第226話 傭兵ライル

 コンコンコン


「んぅ、ん?」


 ノックされる音で意識が起き始める。


「あの、お食事の準備ができましたけど」

「食事……」


 ぼんやりとしたまま窓の外を見ると、既に空は赤く染まり、あと十分もしたら完全に日が沈む頃だった。


「わかった」

「それでは下の食堂でお待ちしております」


 廊下から軽い足音が聞こえたと思ったら次第に小さくなっていく。


(ふん、ふぅ………あいつらを呼んでくるか)


 ベッドから起き上がり、周囲に広げていた物を『亜空庫』に仕舞うと、エナ達の部屋に向かう。


「フンッフンッフンッ」

「……何やっているんだ、レオネ」


 部屋に入り、そこで見たのは片腕で逆立ちしながら腕立てをしていたレオネだった。


「何、って、外、出れない、から、こうやって、鍛、錬」


 一見華奢なレオネだが、獣人なだけあって見た目とは裏腹にかなりの身体能力を持っていた。


「……まぁいい、とりあえずは食事ができたそうだから下に下りるぞ」

「あ~い」


 レオネは力強く反動をつけてそのまま飛ぶと宙で一回転し、音もなく着地する。


「エナとティタは?」

「そこで寝ているよ~」


 レオネが指さしたのは一つのベッドだ。


「あ~、レオネ」

「な~に?」

「アレは声を掛けたほうがいいか?」


 ベッドはこんもりと膨れ上がっている。その大きさは到底一人分とは思えない。


「問題ないんじゃない?」

「いや、あれだぞ」


 さらに俺が指をさしたのはそのベッドの横に置いてあるエナとティタが着ていた・・・・であろう・・・・襤褸だ。


「ん~???」


 レオネは何を指し示しているのかわかっていない。証拠に首をかしげて腕を組んでいる。そしてしばらく考え込むと動き出す。


「お~いエナ姉ぇご飯だよ~」

「っておい」


 レオネは無遠慮に布団を捲る。


 そして見えたのは


「まぁ~たティタ兄ぃを抱き枕にして~」


 そこにいたのは完全に蛇になったティタを抱き枕やクッション代わりにして寝ているエナだった。


 そんなエナに対してティタは長い体をうまく使いエナが一番寝やすい形に調節している。


「ふぅ~んん、っふ、ようやく飯か」


 そう言って起き上がると、布団がはだけ、エナの半裸が見えてしまう。


「はぁ~脱ぐなよ」

「わりぃな、寝るときはティタのひんやりした肌が気持ちよくてな」


 落ちている襤褸を投げ渡してやると、言い訳のようなことを言う。別段、女性の裸を見せ赤面する初心さはないので淡々と対処する。


「エナ姉ェの特権だね」

「ああ、こいつは寝心地いいぞ」


 エナはたまらずといった風に蛇の皮を触る。


 ティタの気持ちは知っているので、異性と思われずに寝具をして認識されているティタに多少なりとも同情してしまった。


「ティタ行くぞ」

「……ああ」


 エナの声に応じてティタは動き出す。どうやら最初から眠ってなどいなかったようだ。


 蛇のまま床を這い、襤褸の中に体を通すとそのまま人形に戻る。


(よくわからん関係性だな)


 そんなことを思いながら全員で下の食堂に移動する。











 宿の一階に降りると、木でできた食事用のテーブルが数台用意されているが、客がいないため俺達と受付の老婆しかいなかった。


「もう一人はどうされます?」


 席に着くと、給仕に来た老婆がライルの事を聞いてくる。


「俺たちが食べ終わるまでに来なかったら片付けてもらって構わない」

「かしこまりましたです」


 老婆はゆっくりと料理を配膳版に乗せて、少しずつこちらに持ってくる。


「……よかったらこいつら使うか?」


 年寄りが無理に体を動かして働いているのを見るのは少々後味が悪い。


「いいのですか?」

「ああ、エナ、ティタ運ぶのを手伝え」

「もちろんだ」

「わたしも~」


 エナとティタが配膳を手伝う。料理は一般的なサラダと、様々な具材が入った塩スープ、猪の肉を使ったステーキに黒パンとなっている。


「ではごゆっくりと」


 そう言うと老婆は受付の椅子に座り、眼鏡を掛け、本を読み始める。


「それで、今はどんな感じだ?」


 食事を勧めているとエナが問いかけてくる。


「結果が出るのはまだまだ先だ」カチャカチャ

「そうなのか?」カチャカチャ

「ああ、先に情報を集めてではないと動きに違いが出てくる」カチャカチャ

「まぁ、今は変な匂いもしていないから気長とは言えないがじっくりとやってくれ」カチャカチャ

「わかっている『カチャカチャ』……レオネ」


 レオネが何度もフォークやナイフをさらにぶつけて音を立てる。


「ううぅ~、なにこれ使いづらい」


 いつも手掴みで食事をしていたレオネはフォークなどといった物は使い慣れてない。


「持ち方が違う、こうだ」

「こう?」


 手本を見せてやると、レオネが真似をし、食事を始める。


 カチャ……カチャ


「本来なら音を出すことなく食べるのが望ましいが、初めてでそれなら合格だろう」

「でもエナ姉ぇとティタ兄ぃは」


 二人を見ると、そこには綺麗に音も出さずに食べている姿があった。


「まぁな、俺らが潜入している際に少しな」

「……見て覚えた」


 おそらくクメルスに侵入している際に何かあったのだろう。


 それからレオネの食事作法を何度か注意して穏やかに食事の時間は進む。


 カランコロン


 宿の扉に備え付けられている鈴が鳴れば誰かが入ってきたことを意味する。


「戻った」


 入ってきたのは灰色のローブを被ったライルだった。


「遅かったな」

「まぁな、俺の分は?」

「間に合って何よりです、今すぐ準備をいたしますので」


 受付で声が聞こえたのか老婆が対応してくれる。


「老体にはつらいだろう。用意だけしてもらえば俺が運ぶ」

「まぁ、ありがとさんね」


 ライルがそう告げると老婆はにこやかになり、料理を盛り付けていく。


「意外にああいう気づかいはできるのか」

「っうるさい」


 思わず出た言葉が聞こえたのかライルが耳を赤くしながらそっぽを向く。


 その様子からは血なまぐさい戦場を渡り歩く傭兵には見えなかった。


『お~う、戻ったぞい』


 イピリアがライルのそばからこちらに飛んでくる。


(どうだ?裏切りそうな動きはあったか?)

『いや、宿を出た後、ギルドに寄っていたな。他の傭兵がどうなったかを報告した後、そのまま宿に戻ってきたぞ。もちろんお主らの事は何一つ伝えていないし、仲間が死んだのは盗賊のせいということにしておった』

(それにしては長くないか?)


 報告するにしてもこの時間まで出かけているのは少し長い気がするが。


『いやな、ギルドのお偉いさんから詳しい説明を求められておってな、それで遅れておっただけだ』

(なるほど)


 配膳板を持って座るライル。少々冷めているのもあるが料理の内容は俺達と変わらない。


「それでライル、お前は宿を出て何をしていた?」

『お主、それは酷くないか?』

(……おそらく考えていることは逆だぞ)


 イピリアの言葉を信用していないのではない。むしろ信用しているからこその言葉だ。ライルが素直に起こった出来事を話すならよし、もし嘘を付いた場合は、レオネには申し訳ないが近いうちに物言わぬ者になってもらうしかない。


「ギルドに行っていた」

「どんな用件で?」


 イピリアの言葉通りにギルドへ行ったことを報告するが、そこで追及は終わらない。


「まずは傭兵ギルドにて仲間の戦死を報告していた」

「俺たちの事は話してないな?いや、死んでないから話していないか」


 確信をもってそう告げるようにして、魔法が嘘ではないように見せかける。


「どんな形で報告したか詳細に説明しろ」

「わかった。まずは―――」


 ライルがギルドに説明した内容は、こうだ。


 まずライルたちが東に向かう際、とある夜に盗賊の奇襲を受けてしまう。そしてその奇襲の際に盗賊たちは猛毒の武器を使用していた。そのため撃退はしたが仲間は毒に侵され回復の甲斐なく死亡。その後、仲間を土に埋めて弔い、街道を進む俺達と出会いともに東に進むことになったと。


「これがギルドに報告した内容だ」

(イピリア)

『多少、言葉が違うところもあるが、内容としては何も間違っておらんぞ』


 ライルの言葉に嘘がないことが証明された。


「それにしても少し遅すぎやしないか?」

「仕方がない。それをギルマスに説明して、パーティー解散の手続きや、今後の俺自身の動きもある程度説明する必要があったからな」


 イピリアに確かめたところこれらの行動に偽りがないことが分かった。


「なるほど」

「………なぁ俺はいつまであんたらに従わなければいけない?」


 ライルの疑問は当たり前の言葉だが。


「それは俺たちの問題が解決するまでだな」

「それはどのくらいだ?」

「今のところは見当がついていないと言っておこう」

「それは……先が長そうだな」

「自身の行動の結果だ、殺されないだけありがたく思え」


 エナの鼻とレオネの懇願が無ければ俺は迷わずに殺すつもりだった。


「死にたくないから、あんたらがいいと言うまでは手足になるさ」


 言葉に出さなくても気配でどのような考えを持っているのか察したのか、ライルはおとなしく使われる気でいるらしい。


「それよりも装備を返してもらっていたが、いいのか?」


 ライルは腰にある剣をさすりながら聞いてくる。言葉の通り俺たちは別段ライルの装備を取り上げたりはしていない。もちろんほかの三人に関しては戦利品として、手軽に使える武具や貨幣などは奪っていた。


 それに一度はライルから没収した装備なのだが。


 ―――――

 魔剣“ルサジャ”

 ★×3


【三段可変】


 三つの形を持つ魔剣。いかなる時も間合いに気を配れ、出なければ小手先と侮る技に足をすくわれることになる。

 ―――――


 まずはライルが使っている魔剣。一見普通の剣にしか見えないのだが、魔力を調節して流すことにより、長剣、ショートソード、短剣の三つの形に変えることができる。もっと正確に言えば持ちての部分は変わらず刃の部分の長さが伸び縮みすることでサイズを変更している。


 ―――――

 氷精の小盾

 ★×3


【耐性付与・火】


 蒼氷結晶をふんだんに混ぜて作られた小盾。魔力を流せば盾を中心に火に対する耐性が備わる。

 ―――――


 そして防具関係だが、まずは火を防ぐことに長けた小盾。魔力を盾に流せば一時的に火に対する耐性を自身に付与できるとのこと。


 ―――――

 大土竜の皮鎧

 ★×3


 大土竜から取れた皮で作られた革鎧。強度はそこまでないが、雷属性攻撃を軽減する特性を持つ。逆に風関係の魔法には脆い。

 ―――――


 二つ目は服の上から着込むタイプの革鎧。これはどこかの職人が作った防具らしく、スキルなどはついていない。ただ防具の元になった大土竜おおもぐらの特性からか雷に強く風には弱い特性を持つ。『天雷』で殺せなかったのはこの装備のおかげだった。


 ―――――

 陣地のブーツ

 ★×5


【地形把握】


 地を把握せよ、さすれば強敵ですら恐れるに足らず。

 ―――――


 三つめは茶色い革で作られたブーツだ。これは魔力を流すと周囲の地形を把握できる。ただ把握できるだけであって、敵の感知はできない。防具の中では唯一のダンジョン産。ただ強度に関しては特注で作られた靴よりもほんの少し強い程度なので注視して使わなければ壊れてしまう代物でもあるという。


「ああ、それがないと傭兵と言い張るのも難しいだろう?」


 装備を返したのは、傭兵なのに装備がないという不自然な点が出てくるのと、正直なところ返したところで脅威になりそうなものではなかったためだ。


「まぁな」

「それにな、仮にまた戦いになってもお前は俺たちの誰にも勝てない」


 レオネとの戦闘を見せてもらっていたが、こいつの戦闘スタイルではレオネが多少苦戦するくらいで、俺含めてその他三人なら苦戦することなく勝つことができる。


(見た限りだが、傭兵たちの実力はそれぞれに拮抗していたと言ってもいい。だが俺たちを相手にする上ではこのライルが一番相性が悪いだろうな)


 傭兵たちで一番厄介なのはエナが戦った弓使い。なにせ弓使いは追尾性のある矢を放ち、相手に纏わせることで動きを絞ることで戦闘を有利に運んでいけるからだ。二番目はティタが相手をしていた大剣使い。ただこれは若干僅差でほか二名を差し置いているに過ぎない。なにせ獣人は【獣化】を使うことで生半可な攻撃は通りすらしない。幸いにライルはレオネの皮膚を貫けるほどのアーツを持ってはいたが、それだけだ。これが大剣使いなら一撃一撃がかなりの威力を持って振るわれていた。それを普通の状態で食らいさえすれば獣人は絶命する可能性は十分にある。三番目はあの魔法使いだ、ただこれについてはかなり不透明な判断をしている。なにせ魔法使いは何かの魔法を使う前に殺してしまったため手札がわからずじまいとなってしまったゆえだ。だがそれでも、『天雷』を防いだあの腕前ならばライルよりは厄介な存在だろうと踏んだ。


 最後にライルだが、オレはもちろんの事、エナ、ティタも労することなく殺すことができるだろう。


 エナは匂いで危険な攻撃を先読みすれば完封できるだろうし、ティタは斬撃に耐性が強い鱗であることからライルの大技以外では傷がつかないと思っていい。さらに言えばティタは一度でもライルに触れさえしてしまえばそこでジ・エンドにできてしまう。レオネに関しては既に検証済み。


 最後に俺だが、正直なところ『飛雷身』から『怒リノ鉄槌』だけで終わる気がする。というよりもほとんどの生物をこのコンボでほぼ即死まで持って行けるだろう。


「俺達全員を殺せば、自由になれるかもな」

「そんなことができたらとっくにやっている」







 全員の食事が終わる、それぞれ自室に戻る。一応村には娯楽として酒場などあるが、俺達の身を考えれば、気軽に出歩くなんてことはできない。


 そのため、早々に寝るか、自室で出来る何かで時間をつぶすしかない。


「ねぇ~暇なんだけど~」

「……」


 当然ながら暇になったレオネが遊びに来ていた。もちろん無断でだ


「俺も暇じゃないのだが?」

「え~でも、ただ寝転がっているだけじゃん」


 確かに一見すると、ラフな格好でただ寝転がっているだけにしか見えない。ただ、先ほどとは違い、今は伊達メガネをかけている。これが何かを知らなければ本当にくつろいでいる様にしか見えないだろう。


『マスター、魔導人形の準備が終わりました』


 今かけている眼鏡のつるの部分が振動し音声が聞こえてくる。


「レオネ、部屋に戻れ」

「う~~ん?もう」

「ああ」


 楽な体勢で横になるのだが。


「レオネ?」

「な~に?」

「お前の部屋はここじゃないが?」


 レオネもベッドに寝そべり、勝手に腕を枕代わりにする。


「いいじゃ~ん、邪魔しなければいいんでしょ?」

「レオネ、残念だが、今回は出て行ってもらうぞ」


 意識を魔道具に集中させる必要がある。そんな状態で無理に構われると、操作を誤りかねない。レオネと言えどさすがに今回は退室してもらう。


「………は~~い」


 レオネはこちらの雰囲気を読み取ったのか、異論もなく部屋を出ていく。

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