第264話 レオネの立ち位置
それから夜が明けるまで、懇親会とも呼べる宴が続く。
そして翌朝になればそれぞれの業務に戻りだす。ただ、その際に宴の甲斐あってか双方が双方を邪険にすることはなくスムーズに事態が運ぶようになっていた。
(とはいえ、やはり一定数は人族というだけで嫌悪するか)
翌日、バロンに話があるため、リンとレオネ、ノエルを連れてバロンの屋敷に向かうのだが、道中にある視線は全てが肯定的なものではなかった。少し前まで殺しあっていた人種が傍に居るため仕方ない場面もある。恋人や親友を人族に殺されたなどだったらなおのことだ。
「「…………」」
「ん゛~~~」
様々な視線を受けている道中、後ろをついて来ているリンとノエルなのだが、レオネとやや不仲になっていた。
(はぁ~)
理由はごく単純だ。宴が終わると俺は用意された自室でゆっくりと睡眠を取ろうとするが、そこにレオネが例のごとく突撃を仕掛けてきたことにあった。いつもなら俺ももう好きにしろと放っておくのだが、今回はリンとノエルがいた。
リンが俺の部屋のすぐ近くで睡眠をとるのだが、寝ている際の警戒を忘れてはいない。『土知りの足具』で周囲に不信が人物が近づけば飛び起きれるようにしている。またノエルも自前の糸で用意された部屋の床や壁に糸を巡らせているので侵入者の有無が即座にわかるようになっている。
なのでレオネの突撃は失敗に終わり、ノエルの糸で両手両足を縛られ、リン共に一夜を過ごすことになっていたわけだ。
(まぁ、おかげで久々にぐっすりと眠れたな)
今回の件でどちらに非があるのかと言えば、それはレオネの方だろう。なにせどんな関係でもない人物のもとに訪れるのだ、それも護衛を携えているとなれば、当然訪れる女性の方が非常識という認識になるだろう。護衛は護衛の任を果たしただけで何も問題はない。
何ともな雰囲気の中バロンの建物に足を踏み入れると、そこにはエウル叔父上とバロン、そしてディライの姿があった。
「おう、バアルか、どうした?」
「これからの話をしようと思ってきたが、どうやら取り込み中だったようだな」
「問題ないぜ若様、それぞれの軍のルーティーンをすり合わせておこうと思っていただけだ」
どうやら軍の仕事についての話を行っていたらしい。
「もし急なら私たちは席を外してもいいが?」
「いや、問題ない。ただこちらの動きを知らせておくことと、いくつか準備してもらうことがあっただけだ。そっちの話が終わっていないなら、先に必要な連中を呼び集めてくるとしよう」
話を通すのは何もバロンだけではない。ほかには人族の言葉が話せるグレア婆さん、それにレオンなどの主要な連中が必要だった。
「ん?ならそこまで焦ることはねぇぞ。もう少ししたら飯を食いに主だった奴らは集まるはずだ」
「そうか?なら待たせてもらおう」
それから話し合っている三人の声が聞こえる場所に腰を下ろし、時間が過ぎるのを待つ。
「バアル様、質問をよろしいですか?」
斜め後ろに座り込んだリンが声を掛けてくる。
「なんだ?」
「昨日の戦争の幕を引くという言葉、嘘ではないですよね?」
「ああ」
「できるとお思いですか?」
振り向くと、リンの瞳はしっかりとこちらを捉えていた。
「できるに決まっている」
「失礼ですが、どうやってかお聞かせ願えますか」
「………逆に聞くが、俺の言葉が信じられないか?」
「いえ、ただ私にはどうしても戦争が終わるとは思えないのです。確かに停戦協定は結んだのは確認しました。ですが安全なのは二か月の期間だけです、その期間を終えてしまえばクメニギスはすぐにではなくとも、遠からず再び戦争を巻き起こすと思います」
リンの言うことは最もだ。
だが
「安心しろ、その期間でクメニギスは動けなくなる」
「なぜ?」
「その理由はあとで話してやる」
「今、お話いただけないのですね?」
「ああ、不安か?」
「はい」
リンからしたら戦争が終結するとは思えないのだろう。だがその回答は一つだ。
「まだ話せない」
「そう………ですか。では話せるときまで、私はお傍に居ましょう」
「ああ」
「それと、話は変わるのですが」
先ほどまで空気とは打って変わり、リンの声が少しだけ背筋を冷たく撫でた。
「そこのレオネとはどのような関係なのでしょうか?」
リンの視線は俺を挟んで反対側に寝転んでいるレオネに向けられた。
「護衛とはまた違うようでしたが?」
「それは俺が聞きたい」
レオネの扱いだが、実際に何の立ち位置なのかはっきりしていない。護衛というわけでもないし、もちろん愛妾の類でもない、またエナとティタの様に部下になるわけでもない。
「どういうことですか?」
「実はな―――」
それから主要メンバーが到着するまでレオネが傍に居るようになった経緯を説明することになった。
その後、今までの行動を説明し終えると、リンはレオネの何ともな行動を聞いて眉をややしかめる。
「それはなんと言いますか」
「俺もこいつの考えはよくわからん」
隣で仰向けになりながらあくびをして、腹を掻いているレオネを見る。
(まぁ、おそらく何にも考えていないんだろうな)
レオネのこれまでの行動を考えてみれば、おそらく理由なんてものはない。本能のままに行動しているようにしか見えない。
(風の吹くまま気の向くまま、だな)
「ふぁぁ~~~」
建物の隙間から入ってくる日光を浴びて気持ちよさげなあくびをしているレオンを見て、ある意味では羨ましいと思う部分もあった。
それから日が昇りきる頃になると、続々と建物に入ってくる足音が響いてきた。
「お~~バアル、ここに来ていたのか」
「マシラか」
こちらに一番最初に気付いたのは後ろに旦那であるテンゴを連れているマシラだった。
「んぅ?そいつは番か?」
マシラの視線は隣のリンに向く。
「いや、俺の護衛だ」
「護衛、か、ああ、確かにそれなりに、いやかなり強いようだな」
こちらの言葉を噛みしめると納得した表情になる。
「ここで待っていたということは何か話があったんじゃないのか?」
「その通りだ」
今度はマシラの後ろからテンゴが話しかけてくる。
「どうやら話を通しておきたい連中は全員いるようだな」
テンゴの後ろを確認するとテト、レオン、アシラ、エナ、ティタ、グレア婆、ほか数名の姿があった。
「バロンの話が済んだら」
「こっちは終わったぞ」
こちらの会話が聞こえていたのかバロンが声を掛けてくる。
「らしいな、じゃあ、俺の話を」
「うぅ~~はらへった~~~」
横から腹の虫が鳴る音と、何とも弱弱しいレオネの声が聞こえてくる。
「そうだな、バロンも終わったようだし、飯にするか」
テトの一言で、全員が外に出始める。
そして始まるのが先ほど仕留めてきたであろう獣のバーベキューだった。テトが様々な部位を食べやすいように切断すると、バロンが鉄板に見立てた大きな岩に手を当てる。そしてしばらくすると石がしっかりと熱くなり十分に肉が焼けるようになった。
「それで話ってなんだ?」
外に出て、全員に肉がいきわたると、バロンが骨付き肉を頬張りながら話しかけてくる。
「ああ、これからのことについてだ」
俺は一度持っていた肉を横に置き、バロンに向かい合う。
「明日か明後日には協定通り、俺はクメニギスに向かう」
「大丈夫なのか?」
テンゴの心配する声が上がる
「ああ、と言いたいが、どうなるかわからない。一応はリンとノエル、そして連れてきた近衛騎士団とエルフから精鋭を貸し出してもらう予定だ」
それだけいれば道中の安全は確保できるだろう。何よりフィクエアやフィニィだけでも十分逃げおおせるだけの能力を発揮してくれることは判明しているので心配は少ない。
ただ懸念がないわけではない。
(俺の身柄は場合によっては協定を根本から覆しかねないから)
協定の抑止力としてゼブルス軍、およびノストニア軍を使っている。だがそれはゼブルス軍とノストニア軍が協定を守る限り続くと言い換えられる。そして俺の身柄はその両方に干渉できる札でもあった。
さすがに軍に理性があるうちは表立って騒動を起こすことはないだろうが、逆に言えばなりふり構わなくなったら俺の身柄を抑えに来てもおかしくないことになる。
だがそれに対して、一つの案があった。
(駐屯地でうまくエレイーラに合流できれば、それなりに安全にはなる。さすがにエレイーラも俺が還されるのを知って駐屯地を離れることはないだろう)
エレイーラはもとより戦争には消極的な立ち位置にいる、彼女に俺の身柄を確保してもらえば安全性は増すというものだ。
「そしてバロン、いや、もっと言えばグレア婆とレオンに力を借りたい」
「俺か?」
「儂もか?」
突然名前を呼ばれた二人は困惑する。
「ああ、戦争を終えるためにこの二人には俺と一緒にクメニギス国内に入ってもらう」
「安全性は?」
「保証できない」
横からテトの確認する声が聞こえてくると即座に返答する。
「母親であるあたしからしたら頷けないが」
「だが、俺が行くしかないんだろう?」
テトもレオンもわざわざ指名することの意味を理解しているため反論はしない。
「ああ、レオンには獣王国アルバングルの獣王バロンの息子として特使を務めてもらう」
「そして儂はその通訳か」
「その通りだ、老体には悪いがもう少しだけ働いてもらうぞ」
そういうとグレア婆さんはやれやれと息を吐く。
「そして特使の護衛としてエナとティタ、あと護衛となりそうな連中数名を連れていく。ただこれには長以外の連中で選ばせてもらう」
「…………それが戦争を終わらせるために必要なんだな」
「それと獣人の奴隷を開放することにもつながる」
しばらくの間、俺とバロンの視線が重なる。
「俺じゃダメなんだな?」
「ああ、国王であるバロンが行くことは最も選択肢にない」
国王が自ら特使の役割を行うなど戦時中ならありえない。
「親父、俺は行ってくるぞ」
「ああ………土産をよろしくな」
レオンが自ら行くと言い出すと、バロンはそっけなく言葉を出した。それが心配の裏返しだということはこの場にいる全員が理解できていた。
「ディライ」
「わかっている、例の部隊をバアル殿に預ける」
この場に残っているディライに声を掛けると二の返事でこちらの要望する答えが返ってくる。
「叔父上には」
「わかっている。こちらは協定に違反しない程度に警戒を続けましょう。それと
「いえ、その中の一人だけを連れていきます」
こうして着々と、終わりに向けての準備が進んでいく。
「おっと、そういえばバアルに届け物があるぞ」
そして話が終わろうとするタイミングでテンゴの声が響いた。
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