第279話 意図したか独断か

『一つ聞くが面会・・なのか?』


 通信機からグラスが問いかけてくる声が聞こえる。


「ええ、面会です」

『だとすると、そちらの移動時間を考えて予定を組まないといけないな』


 どうやらグラスの中で移動時間を考えているらしいが。俺に限ってはそれは必要ない。


「いえ、時間は問題はありません」

『問題ではない?』

「はい、詳しくは話せませんが時間は気にしないでもらえればいいです」

『では今日でも問題ないと?』

「ええ、同じ王都内にいると思ってもらえれば問題ありません」


 窓の外から見上げると、くっきりと月と星が見えるほどいい夜空なのだった。『飛雷身』を使うには最悪なコンディションと言えるが、もはやそういった問題ではなくなっていた。


『………今すぐ、陛下にお伺いをする少しだけ待て』


 その声と共に通話が切られる。


(すでに契約が成ってしまった。それは変えようのない事実だ。だがもし仮にエナの鼻が正しいなら、その契約自体が俺に利となるということだ)


 口約束だと白を切る案も考えていたがエナの言葉で今後を整理して導き出した答えは何とも面白い答えにたどり着いた。






 ブルルル


 自室でとある物について思考して言うと通信機が反応する。


「はい」

『バアル殿か、陛下はバアル殿がよければ今すぐにでも面会しようとのことだ』

「では、すぐにそちらに向かいます。城門の者に通達をお願いします」


 テーブルの上に広がっている設計図を『亜空庫』に仕舞うと同時に部屋にある備え付けの扉が開く。


「バアル様、お出かけに?」


 備え付けの部屋から出てきたのは護衛であるリンだ。


「ああ、この部屋には誰も入れないようにしておけ」

「わかりました」


 リンに最低限のことを言い伝えると、そのまま窓に足を掛けて空へと視線を向ける。


「『飛雷身』」


 方向を確かめて、そのまま飛び去って行く。











 魔力の続く限り東に向かって飛び、魔力切れになれば自然落下中にまた魔力を補充して、その後再び東に向かって飛ぶという荒業をこなすことにより、およそ10分足らずで王都に着くことが出来た。








 城門のすぐ前に降り立つと、城門のすぐ近くで近衛騎士団団長ともあろうグラスがわざわざ待っていた。


「しかし、本当に訪れることが出来るとは………実は双子とかそういったことはないよな?」


 グラスから出た言葉がこれだった。


「気持ちはわかりますが、正真正銘のバアル・セラ・ゼブルスです。そして双子でもありません」

「わかってはいるのだが、何とも信じられなくてな」


 グラスの視線は感嘆であり、驚愕であり、羨望であり、そして警戒・・だった。


「一応警告」

「必要ありません」

「………そうか」


 この能力は悪用しようと思えばいくらでもできてしまう。それに言ってしまえば不可解な事件が起きた場合、何のかかわりが無くても、できるからというだけで容疑者として名前が上がる可能性すらありそうだ。


「それより陛下がお待ちだ、就寝時間を削って面会して下さるらしい」

「陛下のお心に感謝を」


 会話が終わればグラスが場内に入り、俺がそれに続く。














「待っていたぞ」


 グラスの後に続いて入った部屋には陛下が椅子に座って待っていた。


「ご就寝の時間を削っていただきありがとうございます。少々、お耳に入れておいた方がいい案件が出てきましたので」

「グラスの伝言のやり取りでは意味が無かったのか?」

「はい、場合が場合なので」


 立ったままだとと促され、机を挟んで陛下と対面する椅子に座る。


「それで、一応聞くが、何用で参った?」

「では率直に、今回の外交で魔道具の製法をノストニアに流すよう指示をしましたか?」

「……なに?」


 陛下の視線が鋭くなる。


「もう少し詳しく話せ」

「はい、実は――」


 交渉に当たる際にクメニギスがノストニア離反を企てたこと、そしてその際にクメニギスの交渉を拒否する代わりに、販売されている魔道具の製法を渡すことを条件に出されたことを伝える。


「なるほど、ではなぜこの私が指示をしたと?」

「突拍子な考えですが、王家が魔道具の製法を知るためだと思ってしまいました」

「………ノストニアに流したのに王家には教えないのかと私が言うためにか?」

「僭越ながら」


 ノストニアに製法を流したことにより王家へ教えないことを咎めることが出来る。そうなれば国家反逆の疑いをかけることは容易だろう。そしてその証を示すために製法を王家にも流さなければならない。


 そのため最初から外交団とノストニア、それと王家が結託しているとなればきれいに収まる。


(仮にアズバン家の独断でも王家に利益を供与したと言い張れば十分王家は許すだろう)


 王家の指示なのか、アズバン家の独断なのかはわからないが、ノストニアに製法が流れた時点で王家にも製法を教える必要は出てくる。


「ふむ、つまりはバアルは私を疑っているわけだな?」


 陛下の鋭い視線が突きつけられる。


「処罰なさいますか?」

「いや、わざわざ話をしに来たのは疑いを晴らしに来たのだろう?」

「もちろんです。王家は現状、無理に製法を知る必要はなかったはずです。ましてやノストニアに製法を流してでもとは考えられません」


 王家は、もっと言えばイドラ商会は魔道具をノストニアに流している。それはノストニアの王、アルムが希望したことであり、また陛下からしてもノストニアへの輸出ができる点で利点があるからだ。だがノストニアに魔道具の製法を流すのはどう考えても割に合わない。


(おそらくアズバン家の独断だろうな)


 メリット、デメリット考えれば王家は魔道具の製法をノストニアに流してまで知ろうとはしないはずだ。つまりはアズバン家の独断の可能性が大きくなる。だがここで問題なのが王家に製法を供与するためであり、交渉の際にクメニギスに付くリスクを鑑みてと言われれば王家は処罰はできないだろう。


「仮に製法を知りたいと思っても、陛下はおそらくは製法を聞き出すだけに留めるはずですので」

「なぜそう思う?」

「魔道具の生産量と値段です」


 俺はすでに生産工場を設けているため材料を運び入れる手間はかかるが、それ以外は人の手よりもよほど早く行える。それはつまり人件費もかからないことから値段が安くなり、さらには生産速度も効率化されていることを意味する。


「仮に製法を知ったとしても、効率化してない作業では値段も生産速度もイドラ商会とは段違いの速度です。それこそ大銀貨で済む魔道具を金貨で販売しては結局売れるとは考えにくいからです」


 王家が今更魔道具市場に参加する意味はない。できる余地は残っているがイドラ商会は手広くグロウス王国国内、それと隣国に輸出しているため参加するだけ薄利となるだろう。


「ではなぜ私が指示したかどうかを聞いた?」

「指示していないというお言葉が欲しかったのです」


 仮に本当は指示しているとしてもこの場で言葉に出してもらうことに意味があった。


「ふむ、私は外交団に魔道具の流出をしろ、またそれを幇助しろとは言っていない」

「ではノストニアへの魔道具の製法流出は陛下のお心にはないと?」

「ああ、わざわざする意味もあるまい」


 未だに陛下の鋭い視線が続く。


「ありがとうございます。そして陛下に二心を抱くこと並びにノストニアの提案を飲まなければいけなくなった失態をここで謝罪を」

「よかろう、許す。それでそれを言いにここまで来たのではなかろうな?」

「はい」


 ここからがここに来た本題となる。


「まずノストニアに製法を流す関係上、王家にも製法をお渡しします。そしてその上でいくつかお話があるのです」

「言ってみろ」

「はい、まず魔道具の製法を流す約束がある以上、イドラ商会で販売する魔道具は製法が流れてしまいます。ですが一般に売られてはいない魔道具についてはこれに当てはまりません」


 大規模な魔道具はイドラ商会では販売という形にしていない。理由は大規模な魔道具だと使う場所が限られるほか、高額な値段になるため、売るのには向かないからだ。なので大規模な魔道具だけは貸与という形で各地に置いている。


「そのいくつかの魔道具の製法を王家にお教えしたいと思います」

「ふむ、その代わりに何をしてほしい?」

「……今回の件が終わればグロウス王国は何らかの手段を使いアルバングルに人を送ることになります」

「だろうな」

「その送る人材を我がゼブルス家の推薦する人物で固めてほしいのです」

「アズバン家への牽制か?」

「はい、外交権を抑えた手前、普通ならアズバン家が出てくるでしょうがそこをゼブルス家にお願いします」


 領分の侵害ではあるが、アズバン家が友好的でない以上。アルバングルの利権を渡す気はない。


「よかろう、ただし、数人は王家の管轄の人間を入れさせてもらう」

「それで構いません」


 アズバン家が介入できる口実を排除できればそれでいい。


「ほかには何かあるか?」

「それとこちらは提案となるのですが――」


 わざわざこの場に来た本題を果たすとしよう。

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