か」


 部屋に訪れたのは獣人のエナだった。


「どうした?」


 エナと会話が通じるように【念話】を発動しながら話しかけるが、エナは気にせずエレイーラに近づいていく。


 その事態を見てると、エナがエレイーラの椅子に近づきそのまま胡坐をかくと頭を垂れる。


「エレイーラ、オレは全てが終われば百客に入ると約束していたが、それをなかったことにしてもらいたい」


 エナはフェウス言語・・・・・・で話し始めた。


(やはりフェウス言語を話せたのか)


 うっすらと疑ってはいたが、今までその確証がなかった。


「………バアル」


 エレイーラの視線がさらに鋭くなる。


「何のことだか?」


『筋を通してからならオレは』


 以前、エナが行っていた言葉を不意に思い出す。そしてその意味も今ここではっきりとした。


「バアル、説明はあるか?」

「何をどう説明してほしい?」


 ビギッ


 エレイーラの力によりひじ掛けが軋みを上げる。


「エナ、教えろ。なぜ、私ではなく、バアルに鞍替え・・・をする」

「答えは簡単だ。これから先、祖国に必要になるのはバアルだからだ」


 バギッ


 エレイーラはその言葉を聞いてひじ掛けを握りつぶす。


「エナ、返答次第によっては私は穏やかではいられないぞ」


 エレイーラの笑顔の仮面が割れ始める。


「俺は水に流したのに、そちらは流さないのか?」

「なら納得のいく説明ぐらいはしてもらえるか?私はそれぐらいはしてやったが?」


 笑顔が剥がれ落ちたエレイーラを見て溜飲を下げる。


「まぁ、一応説明しておいてもいいだろう。まず一つ、俺がエナに価値を見出したため。二つ、エナが俺に借りがあったためだ。たとえエレイーラにクメルス内部・・・・・・侵入する際・・・・・に手引きをしてもらっても、俺の借りの方が大きかったのだろう?」

「……なぜそう思った?」


 まずエナを尋問する際にクメニギス内に人族の協力者がいると考えたのには訳がある。


「一番最初の疑問はマナレイ学院の襲撃に違和感を持ったことだ。どうやってエナ達はクメルス内部に忍び込んだ?それも部隊と呼べるほどの人数で?」

「………」


 エレイーラはこちらの言葉を静かに聞いている。


「エナ達がクメルス内部に集結するには自然に城門内に入らなければいけない。ではその時必要なものは何か、それは奴隷商に通じる協力者だ」


 通常、クメニギスに住んでいる人たちなら獣人は戦益奴隷としての価値しか見出さない。つまりは相手とは支配者と被支配者の関係であるため協力関係に成りえない。それも奴隷商に顔が効くほどの権力者なら尚更のこと。だがエナ達は奴隷に扮してクメルスに潜入していた。


「もし仮にエナ達が自らの力の身で潜入しようとすれば、奴隷商に捕まり、クメルスに忍び込む必要がある。だがその策はエナ達では採用する・・・・ことが出来ない。なにせ捕まり、奴隷になった後、どこに運ばれるかは奴隷商の出方次第となる。だからエナ達には協力者がいる」


 仮にもエナの誘導の力で、とも考えられるが、少数ではなく大人数を運び込むとなれば誘導の声でもさすがに違和感を持たれる。また時間をかけて少しづつ送り込むことも可能性としては存在するが、その間に仲間が買われている可能性もあるので、可能性としてはあまりにも低い。そのため権力者の誰かが手を回して、エナ達をクメルス内に運び込んだと考える方が自然だった。


「それだけで私だと判断したのか?」

「その通りだ。当時のクメニギスにいる権力者、それもクメルスに奴隷を送れるほどの力を持つ人物の中でエナに協力してくれる人物、それはエレイーラお前しか考えられない」


 クメニギスの中で戦争中に獣人を手引きするとしたら戦争に反対しているエレイーラが最有力候補だった。


「エナの鼻で嗅ぎ分けたのではないか?」

「(エナの力を知っているのか、だが)そうかもしれない。だがそれよりもいい方法があるならそれを嗅ぎ分けられないほうがもっとおかしいだろう?」


 不安定さが残る誘導と協力により安全に侵入できる策、エナの鼻がどちらを嗅ぎ分けるのかはわかりきったことだろう。


「そしてそれは誰から出ているかもエナは判別できる」

「………」


 エナの力は利の匂いが嗅ぎ分けられるだけ、それが何のことを指しているのかは不明だ。そんな状況で仲間を奴隷に落とす選択肢が見えていて、それを選択するとは思えない。


「だが私が手を貸してどうする?クメルスで襲撃を起こせば獣人の脅威がより知られることになり、侵攻への意気込みが強くなるだけだ」


 エレイーラの言う通りではあるのだが。


「詳しい理由などは知らない。だがエナの口からお前の名前が出てきている。それが出てくれば種を割る必要はない」

「………」


 エレイーラが何も言わないことが答えだった。


「だが一応は予想を答えておこう、エレイーラ、お前はわざと俺を、明確にはグロウス王国の要人を攫わせるように仕向けただろう?」

「何のために?」

「アルバングルとグロウス王国を繋ぐため」


 当時の状況を考えてみれば、エレイーラがアルバングル侵攻を取りやめさせるにはグロウス王国を巻き込むのが一番手っ取り早いだろう。


「グロウス王国の内情をある程度でも知っているなら、イグニアの派閥が軍の大部分を掌握していることは把握しているだろう。イグニアが王座に近づくために戦功を挙げるため、獣人は生存するため、そしてエレイーラは本来の目的である侵攻の阻止を目的とすれば、エレイーラがイグニアと獣人の橋渡しとなれば十分に可能となる」


 おそらくついでにノストニアを巻き込めればいいとでも思っていたのだろう。


「奇しくも俺が取った手段と似通ってはいるな」

「……何の根拠もなしに推測だけで話を進めるな」

「どこか間違えていたか?だが、さっきも言ったが無理に種を割る必要はない。なにせ嘘がつけない状況下でエナの口から協力者の名前が出てきた、それだけで十分だろう?」


 エナの言葉と嘘を判別できる方法があれば、もはやエレイーラの行動の意味は必要はない。


「それにエレイーラ、お前は一度諦めた・・・、違うか?」

「……なぜそう思う?」

「単純だ、あの研究発表の際に『獣化解除ビーステッドディスペル』の発表があった。普通に考えたら、アレの発表を行われた時点で獣人は敗北すると予想できる物だろう?目に見えて負けると知っていて、協力するとは思えない」


獣化解除ビーステッドディスペル』の魔法があれば獣人に対しては完全な有利性を獲得できる。俺も封魔結晶が無ければ、負けは確実だっただろう。


「もしエレイーラが発表会の時に『獣化解除ビーステッドディスペル』の存在を知ったのなら、打つ手はない。仮にグロウス王国を動かす手はずが整っても、それはクメニギスがアルバングルを相手取る手間・・が増えるだけだ。大人が幼児と大人を相手取るようなもの、獣人が手間にはならない」


 ほんの片手間でルンベルト地方を片付けつつグロウス王国に集中することはクメニギスなら容易なはずだった。


 そしてエレイーラが戦争に消極的であることは知られているため、『獣化解除ビーステッドディスペル』の技術が隠されていたとするならが辻褄が合う。


「…………ふぅ~~」


 エレイーラは椅子に深くす座り込むと重く息を吐き出す。


「エナ、お前との約束を覚えているか?」

「ああ、俺が百客に入ることを条件に協力してくれると。そしてもしアルバングルが負けた際にも同じくオレが百客に入ればテス氏族全員を保護すると」

「お前はその約束を破ることになるのだぞ?そしてそのしわ寄せは誰に行くと思う?」


 エレイーラの視線がこちらへと向かうが。


「もう一度言おうか、俺は水に流したのに、そちらは流さないのか?」

「やり返すのならそれは水に流したとは言わない」

「いや、こちらは水に流した。なにせ、俺がエナを抱え込む約束をしたのは俺がクメルスに来るはるか前のことだ。水に流す前に済ませているなら話は別だろう?」


 エレイーラが皺の寄った眉を拳で隠しながら目を瞑る。


「やり返された、か………いいだろう、私の元から人材を持って行ったことは水に流そう」

「流しきれるか?」

「ああ、私はお前から魔道具の製法を取り出し、そしてお前は私もの元からエナを持って行った、それで相殺することにしたよ。それに不本意に手元においてもいずれは噛みつかれるだけだ。だったら納得できる形で手放した方がいい」


 エレイーラはその言葉を最後に立ち上がる。


「交易の件はまた今度話すとしよう。そしてエナ、お前は私との約束をバアルがいる前で破った、その意味を理解しておけ」


 その言葉と共にエレイーラは部屋を出ていく。


「バアル」


 エナはこちらに体勢を向けて再び頭を垂れる


「これで、俺を縛るものはなくなった。そして同時に約束通り、受けた恩を返すために、バアルの群れに加えてもらいたい」


 エナの視線が一瞬リンに向く。


「さて、エナ・・

「なんだ?」


 未だに頭を下げているエナが体勢を直し胡坐をかく。


「エレイーラの言う通り、お前に対しての評価は微妙だ。理由はいろいろあるが最も大きいのは目の前でエレイーラの約束を破ったことだ」

「わかっている」

「お前は約束を裏切ることを目の前で見せつけられて、俺はおまえをどう信用すればいい?」


 エナの返答は行動だった。頭を挙げると手だけを【獣化】させて、二本爪を首の正面に添える。


「バアルが言うなら、オレはを捨てよう」


 添えられた首元からは血が流れだしていた。


「………俺はお前を自分の判断で罰するにはいかない。これからレオン達には快く協力してもらう必要があるからだ」

「レオン達は俺の判断に納得してくれる」

「かもしれない。だが客観的に見てみろ、俺のせいで声を無くしたらどうなるか理解しているか?」

「………」

「いいか、事前の約束もあり、お前はエレイーラの件での生き証人だという点で、俺はお前を傍に置いておく。だが、今は信用はできない。首輪をつけて飼うことになるがいいな?」

「ああ、承知の上だ。そしてオレはお前を裏切らないと証明して見せよう」

「……なら早速質問だ、どこでエレイーラと出会って、そしてどんな交渉を―――」


 こうして仕方なく、エナを手元に置くこととなった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る