第270話 不信感への尋問
エナには未来予知に似た力がある。それなのにこの場に訪れるということはそちらの方がいいと判断したためだ。それが利によるものなのか生によるものか、損によるものか、はたまた死の匂いかは彼女本人しかわからない。だが彼女はこの場所に何かを感じていた、つまりは何かの意味を持って訪れたことになる、たとえそれが自分の死ぬ未来を予想したとしても。
夕方、窓から入る光によって、部屋の中が赤く染められている中、扉が開けられる音がする。
「呼ばれたから来たんだが」
「……どうにも不穏にしか感じないな」
開けられた扉からエナとティタが入ってくるが、部屋の雰囲気でやや緊張している。
「ルドル、無事に作動させているな?」
「ええ」
部屋の中には扉に向かって一つだけソファを用意していた。
そして中にいる人員だが、俺がそのソファに座り、その背後にリンとノエル、ルドルが並び、その後ろに10人ほどの近衛騎士団が詰めている。そしてその集団の中央に例の像ととある杖が置かれており、両方とも発動した状態に保たれている。
「さて、エナ、お前の鼻はこの部屋をどう感じている?」
「死と損、そして同じぐらいの生と利が漂っている。何とも面白い空間だな」
エレイーラと合流する前に何の変哲もない部屋ではエナの鼻は無臭に感じることはすでに承知している。そのためエナの力を改めて痛感することになる。なにせその回答は現時点では満点だったからだ。
「その通りだ、ここから先はエナ、お前自身の答えでこの空間がそのどれに当てはまるかが決まるぞ。ノエル」
「わかりました」
ノエルが指先を少しだけ動かすと壁や天井、床のあらゆるところから紫入りの糸が二人に襲い掛かり拘束する。
だが二人は抵抗することもなくただ糸に四肢を拘束される。
「一応聞くがこれはなんの真似だ?」
さらにはエナの言葉からこうなるのは何となく感づいていたらしい。
「どうということもない、念には念を入れてだ、リン」
「こちらはすでに発動しております」
リンに確認を取ると、すでに能力を使用しているという。
「さて、エナ、これから答える質問に『はい』か『いいえ』で答えてもらう。もしこちらが納得できない回答が行われれば、最悪は殺すことになる」
「は、そういうことか」
「まぁ、エナ、お前のことだからある程度は何かがあると予想で来ていたのだろう?」
何かがあるのはエナも理解できていた、それにも関わらずこの部屋に来たということはどういう意味かは理解しているはずだ。
「こちらが確かめたい点は二つ、いや、詳細に言えば三つか」
「何かオレが粗相でもしたか?」
「いや、俺がお前に対して違和感を感じただけだ」
俺がクメルスに訪れるまで、違和感が存在した。
(とはいっても実際の違和感は
だがその違和感の中で明確な原因として考えられるものはエナしかいなかった。
「一つ目の質問、俺を裏切るつもりか?」
一つ目は単純ながらとても明快な質問を行う。
「今は『いいえ』だ。バアルが獣人の良き友であるなら俺は贖罪のためと、お前のために動くとそこにいる少女に約束した」
エナの視線はリンに向けられている。
「その言葉に嘘偽りはないな?」
「ああ」
後ろを見るが像に反応はない。つまりはこの言葉は真実であるということだ。
(この質問だけだと、エナはこちらに協力しているようだが)
この言葉の裏を返せば、俺を裏切るつもりはない行動しかしていないことになる。だがそれは認識の違いだ。実質俺を裏切っている行動でもエナ自身が裏切っている自覚がなければおそらくは先ほどの質問には引っかかることはない。
(それこそ、利の匂いがわかるエナだからこそ、その行動の意味をしっかりとは理解していない部分もある)
たとえエナ自身さらには獣人にとって利となる行動でも俺には害になる可能性がある。そしてそれをエナが俺のためでもあると思って行動してしまえば裏切りにはならない。それこそ一時的に不利な状況に陥っても後々形勢逆転できる可能性をエナが見出したら。つまりはその行動には裏切りの要素がないこととなる。
「(こいつの能力は扱いが難しい。だがそれなら)次の質問だ、エナ、お前は俺の体に
一つずつ選択肢を潰していけばいい。
「……」
そしてどうやら当たりは早めに引くことが出来たらしい。
「どうしたエナ、答えろ。ああ、ちなみにお前が命令して第三者にやらせたものは除く。お前がお前の使える範囲の能力で俺に何かしらの手を加えたか?」
「…………はぁ~~、そうだ」
エナは観念したように頷き、ため息を吐き出す。
「リン、止めろ」
「っと、ですが!」
リンにはエナとティタが何かしらの害を成す行動した場合に容赦なく首を刎ねろと指示した。リンはそれを忠実に守ろうとするが、今だけは止める。
「いい、それよりも聞きたいことがいくつもある」
もし殺すとしてもすべてを聞き出してからだ。幸い嘘を判別する魔具があるため時間は掛からない。
「それはお前のユニークスキルか?」
「違う」
「では【獣化】の能力か?」
事前にステータスは確認していた。その部分に思い当たりそうな力はなかった。ならば見落としてる部分に存在しているしかない。
「…………正解だ」
エナは口を重く開き言葉を出す。おそらく嘘をついた場合どうなるか、その自慢の鼻で嗅ぎ分けているのだろう。
「ではお前の口から説明してもらおう。安心しろ、ここに獣人の言語を理解するのは俺しかいない」
俺は【念話】で目の前の二人が獣人の言葉で話しても理解できるが、後ろにいる全員はそれが出来なかった。そのためこの部屋でエナの言葉を理解できるのは俺とティタしかいなかった。
「話す前に教えてくれ。なぜオレがお前に何かを行っていると思った?」
「(………それぐらいなら問題ないか)まずお前に不信感を持ったのはライルだ」
周囲はライルという名前が出てきて困惑するが、今は俺とエナが理解できればいいため話を続ける。
「お前はライルに価値があると言って、俺を止めた。そう
後々になってエレイーラに指摘された時に自分の不自然さに気付いた。
「あの場面では俺は多少の利があってもリスクが付き纏うため
そう、たとえ未知数な利があるとしても現実的なリスクが付きまとうなら本来なら殺す判断をするはずだった。だがそれをしなかった。
「やっぱり、あのときか」
「そういうということは自覚があったんだな?」
「ああ、あの時は確かに利の匂いもしたがそれよりも損の匂いがやや大きかった」
つまりはこちらの対応次第で利になるか損になるかという人材だったらしい。そしてその不安定さを考ええば切り捨てるべきだとエナもわかっていたらしい。
「一つ聞かせろお前はあのライルを事前に知っていたのか?」
「いや、あいつは初めて見た」
何かしらの繋がりがあったのかとも考えたが杞憂らしい。
「ではあの場でライルを殺すことを止めた理由はなんだ?」
「…………
(
あの場面を思い出す。ライル達傭兵が盗賊と手を組んでこちらに夜襲を仕掛けてきて、俺たちはそれを撃退した。
(何かしらの思い出のある場所?それだと、その前に盗賊どもを殺しているから理由にならない。事前にライルとのつながりがないことは先ほどの質問ではっきりした)
「一つ聞くが、ライルの背後に誰がいるのか知っているのか?」
「???いや、知らない」
(ライルの後ろにいる人物とつながっており、ライルだけを、もっと言えば指定された人物だけを生かしてほしいと言われたのならまだ納得できたのだが)
もしライルの後ろに糸を引く誰かがいて、そいつとエナが密かに繋がっていると考えればあの場面でライルを生かす理由になるのだが、それも否定された。
「一応確かめるが、恋慕の情をライルに持ち合わせているとかないよな?」
「ねぇよ」
あり得ないと思いつつ質問すると予想通りの答えが返ってくる。
(もはや伝説並みの一目ぼれという線も消えた。となれば、なぜだ?)
答えがわからず悩んでいるとエナ自身からため息が聞こえてくる。
「本当に分かっていないんだな」
「じゃあ聞くがなぜ、あの場でライルを殺さなかった?」
「理由は簡単だ、レオネがあの場にいたからだ」
「レオネ??」
なぜと疑問しか出てこない。
「なぜ?純粋に同族殺しを見せたくないなら、言ってはなんだが、俺はお前らを指揮した時点ですでに同族を殺していると言っていい。さらにはライルの前には盗賊どもを殺している、もちろん傭兵の一人もだ」
それなのに今更同族殺しをレオネに見てほしくないなど何とも意味が分からない理由だ。
「ああ、だがそいつらは戦うことを目的にした奴らだ。
「そんなことのためにか?」
「ああ、そんなことのためにだ」
どうやらエナはあの場で不利な状況に陥ると分かっていても止めたかったらしい。
「はぁ、この際理由はどうでもいい。俺がエナ、お前に不信感を明確に抱いたのがそこだ。さて、こちらはなぜ気付いたのかを話した、次はお前の番だ」
とは言うがすでにエナの力の正体は予想で来ていた。
「オレの【獣化】した先の獣は“
「声、な」
「ああ、この獣は鳥や小動物の声を真似しておびき寄せたり、大型の獣の声を真似して敵対している獣を逃がしたりする獣だ」
ここまでエナの言葉が紡がれればもう能力の正体は判明したも同然だ。
「お前の能力は『煽動』や『洗脳』あるいはそれに属する何かだな」
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