第280話 身の振り方

「―――以上がこちらからの提案です」


 長い長い説明を行い終えると、陛下とグラスの表情は何とも言えない表情になっていた。


「それはなんとも」

「夢物語に聞こえるが………」


 双方ともこちらのプランが荒唐無稽に思えるのだろう。


「こちらとしては是非とも作り出したい代物です。そしてその需要性はどこまでも高まっていくことでしょう」

「なるほど、自分たちで枷を掛けたらしいな」


 陛下にもこちらの言いたいことは伝わったらしい。


「ええ、魔道具を販売したらノストニアに漏れる。では裏を返せば、絶対に製法を流せない物はいくら売ってほしくても売らなくていい口実になりますから」

「……もし、実現出来たら、国同士での奪い合いにまで発展するだろうな」


 グラスはもし実現した場合の有用性はいくらでも考えられることだろう。


「ご検討いただけますか?」

「ふむ………もし、実現できたのなら先ほどの提案を実現することを約束しよう」

「ありがとうございます」


 根回しも済ませることが出来たため、憂いなくことが運べるようになった。















 その後、夜が明ける前に再ぶクメルスに戻り、短い睡眠をとる。


 そして朝日が昇ればエレイーラが大使館に訪れて、昨日の続きに入る。


「ではこのような案で」

「いや、それではこちらの負担が大きすぎる、もう少し」

「しかし、こうしなければ期間が長くなってしまう。それこそ、迅速に対応する必要があるため、ある程度の負担は」

「それが無理だと言っている。こちらもある程度の負担を飲むのは了承している。だが急に戦益奴隷を手放せということで所有者には嫌な感情を抱かせている。もう少し柔軟に対応してもらわねば、奴隷の引き渡しに必要以上にごねることに成りかねない」


 大きい部屋でレナード率いる外交団とエレイーラの率いてきた部下が言い争いを始めている。


 内容は奴隷の引き渡し手順から、その対応、対応漏れがないようにすること、などなど。本来はそこまで意見が食い違うことはないのだが、費用が掛かるという点でそれぞれが自分たちに負担がないように言い争っていた。


 ただヒートアップしているのは主だってこの二つの集団だけであった。レオン達は内容をグレア婆さんに翻訳させているのだが、その肝心の内容でなぜここまで言い争っているか理解していない。そしてノストニアは白い目で二つの集団を見ていた。


(くだらないな)

「くだらないね」


 その様子を壁際で見ていると、心の中でつぶやいた感想と同じ感想が隣から聞こえてくる。


「やぁ、久しぶりだね」

ロザミア・・・・か、なぜここに?」

「ん?私も卒業後はエレイーラの百客に入る予定だからね、一応の見学。それと、バアルとの今後・・についてだ」


 すると一つの手紙をロザミアが渡してくる。


「ロー爺からだ。内容は謝罪と、今後のプランについてだ」


 ロザミアの言葉を聞きながら、手紙を開き、内容を確認する。


 まず最初は言葉通りの謝罪が綴られている。こちらに留学してもらっていたのだが、攫われた件とまともに学ばせる場を整えられなくて申し訳ないと書いてある。


「これに関しては仕方ないと割り切っている。それよりも問題は次だな」

「そうだね、君がどれを選ぶのかで話は変わってくるよ」


 手紙の続きには俺の身の振り方が掛かれている。


「君の選択肢は三つ。一つ目がそのままマナレイ学院で学ぶ。もちろんマナレイ学院は全力で君を保護することを誓うと聞いているよ」


 マナレイ学院からしたら償いであり、失態を隠したいのだろう。だが残念ながらこれを選ぶことはない。


「二つ目にマナレイ学院からグロウス学園に戻ること。ロー爺が詳しい状況を説明して、グロウス学園に戻れるように手配するらしいよ」


 普通に考えたらこれ一択な気もするが。続きの文を読むと何とも奇妙な言葉が乗っている。


「魔力研究室をゼブルス領に一時的な研究所を設け、そこで研究を続ける、と書いてあるが?」

「そうそう、マナレイ学院の授業内容は全て私の頭の中にあるから、一人で教えられるよ」

「………」


 これには少しだけ迷う。もともとクメニギスからグロウス王国に戻るのは決まっていた。その場合だがグロウス学園に戻ることになる。普通に考えたらそれが正常なのだが、今はとある件を進めているため、できれば身軽でいたい。そこで一時的に魔力研究室をゼブルス領に配置して、そこに所属していることにする。ある程度は顔を出さなければいけなくなりそうだが、それだけをこなせばあとは何をしていてもいい環境となる。


「ちなみに費用とかはすべて学院が出してくれるから問題ないよ」

「気前がいいな」

「まぁね、負い目を突けばこんな提案は簡単に通るさ」

突けば・・・ということはロザミアが提案したのか?」


 ロザミアの言葉でこの三つ目の提案がロザミアが出したことが判明した。


「……まぁね」


 なぜかロザミアは視線を外しながら肯定した。


「なぜ?」

「……君の頭脳は貴重だ。こんなことで手放したくない。それに学院からしたらこちらから案内を送ったにもかかわらず、護衛の数を絞った。それによって起こった結果、君が攫われた。もしこのまま君を帰したら、グロウス学園に留学生を預かる結果このようになると告げているようなもの。当然そうするのはマナレイ学院の本意ではない、なので最大限の補填として研究室をゼブルス領に移したいということだ。それに―――」


 なぜかロザミアは早口になりながら、マナレイ学院の事情を話し始めた。


「そうか、条件は一切ないわけだな?」

「ああ、君が、いや君とゼブルス家当主が承諾しなければいけないぐらいだな」


 当然、他国に研究室を移すということはそれなりのリスクが生じる。それを全て飲んだうえでこちらに判断をゆだねてきている。


「………できればまた一緒に研究したい」


 本当に聞こえるか聞こえないかというほどの声が聞こえてくる。


「(……今の言葉が本心だったとしても、リスクの面を考えれば頷くことが出来ない)いくつか確認だ。研究室を移す際にいくつか条件を付けることは可能か?」

「私に可能な範囲なら」

「建物の外に出る際は監視を付けると言ったら?」

「もちろん受け入れよう、さすがに自室までは勘弁してほしいが」


 監視を付けることを許容できるなら問題がないと思っているとロザミアが口を出し始める。


「それに君からもらう報酬だが、ゼブルス領だといろいろと手間が省けそうだろう?」


 ロザミアにはルンベルト地方で軍を撤退させるのに協力してもらい、その報酬に神樹の実とエルフの紹介を約束している。


(確かにそれを考えるとゼブルス領内にいたほうがスムーズに進みやすい、か………そうだな)


 諸々を考えて一つの決断を出す。


「一つ、マナレイ学院が出す研究員には監視を付けさせてもらう。二つ、ゼブルス領内で出た成果については全てゼブルス家に報告する義務を設ける。三つ目、クメニギスとの連絡はゼブルス家を通して行ってもらう。この三つを破った際にはゼブルス家の判断で処罰を下す。この条件を飲むか?」

「うん、いいよ」

「……ずいぶん軽いな」


 本来ならもう少し悩む部分だと思うが、ロザミアは即座に提案を飲む。


「バアルなら、証拠がない言いがかりは行わないだろう?それにゼブルス領内でならエルフの協力も得やすい」


 どうやらロザミアはロザミアで打算があってこちらに来たいと言っているらしい。


「なら決まりだ、取り決めはどうする?」

「ロー爺が返答を聞いたら大使館に顔を出すって言ってたからその時でいいと思うよ」


 何ともフットワークが軽いと思っていると部屋に大きい拍手の音が鳴り響く。


「休憩にはいい時間だ、小一時間ほどそれぞれの案を再考する時間を設けよう」


 エレイーラが立ち上がると、そう提案する。腹具合からして、ちょうどいい時間だった。













「少し話がある」


 大勢と同じようにこの部屋から退室しようとすると、エレイーラが声を掛けてくる。


「……では場所を変えましょう」


 その後、大使館の中で使われていない一室に移動する。


「それで話とは何ですか?」


 部屋の中には俺とエレイーラ、そしてそれぞれの護衛にリンと、ノエル、そしてグード、護衛ではないがロザミアがいた。


「交易の話だ」

「……どのような意味だ?」

「なに、グロウス王国はアルバングルへと行く際に航路を使うのだろう?」


 つまりはアルバングルとの交易に一枚噛ませろと言っているらしい。


「はっきりと言ってもらえるか」

「回りくどすぎたか。グロウス王国、ひいてはゼブルス家はアルバングルの航路を開くと聞いた。そのお手伝いをしようと思ってな」


(レナード経由か)


 俺は陛下にしか内容を話してはいない。そしてそれがエレイーラに伝わっているということは陛下から外交団、そして外交団からエレイーラに伝わっているとしか考えられなかった。


「こちらはできるだけ安く補給することを約束する。だがその際にアルバングルからの交易品を道中にて卸してほしい」


 アルバングルが国として機能できれば当然、グロウス王国と交易を行うだろう。そして情報通りなら航路を使ってとなる。だがその際の問題だが、魔物の襲撃があるため船が通れる道はあまりにも海岸から離れられない点にある。


「陸路はクメニギス国内を通過するしかない。そして軍隊の行き来なんてもってのほかだ、となると海路しかない。そのうえで航路を使うとなると、私の基盤である南部の港を経由しない手はないだろう?」


 エレイーラの狙いはアルバングルからの交易品。希少な品が手に入れば当然利益も出てくる。


「断れば?」

「どうなるのだろうね」


 おそらくゼブルス家の船が通る時だけ海賊がはびこるようになるのだろう。


「返答はどうする?」


 エレイーラへの答えは一択だった。

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