第208話 らしからぬ行動
それから魔力が続く限り治癒を施す。
「これで手一杯だな、あとは」
できうる限りを治癒し終えるとエナとティタを連れて少し離れた場所に移動していた。
「ああ、わかっている。それよりもオレたちをここに連れてきた理由を話せ」
今ここにいるのは俺とエナ、ティタの三人しかいない。そしてこれからする話は三人で中ればいけない。
「エナ、これからは後続が到着するまで人族の進行を遅らせなければいけない」
「ああ………そこでオレらか」
「………」
エナもティタもここに呼ぶ理由を察したみたいだ。
「ああ、二人の部隊には罠を張ってもらいたい」
人族の歩が遅れたのは遠距離をしてこないという前提条件が崩れたからだ。だが次からは進行速度が落ちてでも遠距離の対策をしてくるはずだ、ならこの手段はもう使えない。
では次にどうやって歩みを止めるのか、それは獣人がしてこないという策を取り、その対処やら対策などで時間を遅らせることしかない。
「汚れ役のオレたちにぴったしだな」
「……そうだな」
そう、獣人は罠や遠距離な真似はまずやらない。それは信念に寄り添っているからだ、それ故に汚いことへの理解がない者はしない、いや、やれない。
だがこの二人は違う。友人や家族の為となれば平気で汚い手段を使う。今回の配役には適していた。
「しかし、罠か……この限られた空間だとそこまで使える物はないぞ」
「………そうだな、レオンもいるから広範囲に毒は使えない」
「問題ない、罠を使うってことを知らしめればいいだけだから」
そういうとエナとティタは自分の連中を集めて早速動いてくれるのだが、昼間に仕掛けるのは危険なので夜からとなる。
エナとティタが動き出すと、この場に一人になる。
(さて、実用化されたのか、どうやって無力化しようか)
日が落ちるまで今後のことを考えて頭を悩ませる。そして同時に好都合であるとも感じていた。
日が落ちて月輝く頃、ミシェル山脈の山頂付近では複数人の人影があった。
「さて、と、ここなら届くか」
山頂からクメニギスとフィルクの軍が見下ろせる。
(この角度なら確かに大人数は無理だな)
山の角度は75度以上は確実にあり、このような場所ではそれ相応の道具をそろえるか能力などがないとまず命を落とす。
周囲にいる獣人も山羊の特徴を持つ者だけとなっている。
「あ、あ~リン聞こえるか」
通信用魔道具を取り出し、魔力を込めて話しかける。
『!?バアル様ご無事ですか?!』
通信機から無事に声が聞こえてくる。無事に電波圏内にいるようだ。
「ああ、というかさっき会ったろ?」
リンの心配性は今日に始まったことではないので、ある意味慣れた。それよりも確認したいことに入る。
「今は軍の天幕にいるのか?」
『はい』
「一人か?」
『一応、天幕の半分はロザミアさんが使っておりますが布で仕切っていますし、私の力で声が漏れることもありません』
会話が漏れ出る心配はないとのこと。
「よし、まず確認したいんだが、リンは俺の救出に来たということでいいか?」
『はい』
「ほかの人員は?」
『ラインハルトさんが率いるゼブルス家の騎士500人とクメニギスが出してくれたロザミアさんの500人部隊がおります』
ゼブルス家からの救援が500人の騎士。この数が多いか少ないかは判断がつかないが、グロウス王国は割れる寸前であることを踏まえると少々無理をした数と考えられる。クメニギスの方も戦争中を踏まえればそれなりにだろう。
「指揮権はどうなっている?」
『まずこの部隊はバアル様救出のためだけの戦力でして軍の指揮系統には含まれておりません。ラインハルトさんとロザミアさんがそれぞれの部隊の指揮権を有しております。ただ、バアル様救出のための戦力なのでロザミアさんの部隊は基本的な方針はこちらに従ってもらう手筈となっております』
「なるほど………リン、ラインハルトに一週間は部隊を後方に下げるように指示しろ。そうだな、名目は俺が洗脳されているようだったので本国に洗脳を解く魔具を手配するためとでも言っておけ」
『………わかりました』
リンの声色から帰ってきてほしいと思っているようだが、こちらとしてはまだやりたいことがある。
そしてこの指示でリンたちと対決することはまずなくなった。
「次だが、リン、いまクメニギスが使っているのは『
獣人の【獣化】を強制的に解除する、そんな手段は件の発表会でしか見たことがない。そしてあの発表会で実用性を訴えていたことから実用化間近だったのだろう。
『その通りです、我々の部隊が軍と合流する際にマナレイ学院から持ち込まれました』
話を聞くと魔力を籠めるだけで『
「数は?」
『正確には把握しておりませんが、木箱のサイズからして50はいかないほどかと』
「50か、微妙な数字だな………予備は?修復はできるのか?」
『予備に関しては急遽間に合わせるために製造された物のみとなるため無いそうです。また修復に関してはこの度はバアル様救出が目的なので技術者は同行していないため、少々の傷はともかく大きく破損すれば修復はできないそうです』
「(なら手立てはあるな)リン、その杖は今どこに?」
夜間に襲撃を掛けて強奪してしまえば軍の優劣は縮まる。
『申し訳ありませんが、それに関してはわかりません。既に軍の管理になっており、渡した後のことは』
「そうか」
軍も有用性は理解しているはず、となれば壊されることや強奪されることを何としてでも防ぐ必要がある。もちろん生半可な戦力では突破できない場所に隠してあるだろう。
(場所がわからないのでは強奪や破壊のしようがないな)
仮に内側から何かを起こすにしては少々数が少なすぎるため、方向性を変える。
「………リン、何とか一本確保できないか」
『一本だけですか?』
「ああ」
破壊、強奪ができないとなれば次は効果を詳しく知り対策を練るしかない。ただ効果を確認するには実物が手元にあることが一番手っ取り早い。
(これで確保できないとなれば、一気に難しくなるな)
ほかには戦場で徐々に試すと言う手もあるが、少々劣勢すぎる。試すうちにこちらの負けが決まる可能性もある。
(それすらもないのなら、嫌な手だが、使うしか)
『一本だけであれば、ロザミアさんの部隊が所持しております』
だがその考えも杞憂だった。
「本当か?」
『はい、軍もこの部隊にもある程度配慮しているようでしたのでこちらにも配布されたようです』
「何とかそれをこちらに渡すことはできるのか?」
『…………できなくはないのですが』
下手に動けば処罰されると言いたいのだろう。リンが直接的に動いてはいくら何でも内通を疑うきっかけとなる。
「そうだな……じゃあ―――」
周囲を見渡し、思いついた一つの策をリンに伝える。
〔~リン視点~〕
(全く無茶を言ってくれますね)
天幕を出ると、陣地の外側に向かう。
「おい、むやみに外には出てはいかん」
だが当然ながら警備の者がそれを止める。
「すみません、ほんの少しだけ、誰もいないところで夜風に当たらせてください」
顔をうつむけ、悲しそうな声で言う。
「何があったかは知らんが、それは」
「おい、ちょっと待て、こいつは」
どうやら門番の中に私の事を知っている人がいたみたいだ。
「―――だがな」
「察してやれよ―――」
「―――って聞いたし」
複数人が集まり何かを話し出す。
(うまく機能してくれましたかね)
既にラインハルトには部隊を後方に下げる手続きを行った。その事情も当然話してある。
(さて、今の私はどう見えるでしょうか)
バアル様が洗脳されている。ラインハルトさんが洗脳を解く魔道具を本国に支給してもらうよう手筈を整えた。
この二点を踏まえてうつむき悲しそうな声で一人で夜風に当たりたいという少女。どう見ても主人を憂いて悲しみにあけている少女にしか見えない。
(けど後ろめたさも出てきますね)
「ん、ん特別に許可はするが、そう遠くには行くな」
「そうだぜ嬢ちゃん、例の子はまだ無事なんだ、何とかなるさ」
「………ありがとうございます」
警備は暖かい言葉を掛けてくれることに対して罪悪感を覚える。だがそれでもバアル様のためにと思い外に出る。
それからは陣から西に向かい進む。しばらくして事前にバアル様から伝えられた通りの場所に辿り着く。
ガサガサッ
揺れた茂みの方向を見ると、一人の獣人がいた。
「「…………」」
共に警戒はするが武器を構えたりはしない。
(彼で………いいのでしょうか?)
目の前にいる獣人はふさふさとした毛が特徴的な山羊の獣人だ。見た目だけでは戦えそうとは一切思えない。
「リュチャード」
若干発音は怪しいがバアル様から教えられた符号に合致する。
「イドラ」
こちらも事前に教えられた言葉を発して、ようやく双方が予定していた人物だと判明した。
「では、縛られてもらいます…………と言っても言葉は通じないのでしたね」
山羊の獣人に縄を見せると全身を【獣化】させて獣の姿となる。その姿は普通の山羊とほとんど変わらない。もし事前に知らなければただの野生動物にしか思えなかっただろう。
「****」
「はぁ~何を言っているかわからないですよ」
ひとまず首に縄を結び付け、引っ張る。
「さてでは行きますよ」
「***」
肯定らしき言葉が発せられたと、わからなくても理解できた。
その後は無事に山羊(獣人)を連れて陣に入ることができた。
「ふぅ~(無事に入ることができましたね)」
「………」
門番には外に出ている際に生きのいい山羊がいたので捕まえたと話している。警備の彼らからしてもただの山羊にしか見えなかったらしい。その証拠にもしご相伴にあずかれるならとも言われた。
(しかし、こんな手段もとれるなんて盲点でしたね)
私の肩ほどの高さの頭を見てしみじみと思う。やや体格は大きいがこのサイズの山羊が存在しないわけではないので誰も怪しくは思えない。
そして同時に恐ろしくも感じる。なにせこの策なら獣に変化して町に潜入するのも彼らには造作もなくなる。
「さて、杖を持っている人は……ちょうどいいですね」
私たちの陣の内側を歩いていると、ちょうどよく反対側から例の杖を持っている人物が歩いてくる。
「行きますよ」
縄を引っ張りその男の後をつける。
(私の責任にならないようにするためとはいえ、味方を裏切るのは気分が悪いですね……………)
私が伝えられた作戦は大まかに三つ。
『まずは陣の外に出ろ。俺が洗脳されて悲しそうに振舞って一人になりたい空気を見せつけでもすれば野暮な奴は止めはしなはずだ』
『あとは西側の森にて俺が手配した獣人とお前を合流させる。その後はそいつが完全に獣の姿となり食料だとでも言って陣の中に入れろ』
『最後にそいつに杖の持ち主、もしくはその杖の保管場所に案内させろ。あとはそいつに任せておけばとりあえずは何とかなる』
そのあとは知らないが怪しまれない範囲で手助けしてやってくれとだけ言われた。
(理解できたかな?)
どういう指示がなされているのかは分からないが、この獣人に杖の持ち主をわからせないといけない。そのためにできるだけ自然に杖を持っている人物の後ろを歩いているのだが。
「………」
山羊の視線は今追いかけている男に焦点が合わさっている。
(目標はわかったようですね)
視線から確実に標的を見定めることはできた様子。その後も追跡を続けると、男がひとつのテーブルに腰掛け食事を始める。両手を使っているので必然的に杖はすぐそばに置かれる。
「…………」
山羊の視線の意味を理解すると頷き、自然な感じで縄を放す。
ダッ
一目散に男に駆け寄り、杖を加えて逃走する。
「ぶっ!?おいこら山羊!!」
「!?すみません、すぐに取り返してきます!」
突然の事のように振舞い、すぐさま山羊を追いかける。
(よし、これで陣の外に出れば!)
山羊は正確に陣の外に向かっていき、私は追いつかないように追跡をする。
(あともう少し……っ!?)
「おいおい、逃したら危ないじゃないか」
道中の兵士に山羊に結んであったひもが掴まれる。
「え、ええありがとうございます(これ、どうしよう、さすがにここで私が何かしたらどう見ても不自然)」
不自然の内容に縄を受け取ろうとすると、山羊に異変が起こった。
「****!」
「な!?」
「!?」
急に【獣化】を解除して二足歩行になり始めた。
「こいつ、獣人だったの!?」
「嬢ちゃん、下がってな」
傍にいる兵士が山羊の獣人を取り囲む。
「ふっ」
もはや一巻の終わりという時に獣人は紫色の球を取り出し、それを地面にぶつける。
「っ!?煙幕!?」
紫色の球からは紫色の煙が放出されて周囲に広がっていく。
「がっ、あがっ」
「だっ、すげて」
周囲にいる兵士が次々に泡を吹き倒れておく。
「毒!?」
「***」
獣人の声が聞こえると煙から出ていく影が見えた。
(っ!?ここまでやりますか普通!!)
私は腕輪の力で毒は効かないが周囲はそうじゃない。
「何が起こっている!!」
「報告します。どうやら獣人が潜り込んでいた模様!」
「さらにご報告をその獣人はどうやら例の杖を盗み逃走中とのこと!!」
「なぁにぃ!!!!すぐさま追っ手を放て!!あれを盗まれるわけにはいかない!!」
煙の外から声が聞こえてくるが今は周囲の人たちに【浄化】を使っているので手が離せない。
(………私ができるのはここまでですよ)
腕を伸ばし、最後にひと押しする。
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