第282話 飛翔石の性質
エナがエレイーラから手を切るのを目撃してから訳合って抱え込むことになった後、エナからエレイーラと繋がる詳細を聞き終えると休憩時間が終わり、午後の会談が再び始まる時間となった。
「バアル様」
会議に向かう際中、リンが声を掛けてくる。
「不満か?」
「正直言えばその通りです。以前も言いましたが、エナの能力面から考えて危険すぎます。また目の前で平然と約束を破るのを見たため、信頼性に問題があるとしか思えません」
リンはエナを危険視しかしていない。
「以前も言ったが私情は」
「ありません。危険性を鑑みての発言です」
エナの能力は確かに危険だ。だが
「エナには会話をさせない。声を遮断するマスクでも作り、四六時中嵌めさせておけばいい」
エナの聞き取りにより、エナの力は声に魔力を乗せることで起こる現象らしい。その対策として、単純にしゃべらなくさせてしまえばいい。
「ですが、能力を封じたからと言って、裏切りを考えないわけでは」
「リン」
未だに不信感を持ち続けているリンを呼び止める。
「さっきのやり取りで、リンはエナを信用できないのだな?」
「その通りです」
「だがな、俺が感じたのはその逆だ」
「逆……信用なさるおつもりですか?」
リンのその声を聞くと、再び歩き始める。
「エナの行動の原理はなんだ?」
「……アルバングルですか?」
「その通りだ、エナの原理はそこにしかない。だからこそ、ようやく納得した。エナはアルバングルに害を成す存在に対しては獣人にあるまじき卑劣な行為を平然と行う。そして逆に安寧をもたらす存在に対しては」
ここまで言えばリンも答えにたどり着いたらしい。
「力になると?」
「それも本人に拒否されても、危険が訪れれば何を犠牲にしても助け出そうとするだろう」
アルバングルは生まれたての子供だ。しかもすぐそばに大蛇がいる、そんな状況の中では誰かに守ってもらうしかない。そしてそれこそがグロウス王国。
そして―――
「エナがエレイーラの約束を目の前で反故にしたことの結果は不審ではない。むしろ、エナの根幹を知ることが出来て、納得できる部分でもある」
「裏切りはないと?」
「可能性は十分にある。だが、それはグロウス王国がアルバングルに害意を抱いた時だ。だが今のグロウス王国ではクメニギスを挟みこめる駒を手放す選択肢はない」
そのまま歩いていると、続々と人が入っていく扉が見えてくる。
「無償で働いている人などいない。誰もが正当な対価を求めて動き、そして不満を持つとき裏切りが起こる。ならば答えは単純、そいつが望みに沿って対価を払えばいいだけだ。今扉に入っている連中も行動の結果で報酬がもらえるから動いているだけだ。あの中に本当の意味で無償で動いている者など誰一人としていない」
レナードはアズベン家の責務を果たすため、陛下の期待に応えるために。レオンは単純明快、仲間をひいてはアルバングルを守るため。エレイーラは実績を積み上げるため。フーディはエルフの誘拐数を減らすためにそれぞれの対価を求めて動いていた。
「では、バアル様も」
「ああ、俺もだ」
納得したリンを引き連れて、その扉を潜り。午後の会談が始まる。
それから3日間、毎日のように会議を行い。粗方どう動くのかが決定してくると4日目にようやくそれぞれが動き出した。
4日目、大使館の中がいつにも増して慌ただしくなっているなか、俺は自室の椅子に深く座り込み、テーブルの上にあるノートパソコンを睨んでいた。
「………一応の枠組みは作り終えたか」
画面にはとある物の設計図が描かれている。
「少し無理やりだが、これで十分飛行は可能だろう」
この五日間で工房から持ち出した素材を使い、小型の模型で何度も実践し、ようやく形となった。
「……誰かが解体すれば張りぼてと評価するだろうな」
ノートパソコンをいったん放置すると、テーブルに模型を取り出す。
それは30センチほどの船の形をしているが、上部に様々な機械を積んている。
(スイッチを入れれば)
上部にあるスイッチを入れると、ランプが光、ゆっくりと浮き上がり始める。
「あの、バアル様、なぜ、その船が浮き上がるのでしょうか?」
部屋の中にいるリンがその様子を不思議そうに見つめている。
「答えはこれだ」
リンに飛翔石を投げ渡す。
「これは?」
「それに魔力を込めてみろ」
リンは不思議そうにしながら魔力が込められる。
「その状態で軽く飛び跳ねてみろ」
「?……………!?バアル様!」
(……………予想通りだな)
軽く飛び跳ねただけなのに天井に届きそうになってリンは慌てる。
そしてその様子を観察し、気になっていたいくつかを再確認する。
「大丈夫だ。しばらくしたら元に戻る」
リンがゆっくりと床に足を付けると、同時に効果が切れる。
「ノエル、お前は先ほどの光景をどう見る?」
「あれって………ネロの魔剣と同じでは?」
横から観察していたからか、ノエルは正確に状況を捉えていた。
「なぜそう思う?」
「軽く飛んだだけなのに、予想以上に高く飛ぶという点と、あと
ノエルの言う通り、リンをよく観察しているとこの二点が浮かび上がってくる。
「ではこの石の効果は
「ああ、その通りだ」
エナの腕輪を鑑定した際には【浮遊】とあったが、その実態は
「魔力を通せば、そよ風で吹き飛ばされるほど軽量化するらしい。だがここで重要なのが生身でない点だ」
魔力を通せば軽くなる。原理は今は置いておくとしても、その効果はシンプルだった。だが一つ疑問がある、なぜ身に着けた服がやや浮き上がるのか。
「物にも効果はあるということですか」
「その通りだ。そして注目する点はもう一つある。どうやって軽くする対象を選んでいるかだ」
飛翔石を手に持ち、魔力を流しているだけで身体が軽くなる。だがその軽くする物の基準があいまいだった。
「どうやって?触れている物では?」
「だとしたらなぜ地面は浮かび上がらない?触れている物だけというなら話は早いが」
立ち上がりリンの肩に触れて告げる。
「もう一度魔力を流してみろ」
「はい……あれ?」
リンは魔力を流し軽量化されたため、服や髪がやや浮き上がるが、俺の身体や服は一切その兆候が見られなかった。
「そうつまり、浮き上がるのは触れている物ではないことになる」
単純に飛翔石に魔力を流した際に触れている物が浮き上がるという条件なら話は早かった。だが俺がリンに触れてもその現象は起こっていない。
「ではなぜ、体だけではなく、服まで浮き上がっているかわかるか?」
二人はそろえて首をかしげる。
「ヒントは俺とクラリスにある」
「バアル様と」
「奥方様ですか」
「そうだ(奥方様?)」
ノエルがクラリスのことを奥方と呼ぶのは初めてのため、何とも聞きなれない。
「俺とクラリス、一見、何の共通点もなさそうだが、お互いだけが持つあるもので推察ができるようになる」
「ある物…………ユニークスキルですか?」
「その通りだ」
リンが答えを出して、その答え通りだった。
「そう、一見、飛翔石、俺とクラリスのユニークスキル、それぞれに共通点はないように見えるが明確に言えば確かに共通点がある、それが」
「物へ………影響を与えるかどうか」
ノエルの答え通りだった。
まず飛翔石を使った際に不思議に思ったのが、自身の服が浮き上がっていたことだ。もし仮に飛翔石が言葉の通り空を飛ぶ能力を持っていたとしたら、飛翔する際に上からの圧で服は肌に張り付くはずだった。だが効果を実感した結果、飛翔石の能力は軽量化させること。そして重大なのが、着ている衣服にも影響を及ぼしていることだった。
「………『飛雷身』と『刃布の舞服』」
リンも答えにたどり着けたらしい。
「その通りだ。『飛雷身』は自身が雷になり、移動する
もし仮に『飛雷身』が生身にしか効果が出ないのなら、俺は移動した先で裸となる。もしこの条件であれば、早脱ぎの選手権で負けなしだろう。だがそうではないことで服も一緒に雷となり移動していることになる。そしてクラリスの場合はもっと単純だった。なにせ服自体が形状を変えてしまっているのだから。
「この二点から魔力は物に影響を及ぼすことが判明している。俺なら服を雷に、クラリスは形状を変えるようにだ。つまり何が言いたいのかというと」
『亜空庫』から一枚のハンカチを取り出す。
「右手でハンカチを持ち、ハンカチに向かって魔力を飛ばす。そして同時に左手で飛翔石を持ち、同じように魔力を流すと」
最初にハンカチは垂れ下がっていたが、次第にゆっくりと浮き上がってくる。
「このように浮き上がる」
「魔力の有無が飛翔石の影響を受ける鍵ということですか?」
「正解だ。もっと言えば同じ魔力下にあれば同じ影響を受けるだ。そしてもう一つ、服が浮く原因だが、俺たちの肌の表面には魔力が漏れ出て、漂っている。肌から近い位置にある服は自然と影響が出ているのだろう」
そしてこれがリンが影響を受けても俺が影響を受けなかった答えでもある。
「なるほど」
リンもようやく理解が追い付いたらしい。
「???ですが、その模型は自然と浮き上がっています。触れてもいないのにどうして……」
そして同時に出てきた新たな疑問。だがこれも
「そう急ぐな。今までの答えで、飛翔石の正確な性質はなんだ?」
「魔力を流せば軽くなる。そしてその軽くなる範囲は同じ魔力がある物だけ………あ」
今までの性質を思い返せば答えは出てくる。
「その条件だと、わざわざ
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