第263話 ようやくの合流、そして溝を埋める宴
〔~バアル視点~〕
(締結し終えたか)
グレア婆さんと向こうの総司令官クレイグという人の会話を聞き、無事に締結し終えたことを確認する。
そしてこれで交渉は終了、ではない。俺の受け渡し、ゼブルス軍の誘導、明確な境界の線引きと言ったことが話し合われる。もちろんグレア婆さんもある程度の交渉はできるのだが、獣人達が日常から交渉をしているわけもなく、そこまでの技量はない。なので交渉のほとんどが俺の言葉を代弁することとなった。
そして決まったのが
・バアル・セラ・ゼブルスの返還についてはゼブルス軍が蛮国に入った後に行われる。
・ゼブルス軍が交渉が終わり次第、山脈間のルートを進行する。そしてその間クメニギス軍はルンベルト駐屯地内部にとどまること。軍が外に出たと確認が取れた時点でゼブルス軍は敵地行動を取ること。
・山脈間のルートに入ったことが確認できた時点で、敵対行動とみなすものとする。また西の絶壁、東の砂漠については交渉が終わり次第即時引き上げることとし、山脈間ルートと同様に入った時点で敵対行動とみなす。
この三つだ。
(さて、これで
双方ともに自軍に戻っていくのを確認すると傍にある通信機を手に取る。そして発信するとすぐに応答が帰ってきた。
『バアル殿か?』
「その通りです、グラス殿」
『連絡が来た理由はどっちだ?』
「無事に締結が終わりました。ただ事前にお知らせしていた100日が変わり60日となりました」
『ならば、何の
通信機の向こうでグラスが笑っているのがわかった。
「ええ、向こうは兵器開発の期間と重なるように停戦交渉を結ぼうとしていますが」
『ああ、こちらとしてはむしろ
「ええ、その通りです。それで」
『わかっている。こちらで、すでに準備は整えた。あとはバアル殿が件の人物を連れてくるだけで問題ない』
向こうはすでに準備が終わってこちら待ちだという。
「わかりました。こちらも怪しまれないように急ぎましょう」
『ああ、それではな』
その言葉を最後に通信機が切られる。
(交渉に応じた時点でもうクメニギスには戦争という手段が取れないというのにな)
戻っていくクメニギス軍を見ていると後ろから何かが圧し掛かってくる。
「終わった~~?」
「ああ………戻るぞ」
山脈間を進むバロン達に並走するようにアルバングルに戻っていく。
無事に停戦交渉が締結すると、想定通りに動き出す。
クメニギス軍はルンベルト駐屯地で動きを止めじっとしている。そしてゼブルス軍はクメニギス軍の攻撃を警戒しつつ、山脈間を進み、二日後にこちら側に合流した。
ゼブルス軍が3000のエルフと2000の元奴隷の獣人を連れてバロン達が滞在する集落へと訪れるのだが、混乱を避けるために集落の手前でゼブルス軍を停止し、ゼブルス軍の上位陣とノストニア軍の代表、および2000の獣人だけが集落へと訪れていた。
バロンやレオンはゼブルス軍が連れてきた2000の獣人を受け入れる。そしてその間に俺はゼブルス軍の上位陣とノストニアの代表と話し合いをするのだが
「おひさし、ぶりです、バアル様」
当然その中には俺の従者であるリンがいた。
「ああ………涙を流すな」
リンは笑顔で言葉を紡ごうとするが、その瞳からはゆっくりと涙が落ちていた。
「心配かけて悪かったな」
「いえ……無事で何よりです」
リンの頬に手を当てて、目尻にある涙を拭う。そしてリンはそれが心地よいのか、雰囲気が柔らかくなっていく。
「ご健勝で何よりです」
「ノエルか、お前もここまでご苦労だった」
「いえ、仕えている身ですのでお気になさらず」
ノエルは相も変わらず無感情の表情でカーテシーを行う。
「ご無事で何よりです、
二人の挨拶が終わると後ろから一人の男性が近づいてくる。
「エウル
「はは、兄さんから今回の複雑さは聞き及んでいるよ」
エウル叔父上は父上の弟だ。今はゼブルス家の第一騎士団所属の騎士だ。性格はやや抜けていて、活発。それゆえに机に座って何かをするよりも体を動かすことが好きだという。そのため、父上と当主争いには一貫して関わらず、父上が当主に任命されるまでは諸国を旅して歩いていたと聞いていたほどだ。また容姿はきちんと鍛えて腹をへこました父上のようだった。
「俺は一万までの軍を扱ったことがあるから、今回の様な時には最適だったのさ」
そしてどうやら父上にどんな意図があって今回軍を派遣されたのかは聞き及んでいる様子だった。
「叔父上には申し訳ありませんが、約二か月、この山脈間のルートを防衛してほしいのです」
そういうと叔父上は佇まいを直し、俺の前に跪く。
「ご当主様より、バアル様に軍の指揮権を渡すと命を受けております。よって若様の命しかと受け取りました」
エウルがそういうと、追従してきたゼブルス軍の上位陣が同時に跪く。
「なるほど(こちらで采配を取りやすくするためか)ではエウル叔父上、防衛の件を頼みます」
「は!わかりました!」
こうしてゼブルス軍は完全に俺の指揮下となった。
「防衛のことならこちらにも話を通してもらえるかな?」
「お、ディライ殿か、今からそちらも紹介しよう思っていたところだ」
声を掛けてきたのは、青色の髪を持つ、エルフの青年だった。
「アルム陛下の命で協力しているディライだ。所属は“赤葉”、階級は“若木”だ」
「私はバアル・セラ・ゼブルスだ」
エルフの代表と握手を交わす。
「一応はアルム陛下から、君に協力するように聞いているのだが?」
「ええ、聞き及んでいます。頼りにさせてもらいますよ」
「ああ、といいたいが、できれば要望は私を通してもらえるかな」
「わかりました、こちらも大まかには事情は把握しているので」
ディライは今回の派兵の長だが、今回の軍は人族にはいい感情を抱いていない“大樹”連中の派閥もいる。当然いい感情を抱いていないのは明白だった。
「それについては了解した。それで詳細についてだが」
「……横からすまない」
詳細を包めようとすると、後ろから声を掛けられる。振り返り姿を確認するとティタだった。
「ティタかどうした?」
「……バロンとレオンが呼んでいる」
「要件は?」
「……お前の軍についてだそうだ」
「なら、俺の部下たちも連れていくがいいな?」
「……ああ」
その後この場にいる全員を引き連れて、バロンの屋敷へと向かう。
「さて、バアルお前の手勢が集まったようだな」
吹き抜けている建物に入るとバロンの声が聞こえてくる。
「ああ、今後の動きに関連してくるから連れてきた」
「それは、問題ない。むしろこっちに加わってもらうからな本来は俺が頭を下げなきゃいけないだろう」
そのまま建物の中に入るとバロンの手前まで進み座り込む。
「さて、まずはいくつか聞きたいんだが、こいつらはお前みたく会話できるのか?」
「いや、無理だな」
バロンの疑問は最もだ、俺は【念話】を会話と同時に使っているため獣人の会話に加わることが出来るが、普通の人族には会話すら成立しないだろう。
「だが、その点は大丈夫だ。エルフは大多数が【念話】が使えるらしいから、会話の間に入ってくれれば問題ない」
「ああ、こちらはそれぐらいなら引き受けよう」
ディライはこちらの会話を理解しているようですぐに応答してくれる。
「大丈夫ですよ、若様。獣人の奴隷を抱えたときもエルフの方々に翻訳を頼んでいましたから、全員が慣れています」
エウル叔父上の言葉で2000人の獣人を抱えたときにエルフたちに翻訳してもらっていたようだ。
「なら問題ないか、それよりも今後の動きを聞こうと思ってな」
「当面はゼブルス軍とエルフの居住、食料の確保だな。一応は持ってきているとは思うが」
「はい、若様。一応は一ヵ月は持つように持ってきていますよ」
バロンの言葉はわからないが、俺の言葉は理解しているためエウル叔父上が答えてくれる。
「そうか、その後はどうする?」
「簡単だ、戦争の幕を引きに行くだけだ」
その後獣人から供給される物資、今後の集落内での行動、中央ルートの見張り、警備体制をバロンなどの獣人主要連中と、ゼブルス軍の主要連中および協力的なディライとその側近で話し合う。
それらが終わると早速、バロンやレオン、ほかの獣人の誘導でゼブルス軍は集落の一部に収容される。そしてその際にはエルフが間に入り通訳をしてくれていた。
一通りの行動が終わったときにはすでに夜となっていた。
そしてバロン達の性格上、何かしら大きな騒ぎが収まった後にやることと言えば一つしかなかった。
「お前ら新しい仲間が加わったぞ!!!!」
「「「「「「「「「「うぉおおおおおおおおお!!!!!」」」」」」」」」
バロンの声で獣人は大声を上げる。
そして同時に軽い木を叩く音があちこちで聞こえ始める。
「こっちもだ!!無事に若様と合流できたこととここにたどり着けたことに乾杯だ!」
「「「「「「「「「「カンパーイ!!!!!」」」」」」」」」」
今度はエウル叔父上が乾杯の声を上げる。
するとバロンがエウル叔父上に近づいていく。
「おう、いい声だったぞ」
「ああ、何を言っているかわからんが乾杯だ」
共に言葉はわからないが、お互いに盃を出してぶつけ合う。
「さて、双方の言葉がわかるのは私たちだけだ。できるだけ間に入って翻訳してやれ、そうすることでアルム陛下の利に繋がるぞ!」
エウルとバロンがお互いに酒を飲み交わしているところに向かって進むディライ。またそんなディライは道中に大声をあげて流布に間に入るように告げる。
その後、最初は双方ともぎこちなかった。獣人は同じ人族であるクメニギスの軍と戦争していて、ゼブルス軍は言葉の通じない獣人を何とも警戒している。そんな状態で仲良くなどできないだろう。
だが興味を持った一人の獣人が人族に近づくことで状況は変わる。一人が近づいたのはクメニギス国内で仕入れた酒を飲んでいる人族の輪の中だった。人族が少しだけ警戒するが、すぐさま一人のエルフが通訳をする。そして獣人は後ろに声を掛けると、その友であろう獣人が以前アシラが持ってきたような臼のようなものを持ってくる。そしてその臼に木の実の殻でできた盃を入れて人族の連中に渡し始める。近くにいるエルフは獣人の言葉を通訳すると今度は人族も笑顔になり、余っていたクメニギス産の酒類を渡し始める。そしてその獣人と友は人族の輪に入り、双方の酒の飲み比べが始まった。
そしてお互いに一歩目が踏み出せれば話は早かった。
あるところではお互いの食い物に興味惹かれて双方の輪の中に入れてもらおうとしたり、何やら上半身だけを脱ぎ捨ててマッスルポーズを取っている連中が集まり力自慢を始めたり、あるところでは魔法と【獣化】をお互いに見せ合ったりしている光景が多く見られ始めた。
そして何より多かったのは
(はぁ、不祥事は起こすなよ)
色々と溜まっているのか人族の兵士が女性の獣人に声を掛けている場面が多かった。そして獣人側も物珍しいのか数少ない人族の女性兵士に声を掛けていた。
(エルフは………まぁそうなるよな)
それでいうと人族にも獣人にも迫られるほどの美貌を持つエルフは大人気だった。
ただ
「残念ながら生涯を共に生きると誓える人だけ声を掛けてくださいな」
「もうすこし強くなってからね」
「ちょっと頼りなさすぎるかな」
容赦なく双方の男を切り捨てていた。クラリスから事前に聞いた話だとエルフは寿命が長い分パートナー選びはかなりシビアな部分が多いいという。その最たる一つにその場限りの出会いというのはまず存在しないという。つまりは手を出すなら生涯の責任を取ってもらうということらしい。
(おそらく、誰一人として相手にされないな)
迫っている連中がどんな連中かよくわかってない上にその眼には欲望の色が見え隠れしている。どう考えても女性エルフは警戒するだろう。
そしてとあるエルフに振られた人族と獣人がやけ酒を始めるという、何ともな事態がそこかしこで起こっていた。
「バアル様、こちらをどうぞ」
「ああ」
「バアル~こっちもおいしいよ~~」
「ああ」
そして俺は双方に挟まれるようにして酒を継ぎ足されていた。
事の経緯はごく単純だ。宴が始まるといつものごとくレオネが俺に駆け寄ってくるのだが、すでにそばにはリンがいた。そしてその光景を見たレオネは何やら頬を膨らまし酒の入った臼と料理を持ってきたというわけだ。
(誰も助けてくれなそうだな)
ノエルは関心を持たず、叔父上とバロンはこちらを見てにやにやと笑い、レオンは違う場所で怒りの形相になっていた。
(さっさと切り上げて寝たい)
今はこれだけを切に願うのだった。
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