第227話 条件

『それでは起動いたします』


 人工音声が聞こえるとレンズに様々な線が入り込む。次第にそれはどこかの景色へと変わっていく。そして見えたのは無数のアームが動き片づけを始めている研究室の一室だった。


『現在お使いになっていますのは第7型魔導人形です』


 レンズにはこの魔導人形の詳細が研究室の光景に重なるように映し出された。


『まず、この第七型は潜入に重きを置いた構造をしております』


 説明を聞きながら両手両足を動かし、慣れ始めたら魔導人形用のケースから出て、軽く歩き始める。


『従来の魔導人形とは違い、サイズは二回り小さい仕様となっております』


 ブレインの言う通り、目線が何段から下がっているせいで感覚を掴むのが少し難しい。今まではキラのように戦闘仕様の魔導人形だったことから、身体に様々なモーターや機能を搭載するために伸長は約2メートルとなっていた。だがこの潜入型を作るにあたって目立つのは避ける必要があるため、外観を人族の平均的な身長に抑えている。そのため出力や強度はやや劣り、武装もそこまで多くない。


『さらには特殊な塗料を使用しておりまして、魔導人形から出る音を最小限に抑えております』


 少し歩いてみると足音が全く出ない。それから軽く走ったり、軽く飛び跳ねたり、受け身を取ったりと様々な動作を確認する。その際に出る音はとても機械の塊から出るとは思えないほど小さかった。


『そして外部武装に関しましてはどういたしますか?』


 魔導人形はその身体に埋め込まれた内部武装と取り外し可能な外部武装が用意してある。キラでいうと、腕にはライフル、マシンガン、スナイパーのそれぞれのバレルが仕込んであり、要所要所にて使い分けが可能にしてある。そして銃の根幹はレールガンの仕組みを応用しているため、魔力と弾さえあれば無制限に撃つことができる。


『では装備に関してですが―――』


 多数のアームが様々な武装を持ってくる。魔力で動く対物ライフルから拳銃、こちらの世界で作られている剣や盾、果てはナイフまで。


(今回で必要になる物は)


 アームに取り付けられるサプレッサー付きのスナイパーライフルと同じくサプレッサーがついている拳銃、それと違和感を持たれないように普通の剣と盾も装備しておく。


 実はこの機体は潜入と隠密に特化しているせいで、内部武装に関してはほとんどが探知系と迷彩系のものしかなかった。そのため武装を整えようとすると、大部分を外部武装に頼るしかない。


(まず備え付けるのは大掛かりなスナイパーライフルとその他弾丸、それに加えていくつかの爆弾もだな)


 腕に仕込んでいる『亜空庫』の魔法を使い、持ち運びに不便な物は収納していく。


(しかし、本当に便利なものだな)


 左手を広げて『亜空庫』を作りだしている間に右手で様々な物を仕舞っていく。魔導人形には総じて両手には『亜空庫』の魔法を仕込んであるため、危険物が簡単に持ち込めてしまう。


『準備が完了いたしました。それではマスター次の指示をお願いいたします』

「まずは王都へと向かう」

『了解いたしました。ですが、その前にこの機体の個別名称をお考え下さい』


 第7型と呼ぶのは何かと不便な場合が多い。そのために名前を付ける必要があるのだが。


「そうだな、“ロキ”にするか」


 北欧神話に出てくる、狡猾で悪戯好きの神の名前だ。こそこそと裏で何かを行うならばぴったりの名だと思う。


『かしこまりました。この魔導人形を王都へと自走いたします』


 別段俺自身がいちいち王都まで走らせる必要はない。なにせ俺が操作できない時のためのAI“ブレイン”なのだから。目的地を設定しておけば、あとはその地点までブレインが勝手に動かしてくれる。


(さて、次はキラの方だな)


 ロキの操作を任せると操作を王都にいるキラの方に移し替える。












『それでは起動いたします』


 再びレンズに様々な線が入り込むと、次第にそれはどこかの景色へと変わっていく。そして見えたのは薄汚い天井だった。


『現在、魔導人形“キラ”が受注している任務などはありません』


 ゆっくりと起こし、体を確認する。


(故障個所は………ないな)


 手足、胴体、頭部、武装、すべてを確認して問題なく動けるかを確認する。


(さて、早速だが動き出さなければな)


 拠点となっている部屋を出て、『夜月狼』のアジトへ向かう。


「お久しぶりです総督」

「今日も凛々しいです、総督」

「もしよろしければ上物の酒が手に入ったんでご一緒にどうですかい?」


 スラムにある拠点を出てアルバの元へ向かう際中に組員が声に何度も声を掛けられる。


『一応参考として、私はこのような場合には『ああ』『今度な』としか返答いたしていません』


 ブレインの助言通り「ああ、また今度な」と適当に組員をあしらい、道を進む。








 王都にあるスラムは王都の城壁の外側と内側の二種類ある。そして外と内で裏組織の実力がはっきりと区別できた。外の組織は何とか内側に入り込もうとし、内側の奴らは邪魔な同業者を外のスラムに追いやる。このことから内側にいる組織の方がより強い傾向がある。ちなみに『夜月狼』のアジトは城壁の内側に存在しており、強い部類に属していた。


 そしてスラムなのだが城壁の内側には大まかに区画が存在している。それもスラムは区画ごとに組織の仕切りがなされており、最も大きいのは北北西、東北東、南東、西にある四か所。ちなみに『夜月狼』はこの中には存在しておらず、南南西にあるスラム街を根城にしている。規模は小さくはないが大規模でもない、いわゆる中規模と呼べるほど。もちろん規模も区画に比例しているため、弱くはないが最強でもないと言う立ち位置だった。








 そんなスラム街の道を幾度も曲がり、スラムの中心にある建物に入っていく。


「お疲れ様です総督」


 先ほどまで門番の役割をしていた人物がこちらに気付くと慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「アルバはいるか?」

「はい、最上階にいます」


 それだけを聞くと階段を上りアルバの部屋に向かう。最上階には先ほどの門番よりも強い人物たちがたむろしており談笑している。


「開けろ」

「はい」


 扉の当番に声を掛けると、扉を開ける。


「おや、総督ですか、今夜はどうされました?」


 建物の外の雰囲気には似合わないほど豪華な部屋の中でアルバは何かの書類にサインをしている。


「少し所用ができた。少しの間王都からいなくなる」

「はぁ?」


 アルバにしては随分と間抜けな声が出てきた。


「はぁ~困りますよ総督、今スラムでは両殿下の政争で最も動きが活発になっているのです。そんな中で総督が自由に出歩かれたら組はどうなるとお思いですか?」


 両殿下の政争で裏の界隈が活発になる。それは裏の組織が様々な派閥の貴族とつながりがあるゆえに起こる現象だ。例えばエルドがどこかの裏組織を配下に納めたとしよう、そうすればエルドの次の動きは一体どうなるのか、おそらくはイグニア陣営への妨害工作を行うだろう。そして逆もまたしかり。もちろんエルドたちが把握していないところでこのようなことが起こっても不思議ではないし、両殿下の政争に乗じて邪魔な貴族を追い落とすために様々な貴族がうごめき始めもしている。今回はエルドとイグニアを例に出したが、王族や高位の貴族がこのように必ず悪事を働かせる必要が出てくるときには、この界隈はかなり活発に動くことになる。


「俺たちの後ろにいる家が何かの指令を出してきたのか?」


 もちろんアズバン家の事を指す。


「いえ、彼の家は何も言ってきておりません。ですがこの『夜月狼』を吸収、もしくは排除しようとする組織がいるのです。そしてアズバン家もおそらくは組織同士の抗争には首を出さないでしょう」


 アルバの言うことは確かである、なにせアズバン家からしたら替えが効いてしまう組織だ。最悪は今までの悪事を闇に葬るために相手側に手を貸すかもしれない。そのためにここでしっかりと落ち目ではないことをアピールしておかねばならない。


 ただそれはアルガ達の話だけであって、こちらとしては潰れても、替えを探せばいいだけだった。


「これは外せない所用だ、お前達だけで何とかしろ」

「………その所用の内容を教えてくださいませんか?」


 どうでもいいことならば場合によっては俺の手を噛む覚悟の目をアルバはしている。


「昔の知り合いが、アズバン領の裏オークションに参加したいと打診があった」


 ロキの最終的な行先はアズバン領にある。目的は裏オークションに参加しているクメニギスの裏組織とコンタクトを取ること。


「そのためにともにアズバン領に行き。付き添いで参加させると?」

「ああ」


 実は2年前に裏オークションの会員証を手に入れることができた。そのため、招待状やアルバの付き添いが無くても単体で裏オークションに入ることができるようになっていた。当然その際に付き添いとして他の者をオークション会場に入れることも可能となっている。


「はぁ、私から紹介状を書くので、総督は王都にいてもらえませんか」

「それなら問題ない」


 あくまでロキがクメニギスの裏組織にコンタクトを取れれば問題ないのだから。


 この場でアルバに紹介状をしたためてもらう。


 こうしてキラの方の操作も終わり、あとはロキと合流した際にその書状を渡せばいいだけとなった。













(ふぅ、あとは時間が過ぎるのを待つのみだな)


 魔導人形を操作するための伊達メガネを外し、起き上がる。


「終わった~?」

「一応な、残りは連絡が来るのを………なんでいる?」


 一度出ていったはずのレオネが床に布団を置いてくつろいでいた。


 ブルルル


 問い詰めようとするとするとちょうどよく通信機が振動する。


「誰だ?」

『バアル殿か?グラスだ』


 連絡の主はグラス近衛騎士団長だった。


「そちらから連絡が来たということは」

『ああ、陛下との時間に都合がついた。もしよければ今すぐにでも話をしたいということだが、いかがだろう?』

「こちらとしては是非としか言いようがないですね」


 そう言うとグラスがかすかに笑いわかったと伝える。


 そして何度かの足音と扉を開く音が聞こえると


『バアルか?』


 通信機から聞こえてくる声が変わった。


「お久しぶりです、陛下」

『よく無事だった。救出隊が出たのは知っていたが、報告では救出はかなわなかったと聞いたのだが?』

「はい、現在、私は自らの意志で獣人に協力している状態です」

『ほぅ、バアルが協力するということは何か見返りがあっての行動か?』


 陛下も俺が無償で獣人に協力しているとは考えていない様子。


「その通りです」

『ふむ、お主との会話でまどろっこしい部分はいらないのだろう。わざわざ私に連絡を求めてくるのには訳があるのだろう?結論から簡潔に述べよ』












「陛下のお言葉でしたらその通りに。陛下、新しい土地と戦力は御入用でしょうか?」

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