第232話 謎の女
その日はレオネ以外が朝食後に出かけることになっていた。となれば当然取り残された一人がどんな反応するのかというと。
「バアル!!!ひ~~ま!!!」
突然部屋の扉をあけ放ち、そう告げてくる。
「……あのな」
「とうっ、暇、暇暇暇、暇暇暇暇暇暇暇暇」
ベッドの上に飛び乗ったと思った、ジタバタとし始めるレオネ。
「うるせえ。そんなに暇ならエナ達に付いていけばよかっただろう」
こんな近場で駄々をこねられたら、こちらのほうが疲れる。
「バアル、手合わせしよ~」
「……手合わせ、か」
ここ数日を思い返すと、朝起き、朝食を食べ、自室で連絡を待ち、時間着たら昼食を食べてまた連絡を待ち、その後は夕食にし、何をしたのか報告を受けたら、その後はまた連絡を待つ、何もなければ眠りにつくというルーティンを取っている。
つまりは連絡が無ければほとんど何もせずにじっとしている。
(さすがに動かな過ぎるか)
ゼウラストにいるときもずっと机に向かい合っていることは多々あったが、合間に運動を挟んでいた。それは健康の面もあるが、いざという時に体の感覚がなまっていては戦闘で後れを取る可能性があるからだ。
「そうだな、ギルドの修練場で少し動くか」
「うんうんそうしよ~」
宿を出て、村にある唯一の総合ギルドに向かう。
総合ギルドはその施設ですべてのギルドの手続きができるようになっている。ただ専門的でない分、従業員は一般的な事務の知識しかなく、専門職の事情や状況をうまく処理ができない。このためギルドからの保証の質はそう高くはないのが現状だ。仮にすべての分野に精通した人物が集められた総合ギルドならかなりの質を提供できるだろうが、そんな人材はギルドの事務職などにはいない。そこまで能力があるならもっと高い地位を目指すはずだからだ。
なので基本的に小さい村に設置されている総合ギルドは、簡易的な処理をするためだけの施設になっているのが現状だ。もちろん最低限の設備は整っており、その中には養鶏や冒険者が使うための修練所が含まれているため、こういったタイミングでの使用は最適だ。
「じゃあいこいこ」
レオネに無理やり連れられて、宿を出ることになる。
「ん~~~しょ!じゃあやろう!!」
ギルドの修練場にたどり着くと、ここ数日ライルが依頼を消化しているおかげか、小さい総合ギルドにいるたった数名の職員は笑顔で修練場を貸してくれる。俺は実際に対面したわけではないが、既にレオネがライルと共にいることを知っているので、その関係から俺がライルの依頼主だと思っているのだろう。
もちろん小さい村なので、修練場にも誰もいない。
「ルールはどうする?」
「ん?何でもありでいいんじゃない?」
レオネは
「……そうだな、ハンデとして、俺はユニークスキルを使わない。これならある程度は問題ないだろう」
この言葉を聞き、レオネは腕を組み、何かを考え始める。
「ん~~、ま、バアルがそれならいっか。それじゃあ始めるよ~」
その言葉を尻目にレオネが『獣化』を始める。手足が獣のそれとなり、瞳は猫の様になり、頬からは数本の長いひげが伸びる。大部分が人の形を残している半獣人とでも呼べる姿だ。
(??なんか違うな)
だがレオネの姿に若干の違和感を覚える。しばらく観察すると、レオネの『獣化』は金の毛並みに黒い斑点がある毛並みだったのだが、今回は黒ではなく白色の斑点だったことが分かった。
そしてお互いに構えて、模擬戦を始めるのだが。
(…………何かやりずらいな)
こちらはバベルを振るい攻撃し、間合いを保つようにする。レオネは『獣化』した手足で攻撃できるほどの距離にまで詰めようとする。当然ながら一定の距離を取りながら始めた模擬戦なため、最初はバベルの攻撃範囲での応酬が始まる。レオネはバベルを何とかいなし、距離を詰めようとしてくるので、こちらも寄せ付けない攻撃を行い距離を取る。
ただその際の攻撃がすべて後手後手と回っているのが理解できた。一度レオネが近づこうとすればタイミングを見て、横に振り払うのだがそれを完全に見計らったように急停止し、ワンテンポ遅らせて、バベルが通り過ぎた後に詰めようとしてくる。こちらは詰められれば不利になるのがわかっているので、振り払っている最中に無理やり後ろに飛ぶ。
(とても長い詰将棋をやっているようだな)
俺とレオネだけを見れば互角に見えるがここは場所が限られる修練場だ。少しづつ押し込まれれば最後には壁に背がつくことになる。本来であれば『飛雷身』で距離を取るのだが、今回はユニークスキルを縛っているためそれができない。またこちらから押し込もうとすればレオネは流れるように懐に入り込んでくるだろう。
そして最後には
ゴン
「っ!?」
「ん~~終わり」
バベルを振るおうとすると背後にある柵に当たり、軌道が逸れる。レオネはそれを見逃すことなく流れを見切り、懐に入り込むと首に爪が当てられる。
「ああ、俺の負けだな」
「よし!これで言うこと一つ聞くこと」
素直に敗北を認めると、レオネが何かをのたまう。
「おい」
「これはうちでは当たり前のルールだからね、さて、なににしよ~~」
理不尽なことこの上ないが、あくまで遊びということで抗議の言葉を飲み込むことにした。
パチパチパチ
音の鳴る方を見てみると、修練場の柵の外に一人の見物人がいた。
「見事なものだな」
その見物人は被るように外套を羽織っており、声から女性であることしかわからない。
「それはどうも、行くぞレオネ」
「待て」
変なのに絡まれたと思い、すぐさま宿に戻ろうとするのだが、当の本人に呼び止められた。
「君たちがこの村の依頼を片付けてくれていたのか?」
「そうだといったら」
「なら、お礼を言っておこうと思ってな」
不信な目で見ていることに気付いているが、おくびにも出さずに言葉を続ける。
「そういうのは間に合っている」
「まぁ、待て、そう逃げようとしなくてもいいではないか」
「お前のその恰好を見て、不審に思わない奴がいたら、それは阿呆だと思うが?」
声で女性と言うことがわかる以外にはすべてが不明。そんな人物を前に警戒心を出さない奴がいるなら、そいつとは縁を作りたいとは思わない。
「それもそうだな、だが今は正体を明かすのは味気ない」
「こちらとしてはすぐにでもそれを剥いでほしいがな」
「小さな村だ、急いでいるので無ければすぐにまた会える」
そうとだけ言い残し、よくわからない彼女は遠ざかっていく。
「レオネ、あいつのことをどう思う?」
「ん~~、変な気配はしないから放っておいていいんじゃない。それよりもう一回やろ!」
「ああ………そうだな」
それから体を十分動かせたと思うまで模擬戦を続ける。ただ俺もレオネも生半可な体力ではないので日が落ちるまで模擬戦は続くことになっていた。
「いっや~~ひっさしぶりにうごいた~~~」
日が落ちて、ギルドから宿への帰り道、レオネは腕を上げて気持ちよさそうに伸びをする。ただその気持ちは理解できる。俺も数日ぶりの本格的な運動だったので気持ちいい汗を流すことができていた。
「くんくん、う~ん今日は魚かな」
宿が見える距離まで進むと、レオネは漂ってくる匂いで今日の夕食のメニューを予想する。
「いやか?」
「嫌じゃないけど、やっぱり肉が一番だね~~」
レオネは猫系の獣人なので魚の方が好物だと思ったが、普通に考えれば猫は地上で狩りをするので、肉の方が好物なのだろう。
その匂いにつられるように宿に入るのだが
「昼ぶりだな」
「………まぁ、そっちも旅をしているのならこうなるか」
昼に見たあの全身外套女がなぜかライル達の横のテーブルにいた。村には一つしか宿屋がないので再び会うのも必然だった。
「知り合いか?」
「いや、昼に少し会話した程度だ」
ライルの問いかけに素直に答えながら彼女らを観察する。
外套女はテーブルに座って食事をしているが、その後ろに背丈の高い、同じ格好をしている護衛が二人いる。腰にはクメニギスでは珍しい剣を差し、今でも周囲を、もっと言えばレオネ達つまりは獣人を警戒している。
「ここで会ったのも何かの縁だもしよかったら一緒にご飯でもどうだ?」
「まさか対面の相手にも素顔を見せないと言うことはないだろうな?」
「ふふ、すまんな、私の容姿は少々目立つのでな」
そう言うと彼女は顔をさらす。
「さて、これである程度は信用してくれるな?」
彼女の容姿は確かに整っていた。光に照らされて煌びやかに輝く金髪、すっと通る鼻に切れ長の目、どこか攻撃的にも見えるがそれは美しさの裏側とでもあらわすものだろう。そして何より目立つのが、無造作に下ろした長い髪を縦に巻く、いわゆる縦ロールという髪型だ。
「一応は名乗りを上げておこうかな、
ザッ!!
すぐさま彼女の後ろにいた護衛が前に出て剣を抜く構えをする。彼らの視線は既にエナ達ではなく、俺にしか向けられていない。
「すごいな、彼らは私が選りすぐった精鋭なのだぞ」
「状況が理解できていないのか?」
彼女は緊迫した状況の中、何事もないかのように話をする。また護衛達が前に出る理由、それは彼女に危険が迫っているからに他ならない。そしてその元凶はもちろん俺。なにせ俺は場合によってはこの女を排除するつもりだったからだ。
「理解できているとも。そして君は私の話を聞けばその戦意を収めることになるさ」
女性は自信たっぷりの表情でそう告げる。極めつけは。
「バアル、そいつを殺さないほうがいい。そいつからは利の匂いしかない。ついでに言えば、以前言っていた利の匂いもそいつだろう」
エナのユニークスキルがこいつを利のある相手だと判断していた。
本来なら有無を言わずに殺すところだが
「……とりあえずは話だけを聞こう」
女性の話を聞いてからでも判断するのは遅くはない。だが話の内容に意味がないと判断すれば、一切の情報が漏れないように村ごとすべてを無に帰すことになる。なのでそうでないことを祈るばかりだ。
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