第276話 誰に向けての交渉か

 ノストニアの連盟脱退。


 言葉にすればなんてことの内容に聞こえるが、内容を吟味すれば冷や汗をかくこと間違いなしだ。








「フーディ殿、素直に聞きたい、貴殿が出すその条件を率直に告げてもらいたい」


 クメニギスが連盟の要望を聞き届けるその理由は、国を滅ぼさないことその一点に尽きる。アルバングルの身なら余裕、そこにグロウス王国が加われば苦戦を強いられる、そしてノストニアまで加われば国の存続は絶望的な状況になる。


 だがノストニアさえ脱退させることが出来れば、アルバングルとグロウス王国との闘いとなり、普通に戦争をしても勝機が出てくる。要は今回の連盟においてノストニアが一番重要な要因になっていたのだ。


 そしてルギウスはノストニアの脱退という一手にすべてを掛けていた。


「そうよな、さて、どのように答えようか……」

「もちろん、私にできることなら最大限答えるつもりだ。例えば―――」


 ルギウスは必死に様々な好条件を並べるがフーディが興味を持っていない。そしてフーディが背もたれに体重をかけると、視線がこちらを向く。


『さて、バアル君、私は今、君とクメニギスを天秤にかけている』


(………【念話】か)


 頭の中に響いてきた声の主はフーディだった。


 この場では【念話】でのやり取りは周囲には知られないため、フーディと同じく【念話】で返答する。


『何が望みだ?』


 先ほどの問いはこちらへの値上げ交渉だと判明したため、あちらの要求を確認する。


『私はアルム陛下に人族との関わるべきではないと常日頃から物申している』

『つまり?俺にエルフとの深い関わりをするなと?』

『いや、クラリス様と婚約している時点でまず陛下と切り離すことはできない。だが君が持ち込む面白い玩具・・に我が民は興味を惹かれている。それもわざわざ国の外に出ていくほどに』


 ここまでの話の内容でフーディを望んでいる物が見えてきた。


『魔道具を販売するなと?』

『いや、すでに若い連中は玩具に夢中だ。グロウス王国国内で購入して持ってこられたら販売を止めても意味が無い』


(……なるほど)


 今までの【念話】とフーディの立場を考えればどういった要求になるかが判明した。


『だからノストニアでもその玩具を作りたくて・・・・・ね』


 つまりは魔道具の製法を知りたいと言っている。


『でなければ、向こうの提案に乗ると?』

『さてな………だが言ったはずだ、一考の余地・・・・・はある、と』


(聞く必要はない、聞く必要はないのだが……)


 フーディがルギウスの提案に乗る確率は決して高くない。だがそれ以上にこの交渉を飲むことでその可能性ゼロにできることでこちらに値上げを促している。


(要求を飲まずにたった数パーセントでもある負けの可能性を残すか、要求を飲みその確率をゼロにするかだが………)


『市販されている魔道具の製法だけなら要求を飲もう。そしてノストニア国外に販売しないことが条件だ。だがそれ以外はさすがに俺だけの権限だけでは無理だ』


 数%でしかない負けの目だが、それでも負けた際のリスクを考えれば仕方がない。だがその数%を侮ることはできなかった。


『よかろう。こちらは別に国防に関わる魔道具を知りたいのではない国民の興味を引くことを阻止したいだけだ』


 魔道具を国内で生産し、イドラ商会の魔道具の必要性を無くすという。


(競合他社とは成りえないことを踏まえれば飲んでいい要求だった。まぁ陛下には事情を説明する必要があるが、仕方ないだろう)


 市販とはいえ、魔道具の設計図を横流しするような行為だ。当然陛下に説明する必要があり、今後のことを考えれば億劫な気分となる。


「はぁ~、人族とは欲深く愚かな種族だな」

「――、何?」


 未だにノストニアにいい条件を述べていたルギウスの話が遮られる。


「いいか、私たちエルフはお前たちとは違い、情が深い。それこそ、全く血の繋がらない大人子供に愛おしさを覚えるほどにな」

「何が言いた」

「それは私たちが長く生きるためと言われている。そしてそれは私も例外ではない。仮に意見の衝突で喧嘩をすることがあったとしても魂の根本から同胞を憎むことはない。ましてや同胞を売り買いするなどという行為には反吐が出る」


 ルギウスが聞きただそうとするがそれを無視してフーディは話を続ける。


(それはいっそ愛が重すぎるとも捉えられる、が)


 思わず口に出そうになったが、それを堪える。


「だからこそ、お前たちは私の目から見たら欲深く愚かな種族にしか見えない。自らの同胞だというのに物のように扱う奴隷・・という制度を採用している。さて同胞を愛することを知っている私からしたらクメニギスという国は何ともおぞましさしか感じないのだよ」

「だが、先ほど一考の余地があると」

「ああ、私に同胞を奴隷としていることを納得させれば交渉に乗るつもりだっただけだ」


 ルギウスは心底悔しそうな表情になる。


(戦益奴隷という完全に利益という名目で人を使いつぶす制度がある以上、どこを付いても反論されるな)


 先ほどのフーディの言葉が本心からなら、戦益奴隷を維持しようとしている時点でノストニアを脱退させることはまず不可能だった。


「それに獣人達と会話をしたが、彼らなら私は喜んで交友しよう。そしてもう一つ、人族は嫌いだが、その中でも手を組むとしたら奴隷というものが存在していない国だ」


 フーディの言葉でルギウスは長い溜息を吐き、全体重を背もたれに預けて、天井を見上げる。


「つまりは私の交渉は最初から意味が無かったというわけか」

「ああ、そうだな、仮にグロウス王国が抜けても私たちが獣人の開放に力を貸すつもりだったがな」


 フーディはその言葉と共にこちらを笑いながら見上げてきた。


(チッ、最初からの目的は俺への交渉か)


 最初からこの連盟はノストニアの協力無くしては成立しえないものだった。利益率で言えばグロウス王国が大きいが、それでも俺はアルムに確かな利益を渡すつもりだった。


(だが、それだけで終わらせる気はなかった訳だな)


 フーディからしたら、ノストニアからしたら返答は拒否という一つだけだった。だが今回の交渉で微かにあちらに付くかもしれないという可能性をちらつかせて、こちらに強請りをかけてきたわけだ。


 フーディからしたらエルフの興味を向かせないために魔道具を求める。そのことについてアルムはおそらくラッキーとでも思っているのだろう。


「まぁ諦めることだなルギウス」


 先ほどまで壁で静かにしていたエレイーラが近づいてくる。


「姉上、そうは言っても。私にも立場というものがあるのです」

「そうだな、いいあがき・・・だったよ」


 エレイーラは笑顔でルギウスに賞賛のような罵倒のような言葉を与える。


「……すでに話がついていたわけですか」


 ルギウスの言葉には何も答えていないがエレイーラは変わらない笑顔を続ける。


「それはどうだろうな、だがお前はできるだけのことはした。一応は面目もたつだろう」

「はぁ、ならあの脅しに屈する必要はなかったのでは?」

「ルギウス、お前は全てにおいて有能と言われるだけの才はある。だが、気質からか、少しだけ素直すぎる」


 どうやら外交団の部屋でエレイーラが苦い顔をしたのは演技だったらしい。


「さて、愚弟、事前の約束を忘れてないな?」

「ええ、この交渉を行う代わりの約束は果たします………どこからが姉上の策略なのか、おそらくあの件も」

「それもどうだろうね」


 エレイーラは本意を読ませることはしていないが、ルギウスはどうやら何かに気付いているようだ。













 そしてルギウスの交渉は失敗に終わり、再び外交団の部屋に戻るのだが。


(こいつ、俺を嵌めたわけか………いや、こいつか)


 その道中で思わず歯を強く噛みしめることになった。


 ルギウスとエレイーラの会話で、外交団の部屋で行われたルギウスの訪問、アレがエレイーラの差し金だと判明した。


 ではここで考えるべきはルギウスの干渉がエレイーラの差し金だというのなら、行動のに矛盾が生じてしまう点にある。


 一つ目に今日、本来は城に赴く予定ではない俺を問題が起きたと突如連れだしたこと。


 二つ目に俺にそのことをリークしていないこと。


「一応尋ねますが、レナード殿は今回の件のことは」

「さぁ、何のことかな」


 レナードはとぼけるが、加担していなければ矛盾があるためレナードも黒だった。


 思わずこの事態に舌打ちをしたくなった。











 まず俺に知らせていない理由、それは俺を嵌めるために他ならない。


 エレイーラ、フーディ、レナードが今回のことを企てる利点もそれぞれ目星がついている。


 フーディは交渉の内容通り、魔道具の製法を手に入れること。エレイーラは今回の件でフーディに協力することでフーディと個人的に・・・・仲良く・・・すること。そしてレナードは万が一にもノストニアが寝返ってしまう可能性を排除すること、また今回のことで王座に最も近くなったエレイーラと太いパイプを持つことも含まれているだろう。また今回の交渉がなれば懐が痛むのは俺だけのためレナードは同意した要素でもあるのだろう。


 またそれに付け加えて、エレイーラはルギウスに今回の交渉の席を設けさせるために何かしらの条件を出していたため、それも利点に入っていることだろう。


「説明してほしいか?」


 部屋に戻るとエレイーラが近づいてくる。


「ああ、厳密にな」

「なら説明してあげてもいい。だがその代わりに水に流してくれないか?」

「損したことを忘れろと?」

「ああ、君ばかりがおいしい思いをするのはこちらとしても面白くない」


 エレイーラ達が共謀に当たったのはどうやら俺の取り分が大きすぎると判断したことが大きいらしい。


「ふぅ~、これ以上嵌める気がないと言えるか?」

「ああ、もし反故にしたら君からの信用を完全に失うことになるから。行うつもりはまずない」

「………詳細を話せ」


 それから備え付きの部屋に移動して、事の顛末を聞かされることになる。















 まずに計画を企てたのはエレイーラの発案によるものだった。およそ、数日前にルギウスが何かを画策していることを察知、そしてその内容はノストニアの離脱させるため直前に妨害を入れること。


 当然エレイーラもそんなことをさせるつもりもないので単独でフーディにそうならないように手回しを行った。だが、その時にノストニアが交渉に乗るふりをして強請ることを思いつきフーディと手を組んだ。そしてフーディの要求は魔道具の設計図だった。もちろんエレイーラもそれを欲しがったが、フーディはそれを拒否、流された設計図がクメニギスにあると俺との関係性にひびが入るためだったらしい。たとえ設計図が無くてもエレイーラには利があるためその案を受け入れたという。


 そして次に二人が行うのはレナードの引き入れだった。いくら外国とはいえ外交団も無能ではない、様々な情報を仕入れているはずだった。もし事前にルギウスが何かをしていることを察知されていたら、俺に知らせでもしたら、強請ることが出来なくなるため彼らも引き入れることにしたという。レナードもノストニアに100%を求めるための交渉だと考えて合意したらしい。そしてエレイーラの交渉は渡りに船だったため、この交渉に同意したという。


 そしてエレイーラは自前の手駒を使い、ルギウスの動向を察知し、誘導して、今日に当たらせたらしい。


「エレイーラはフーディ殿とのパイプ、ルギウスの計画の阻止か」

「そう、そしてフーディ殿は自国にて魔道具を生産を可能にさせること、そしてレナード殿は確実に勝利するため、そしてゼブルス家の弱体化を促せることに加えて、私とのつながりの強化を望んだわけだ」

「それだけではないだろう?」


 それに加えて、ルギウスが交渉の席に着かせるために何かを約束させたこと、そして交渉を成しえなくさせてルギウスを失脚させる部分もある。


「水に流すとは言ったが、本格的な敵対行動をされて笑みで対応しろと?」

「敵対行為?何を言っている。これは交渉を行う際の経費だよ…………それにな、君は迂闊すぎたのも今回の一端の一つだよ」


 エレイーラの言う通り、俺はクメルスに入ってから大使館を出ていない。もちろんそれには理由があったが、結果がすべてなため何も言えない。


 そして損失もノストニアが国外に販売しないということで未だに市場の独占はできているために仕方ないと割り切ることが出来る範囲だったことも大きかった。

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