第228話 獣人の国と現状

 口から出た新しい土地と戦力とはもちろん獣人の事だ。


 本来はクメニギスに蹂躙され、土地も命も奪われるところだったのを俺が首の皮一枚で繋ぎとめている。


 その見返りに広大な大地と戦士たちの貸し出しぐらいなら容易にもらえるだろう。


 もし俺の要求を断れば、クメニギスが再び攻め入り、蹂躙されてしまうため断ることすらもできなかった。













 今回はそれを交渉の材料に出したが、はたして陛下の反応は。


『ふむ、一考の余地があるが、今は断ると言わせてもらおう』


 意外にも陛下はこの案を断った。


「……そうですか」

『ああ、勘違いするな。別に値上げを求めているのではない』


 ほかに何かを要求していると考えたが、それは陛下の自らの言葉で否定された。


「では、なぜ?言っては何ですが、戦力はともかく新たな土地を得ることは王家にとってはかなりの利益となると思いますが?」


 言ってはなんだが、王家の力なら飛び地でも十分に入植を行える力があった。


『理由をいくつか挙げよう。まず一つ、新たな土地と言ったがそれは蛮国の事なのだろう?なら蛮国に手を貸した時点でクメニギスに敵対することを意味する。また入植するにしても陸路ではクメニギスが中間に入るため使えない。海路は未知の航路になるため魔物の危険性も高く、大規模な移動手段がない。さて、王家はどれほどの財を消費し、蛮国に入植することになる?もちろんクメニギスとの関係悪化は避けられないだろうな』


 陛下の予想は正解だ。陸路は間にクメニギスがいることからまず使うことはできない。できたとしても多大な税を何かにつけて取られることになるだろう。


 また海路はこの世界ではかなり厳しい。前世では木製の船でも、鉄製の船でも問題なく航海することができていた。ただそれは船を壊すほどの生物が存在しないことによる部分が大きい。だがここは異世界だった。クルーザーや貨物船を粉砕させることができる生物などいくらでもいる。そのため、航路は様々な条件が重なった完全に安全と言える場所でしか通っていない。


 最後にクメニギスとの関係性、これに付いては悪化は免れない。なにせクメニギスの獲物を形はどうあれ横取りしたような形となるのだから。


『ほかにも具体的要求もないことに加えて、バアルの身の安全が保障されていないことが挙げられる。いざ協力し、報酬を貰おうとした瞬間に事故で死んだなど笑い事ではないからな』


 陛下はこういった点を不安定材料と捉えている。


『最後に、お主とはできるだけ良好な関係でいたいからな』

「それはそれは、身に余る光栄です」


 陛下の言う関係がどのようなものかはわからないが、少なくとも俺自身に価値を感じてくれているらしい。


『それにな、肝心の内容をバアルは話していないではないか』

「おっと、これは失礼いたしました。では要求だけ先にお伝えしましょう」


 通話機の先だと言うのに背筋がなぜか伸びてしまう。


「私が行ってもらいたいのはクメニギスへの軍事的援助を行わないことと影の騎士団を自由に使えるようにお願いしたいのです」

『ん?それだけか?』

「ええ、いえ、もっと正確に言うのであれば、グロウス王国は獣人に今のところは敵対しないでもらいたいのです」

『ほぅ、一考の余地があるな』


 通話機の先では陛下が面白そうな声を発していた。声の裏側ではその情報だけではまだ不十分ということを伝えている。


「では次に、私が獣人に協力する見返りをお教えしましょう」

『ほぅ、それは一体なんだ?』

「一つは獣人との交易で得られるであろう貴重な資源です」


 獣人は基本的な生活以外は鉱物などを使用しないことを伝える。


『つまりは獣人から鉱物資源を安く仕入れることができる訳か』

「その通りです、多少の食料で大量の鋼材を手に入れる事すら可能でしょう」


 この考えはあながち間違ってはいないと思う。なにせヨク氏族でもそうだったが山側にいる部族でさえ鉄などを使っているそぶりはなかった。おそらくだが自身の体を武器へと変化させる特性があることで使うことはなかったのだろう。


「そして最大の利点が、航空戦力の確保です」

『ほぉう』

「おそらくですが、陛下の知る獣人とは四足獣など地上にいる者たちだけではないですか」

『……待て、その話を出すということは』


 おそらくは陛下も答えに行きついたことだろう。


『空を飛ぶ、鳥の獣人がいるのか?』

「その通りでございます。それも氏族という単位で」

『……なるほどバアルが獣人に協力するのも頷けるな』


 陛下が唸りながら答えを出すのには理由があった。


 まずこの世界での人族は空を飛べるのそれこそリンのようなユニークスキルや、特殊な魔具が必要になっていた。だがそれでは数が集まることはまずない。もちろんそれらが無くても絶対に飛べないわけではないが、それでも力量が高い者にしか成しえないので数が集まらないのは同じだ。


 他にも空を飛ぶ生物を使役して飛ぶという考えもできなくはないが、飛ぶ魔物を使役はできてもそれに乗ることに成功している国は公にはいない。


 そして話を戻すが、空を飛ぶ者は確かに存在している。そしてその有用性は既に陛下の知るところ。なにせ戦争で相手の攻撃が届かない空から物を落とせればそれだけで攻撃として機能できてしまう。ほかにも空にいれば地上を一望でき、戦略面でも多大なる貢献をしてくれる。


 そしてもう一度言うがその数は少ない。となればどれほど重宝するかはここまで言えばわかるだろう。


「そして私たちは既にその氏族と交友を持ちました」

『なるほどな、仮にバアルが協力することなくクメニギスが勝ってしまえば』

「その戦力は奴隷と言う形でクメニギスにいいように使われることになるでしょう」


 クメニギスが航空戦力を独占する前にこちらで確保する。それがクメニギスを強化させる妨害に繋がり、果ては自国が強化されることにつながる。どうすればいいかなどはっきりとする。


「一応はヨク氏族の近場に少ない鉱床があったので、利益もかねてその土地を確保しています。そこから交渉を行えば」

『空を飛ぶ戦力が借りられるようになるわけだな、よかろう』

「その通りでございます」


 もちろん、理由はこれだけではない。だが俺が最も欲しい“飛翔石”の事はここで説明に出すことはできない。


(王家の介入なくそれらを独占するには今はまだ話すことはできないな)


 いくら飛び地でもグロウス王国は税と言う名目を産出物に掛けるだろ。そして飛び地で採れる鉱物にちょうど良くなるように税は掛けられる。だがここで重要なのが、その辺にある石ころには税などは誰も掛けないことだ、飛翔石が単なる石ころと同等の価値であれば税が掛かることはまずはない。そのためいまここで飛翔石の価値を教えてはいけなかった。


(本格的に表に出すのは税について王家と話がついてからだな)


 これらの点から今は飛翔石については沈黙を貫くことになる。


「さらに言いますと、蛮国は我々の援助が無ければクメニギスに蹂躙されるだけの存在です。今は何がその地に眠っているかわかりませんが」

『なるほど、好意的に手を差し伸べるようにして善意の・・・見返り・・・を求める訳だな』


 陛下もこちらの言いたいことが理解できた様子。


 俺と陛下の頭の中に出てきた構図はこの時点では一致した。


(こちらの要求を素直とは言えないが受け入れざるを得ない、つまりは―――)


「私の見返りは既に決まっておりますが、これ以上の要求をしないわけではありません」

『つまりはこういいたいのだな『蛮国の植民地にしてみないか?』と』


 陛下の言う通りであった。


「さしあたって獣人には国を作る方向で動くように助言をしてまいりました」

『誘導したの間違いじゃないのか?』


 言い方はどうあれ、俺が獣人を国としてまとめる方向に転がしたのは違いがない。


「国ができ次第ですが、まずグロウス王国が庇護する代わりに蛮国に求めるのは外交権と国防権の移譲ですかね」


 国防に関してはクメニギスの盾になるために必要な部類となる。また外交権も同じ。


『なるほど、それで戦力か』


 国防を担うために獣人の軍権を掌握する。それは言い換えれば、自国の戦力の強化にもつながる。


「また土地に関しても駐軍権を貰い、治外法権の確立を行いましょう」


 つまりは軍を配置する場所を貰うことを意味する。そうすればそこにグロウス王国の国旗と法ができあがる。


『ふ、その後は?』

「ご想像の通りです」


 陛下もその後は、どのような形に変化していくかが予想できたのだろう。簡単に言えば平和的な支配国と被支配国が出来上がるわけだ。土地などは様々な理由を付けて分捕れば、少しづつ範囲は広がっていくだろう。


「どうでしょうか?」

『一つ問題が残っている。移動手段はどうするつもりだ?』

「わがゼブルス家が全力を持って通路を作ります、たとえそれが海の上でも」

『…………よかろう』


 陛下の肯定の言葉を受け取れた。


『私の言葉でクメニギスの援助は最低限に抑える。また影の騎士団を自由に使えるようにもしておこう』

「ありがとうございます」

『ただし、条件として影の騎士団の行動は逐一私に送るようにする。問題ないな?』

「もちろんです」


 どちらにしろ一度しか使えない手札なので一つの事を終えればそれで済むはずだ。


『ではグラス、あとは頼むぞ』

『わかりました』


 通話機の先で声色が変わる。


『さて、グラスだが、バアル殿の事だ既に指示は考えているのだろう?』

「ええ、その通りです、わたしが出すのは――――」





 こうして俺が動くこともなく事態が大きく動き出し始める。


















 ガブッ

「いっ!?」


 翌朝、右腕の二の腕に痛みを感じて目が覚める。


(なんだ!?)


 すぐさま、何が起こっているのか確認すると、レオネが二の腕に噛り付いていた。


(なんでここにいる!?)


 昨夜は寝る前にレオネをエナ達の部屋に投げ入れたはずなのに、いつの間にか傍らにいた。


「!?おい、起きろ」


 まるで捕食される前のような感覚がして軽く血の気が引く。


「むぅ?……ふぁ~」


 レオネが目を開けると、二の腕に涎を残しながら離れていく。


「ったく」

「んん~~おはよ」


 布で涎を拭っているのに対してレオネは悪びれもなく挨拶する。


「いい夢見れたか」

「うん、なんかおいしそうなお肉に噛り付いてた~」


 下唇をなめるのだが、目が完全に捕食者のそれになっていた。


「……俺の腕を喰うなよ」

「大丈夫大丈夫、バアルの腕を食いちぎるなら【獣化】でもしない限り無理だよ~」


 寝ぼけているならそれすらしそうだと抗議の視線を送るがそんな視線レオネには関係なかった。


「今日はどうする?」

「さぁな。とりあえず、あいつらを起こして朝食にするぞ」

「ご飯~」

「…………おい、レオネ?」

「な~に?」


 レオネがベッドから出るのだが、なぜだか裸体だった。


「なんで服を着ていない?」

「ああ~アレは肌触りが悪いから脱いだよ~」


 ベッドのすぐ余暇に無造作に脱ぎ捨てられた襤褸があった。


「はぁ~着ろ」

「これ本当に肌触りが悪くて嫌なんだけど~」

「……ついてきたのならそれぐらいは我慢しろ」


 ここで甘やかすことはできない。


「ちぇ~」


 レオネがしぶしぶと襤褸を着込み終わると、俺はエナ達が止まっている部屋へと向かうのだが。



 ンギギギギギギギギギギ



「………何している?」


 そこにいたのはぐっすりと眠っているエナと、ベッドになっているティタ。


 それとなぜだか、ティタの尻尾で首を絞められそうになっているライルだった。


「た、助け、グムっ!?」


 ライルが言葉を終える前に力が尽きたのかティタの尻尾がライルの首にかかる。


 バンバンバン


 ライルは必死に尻尾を叩く。降参の合図なのか、それともなんとか尻尾を外そうとしているのかわからないが、このままでは死ぬのは確実だろう。


「ティタ、お遊びはそれぐらいにしておけ」

「……わかった」


 俺の言葉でティタの力が緩み、ライルが抜け出せた。


「ゲホッゲホツ、何すんだよ!!」

「……あ゛?」


 再び険悪な雰囲気になる。


「で、なんでこんなことになっている?」

「はぁはぁ、何でもくそもない。ただ起こそうとしたらいきなり首を絞められそうになったんだよ」

「……こいつがエナを見る目が不快だった。それとエナが眠いと言っているのに無理やり起こそうとしていた」


 双方の意見を聞くが両方ともどうでもよかった。


 おそらくだがライルはエナの裸見たさに声を掛け、エナがそれを拒否、それを見たティタがライルを拘束と言うようなところだろう。


「どうでもいいからさっさと下に来い。朝食にするぞ」


 とりあえず全員を起こし、準備をさせてから移動させる。


「おはようございます。今から朝食にいたしますか?」

「ああ、頼む」


 受付にいる老人に言われて食事を取り始める。


「それであんたらはどうする?また東に向かうのか?」

「いや、とりあえずはこの村に滞在するつもりだ」


 いつになるからわからないので宿は既に一週間分をとってある。


「ではその間、この村で受けられる依頼があれば受けたいのだが?」

「どういうことだ?」


 ライルの話ではこの村にあるのは小さな総合ギルドだけで、万年人手不足で苦しんでいるらしい。なので昨日、ライルがギルドに行ったときにはギルドマスターにできればこの村で余っている依頼を消化してほしいと頼まれていたという。


「もちろん、俺は今はあんたたちの許可がなければ動けないから返事はあいまいな感じにしておいた……どうだ?」


 ライルが問いかけてくるので考える。


「二つ条件がある。一つは日帰りができる依頼であること。夜の一定時刻までに戻ってくること、それができなければわかっているな?」

「っ!?、ああ、わかった」

「二つ目は監視を付ける。三人の中から二人をお前のそばに置いて目を光らせるからな。それとお前に掛けられている枷は外さないからそこを考えてうごけ」

「ああ、了解だ」


 俺がライルの動きを許可したのには理由がある。まず一つがライルが依頼を受けることによって村から信用が集まること。様々な依頼を受けて村に貢献しているならいろいろと便宜を図ってもらいやすい。二つ目がレオネ達のストレス緩和だ。やはり宿に押し込めた状態が続けば誰だってうっ憤が溜まる。それを消化するのに体を動かすのはちょうどいい。


「もちろんだが、この奴隷はお前に貸し出したことにする。ああ、ちなみにだがこいつらはしゃべれないがこちらの言葉は伝わるからな」


 正確にはエナとティタだけはかろうじて聞き取ることはできるという程度だ。なのでレオネを付ける際は二人の内片方を同伴させることになる。


「安心してくれ、あんたたちに逆らう気はないから」

「それが賢明だ。もちろんこいつらを害そうなんて思えばどうなるかわかるな?」


 きっちりと脅しを入れておくことを忘れない。


 その後は食事を終え、それぞれが動き出す。俺は自室に戻りそれぞれの連絡を待ち、レオネ達は部屋でライルが戻ってくるのを待つ。ライルはギルドに、依頼を受けるがそれは明日からであり、日帰りできる依頼、さらにはには獣人が同伴することも伝えに行く。


 ライルの依頼は夕食時に何を受けて誰を連れているかを話し合うことになった。

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