第207話 帰る約束

〔~バアル視点~〕


 ほんの少し前~


「よし、ここでいいか」


 戦地に近く、ある程度高低差がある場所に陣取る。


「それじゃあレオネ、指示を出してくれ」

「りょうか~い」


 レオネは大きく息を吸い込み、そして



 ガァアアアアアアアアアアアアア!!!



 先ほどのレオン同様、大きな咆哮を上げる。


「っふ~~~~」

「伝わったか?」

「ばっちし」


 事前に教えて置いた内容が無事に伝わったようで、戦地を見るとレオン達は全員が撤退している。さすがにこのままでは負け戦しか続かないのが見えていたため、一度退かせる。


(クメニギスの軍も予想通りに追撃を行うな)


 当然ながら人族の軍はそれを追撃するために騎兵が突撃を、魔法兵が魔法の準備をしている。


「さて、超特大の『雷霆槍ケラノウス』」


 500MPをも注ぎ込んだ巨大な槍を追撃を行う騎兵部隊に向かって投げる。


雷霆槍ケラノウス』は何の障害も受けずにそのまま魔法部隊の中心に刺さる。


(やはり油断してているな)


 通常なら軍には当然ながら軍隊に対して防護用の魔法が張り巡らせている、だが今はそれが使われていない。


(理由は獣人にあるだろうな、接近戦のみで遠距離攻撃がないとすれば、防壁を張る必要すらない)


 目に見えて遠距離攻撃を行う獣人がいないため、防御に力を入れるのではなく攻撃に魔力を回していたのだろう。


「さて、混乱しているうちに、っよっと」


 動きを止め始めた、クメニギス軍に対して素早く魔力を籠めて『雷霆槍ケラノウス』を連発する。


「すごいね、あいつら足を止めたよ」


 さすがに遠距離攻撃を無傷で喰らうわけにもいかず、軍は一度足を止め防護用の魔法を発動し始める。


「まぁもう遅いがな」


 個人ならともかく部隊や軍での防壁となると発動には時間が掛かる。それまではこちらの攻撃は通り放題となる。


(それまではなんとか守りに徹するしかないからな)


 できるだけ広範囲に『雷霆槍ケラノウス』をばら撒き足を止める。乱れる騎兵が集まる場所を集中的に狙い、魔法構築を急ぐ魔法兵を狙い、司令塔らしき場所を狙う。


「バアル、なんか来るよ?」

「あ?」


 そんな最中、レオネの指さす方向を見てみると人影が一つ、こちらに走ってきていた。


(一人で突っ込んでくるか、よほどの実力者なのか、勇敢な馬鹿か)


 人影を見つめていると見慣れた緑の羽衣を纏い始めた。


「………まぁ、そうだよな」


 あいつの性格だと率先して戦場に出てくるはずだった。


『風の羽衣』を纏った状態で風を操りこちらに向かって跳ぶ。


「あ、ぁぁああああぁぁぁ。ようやく見つけましたバアル様」


 リンは感極まり、目じりに涙をためている。


「おい、っ!?」


 減速することなく突っ込んできたリンを受け止めるが、衝撃を緩和できずそのまま地に転がる。


「はぁ、リン?」

「うっ、うぅぅぅぅぅ」


 呼びかけるが返事はなく、ただひたすらに抱き着かれて声を殺して泣いている。


「心配かけたな」


 胸に押し当てられている頭を撫でて一応は謝罪する。


「うっ、ぐすっ、本当に、本当に無事でよかったです」


 そういって頭をこすりつけ来る。


(………犬みたいだな)


 急用で帰れなかった時の愛犬のような反応だ。


「取り込み中悪いんだけどさ~あれどうする?」


 レオネの言葉で視線をそちらに向けるとこちらに向かってくる騎馬隊が見える。リンがこちらに突っ込んできたことにより、攻撃の手が止まったことで好機と思っているのだろう。


「そんなもの決まっている、レオン達は無事に退けたようだし、俺らも戻るぞ」

「だね」


 既にレオン達は俺達のはるか後方に撤退しており、あとは俺達が退けば撤退は完了だ。


「何を……言っているのですか」


 抱きしめられる腕にさらに力が入る。











〔~リン視点~〕


「*******、******~*****」

「そんなもの決まっている、レオン達は無事に退けたようだし、俺らも戻るぞ」

「***」


 目の前でバアル様が獣人と会話を交わす。私には獣人の言葉はわからないが、バアル様はわかっているご様子。ですがその内容が頭に入ってきませんでした。


「何を……言っているのですか」


 長く隣にいたからわかる、バアル様が戻るといった先は私たちの元にではない。


「それとリン」


 思い出したようにバアル様が肩を掴む。


「俺に【浄化】を掛けてくれ」

「わ、わかりました」


 すぐさま腕輪に魔力を流し【浄化】を発動させ、白い光がバアル様を包みこむ。


「あとで確認するとして、リンこれを持ってろ」


 バアル様が『亜空庫』から一つの魔道具を取り出す。


「何を言っているのですか、私と共に帰ってきてはくださらないのです、か」

「すまんが今は無理だ」


 そういうとバアル様は立ち上がる。


「今日の夜、それに連絡を入れる、今日の夜はできるだけ一人いろ、あとこれからは前線に出るな」

「*****!」

「わかっている」


 そういうと立ち上がる。


「バアル様!脅されているのですか?!」


 そうでなければバアル様が獣人に与するとは考えられない。


「まぁそうだが…………今は自分から手を貸しているよ」

「バアル様…自らですか」


 一瞬洗脳の可能性を考えたが、【浄化】を自ら頼んできた、これには洗脳だとは考えにくい。だとしたら。


「バアル様、本当に獣人に手を貸すつもりですか?」

「ああ、理由は今夜話す」

「……わかりました」


 眼を見てはっきりとわかった。バアル様は獣人に手を貸すことの先に利益を見出している。ならばそれ以上の益を示さない限りバアル様は方針を変えようとはしない。


「バアル様、どうか、今ここで必ず、戻ってくださると約束をお願い、できますか?」


 切なる願いを込めて尋ねる。


「もちろんだ、帰らなければ仕事がたまる一方だ」


 そういうと獣人と一緒に走り去っていく。


「そうですよね……仕事が溜まりますからね………」


 空を飛ぶつぶやきには喜色を孕んでいた。











〔~バアル視点~〕


 ザッザッザッ


 さすがにリンに説明している暇がないので後々連絡を取れるように通信機だけを渡し、後ろに退く。


「クンクン、こっちだね」


 レオネの先導で急いで離脱する。


「それにしてもあれぐらいで動きを止めるなんて、臆病だね~」


 振り返ると動きが速い騎馬隊のみが動き、それ以外が警戒のために動きを止め身を固めている。


「仕方ない」


 本来軍といえば責められないように慎重に動く必要がある。いままでそれをしなかったのは獣人には接近戦しかないと考えていたからだ、防御に回していた魔法を攻撃に転用し、罠の類もないのでひたすらしらみつぶしにしながら前進するだけで済んでいた。


 だが今回俺が遠距離攻撃で攻撃を行った結果、簡単に攻撃を通してしまった。急いで魔法を張りなおさないと、攻撃が無条件で通ってしまい、軍に被害が及ぶ。また獣人が接近戦のみという前提が崩れてしまうため軍に動揺が走ることだろう。


(それに上の連中はより慎重に動くことになるからな)


 会議や対策などでよければ数日、早くても明後日までは動きはないはずだ。


(それににしてもリンに会えたのは行幸だったな)


 モノクルを取り出し自信を鑑定する。


 ――――――――――

 Name:バアル・セラ・ゼブルス

 Race:ヒューマン

 Lv:98

 状態:『命蝕毒:6日』

 HP:1305/1305

 MP:6002/6491+200(装備分)


 STR:162

 VIT:161

 DEX:193

 AGI:222

 INT:263


《スキル》

【斧槍術:67】【水魔法:4】【風魔法:7】【雷魔法:66】【精霊魔法・雷:54】【時空魔法:32】【身体強化Ⅱ:45】【謀略:52】【思考加速:37】【魔道具製作:42】【薬学:2】【医術:10】【水泳:4】

《種族スキル》

《ユニークスキル》

【轟雷ノ天龍】

 ――――――――――


 格上殺しジャイアントキリングを行ったのにそこまでレベルが上がってなくて少しがっかりだが、ステータスを確認した理由はほかにあった。


(リンの【浄化】でも毒が消えないのか……)


 本来は人族との戦争を解決すれば解毒してもらえる約束だが、一応は解毒手段を確保しておきたかったのだが当てが外れた。


「急いで戻るぞ、話したいことが山ほどある」

「りょ~かい、そろそろ見えるよ」


 しばらく進むと警戒している獣人が見える。


「レオネか!」

「そ~だよ、それよりお兄ぃはどこにいる?」

「この先でヒュールに話を聞いているよ」

「そっかありがと~」


 警戒約役の獣人の間を抜けてレオンの元に向かう。








 腰を下ろしている獣人の波をかき分け中心に向かうと、レオンがヒョウの獣人と何かを話している。もちろんその周りにはエナとティタもいる。


「なんで!人族ヒューマンの子がここに!!」


 俺が近づくなり豹の獣人は牙をむき威嚇してくる。


「なんだ、話していなかったのか?」

「ああ、まずは被害の確認をしていてな」

「安心しなヒュール、こいつは味方だ」

「エナ!?本気か!?こいつは人族ヒューマンなんだぞ!」


 エナやレオンが大丈夫だと言っても、ヒュールは警戒を解いたりはしない。先ほど戦争をしていた同じ人種なため当然の反応だ。


「まぁいいや、レオン、後続が到着するまでどれくらいの時間が掛かる?」

「お、おい!」

「そうだな、今回は親父が招集掛けてくれているし、まぁ三日、早ければ明後日ぐらいだな」

「それは上々」

「おい、レオン」


 ヒュールの問いかけに肩をすくめて答えるレオン。


「それよりもヒュール、事の顛末をもう一度話してくれないか」

「……」


 ヒュールの視線は当然ながら俺に向かう。


 しばらくにらみ合いが続くとヒュールが長い溜息を吐く。


「まず、こうなったのは大体一週間前だ―――」











 こんな事態になったのはほんの一週間前。


 いつも通り、ぶつかり合っていると、急に最前線の奴らがやられ始めたのがきっかけとなる。


 ヒュールはこの軍を預かる者として原因が何かをすぐさま調べた。最前線で何が起こっているのかと。


 そして最前線で起こっていたのは―――













「【獣化】ができなくなっていた、か」

「ああ、一定以上近づくと解除されて発動できなくなった」


 先ほどの戦闘でも最前列にいる連中の体が変化し普通の人間の姿に戻っていた。


【獣化】は獣人にとって最大の攻撃手段でもあり防御手段でもある。それを失えばただ少し【身体強化】が得意な人でしかなくなってしまう。となれば後は数に押されて押し込まれる。さらには獣人は遠距離攻撃を持たず、人族には魔法という手段があることからことさらにだ。


「最初は俺たちの身に何かが起こっていると思ったんだが、戦場を離れると普通に使えるようになっていた」

「………だろうな」


 事前の情報がなければ俺でも見当がつかなかっただろう。だが俺が攫われる原因となったあの発表会、そこにヒントがあった。


(先を越されたな)


「バアル、まずはみんなの傷を癒してもらいたい」

「……それもそうだな」


 立ち上がり見渡すとどこもかしこも怪我人だらけだ、治癒できる『慈悲ノ聖光』はかなり貴重だ。


「レオン、この際だから言うが、戦線に復帰できそうなやつらから治癒していく。治癒しても戦線復帰できない者は遠慮なく見捨てる、いいな?」


 魔力も無限ではない、無理だと思えば切り捨て貰うしかなかった。


「なっ!?てめぇ!!」

「………いいだろう」

「レオン!?」


 ヒュールが突っかかってきそうになるが、レオンが押しとどめる。


「人手を借りるぞ」

「ああ、エナ、ティタ、頼む」

「了解」

「………」


 二人を借りてこの場を離れる。

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