第268話 アズバン家嫡男
グロウス王国にある四つの公爵家のうちの一つであるアズバン家。アズバン家は代々外交を生業にしていた家であり、相手の言葉の上げ足を取り、相手のあらを探し交渉を成立させてきた。そのため、この家では人の言葉の裏側を暴くための教育が行われている。なので、アズバン家の評判はほかの三家より嫌な部分が多い。
だがそんなアズバン家には良心とも呼べる存在がいた。それが―――
「あなたでよかったですよ、レナードさん」
「それは光栄だね。だけど実際は父の側近の補佐してくれている部分が多いからね」
レナード・セラ・アズバン、アズバン家の嫡男であり、ニゼルの兄。
また彼は5つほど年上のため直接的なかかわりは薄いが周囲からの評価は至って優秀に尽きる。性格も陰湿なアズバン家には似合わないほど陽気で人当たりもいい。
現在は現当主であるアズバン卿から様々な功績を積むために日々活動していると聞いている。今回もその一環らしい。
「ここで、話すのもいいが、不審に見られてもまずい。よければクメルスのグロウス大使館で話をしないか?」
「ええ、ではお願いしましょう」
詳しい話はここでする意味が無いので、共に馬車に乗り込みクメルス内部に進んでいく。
グロウス王国外交団代表であるレナードが加わったことに加えて、クメニギス第一王女がいる時点で首都クメルスには何の問題もなくあっさりと入ることが出来た。
さすがにマナレイ学院に身を寄せるわけにはいかないので、俺たちはグロウス王国大使館に身を寄せることになる。
「さて、ノエル」
「はい」
「
大使館に入った後、用意された部屋にてノエルにある指示を出す。
「かしこまりました」
ノエルはカーテシーで答えると、何をすることもなくその場に立ち尽くしている。
「さて、あとは」
ノエルだけを部屋に残して、リンと共にレオン達がいる部屋へと向かうのだが
「バアル君、いるかい?」
ドアの向こうからレナードの声が聞こえてくる。
「どうぞ」
「失礼するよ」
「同じく邪魔をする」
レナードとその護衛が入ってきたと思ったら、その後ろにエレイーラの姿があった。
「一応聞きますが、何用ですか?」
このメンツが集まるのは一つの事柄しかない。
「もちろん、例のことだよ。この後に用事がないなら僕とバアル君、そしてエレイーラ王女殿下、獣人の特使殿と内容をすり合わせようと思ってね」
「では行きましょう。それにもうひと陣営の
即座にレナードの言葉に乗ると同時にもうひと陣営についてのことを聞き出す。
「もちろんそっちにも声を掛けている」
ということはすでにあちらもついているらしい。
その後、俺、レナード、エレイーラがレオン達のために手配された部屋に訪れるのだが。
「おう、バアルか」
「…………その食い物はどこから持ってきた?」
レオン達は全員を押し入れるために大部屋を用意していたのだが、その部屋の真ん中にある大きなテーブルで様々な料理を取り囲んでいた。
「ああ、これな。グレア婆さんに翻訳してもらって、廊下にいる奴に食い物が大量に欲しいって伝えたら用意してくれた」
全員が料理にがっついている姿を見て、眉を顰める。
「はぁ~とりあえずレオンとグレア婆さんだけこちらに来てくれ」
「いや、腹ごしらえをだな」
「いいから来い、これからの重要な話が始まる」
「はぁ~仕方ねぇな、お前ら全部食うなよ」
レオンは渋々テーブルから離れる。
「すまないが、別の部屋で会議しないか?」
「あ、ああ、そうだな」
レオン達のあまりにも態度にあっけにとられていたがレナードはすぐさま頭を動かし違う部屋に移る。
そして空き部屋に移ると、ようやく話し合い場が整うのだが
「先方に場所が変わったことを伝えてきてくれ」
「了解いたしました」
レナードの指示で執事の一人が外に出ていく。
「さて、バアル君、早速で悪いのだが、すり合わせを行いたい」
「ええ、そうですね」
それからこちらとの情報のすり合わせが行われる。
「まずレオン君だったね、君はクメニギス国王に奴隷制度の改変と戦益奴隷となった獣人の全開放を望んているこの点は間違いないかな?」
レナードの問いをグレア婆さんが翻訳するとレオンは肯定の声と頷きを返す。
「エレイーラ殿下はそれに協力することでいいですか?」
「ああ、そうでなければこの場にはいない」
レナードは一応の確認の意味を込めて確かめる。
「こちらも陛下からできるだけバアル君の意向に沿うようにとの言葉をもらっている。さて、バアル君、一応の物はこちらで必要なものは用意したが、何か足りない物はあるかな?」
すると壁際にいた一人の男性から一つの書類を手渡される。書類を見てみると、外交団が用意した書類の一覧が掛かれていた。
「……一通り、拝見しましたが、これだけあれば特に必要な書類はありませんね」
「そうか、では今バアル君が用意している手段を聞きたい。一応、確認はしたが念のために、な。ああ、この大使館には何も仕掛けられていないことは確認済みのため、盗聴などは気にしなくても大丈夫だよ」
この場にほかの目も耳もないことは事前に調べているらしい。
「まずこちらがどのような交渉がしたいか、それは第一に獣人の国アルバングルへの侵略を阻止すること。そしてそのために用意したのが戦争の根本原因を断つことです」
今回の獣人の侵略理由は獣人が町を襲撃したとあるが、これは表向きだ。裏向きは当然一定の勢力が獣人の奴隷による利益を求めたから。
「そのためにした、行動が三つ。一つ目フィルクへのルンベルト地方からの撤退。この行動の意味は後程説明します。二つ目にゼブルス軍とノストニア軍を獣人側に合流させること、ルンベルト地方は特殊な地形をしているため相手が数万でも防衛だけなら数千で事足りるためにです。またそうでなくても簡単な換算で一人で十人力を持つノストニア兵がいるため容易には突破できなくすること。そして三番目に停戦協定の締結。これはレオン達が交渉のできるための土台作りです。そして同時に一つ目の行動の理由がこれにあたります」
「一時的に味方ではないと印象付けたか」
戦場から軍隊が離れる、この行動に理由があったとしても、ルンベルト駐屯地にいる上層部はすぐに動かせる勢力が削がれたと考えるだろう。なにせ一度目が合って二度目がないとは考えずらい。またそんな勢力を当てにするのには危険だとも判断できる
(それにエレイーラ殿下が戦争を終結させるために交渉した成果と思っているだろうな、そうなれば戦争をはじめようとしても再びエレイーラが交渉をして軍を戦場から離れる危険性があるため、フィルク軍はもはや安定して運用ができないとても危険な手札となる)
そうなればフィルク軍は味方から中庸寄りの勢力として見れるため信頼などできない。
「その後は三か国連名で奴隷制度の改変を求めるという手段を取ろうとしていました」
グロウス王国、ノストニア、アルバングルが同時に要求する。それぞれにそれぞれの思惑はあるが、戦争になれば合計した国力差でクメニギスは敗北が濃厚となる。
「ふむ、だがエルフもグロウス王国の違法奴隷もいないと言い張られたらどうする?表向きではしっかりと取り締まっていると言い返されたらどうするつもりだ?」
クメニギスが要求に対して管理をより厳重にすると宣言すればひとまず改変からは逃れることが出来るだろう。
だが
「実は幸運にもゼブルス軍はフロシスから駐屯地に向かう際中、エルフの別動隊が合流してきたのです」
「……続けてくれ」
「なぜエルフの別動隊がこちらに合流したか、それは大量の獣人の奴隷を抱え込んでいたからです。そして同時に、売り買いされたノストニアのエルフとグロウス王国出身の
本当はこちらが手配したのだが、それを正直に言うつもりはないし、すでにレティアやフィクエア達に口止めは行っている。またロキもすでに回収済だった。
「すでに実害がある、そしてそれがクメニギスの貴族が行っているとなれば」
「ええ、クメニギスは相応の責任が必要でしょう。もちろん引き締めを行う貴族が違法奴隷を扱って、引き締めを強化すると宣言するとは思えませんが」
管理する側が自ら作った法を破れば、当然法を作った意味が無くなる。そんな法律が必要だと問うことはできないだろう。
「つまり私が居ても居なくても結果は変わらないわけか」
「はっきりというならば」
エレイーラの肩書が必要になる場面はもはやない。あとはこちらの行動に沿った動きをしてもらい、自分で利益を見出してもらうしかない。
「では私はお父様に話を通しておこう。これ以上、獣人の地に固執してしまえばどうなるかをね」
「是非、ほかの貴族にもお願いします」
「ああ、では早速動くとしよう。何かあったら城に使いの者を出してくれ、ああ、伝言はよした方がいい。基本は城にいるから直接頼むよ」
エレイーラは立ち上がると、扉に向かって歩き出す。
「日程が決まったら連絡してくれ」
その言葉を最後に扉の向こうへとエレイーラは消えていく。
「さて、言ってはなんだがこれで部外者はいなくなった」
レナードはエレイーラの姿がなくなると言葉を発し始めた。
「ええ、そうですね」
「先ほど聞いていた中で、一つ疑問がある。君はその奴隷がこちらで用意した偽物だと言われたらどうするつもりだ?」
つまりクメニギスが我が国を貶めるためだけに用意した違法奴隷だと言い張られる場合のことを言っている。
「こちらに都合のいい理由を並べて、要求を受け入れなければ戦争それでいいと思いますが?」
要求を受け入れたのならそれでよし、何かにつけて言い逃れしようとしたら戦争、拒否しても戦争。戦争して敗北が強いのはあちらのため受け入れることになるだろう。
「言いたいことはわかる、軍権を実質握っているのがイグニア派閥と考えればその案に乗るだろう。むしろ要求を断ってほしいとの声もありそうだな………だが、戦争にはきれいな理由が必要だ」
簡単に言えば人々を納得させる理由が必要だという。完全な濡れ衣を着せて戦争するのも一つの手だが、それ以上に綺麗に相手を嵌めて誰もが納得する理由で戦争を起こす方がいいに決まっている。
そして今の手札にはとある物がある。
「手はありますよ」
「どんな?嘘を判別する何かを持っているのかな?」
レナードは何のこともなしにつぶやいたのだろうが
「その通りですよ」
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