第269話 連盟の結成

『審嘘ノ裁像』


 これは昔に、グロウス家、つまり王族の一人がとあるダンジョンで得た魔具だ。効果はある空間内で発せられた断定の言葉の嘘を見抜けるというものだ。これがどれほどの価値なのかは誰もが知るところだ。


 そして王族もその立場からどれほどの有益性を出すかを理解しているため、この『審嘘ノ裁像』は宝具として認定されている。







「陛下より貸し出されたため、私自身が持ってはいないのですが、ルドル殿に言えば使うことは可能でしょう」


 『審嘘ノ裁像』は現在、近衛騎士団が所有している。一応はアルバングルにて合流した際には一度見せてもらったが、安全性を考慮してか現在だれがどこに持っているか俺にもわからない。


「近衛騎士団副団長ルドル、か。なぜ君を迎えに行くのに彼ほどの男を派遣するのかと思ったが、それが理由か」

「ええ、実は無理を承知で貸し出してもらいました」

「だが本来の目的は?こんなことのために使うのならわざわざ近衛が蛮国、いや、アルバングルに持っている必要はないだろう」


 レナードもこの時のためにではないことはわかっていた。


「ええ、これからアルバングルとはいい関係を続けていきたいのですが、一つ懸念があったため、それを確かめるために貸し出してもらいました」

「裏切り者でもいるのか?」







「いるわけねぇだろうが」






 こちらの会話をいちいちグレア婆さんに翻訳してもらっていたレオンがレナードに言い放つ。


「気を悪くしたなら謝罪しよう。だけど、君はバアルを信頼しているだろう」

「ああ」

「ならば、そのバアルが君たちの中に疑わしきがいたと言っている。その意味を考えないといけないよ」


 グレア婆さんに訳してもらいながら会話しているとレオンは難しい顔をしながら顎にこぶしを持ってくる。


「バアル、いるのか?」

「疑わしいのが一人・・、いや二点・・あるぐらいだ」


 この二つがあるため、俺はいまだに獣人全体を完全には信じ切れていない。


「誰だ?」

「……言ったら、そいつをかばうだろう?」

「そんなことはしない。とりあえずぶん殴って、理由を聞いて、納得できないならわからせるだけだ」

「納得できる理由なら?」

「俺も一緒に手を突き、頭を地面につけて謝ろう」


 レオンの顔を見てみると、相変わらずただひたすら真っ直ぐな目でこちらを見ていた。


「頼む、俺も尋問の時に呼んでくれ」

「……考えはしておく」


 すでにアルバングルの地ではないため、早々に尋問を始めるつもりではいたが、レオンをその場に呼ぶのは少々頷きにくい。


「ということで、一応は陛下にお借りしたのですが、それ以外にも使えるということで使いましょう」


 レオンとの話は終了したためレナードに向き直りながら言葉に出す。


「そうだね、使えるのなら使おう。それと違法奴隷を所持していた人物の名前はわかるか?」

「聞いたところディゲシュ伯爵らしいです」

「そうか、なるほど」


 当事者の名前を出すと、何か心当たりのあるような反応が返ってくる。


「心当たりがおありで?」

「ああ、僕たちがクメルスに到着して半日経つ頃、件の人物が乱心したと噂が流れていたからね」


 例の伯爵はこのクメルスにいるらしい。


「この場合は殺されていなくてよかった言えばいいのでしょうか?」

「そうだね、もし交渉の場に彼を引っ張ってくることが出来たのなら、とても分かりやすいだろうね」


 こちらには嘘を見抜く魔具があり、証人が今クメルスにいる。この二つが合わされば考えることは一つしかない。


 ギィ


「私としては全く遺憾の限りだ。我が同胞はそいつらの処理をし損ねたらしい」


 そんな事を思っていると扉が開かれると同時に重い声が響いてくる。


「フーディ殿、よくぞ来られた」

「何とも住みにくい土地だなここは」

「できればそういわないでいただきたい。ノストニアのようなに自ら環境を操作すると言ったことはできないので」

「ふん、なら早々に仕事を終わらせて帰りたいものだ」


 フーディと呼ばれたエルフは何ともこちらを嫌った瞳をしていた。


「お前が陛下のお気に入り・・・・・か?」

「ええ、友達と言ってもらえるとこちらも喜ばしいのですがね」

「残念ながら、今までの人族の所業を考えれば無理な相談だ。正直言えばクラリス様もお前なんか・・・・・と婚約させるのは反対だったのだがな」


 こちらにも毒を吐いてきたエルフは、金色の長い髪を後ろで一つに束ねて入るが、骨格はしっかりと男性の部分を備えており、また明らかにレナードと同じほどの年齢肌を持っているため何とも違和感の塊だった。


「失礼ですが自己紹介をお願いできますか?」

「お前からではなくて私から名乗れと?」

「これは失礼をまさか渦中の人物の詳細すら知らないとは思いませんでした」


 おそらくこの場面を第三者が見たらすぐにでも立ち去りたいと考えるほど邪険な空気だ。


「口が回るな」

「そうでなければ交渉は別の者に任せるでしょう。それと雄弁なのはいいですが、必要な時に必要な言葉を出さなければまず人格者として失格だと思いますよ?」

「子供なのに大したものだ、どれ、小遣い代わり甘い果実でもやろうか?」

「ははは、ではもらうとしましょう。年に一度しか取れないあなた方にとっても貴重な木の実を」


 口撃が飛び交う。


「では一応、挨拶をしておきましょう。私はバアル・セラ・ゼブルス。先ほど言っていた通り、アルムのお気に入りのお友達で、その妹クラリスの婚約者だ」

「陛下も耄碌したものだ……私はヴィン・フーディ・ノストニアだ。『青葉』に所属しており、階級は『大樹』だ」


 先ほどの嫌悪感でうすうす感じていたが、どうやら人族を良く思わない『大樹』のエルフらしい。


「さて、レナード、私を呼んだのは例の件だな?」

「ええその通りですよ」


 レナードが壁際の一人に視線を送ると、何やら箱の中に入れられている仰々しい書類が机の中心に置かれる。


「これは、クメニギスの奴隷制度改変のための書類だ。一応、内容も確認してくれ」


 書類は箱ごとそれぞれに渡されて、内容を確認させる。


「どうだ、バアル」

「ああ、内容に不備はない。内容は連盟を結成するためのものだ」


 残念ながらグレア婆さんは言葉を話すことはできても文字はわからない。そのためレオン達には俺が確認するしかない。


(一通り確認したが、事前に考えていた案が書かれているだけか)


 簡潔に述べるなら、グロウス王国、ノストニア、アルバングルが連名でクメニギスの奴隷制度改変を要求するというものだ。


 細かい分を除けばこの三点となるだろう。


 ・グロウス王国、ノストニア、アルバングルはクメニギスの奴隷制度が三か国に無害な形に改変されるまで連盟を結ぶ。


 ・三か国はそれぞれ奴隷制度による被害の証拠を持ち合わせていること、またその証拠をすぐさま提示できることの宣言。


 ・そしてクメニギスの対応が一か国でも不十分な部分が発見された場合は、ほかの二か国は同調しクメニギスに対してどのような手段も取ること。


(一つ目は細かい点は省くがそれぞれが連盟の部分、そして二つ目が不正がないように証拠を提示できるかの有無、三つ目がクメニギスの策により離脱する国が無いことの誓約か)


 そして書類には連盟に参加する国の代表のサインを書く部分があった。


「私は異存はない」

「僕たちもだ。というよりも作ったのは僕たちだ、自分が作った部分に異存があるなんてことはないさ」


 フーディとレナードのサインはすでに記載されている。


「一応、確認ですがレナードさんは陛下より代理人に選ばれた証拠などは?」

「もちろんあるよ」


 先ほどとは違う人物が一つの書類を持ってくる。


 中身を確認するとクメニギスのグロウス王国出身の違法奴隷問題を解決する場合に当たって外交権を与えると記載されていた。


「(となれば異論はないな)ではレオン、お前も頼む」

「了解だ」


 すでにレオンも条約を読んで問題ないと判断しているためサインをする。ただ文字を書くことに慣れていないためサインにやや拙い部分があるのは仕方なかった。


「ではこの場でクメニギス違法奴隷問題に対する連盟を結成しました。異論はありますか?」


 レオンのサインが書かれた書類を手に取ると、レナードが連盟の結成を宣言する。そしてそれに対する声は誰からも上がらなかった。


「さて、ではこれからのことですが――――」


 それからはレナードが主体でこれからのことに付いて議論が始まった。















 それからはクメニギスに対しての抗議文の作成、実際の面会の手続き、そして証拠の提示、いざというときの逃走経路、必要書類へのサインを何時間かけて行った。


 また時間が経てば日は傾き始めていく。仕方ないとはいえ最終的に解放されたのが夕暮れ時だった。
















「―――さて、バアル君の要求は全て飲んだつもりだけど、何か付け加えることは?」

「特にはないですね」


 レナードはアルバングルの要求内容を最大限から妥協点まで綿密に聞き出していた。そしてそこまですればもう俺が動き回る必要はない。


「じゃあ、こっちは動き出すけど、あとから条件の付け加えは受け付けないからね」

「ええ、よろしくお願いします」


 俺はレナードに近づき、あとのことは任せるという意味合いの握手を交わす。


(さすがに外交はアズバン家主体で行うため、俺がわざわざ出る必要はない)


 これ以上出しゃばれば、あちらの領分を侵すことになる。下手すれば関係がこじれてしまうため、あとは専門家に任せることになる。


「ふぅ、終わったなら私は戻らせてもらう」

「ええ、今日はありがとうございました」

「ふん」


 やわらかい態度で接するレナードに対してきつく当たるフーディ。


 だがそれに対して嫌な顔一つしないレナード。


(レナードからしたらゼブルス家に握られっぱなしだったノストニア上層部とのパイプだ。嫌味を言われても笑顔になり続けるだろうな。そしてノストニア、いやアルムは俺にも気を使ってくれたようだな)


 外交官に人族を嫌っている『大樹』を選ぶ。これは一見デメリットしかなさそうだが、実はこの状況においてはメリットしかない。ゼブルス家からしたらアズバン家にノストニアのパイプを分けてやった恩ができて、さらにはノストニアから派遣されたのが『大樹』となればアズバン家とノストニアが親密には成りにくいという利点がある。またアズバン家はゼブルス家に独占されていたノストニアとのパイプを奪うチャンスが巡ってきたことになる。またノストニアも不満を持つ『大樹』のガス抜きを行うことが出来て、さらにはゼブルス家との友好関係を崩すことがなく、また裏組織の温床となっているアズバン家につらく当たれば見抜いていると圧を掛けることも可能だろう。そして何より人族を嫌う『大樹』であれば人族に感化されて甘く対応するということはなくなる。


(だからわざわざ『大樹』を送り込んできたと、アルムが考えそうなことだ)


 何とも抜けていそうで抜けていないアルムの姿が脳裏によぎる。その姿は一見抜けていると感じるため、甘く見ている連中は痛い目を見ることだろう。もはや一種の擬態にも感じてしまう。


(さて、こちらはこちらで不安の芽を摘みに行くか)


 レナードと別れて自室に戻ると。


「リン、ノエル、指示通りに動け」


 ある存在が裏切りなのかを判別するために動き出す。

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