第274話 連盟の弱点

 ゆっくりと荘厳な集団がクメルス城に向かっていく中、一つの馬車の中では外の雰囲気とは違い、何とも張り詰めた空間となっていた。


「それで、どんな介入をしてきた?」


 馬車にいるのは非常事態に付き連れ出された俺、今回の会談のために様々な手回しを行ったクメニギス第一王女エレイーラ・ゼルク・クメニギス、そしてグロウス王国外交団の代表であるレナード・セラ・アズバン、グロウス王国の頂点に位置する近衛騎士団の副団長ルドル・セラ・アヴェンツ、そしてエレイーラの護衛として元聖騎士であるグードがいた。


「介入と言っても、交渉前日に父上と宰相に愚弟たちが直談判をして、今日の予定が少しずれただけだ」

「事前に話がついていたんじゃないのか?」

「そのはずだった・・・。お父様にもその側近にも大臣各種にもある程度話は通したはずだ」

「その中の誰かが話に反して言葉を出してきたのか?」


 ルドルは考えられそうな事態を挙げるが、おそらくそれではない。


「違う。まぁ偉大なお兄様の功績でね、クメニギスの上位陣のほとんどは私たちの言葉を私利私欲で聞き届けることはしない。当然お父様もだ。いくら愚弟やかわいい妹たちも単身・・ならその言葉がクメニギスの利にならない限り跳ね除けられるだろうね」


(……なるほど、大体読めた)


 今回クメニギスに要求する内容は戦益奴隷という制度の廃止。戦益奴隷はほかの奴隷制度よりも高額になるが、正真正銘の奴隷、つまりは財産となる制度だ。そしてそれを持つ大半が金持ちに限定されることだろう。


 そしてここで言う金持ちとはほとんどが貴族のことを指し示している。


「獣人の戦益奴隷はいわば財産だ。地方の貴族、大商人が自分の財産を奪われるだろうことを危惧してそれぞれの地域の王子たちに泣きついてきたわけか」

「その通り、愚弟たちはわかりやすく焦っていたよ」

「へぇ~(愚弟という割に評価はしている様子だな)」


 バカなら大言壮語を吐くだろうが、それは結局自分にとっての不合理を無視しての発言の場合が多い。こういうタイプなら問題ないという自信満々な態度を取り自ら死地へと言ってしまう。だがエレイーラは焦っていると言った、つまりは今がどんな状況がわかっているのかを意味している。


「求心力を維持するために地方基盤の声を聞き入れなければいけない。だけど」

「そう、愚弟たちもここまで事態が進んでいればできないと分かっている。だが表立って無理とは言えない、なにせそうすることで自分の下に居れば財を守る保証がないと言っているようなものだ。もちろん諭してもいいが結局は情けないというレッテルが張られることだろう」

「自分たちの財を守れない王子に意味はない、か」


 当然と言えば当然だ、王子を支持しているのにはそれなりの見返りを求めてのこと。もちろん今は出費に耐えても、先により大きいリターンが戻ってくるなら何の問題もない。


 だが今回は違う、エレイーラが密かに動いたことでほぼ戦益奴隷という制度が廃止する方向で動き始めてしまった。しかも王子たちはそうしなければ三か国との戦争になると知ったうえでだ。


(無理だと理解していても、下からの突き上げでやるしかない。もちろんできないと声を上げることもできるがエレイーラに負けたことを認めたという意味合いになる)


「エレイーラはばかりしているな」


 エレイーラは事前にアルバングルに攻め入るべきではないと主張してきた。そして攻め入ってしまい、手痛いしっぺ返しを受ける寸前に来ていることからエレイーラには先見の明があることを知らしめた。そして同時にほかの王子たちは、攻め入る利を見せつけたはずが結果は大損、つまりは大きく評価を落とすことになっている。


(自分は評価を得て、相手は自ら評価を落とした。その差は王太子の座にエレイーラが何歩か近づいたことを意味しているな)


 またそのほかにもアルバングルの知己、ノストニアとの顔つなぎ、言ってはなんだが俺とのつながりも得ることが出来ていた。


「私もそれなりのリスクを飲んできたつもりだよ、そして今も・・そのリスクはある」

「………」


 だが、どうやら俺は何かを見落としていてエレイーラはそれを気付いているらしい。


(俺がエレイーラの弟の立場だったらどんな手段を取るのか…………)


 頭の中で思考をしていると、一つの解決策が浮かんできた。


「エレイーラ予定がずれたとあったが、どんなだ?」

「簡単、介入してきた条件は二つ。一つは交渉の場に愚弟たちが参加すること。そしてもう一つが交渉時間を遅らせることだ」

時間稼ぎ・・・・か」

「そう、愚弟たちは多種多様、それも面白いと思う屁理屈を捏ねて何とか交渉時間を少しだけ遅らせたのさ。およそ2時間ほどだけどね」


 エレイーラはその場にいたのか笑いながらそういう。


「よく頑張ってもぎ取ったと言った方がいいか」

「そうだね、彼らが起死回生の手はこれしかないだろうし」


 こちらの会話を聞いていたレナードとルドルも事態に気付いたらしい。


忠告・・を」

「する意味が無いだろうね。してもあちらが話に応じてしまえばそれでお終いだ。だけど、面白い」


 ルドルは馬車を出て忠告しに行こうとするが、レナードがそれを止める。


「こちらが優勢なのは変わりがない、だけど」

「万が一でひっくり返される可能性がある、な」


 それから程なくしてクメルスの城門をくぐり、馬車を降りることになる。


 城の前には大勢の騎士が並び敬礼をしていて、中央にできている大きな道をゆっくりと歩いていく。


(ここまでは問題ないな、あとは)


 大きな城門が開くと同時に中からこちらと同人数の文官が待っていた。


(あれが宰相か)


 レナード、フーディ、レオンが先頭を歩いていると一人の壮年の男性が三人に近づいていく。事前に把握していた背格好から宰相と判明した。


 その後、ひとしきりの間会話を行うと連盟の外交団は城の中に入り、大きな応接間に外交団全員が押し込められる。














 クメニギスが起死回生できる一手それは、内側から連盟を崩すこと。クメニギスはこの連盟が生きている限り、まず戦力的な勝負では連盟に勝つことはできない。もちろん他国に応援を頼むこともできるだろうが、頼める先はフィルク聖法国しかない。だが戦いを嫌う気質を持つフィルクが奴隷を開放しようとしている連盟と、自国の利益を守ろうとするクメニギス、どちらに付くだろうか、また国民はどちらに納得するのだろうか。


 では、どうするのか。それは連盟を根本から変えるしかなかった。












「失礼する。ノストニアの使者、およびグロウス王国外交団の代表にお目通りを願いたい!!」


 応接間に響いてくる声がある。


「アレは私の弟だ」


 傍に居たエレイーラが声を挙げた人物の正体を教えてくれる。


「私はクメニギス第二王子、ルギウス・ゼルク・クメニギスだ。すまないが会談が始まる前に少々話がしたい」


 声を挙げた人物は真っ赤な髪をしており、背が高く体躯がしっかりしていることから武人というイメージが強い。


「何の用だ、ルギウス」


 エレイーラは移動して部屋に入り込もうとしてる集団の前に立ちはだかる。


「姉上ですか、ご安心をノストニアの代表の方とレナード殿と話をしたいだけです」

「不要だ。彼らの要求は全て私を通してお父様に上奏した。もはやお前に出る幕はない」


 すると、ルギウスがエレイーラに近づくと耳元に顔を近づける。そして何かを囁くと、エレイーラは嫌な顔をする。


「脅しがこの私に通じると思っているのか?」

「脅しではなく提案です。こちらとしましてもこのまま姉上にリードされることは構いません。ですが私たちも実績だけは必要なのです」

「…………少し部屋の外で待て」

「いい返事を期待しております」


 集団はエレイーラの言葉通り退室し始める。











 そして応接間に備え付けられている小部屋で俺とレナード、フーディが集められる。


「すまない、少しだけ愚弟の話を聞いてほしい」

「エレイーラ」

「わかってる、ただ聞くだけだ、了承する必要はない」


 エレイーラが俺たちとルギウスの話をさせようと仲立ちをしようとしている。そのことについて問いただすように呼び掛けると、エレイーラは苦い声で答える。


「…………」

「そんな目で見ないでもらえると助かる。今の私はいち王女でしかない」

「それで?」

「………あいつらは今回は負けを認めている。だから彼らは傷を小さくする策を実行している。だから―――」


 それからエレイーラにルギウスの真意を聞き出すと、その後俺たちは渋々彼らの話に参加することが決まった。















「ようこそおいでくださいました」


 話し合いに参加するにあたって。エレイーラ同伴の上、護衛を二人つけさせると条件でレナードとフーディは話し合いに応じた。


 フーディの護衛はフィクエアとフィニィ、そしてレナードの護衛だが俺とルドルが務めている。


(まぁあちらはそれで問題ないようだしな)


 訪れた部屋ではルギウスとその護衛が待ち構えていた。だが高圧的ではなく、自然な形でだ。


「さて、単刀直入に言おう。レナード殿、フーディ殿、この連盟を破棄する気はお在りか?」


 あちらの第一声は何とも率直な聞き方だった。

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