第231話 フィルクの内情

 ソフィアの話ではまず上層部は三つの派閥に分かれているとのこと。


 一つが今までの規律を厳格に守り、秩序を乱さないようにする保守派。二つ目が多くの規律を廃し時代にあった規律を尽くそうと動く革新派。そして三つ目が保守派のように厳格にとは言わないが規律を守り、廃すまでとはいかないでもいくつかの変更を促す融和派。


 この三つが現在のところフィルクに存在している派閥だ。そしてソフィアが所属しているのが保守派だと言う。


『申し訳ありませんが、規模や人員などに関しては私はわかりません』

「なぜだ?仮も聖女………いや、聖女だからこそか」


 言ってはなんだが、結局、聖人の決定権はソフィアにある。ソフィアを擁護する存在からしたら、下手にほかの派閥に興味を持たれたら困るため、自派閥に完全に思想を染める事しかしていないはずだ。そのため箱入り娘のような状態なのだろう。外界ではどのような動きをしているのかを把握させず、時が来たら自派閥から聖人を選出させるだけ。いくらフィルク聖法国でも一切合切、清廉潔白ではいられない。もし汚い部分を見られて自派閥に見切りを付けられたら、下手したら敵対派閥に聖女を取られるかもしれない。そうならないために本当に必要な知識以外を教え込んでいないとなればソフィアが内情をほとんど把握していないのも納得だ。


(となると、本当にソフィアの使い道は限られてくるな)


 自らフィルク聖法国に働きかけて、どうにか戦争からいなくなってもらうつもりだったが、当の本人がそういった能力が欠如している。


「(しかたない)ソフィア、お前が一番懇意にしている枢機卿の名前は?」

『??ポーロント枢機卿です』


 急に話題が変わってソフィアは困惑している。


(確かに枢機卿に頼み込めばほとんどの対処は可能だろう、だが今回は規模が違いすぎたな)


 どこの派閥かは知らないが、戦争が起こっているということはかなり上の役職が動いていることに違いはない。となれば枢機卿に頼み込んだだけでは事態は収束できないだろう。


「もう一度だけ聞くがお前はフィルク聖法国を離脱させることはできないのだな?」

『…………正直に言えばおそらくはできないでしょう』


 捻りだすように答えられた答えだがやはり内容は変わらない。


「よし、理解した。ではソフィアお前は動かなくていい」

『え?』


 当然ながらソフィアは困惑する。なにせ先ほどまでは戦争を止めるために彼女が必要だと何度も言い含めていたのだから。


「変わりに一つの命令を出す。今回の戦争が終わるまで王都のゼブルス邸から一歩も出るな」

『な!?』


 ソフィアの能力では問題を解決できなくなった。となればソフィアの価値はもはやただの聖女と変わりがない。


「いいか、一歩もだ」

『で、ですが』

「反論は許さない。故意でも他者による強要でもだ。もちろん自らそこに留まるのなら快適な生活を送れるのは約束してやる」

『そん、な、横暴な』

「本来の契約を守れなくなったのはそっちだ。となればこちらも取るべき対応を取らせてもらう。安心しろ、別段お前に何か罰を与えると言っているのではない。あくまでお前自体が対処できないから俺が対処するというだけだ。むしろそこでじっとしていればその契約は果たされたことにしてやろう」

『そ、それなら』


 ソフィアは安堵した声を出すがもちろん、これだけでは終わらない。


「そしてもう一つ。お前がこの命令を守れなかった際は、アークたちが無事では済まされないと思っておけ」

『!?話が違います』

「違わない。お前は一度だけ、神光教との問題を解決してくれると言った。そしてその解決策がお前がその屋敷でじっとしている事だ。これが守られなかったらもとからあったアーク達を保護する契約も無かったことになる」

『ですが、それはアーク君たちが元の状態に戻るだけです。傷つけることを許可した覚えはありません』

「その答えは簡単だ。彼らはお前への枷だ」

『………枷、ですか』


 こちらとしてもいくつかのリスク飲んでいるのだ、これぐらいの首輪は掛けさせてもらう。


「貴方が命令を果たせない時には彼らの身柄はどうなるかはわかるな?」

『っ!?なぜですか!!みんなは何もしていないじゃないですか!!』

「こちらとしてもお前が動かない保証が欲しい。そしてその保証が彼らと言うわけだ」


 通信機の先では絶句しているのがわかる。


「今回憲兵にお前を逮捕させた。わかるな?」

『っですが、他の皆に連絡を』

「それすらも許可できない。いつお前は脱出するためのコンタクトを取るのかわからないからな」


 つまりは冤罪を出ちあげると示唆している。


 ギッ


 何かを噛みしめる音が聞こえる。


「それができなければお前のお友達は」

『あなたたちは卑怯です!』

「知らなかったのか?世界はこのようにできているのさ」


 どんなに平等を掲げても複数人が同じ生活をしているのならそこには競争が起こってしまう。


「さて、返答はいかに?」

『私に拒否できるとお思いですか?』

「無理だな」


 元よりソフィアに拒否をさせる道を残していない。


「さて話は終了だ。近くにいる誰かに父上を呼んできてもらえ」

『………わかりました』


 ソフィアの声は乗り気ではない。もちろん理由は俺にある。


(言ってしまえば平和的にソフィアを軟禁状態にしているからな)


 いい気分でないのは当たり前だ。


 その後、父上に俺が帰ってくるまでソフィアを王都ゼブルス邸に軟禁状態にすることを伝え、環境を整えてもらう。もちろん相手が同意していることも伝えて、何も問題ないようにだ。











 通話を終えるとこれからの事を思案する。


(さて、これからが少々ハードスケジュールだな)


 ソフィアが自身で解決できなくなったのであれば、フィルクへの交渉材料にするほかない。だがそうなれば当然ソフィア自体には動いてもらうことはできなくなる。そのため余分に人員が必要になってしまった。


(予定変更だな、ロキにはアズリウスに向かわずに、隠密にクメニギスに来てもらうことになるか)


 ソフィアがフィルクを離脱させ、ロキにクメニギスで内部工作を行ってもらうつもりだったが、動く駒が無くなったことにより穴埋めが必要になった。


 すぐさまノートパソコンを開きブレインに指示を送る。


『ロキの現在地を教えろ』

『かしこまりました、ちょうど2分46秒前にキラから紹介状の受け渡しが完了いたしました。現在は王都の北門に向けて移動しております』


 つまりはこれから本格的にアズバン領に移動するタイミングだった。


『いや、これからの行動は変更だ。北門ではなく西門からキビクア領に向かい、最短で俺と合流させろ』

『かしこまりました、指令を変更いたします』


 画面に映る指令を実行するために最短のプロセスが映し出される。


『それと、追加で超小型の中継機も装備をさせておいてくれ』

『かしこまりました。では一度キラの方に合流し、器具の受け渡しを行います』


 画面にもう一度修正が入り、今後の行動表が映し出される。


(こちらにたどり着くのは7日後か)


 距離を考えればかなりの速さで来れることを意味する。もちろん持ち味であるステルス性を犠牲にしての行動だ。ロキは一切町や村に寄ることなくクメニギスの国境まで来てから自慢のステルス機能を使い、国境を超える手筈になっている。


 魔力さえあればいくらでも動く人形だからこその荒業だ。


(さすがに協力者が必要だな)


 これからの行動は明らかに同行者なしでは難易度が高すぎる。俺一人がフィルクに乗り込んでも、おそらくは枢機卿に面会することすらできない。もちろん怪しい風貌のロキも無理だ。レオネ達も今は戦争しているという点のほかにフェウス言語が話せないのでこちらも不可能、となればフィルクに精通している人員を探すことになる。


(策はあるにはあるが)


 既に一つの案があるがこれを行うとなると、相応のリスクを負うことになる。だがこの策がうまく機能すればこれ一つですべてが決まると言ってもいい。


(だがこのままではかなりの確率で年内には終わらない、か…………ここはほかの奴に判断をゆだねるか)


 幸いにこういった判断に都合のいい人材が今手元にいた。


 今は運動のためティタと共に、近くの森にライルの護衛としてついていっている。










 そして日が暮れると、宿に戻ってくる。


 ライル達が戻ってくるのは総じて夕食が始まった直後なので、一日に何があったかなどの報告はすべて食事時に聞くことになっている。


「今日はどうだった?」


 今日受けていた依頼は近く森にいる畑を荒らす害獣の駆除だったはずだが。


「問題ない。というか弱すぎて運動には少々味気ない」


 エナ達からしたら普段は魔獣と戦っているため、普通の害獣などウサギ狩りと同じくらい簡単なのだろう。


「それで明日はどうするつもりだ?」

「明日は壊れている小屋の修繕を受けるつもりだ。金払いもそこそこに良かったし、何よりそいつらを使えるなら力仕事も楽な物だろう?」


 ライルに明日の予定を尋ねるとすぐさま答えが返ってくる。


 その後も何事もないことを話し、それぞれが部屋に戻るのだが。


「すまんがエナ、話がある」


 階段を上る途中で声を掛けて、自分の部屋に来てもらう。


「なんだ?一緒に寝ると言うことなら断るぞ」

「安心しろ、まずそんな気にはなれないから」


 部屋に入ると俺は現在の状況を話す。


「さて、様々な行動を考えた結果、今は二択が浮かび上がった」

「ここにいるべきだ」


 エナは俺がどんな選択肢があるのか知っているような口ぶりで先んじて答えを出す。


「………エナ?」

「お前がどんな考えをして、どんな案を出したのかしらねぇが、いま、この村にいることで利の匂いがする。それもとびっきりのだ」


 まさか既に答えが出ているとは思わなかった。だが


「それでも事情ぐらいは理解しておけ」


 いくらユニークスキルが優れているかと言っても俺が自身で毒を解除したようなやり方が存在していないわけではない。


「まずは―――」


 俺がエナに伝えたのは、この二つ。


 ・ロザミアの証言では年内には封魔結晶の対策がなされること。

 ・そして今のままでは年内に事態が収束するのは低確率であること。


「だから、少し行動の方針を変えたいのだが」

「そのためのオレか」


 エナの言葉に頷く。エナのユニークスキルならこれからの行動の先がうっすらとわかるはずだ。


「事情を聴いても答えは変わらない。今はこの村を動かないほうがいい」

「だがな」


 クメニギスは対策を終え次第再び攻勢に出るだろう。なにせ次の攻勢には軍隊の面子もかかわってきている絶対に生半可にはならない。そう考えると今の休息期間にクメニギスが動けない状態を作り出すしかない。


「確かにお前の言う通り、オレも知識を詰めて考えられれば一番だろうが、あいにく時間がない」

「………」


 それは一種の言い訳のように聞こえるが、エナの言う通り、時間がない。仮に現時点で急ごしらえの知識を入れ込んでも一時しのぎにしかならない。なにせほんの一瞬勉強しても、全体をカバーできるわけがないからだ。


「それにな、今はお前がいる」

「それはそれは」


 だからと言ってエナが思考を放棄していい理由にはならないと視線で抗議するが、エナは素知らぬ顔だ。


「今、お前はしっかりとした考えを持っている、根拠もだ。そして最終的な判断もオレ達はお前にゆだねている」

「危険な行為だと理解しての事か?」

「ああ、オレは自分の鼻を信頼しているし、いまだにお前からは利の匂いがしている。そして今回、オレはお前に助言を求められ、それに答えただけだ」


 つまり、最終決断はこちらにあるとのこと。


「ああ、そんな肩ひじはるなよ。元より、お前はオレが無理やり引っ張ってきたからな、責任を感じることはない」

「そうか…………」


 少し見当違いなことをエナは考えているようだ。俺は自分の利益がある限りはできる限り・・・・・協力するつもりだ。


「確認だが、今は、と言っていたな?」

「ああ、別段この村にずっといろと言っているわけじゃない。匂いは時間と共に何度も変わる。それを踏まえてだが、今この村には利の匂いが漂っている」



(『時間と共に変わる』、それに『今は』か)


 エナの言葉で一つの憶測が成り立つ。


(表現からして、利はこの村に留まることで出てくる。だがそれは、もっと詳細に言葉にするなら『機会が巡ってくる』というだけで、別段いるだけで俺たちに金が降ってくるわけでもない。そして当然ながらその機会を逃せば、利の匂いは消える訳か)


 そう考えれば確かに今この村を離れるのは惜しいだろう。


(だが、同時に時間が無駄にできないのも事実。それにエナのユニークスキルは不透明な部分が多い。利と言っても棚ぼた的な意味合いで大金を手に入れられるだけで、戦争終結にはつながらない可能性もある)


 利の匂いと言うが、それが何についての事かまではわからないはずだ。出なければエナはもっと様々なことを先読みできることになる。


 仮に例えるなら、家への帰り道、仕事で行き詰っていて悩みながら道を歩いていると、エナの利の匂いというのが漂ってくる。だがその匂いの先は1000円札が道端に落ちていただけだったという具合だろう。仕事の方には何も関係がない利と言うことになる。


「7日、それがタイムリミットだ」


 ロキがこの村にたどり着いたタイミングでこの村から出ていく。それがギリギリ許容できる範囲内だろう。


 フィルクに対しての様々な工作をするにあたって時間が掛かりすぎる。移動時間、交渉時間などを踏まえると、そこがタイムリミットとなるだろう。


「まぁお前がそう決めたなら文句はないさ」


 エナはそれだけを告げて部屋から出ていく。


 問題も妥協案も出てきたため、肩の荷が下りた。


(……いい能力だと思っていたが、存外扱いにくい部分も出てくるものだな)


 もしエナの能力を効率よく使いならどうするかを考える余裕が出てくるほどに。

















 そしてロキの到着を待つまでの間、村で過ごすことになるのだが、残り三日となるところでエナの匂いが何なのかが判明した。

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