第233話 共同歩調

 レオネをライル達のテーブルに座らせて、俺は女性の対面にある椅子に座る。


「まずは自己紹介をしておこう。私はエレイーラ・ゼルク・クメニギス。つまりはこの国の王族だ」


 表情には出さないが内面では驚く。なにせ王女がこんなごく少数の護衛だけでこんな辺鄙な村にいるのだ。


「影武者、もしくは詐欺師でない保証は?」

「それは君の名を知っていることで説明がつくだろう」


 エレイーラの説明では約一年前のグロウス学園でのスキル研究の発表会にいたという。そこで素顔を知り、俺が誰なのかがわかったとのこと。


「つまり、私が偽物だった場合は、君の名を当てられることはまず無い」


 仮に目の前の人物が名を騙る偽物だった場合、まず接点がないため俺の正体を知っているわけがないと言う。その点エレイーラは研究発表の招待リストに入っていたため俺の顔を知っていても何もおかしくない。つまり状況から察するに目の前の人物は本物の可能性が高い。


「なるほど」

「納得してくれたようで何より」


 目の前の第一王女様は後ろの護衛が注いだ紅茶を優雅に飲み始める。


「では、なぜお忙しいであろう第一王女様がこんなとこにいるのかお教え願いますか?」

「私用の際は先ほどの口調で良い。そうだな、バアルは私が今回の蛮国侵攻には反対だということを知っているか?」

「ええ、以前ロザミアに聞いたことがありますね」


 既にある程度の情報は入手しているが、未だに精査が終わってないため、本当に知っているという程度だ。


「理由に関しては少々省かせてもらうが、この度、戦争から大規模な後退、つまりは敗色が濃厚になったので、それを決定づけてやろうと思ってな」


 この言葉に再び、驚くことになる。


「クメニギスの王族が敗戦であることを望む、か」

「もちろん平時ではこのようなことは言わん。もし兄上が生きているのなら私は諸手を上げて賛同しただろう。だが今は兄上の死により、各地の貴族は割れ、国は乱れかけている。そんな状況で功績稼ぎの戦争など容認しえない」


 そう言った彼女の腹の内を見ようとするが、王族なだけあってポーカーフェイスが保てている。


「理由も聞かずに信用しろと?」

「別に信用しなくてもいいさ、君がどんな状態であれ敗戦に向かって動くのなら私は見逃すよ」


(エレイーラからしたら、俺が脅されていようが自主的に協力してようがどちらでもいいわけか)


 俺たちを放っておいても何も問題がないのだろう。事前の話が本当なら、放っておけば勝手に敗戦に傾いてくれるのだから報告する気もないしする必要もないということだ。


「第二王子、第五王子の戦功を取らせないためではないのか?」

「もちろんそれもあるな」


 偽ることなく肯定の言葉を出す。


「私とて、兄上がいなくなったのならその椅子には座りたいものさ」

「血のつながった家族で争ってもか」

「そうさ、私は勝負が大好きだからね」


 エレイーラは嬉しそうに告げる。そしてその表情はまさに今目の前に御馳走を目の前にしているよううだった。


(なるほど、こういう気質か)


 おそらくエレイーラは競争や勝負といった事柄を楽しむことができる気質を持っている。王座の争いは王族に生まれた宿命とでも呼べるものだが、本人の気質もあってかこの後継者争いも少なからず楽しんでいるのだろう。


「血のつながった家族を殺してまでとはな」

「何を言っている?事故や戦争ならともかく暗殺などはするつもりがないぞ、つまらん」


 エレイーラは笑顔を浮かべる。その表情には一切の嘘はなさそうだった。


「たとえ敵対してもそれは遊び相手が増えただけだ。もちろん負けた時はそれなりの責任を取ってもらうが、そうでなければなにもしないつもりだな」

(………本心で言っているな)


 本来為政者は自分の地位を守るために少なからず脅迫、迫害、暗殺といった様々な暗いことに手を染める。それは自分の地盤を強固にするために必要なためである。かくいう父上もいくつかの暗い手段は持っている。なのに目の前の御仁はそういったことはするつもりがないと言う。


「さて、身内話はここまでとして、次は君の話をしたい」

「………」

「バアル君、君は一体なぜここにいるのかな?」


 エレイーラの瞳が鋭くなるのがわかる。


「さて、なぜだと思いますか?」

「ん?どうやら警戒しているようだな」


 まるで予想外とでも呼ぶべき反応をエレイーラは見せる。


「君が軍に保護されたわけでもないのにここにいる。普通に考えれば君はマナレイ学院の招待に応じてくれた保護すべき人物。地位も名声もあるため君を不祥事で失ってしまえばグロウス王国との関係悪化は免れない」

「だからだとは考えないのですか?」

「つまり我が国が君を捕まえてグロウス王国の交渉材料にすると?」


 俺とエレイーラの視線がお互いにぶつかり合う。


「愚弟たちなら無くはないだろう。だがそれは下策だと私は考えるがね」

「根拠を聞いても?」


 聞き返すと肩をすくめながら答えてくれる。


「まず一つ目が、グロウス王国の存在。君ほどの人材となるとグロウス王国の損失は大きいため、全力で保護しようとするだろう。そして君を人質として扱った場合はグロウス王国の心証は最悪だ」

「なるほど、他は?」

「二つ目はエルフたちの存在だ」


 この言葉でどのような考えを持っているかは察しがついた。


「グロウス王国はノストニアと親密な関係に成りつつあると報告を受けている。そしておそらくだがグロウス王国が我が国を攻めるとき、ノストニアはそれに同調するだろうな」

「でしょうね」


 クメニギスは奴隷制度が存在する。となれば当然ながら非合法の奴隷も多く出回っているだろうし、その中にエルフがいても何もおかしくない。


「だが愚弟たちならやりかねないね。まぁそれだけでも十分君が軍に保護されようとしない理由になるのだが、決定的な理由はそこじゃないのだろう?」


 エレイーラの視線がレオネ達に向く。


(気づいているな)


「どうやったかは知らないが、君は獣人と会話を交わせる。脅されているのか、自国の利を得るためなのかは分からないが協力関係に成った違うか?」

「でしたら、どうしますか?」


 この場の空気がピリピリとひりつく。


「だったら、私とも協力的な関係に成ってもらいたい」

「どういった意味ですか?」

「言葉通りさ、私は今回の戦争においては敗戦であってほしい。それも損害が限りなく軽微なままで」


 クメニギスを敗北させようとしている俺の事を見逃すだけでなく、手を組みたいという。普通のクメニギスの王侯貴族なら考えられない提案だ。


(………今までの言葉はすべて理にかなっている、か)


 エナの匂いの件を考えればここで承諾しても問題ないように感じるが。


「自国の不利益になるように動いている俺に協力する。その意味を理解していますね?」

「もちろんだ」


 俺が獣人と協力関係にあると知りながら手を組む。それはつまるところ自国の裏切りと捉えられても文句は言えない状態になると言うことだ。だがエレイーラはそれすらも快諾する。


「こちらとしても組むのは歓迎するところだ、が。明確にどこまでの協力を明らかにしておきたい」

「というと?」

「こちらの目標は獣人、もっと言えば蛮国とクメニギスの戦争を終結させること。だがそちらの目標が今は停戦し、いずれまた再戦すると言うのであれば」

「同じ道を歩めないと言うことか」


 こちらは終わらせに動いているのにあちらは再び攻め込むために今は退くためだけの動きでは確実にお互いが不利益を被る羽目になりかねない。なので明確な協力関係の終着点を決めておかねばならなかった。


「俺は最終的にはクメニギスと獣人とで終戦させるつもりで動いていた。だが」

「私たちがそれを阻むのではないかと?」

「ああ、今は後退するが時期が来たら再び責めるために動くのならば相いれない動きになるのは明白だ」


 そう言うとエレイーラは白魚の手を形のいい顎に持っていき思案を始める。


「ではこうしよう、私も終結の方向で動くことを約束する」


 これには懐疑的な目で見るしかなかった。なにせクメニギスからしたら蛮国は領土拡大にはうってつけの地なのだから、できないならまだしも、できるのにしないなんてことはまずないのだから。


「もちろん、動くには条件がある」

「条件?」

「ああ、停戦協定に期間を設けてほしい」


 期間を設ける。つまりは一時的な停戦協定と言うことになる。


 そして、この提案には双方に利点があった。


「バアル君は時間付きだが、その分強固に条約を結ぶことができる」

「そちらは戦争をしたい連中を時間と言う名目で言うことを聞かせることができるか」


 停戦協定に期間を付けることでクメニギスの軍を我慢させることができる。それは俺にもエレイーラにも利点があった。


「さて、協力してくれるかな」

「…………ああ、停戦協定が結ばれるまではな」


 差し出された手に向けて手を伸ばし、俺とエレイーラ間で協力関係が結ばれた。














「料理をお持ちしました」


 協力関係になったことで空気が弛緩したのを察したのか老婆が料理を運んでくる。


「それでエレイーラ様はどのような動きをしようと思っていたので?」

「エレイーラで良い。他国でありながら夫候補に挙がったほどの男だ、こちらとしても親密になっていて損はない」


 どうやら口調は普段使いのままでいいらしいが、それより気になるのが。


「…………夫候補?」

「ああ、バアル君はクメニギスでも有名な方だからな」


 話を聞くと魔道具の製作者としてクメニギスではかなりの知名度を誇っているとのこと。


「それで夫候補とは?」

「そのままの意味さ、私の旦那様の候補だ。もちろん今は引き抜きが難しいだろうということとすでに婚約者を持っているという点で外れているがな」

「だろうな」


 俺を引き抜く行為は下手したら陛下の不興を買いかねない。なにせ俺が他国に婿入りしてしまえば魔道具の製法が漏れかねないのだから。


「ああ、ちなみに私は今の歳でも独身だ」

「そうですか。それで話を戻すが、エレイーラは今後、どのような動きを想定していた?」


 つれないね、とエレイーラは肩をすくめ、話を進める。


「まず、私の行先だがフィルク聖法国だ。目的は神光教に入った愚弟に秘密裏に面会するため」

「フィルクの軍を退かせるためにか」

「その通りだ」


 エレイーラが敗戦を望んでいるならまずは、軍の勢力を落とすところから始めるだろう。これに関してはこちらも同じだ。


「フィルクの軍勢を退かせられる見込みはどれほどと見ている?」

「残念ながらそこは不明、まずは愚弟にフィルクが参戦した経緯を知ろうと思っていてな」


 エレイーラはまずは内情を調べてから交渉しようとしているらしい。


「(方向性は同じような物か)その旅路に俺達も同行させてくれないか?」


 エレイーラ経由で情報が流れてくる可能性がある。そうでなくてもフィルクへの道すがら王族の協力があれば楽に検問を突破できるだろう。


「別にいいが………もしや君たちもか」

「ああ」


 お互いの考えていることは似通っている。


「と言うことは既に交渉になる手札を持っているのか?」

「残念ながらそれは現地で探そうと思っていた」


 今ここでソフィアの情報は漏らすことができない。彼女は一回きりのジョーカー、気安く手放す気はないし、簡単に晒すこともできない。


「なら決まりだ、私たちは明日にはこの村を出る、それまでに準備をしておけ」

「了解」






 それからの動きは迅速だった。明日以降の宿をすべてキャンセルし、少ない荷物を準備する。翌朝にはエレイーラが所有する特大の馬車に乗り込み、朝一でフィルク聖法国へと向かう。

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