第273話 警戒網

 程よく時間が過ぎれば、ロザミアも学院に戻る時間となった。


「じゃあ、いい時間だし私は帰るとしよう………できれば研究室に戻ってくることを祈っているよ」


 ロザミアはその言葉を最後に馬車に乗り込む。


「ああ、できれば、な」


 ロザミアを乗せた馬車が出立するのを大使館の入り口で見送る。


(まぁ、どちらにしろクメニギスにはいられないから、無理だろうがな)


 ルンベルト駐屯地の報告を受けているならゼブルス家がアルバングルに加担していることははっきりしている。もちろん脅されていたという免罪符を用意はしているが、クメニギスの連中もうすうす通じていたと理解し始めていることだろう。また今回の連盟でゼブルス家、ひいてはグロウス王国との関係も友好的な状況から中庸的な存在へと変わっていくことだろう。


(元々マナレイ学院に来たのはグロウス王国で俺を排除する動きが見られたからだ。避難のような形でマナレイ学院に来たのに、マナレイ学院ではさらに危険があるならわざわざこの国にとどまる理由もない。それに安全なのは表での話だけだ)


 クメニギスはここにいることが安全だと言い張るだろうが、それは表立って俺を糾弾することはできないからだった。人質として攫われた時点でクメニギスの失態と言っていいため問題を大きくはできない。だがそれでも俺の存在を面白いと思わない奴はいるだろう。そしてそいつが目障りというだけで暗殺という手法をとっても何もおかしくなかった。


「バアル様」


 大使館に戻ると、リンが駆け寄ってくる。


「どうした?」

「ノエル、および近衛からの報告です」

「歩きながら聞こう」


 リンを連れて、自室へと向かう。


「まずノエルの報告ですが、治外法権が効く部分すべてに糸を巡らせ終えたとのこと。そして近衛は周囲から20に満たない組織がこちらを監視していることが確認取れたそうです」

「監視だけか?」

「今のところはそのようです。こちらには近衛騎士団100名に加えてノストニアのエルフたちがいるため監視に留まっているのではないか、とのこと。そのため安全のため、大使館にとどまってほしいとのこと」

「わかっている」


 ノエルには大使館の土地すべてに糸を張り巡らせるように指示している。要は鳴子としての役割だ。


(糸が感知できる範囲内に居れば、姿が無くても、壁を伝っていて感知できる。さらには捕縛用・・・のためにも使える)


 ノエルの糸は長さと太さ、そして強靭さで使用する魔力が左右される。糸が強靭になればその分魔力が必要になり、また長さが増えても魔力は増えていく。また糸を細くすればするほど耐久面を保つにはより強い強靭さが必要になる。


 そのため長さならともかく強靭さを兼ね備えた糸を土地全体に張り巡らせるとなると大量の魔力が必要となるのだが


(リンとノエルに魔力供給装置インフィニティを用意していて正解だったな)


 リンとノエルには事前に魔力を供給する魔道具を渡してある。リンには戦闘時に全力で戦闘しても問題ないように、ノエルにはそれを含めて糸で様々な用途に使うようにだ。もちろんリンもノエルもそれが使い放題とはいかない。ブレインに俺の許可がある時だけ使用できるようになっている。


「それとレオン殿がバアル様を呼んでおりました、何でも体が鈍るから模擬戦しようとのこと」

「パスだ、こんな周囲が監視だらけの場所で手の内を晒すなと言っておけ」

「ですが、レオン様はすでに仲間内で模擬戦をしているようです」

「……放っておけ、それよりもレナードから何か連絡は?」

「何もありません」

「ならば上々だ」


 その後、自室に戻り、部屋を完全に密室にして、リンの能力で防音、ノエルの能力で侵入者の排除を行う。そしてイドラ商会に代わり最大の利益を上げてくれるとある物・・・・についての検証を行う。


(これの製作が出来れば、その時は―――)


 誰の声もない中、一人で机に向かいながら四苦八苦し始める。



















 そしてロザミアが訪問した日から二日後、大使館に大々的な集団が押し寄せてきていた。


「アレがクメニギスの迎えか」


 何台もの大型馬車と、軍と呼ぶべき護衛、そしてその中心にいるクメニギスの貴族たち。そしてその集団の中に一際綺麗な服装に身を包んでいるエレイーラがいた。


 そして俺はその様子を自室の窓から眺めていた。


「しかし、本当によろしいので?」

「ああ、領分・・の違いははっきりとしている」


 そして大使館の扉が開き、豪華に着飾ったレナードとその側近、およびレオンとそのお仲間の姿が見える。


「しかし、レオン殿たちは交渉に不慣れ、もしレナード様率いる外交団がアルバングルの要求を最低限にしか突き出さなかったら」


 この言葉に、思わずリンの顔を見てしまう。


「な、なんでしょうか?」

「いや、お前がレオン達を気にするとは思わなかったからな」

「……あのエナには今でも嫌な感情があります。ですが、彼らすべてがエナのようなわけではないので。そしてレナード様はレオン達と最低限だけ協力してればいいわけです。アルバングルと太いつながりがあるバアル様を疎んでアルバングルに中途半端な条件を出させたら」


 リンもある程度は考えているらしい。


「問題ない」

「ですが」

「まず俺は行かないというだけで指示しないというわけではない」


 リンに耳に嵌めている物を見せる。


「向こうでのやり取りは全てこちらで聞いている。そしてレオンの傍にはうってつけ・・・・・の奴がいる」


 窓の外を見るとレオンのすぐ後ろにグレア婆さん、そしてエナの姿があった。


(エナがレオンを見捨てない限り致命的な交渉は避けられる。そしてグレア婆さんにはいつものように通信機を仕込んでいるからこちらからも交渉に口出しができる)


 レオン達の交渉は戦益奴隷となった獣人を全開放してもらうこと。その本質を見失うことはないはずだ。


「向こうが条件を出してきてもこちらがそれを飲まなければ問題ない。それにレナードも陛下がアルバングルと良好な関係を築きたいという旨は聞き及んでいるはずだ。アルバングルと関係が悪化しそうな交渉はしないだろう。何よりレナードもアルバングルとのパイプが欲しいはずだ、わざわざ嫌われるような条件で交渉を行いはしない」


 ノストニア、アルバングルの双方との太いパイプをゼブルス家は握っている。それを嫉んで嫌がらせをしようと考える場合もあるだろうが、今回は陛下の関心が向いている案件なため両国の関係が悪化するような交渉を行ってしまえば今後に差し支える。ではそれをさせないためにどうするかというと、ゼブルス家と同等かそれ以上のパイプを握ればいいだけだ。


(そしてそのためには親身になり協力するのが一番だ。アズバン家の嫡男もそれはわかっていることだろう………それに最悪の場合は俺がグレア婆さんに助言をすればいいだけだ)


 そんなことを思っていると、エレイーラと目が合った。何やら笑顔を浮かべると、レナードに近寄り何かを話し始めた


「…………?」


 事の成り行きを見守っていると、レナードが笑顔で何かに応じると、ルドルに何かを言っていた。そしてルドルは二人とは違い、やや険しい顔になると二人から何かを言われている。そして観念したのか部下の一人に何かを指示すると大使館内に入ってくる。


(まさかだよな?)


 そして確認するために再びエレイーラ達に視線を向けると、エレイーラがこちらを向き、唇を動かす。


(『お』『ま』『え』『も』『こ』『い』、か)


 コンコンコンコン


「バアル様、エレイーラ王女殿下、レナード様、ルドル団長からともに来てほしいとのことです」

「事前の話では俺は行かない予定になっていたが?」

「エレイーラ王女殿下の直々のご指名です。またレナード様も了承しました。つまり、外にいる集団はバアル様を待っておいでです」


 こういわれれば無為に時間を浪費してしまう俺が悪者とされてしまう。


「了解した」

「バアル様、お召し物を」


 こちらの事情を把握したのかすぐさまノエルが正装を渡してくる。












「お待たせしました」


 数分も掛からず着替えを終えるとリンとノエルを連れて、待っているお三方に近づく。


「バアル君、申し訳ない」

「いえ、お気になさらず。どうやらエレイーラ王女殿下が我儘を言ったのはこちらでも把握しております」


 チクリと嫌味を言う。


 事前の話では俺は交渉の場には出ないでもいいことになっていた。なにせエレイーラの手回しが終わったと知らせが着ていたので、あとは面会して交渉のみだったからだ。そして俺は交渉の技量にてレナードに劣ることに加えて、俺の身柄は場合によってはゼブルス軍に対する切り札になるため大使館で護衛達とおとなしくしているつもりだった。


「すまないな、バアル君。だが私は君がいたほうがいいと判断しているからこそ呼びさせてもらった」

「いえ、問題ありません…………何かあったか?」


 三人にしか聞こえない声量で訊ねる。


 なにせエレイーラも俺を出ないことを承知だったはず。だが事前のそれを裏切ってまで呼び出したとなればイレギュラーが生じたと予想できる。


「ああ、愚弟たちが徒党を組んで交渉の場に出張ってきた」


 そしてそれは当たりだったらしい。

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