第275話 アルバングルの弱さ
普通なら答えは『NO』の一択になるはずだ。だが、ここで思い出してほしいのが、それぞれの抱えている願望と、クメニギス第二王子が望んでいる状況のすり合わせるとどのような答えになるかだ。
「まずこちらの申し出を受け入れていただければ、我々、クメニギスはアルバングルから手を引くことを約束しよう。そしてアルバングルにおけるすべての利権をグロウス王国に譲渡することを約束する。またこちらの申し出を受けてもらえるならグロウス王国、ノストニアに対しては最大限の損害賠償を行うことを今ここで約束し、書面にもしよう」
先ほどの問いに対しての答えを言う前にルギウス第二王子はつらつらと同意した際のこちらへの利点を説明する。
(レオンを呼ばない当たり、状況をよく理解できているらしいな)
この場にアルバングルの特使、レオンがいないのは偶然ではない。
まずここでルギウスの行動の意味を考えるとしよう。ルギウスは内心ですでにどうにもならない状況だと理解している。その理由が相手に攻め入るための正当な理由とその利権があるため、そして国力差からして敗北は必至のため、要求を飲まざるを得ないからだ。
だがここでルギウスにできるのは保身のため、また敗北の条件を減らし、再起の芽を摘まないために、その連盟による要求を軽減することだった。
「またバアル君にも攫われた際の補填を考えている。そしてレナード殿フーディ殿にも私個人から最大限のお礼もするつもりでいる」
「具体的には?」
「何でもとはいかないが、私のできうる限りの条件は飲む。具体的には機密情報となっているマナレイ学院の研究資料も渡す数の限りはあるが可能だ。ただこれについては私が王位についてからという制約があるが、必ず約束は守ろう」
(必死だな)
問いかけるとすぐさまルギウスの返答が帰ってくる。その答えは条件付きだがマナレイ学院が隠し持つ機密情報も可能だという。
「一応聞きますが、そちらの要求は?」
「先ほども言ったがグロウス王国とノストニアに連盟の脱退をお願いしたい。もちろん、連盟を脱退するにあたって、両国の危惧する戦益奴隷の制度の改変を行うことを約束する」
投げかけたレナードへの返答で、事前に危惧した通りだと判明した。
「その代わりに獣人限定の戦益奴隷制度が誕生するわけか」
ルギウスの魂胆は単純だ。すでに両国の要求はのまざるを得ない、つまりは敗北しているのは理解している。だがそれでも値下げ交渉をしたいということだ。
「その通りだ。グロウス王国、およびノストニアは自国の民が不法な制度により奴隷になることが腹立たしく感じているはずだ」
(ノストニアはそれであっているが、グロウス王国は都合のいい理由があったからだけだけどな………それでもアルバングルを除いてグロウス王国、ノストニア、クメニギスの三か国は満足な交渉になるわけか)
まず連盟各国の要求は大まかに言えばこうなる。
グロウス王国:アルバングルの植民地化、および戦益奴隷にされた自国民の開放。
ノストニア:同族攫いの原因撲滅、およびクメニギス国内にいるエルフの救出。
アルバングル:侵攻の阻止、およびクメニギスにいる戦益奴隷となった同胞の開放。
そして連盟が出した条件でクメニギスが行わなければいけなかったのは『戦益奴隷制度の廃止』及び『戦益奴隷の全開放』だった。
もちろんクメニギスは連盟によりその要求を飲まなければいけない。だがここで重要なのが、クメニギスが脅威に思っているのはグロウス王国とノストニアしかいないという点だった。
「クメニギスでは戦益奴隷を獣人限定にし、そのほかの種族の戦益奴隷を完全違法とする」
「つまりグロウス王国、ノストニアの要求は受け入れるからアルバングルを切り捨てろと?」
レナードの問いにルギウスは静かに頷く。
(ルギウスはグロウス王国とノストニアの要求は受け入れなければならないのは理解している。だがそこに加わっているアルバングルの条件は排除してほしいということか)
当初予定していた従来の要求を飲めば、一番得するのがアルバングル、二番手にグロウス王国、三番手にノストニア、そしてクメニギスは破産並みの損をする。まずアルバングルに関しては虎の威を借りる狐の様にグロウス王国およびノストニアの影に隠れながら本来かなうはずもないクメニギスに要求を通せるからだ。もちろんその際にいろいろなものをグロウス王国に差し出さなければいけないが、それでも問題がない範囲だった。
だがこの条件を飲めば
グロウス王国:アルバングルの植民地化、および戦益奴隷にされた自国民の開放。
ノストニア:同族攫いの撲滅、およびクメニギス国内にいるエルフの救出。
アルバングル:侵攻の阻止、(ただしグロウス王国に植民地とされ、失った同胞は帰ってこない)
だけとなる。そしてクメニギスが行わなければいけなかったのは『戦益奴隷制度の変更』及び『戦益奴隷の獣人以外全開放』となり。最低限の損切だけで済み、獣人の戦益奴隷という財産を失わなくて済むことになる。
こうなれば一番得するのがグロウス王国、二番手にノストニア、そしてクメニギスは多少の損をして、アルバングルは大損する。グロウス王国は植民地が手に入り、要望通り制度の改変を求められ、さらには様々な賠償金が舞い込んでくる。またクメニギスは金の生る木を渡すことにはなるが今ある財を失わずに済む。そしてアルバングルだが、グロウス王国の庇護を受けはするが、同胞は帰らず、ただ土地と資源を体よく奪われるだけとなる。
「そして付け加えるならクメニギスはグロウス王国と不可侵協定も結ぶと約束する」
「アルバングルに攻め入らないと?」
「ああ、もちろん条件を強固にするため、期間を設けてもらっても構わない」
この条件が結ばれればグロウス王国はルンベルト地方に注意を割く必要がなくなり、アルバングルの植民地化に専念できるというわけだ。
(利だけを考えるならルギウスの要求を受け入れるのも手だ)
グロウス王国が平和的にアルバングルを植民地にするのは無理だとしても、賠償金代わりに例の『
またノストニアもどちらの案でも得られるものは大差ないため、賠償金額によってはルギウスの案に傾く可能性も存在している。
「賠償金額がすべての戦益奴隷の金額を上回ったとしたらそっちは要求を飲むのか?」
「分割払いを許容してくれるなら」
こちらとしてはもし賠償金額がすべての獣人を購入する金額を上回れば何の問題もなかった。なにせここでアルバングルを切り捨てて、わざわざグロウス王国がすべての戦益奴隷を購入すればいいだけだった。
「なぜと聞いても?この条件を出すぐらいならその賠償金で王家がすべての獣人を買い、それを渡せばいいだけのように思えますが」
「もちろんそれも考えたが」
ルギウスの視線がエレイーラに向く。
「ほぼすべての地域で戦益奴隷は様々な働きをしている。それがいきなり失われると反発が起こるのだろう?」
「姉上の言う通りです。姉上の地域はどうやら戦益奴隷を使っていないようですが、クメニギスがそちらの条件を無条件で飲んでしまえば各地で反発が起きるのは必須。そうならないように金額で解決してもらいたい」
昨日まで仕事を任せていた従業員がいなくなる。どのような仕事でもこのような事態が起これば混乱するのは必須だという。
その後、しばらくの間沈黙が続く。どうやらルギウスの譲歩できる部分はここまでらしい。
(一見筋が通っているようだが)
「申し訳ないですが、その交渉は断らせていただきます」
レナードは深く考えるまでもなく交渉を拒否する。
「そうか………」
ルギウスは落胆の溜息を吐く。
(まぁ当然だな)
グロウス王国はこの提案を聞き入れることはない。
確かにルギウスの提案には魅力的な部分がいくつもあった。だが、それでもクメニギスの国力低下という部分を行えるなら多少の利は捨てて何も問題ない。
(ルギウスの提案では大まかにグロウス王国に賠償金、アルバングルのすべての権利の委譲、不可侵協定の締結。正直、受け入れるには値しない条件だ)
まず王国に賠償金とあるが、いくら膨大になったとしても、意味が無い。なぜならどこまで金を積み上げられたとしてもすべての獣人を買い戻すことはできないからだ。
(クメニギスは無関係を装ってアルバングルから攫うだろう、そうすれば元も子もない。そして何より
少数なら砂漠や絶壁を越えることも可能なため、人攫いは可能と言えるだろう。そして何より問題なのがいくら人攫いに警戒して、警戒網を敷いても、戦益奴隷同士の交配が可能なことにあった。
すべてを買おうとしても獣人の数が少なくなれば自ずと値段は吊り上がっていく。それが際限ない場合は賠償金など簡単に超えていくだろう。そして何より問題なのが、獣人の繁殖をさせてしまえばより数は増えることにあった。
また何より獣人との連盟を反故にしてしまえば、後々の統治で問題が発生することだろう。それに仮に買い戻すと約束しなおせても先ほどの理由ですべてを買い戻すのは不可能に近い。
(それにグロウス王国はこの交渉を飲まずとも植民地が手に入る。また先々になるがグロウス王国は永続的な利権を得られるため、クメニギスの賠償金はいつかは回収できるだろう。それに加えて、クメニギスの国力低下を行える。グロウス王国からしたら、相対的に考えてこの交渉を飲む意味はない)
ルギウスの案ではグロウス王国は確かに短期的には利を得られる。だが長期的に考えれば結局は現状の維持が一番得になるのだった。
(だが、
「ふむ、
フーディの口から肯定に近い言葉が出てくる。
何よりもの問題は、たとえグロウス王国が交渉を断っても、ノストニアがそれを受け入れてしまえばすべてがご破算となることだ。
今回の件で、ノストニアが得られるものは、クメニギスにある人攫いの原因撲滅のみだ。そしてこの交渉に乗れば人攫いの原因撲滅という目的は果たすことが出来て、さらには賠償金を吹っ掛けることが出来る。またノストニアには戦益奴隷を無理に助ける義理もない。そう考えれば俺は事前にアルムに利を与えると約束をしてはいるが、それがどれほどになるかわからない以上、クメニギスの交渉に乗る可能性は十分にある。
「フーディ殿、アルム陛下からある程度の事情は聴いているのでは?」
口を挟み釘を刺そうとするのだが。
「バアル殿、私は陛下に信頼されているからこそこの場に派遣されました。私にも考えあってのことですので」
(よく言う)
実際は人族との関わり方でアルムとは仲が悪いのは知っている。だがここに派遣されている時点でこの言葉を覆すのは難しい。
(やはりはルギウスの狙いはノストニアの
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