第206話 願い焦がれた再会

 ダダダダダダダダダダダダダダダダダダダ


 太陽が昇る前、大地が震えるほどの軍勢が東に向かって大移動をしている。


 木々は揺れ、土が盛り返され草が抜かれる。


「お前ら!!日が昇る前にはたどり着くぞ!」

「「「「「「「「「「おお!!!」」」」」」」」」」


 先頭にいるレオンの号令で移動している獣人の速度は一層早くなる。


(にしてもこうなるとはな)


 事の発端は一昨日の男だ。


 昨日の夜に訪れた彼は人族の対処をしている軍の一人だと判明。ではそんな彼がなぜここにいるのか、それはなんでも数日前に人族の軍に動きがあったがゆえだった。


 彼の口から語られたのは、人族が大規模攻勢に移行した報告とその顛末だ。


 クメニギスの軍に対して獣人の軍は対処しようとしたがなぜだか戦線を維持できずに被害が広がるばかりだったとのこと。被害は甚大でこのままではいけないと判断し、軍を一度撤退し救援を要請した。


 これにレオンはすぐさま応えて、連れて来られる数を率いて戦地へと赴いていた。その数は二千と多くはないものの、この事態が伝わるようにしたため随時戦力が集結する手はずとなっている。


 ちなみに彼のあの傷はこの情報をレオンの元にいち早く伝えるため危険な魔獣の住処を横切った際に襲われてつけられたとのこと。


(しかし、急に前線が崩壊か……あの地形からしてそうそう押し込まれはしないと思っていたが)


 東西を山脈で限られた空間では一定数以上の軍勢は意味があまりない。なのでその数を考慮に入れても十分持つと判断した勢力が置かれているはずだった。


(まずい状況だが、最悪の状況には陥ってないか)


 これが魔蟲共と決着がついていないときに起こらなくて幸いした。なにせただでさえ戦力を分散しているのにさらに減らす必要が出てきてしまう。だがすでに魔蟲は片付いたため、ほとんどの勢力を人族にぶつけられる。


 そしてもう一つ懸念点がある。


(急に前線が崩壊した、ね…………何かが起こっている、か)


 獣人の特性上、耐久力はかなりの高さだと見受けられる、なのにそれを突破、もしくは封じる手立てがあるという物だ。


(先を越されてなければいいが………なんにせよ急がないと、な)


【身体強化】にさらに魔力を回してより早く走る。


「ねぇ、この数で勝てると思う?」


 いつの間にか完全にチーターの姿をしたレオネが並走し聞いてくる。


「正直わからん、どれだけ壊滅しているか、どんな手段でこうなったのか、あとどれくらい、どの期間で後続が来るのか不透明すぎる」

「そっか、でもバアルがいるから平気そうだよね」


 そういい笑顔を見せて、信用してくれる。


「光栄だが、少しは危機感持った方がいいぞ」

「大丈夫でしょ、こう、ピリピリって感覚があんましないし」


(ピリピリ…ね)


 レオネのスキルには【野生の勘】というものが存在していた。おそらくそこから何かを感じ取っているのだろう。


「ほら、レオネ、バアル、もっと速度上げな」


 反対側からは完全にハイエナになったエナに声をかけられる。


 ここにいるほとんどの獣人は四足歩行となり移動している。中には移動に適していない人もいるのだが、そういう者は速く力がある物の背中に乗せてもらっていた。


「無理ならバアルも乗るかい?」

「いや、やめておくよ」


 エナの後ろにはティタがいた、仮にエナに乗っけてもらえばやっかみを受けることになるだろう。


「そうかい、なら走りな!!」


 そういってエナはさらに加速していく。


「バアル、バアル、もし疲れたら私の背に乗る?」

「いや、それも遠慮しておくよ」


 そんな事態に陥れば怖いお兄さんが黙ってはいないだろう。










 それからはただひたすら全力で走っていく。


 出立してから1日後、日の登らないうちから移動する。空が赤らみあと少しで日の光が見えるという頃にはウェルス山脈とミシェル山脈に差し掛かる。


「っ、嫌な臭いだな、こりゃ」

「そうだね~塩と鉄の匂いしかないね~」


 山脈の内側に入ってすぐ、まだ戦場の後すら見えていないのに鼻が効く獣人からしたらこの位置ですでに血の匂いが漂ってきていると分かるらしい。


(………あれか)


 しばらく進んだのち、少し高い位置から見下ろすと暁の光で山が照らされて少しづつ全貌が見えてくる。









 長く分厚い人族の軍が群れを成し山道を進む。そしてそれを止めようと雄たけびを上げて何とか止めようとしている獣人の軍が衝突している。


 以前の戦闘からある程度は膠着すると予想したが、予想は外れてあっけなく獣人の戦線は崩され、人族の軍は歩みを進める。


「お前ら行くぞ!!」


 ガォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 レオンの特大な咆哮を聞き全員が声を上げ、坂を駆け降りる。


「バアル、すまんが流れが変わった、命が惜しけりゃオレたちに協力しろ」

「…………了解」


 事前の話では参戦しなくていいと聞いていたが、エナはそれを破ってまで救援を強制している。それに脅している時点で、状況がひっ迫しているのは一目瞭然だ。


(そこまで悪い状況か……)


 エナの性格から自分たちで対処できる場合は絶対に声を掛けない、ではその逆ということは絶対に手が足りなくなるということだ。


「ティタ!」

「……本気でいいんだな?」

「ああ、存分にやれ!!」


 エナの言葉で全身を大蛇に変え、レオンと同様戦線に加わる。


「で、俺に何をしてほしい」


 現在進行形で突っ込んでいるレオン達に加われということなら拒否するつもりだ。何かしらの要因で獣人の前線が崩壊しているのに、わざわざ援軍に行くなど自殺行為でしかない。


「自分の判断で好きに動いていい。だが前には出てくるな、もちろんレオネもだ」

「え~~」


 レオネは不満そうな顔をする横で、言葉の意味を吟味し始める。


「お前が前線に出てみろ、レオンの気が散るだけだ」

「ちぇ~」


 確かにレオネが戦場に出た瞬間レオンがうろたえるのがとって見える。


「エナ」

「なんだ?」

「勝算は?」


 嫌な答えになろうともこれは聞いておかなければいけない。


「滅茶苦茶悪い、正直、お前がいなければ全員が死んでいた可能性もある」

「俺が、か」


 魔蟲に続いて人族との戦闘でも俺が重要なキーになるとエナは予想している。


「特に指示は出さない、自由に動け」


 エナは言うことはもうないとレオンの後を追い、坂を下る。


(さて、どうなるかな)


 そこら辺の岩に腰掛けて高みの見物をさせてもらう。そして今後、どう動くかも見させてもらう。












 眼前の戦況はレオンが加わったことにより多少変化が起こる。


 まずレオンが駆け付けたことにより、獣人陣は士気が上がり、人族陣は少しだけ動揺が見える。だがそれはほんの一瞬ですぐさま統率が取れた状態に戻ってしまう。


(妙だな、もう少し動揺が広がると思ったが……何かあるのか?)


 少し探るため望遠鏡を取り出し、戦線で何が起こっているか確認する。そして理解した、なんで人族が急に大攻勢に出たのかを。


「ちっ、少し手を貸さないと不味いか」


 その手段が想定内だったことで、動きが決まった。少し足場が安定しているところに移動する。












〔~リン視点~〕


 戦線の一つの個所にて~


「*********!!!」

「死ね」


 何かを叫びながら向かってくる獣人を切り殺し、前に進む。


「リン、少し前に出すぎだ」

「………ラインハルトさん」

「そうそう、はやる気持ちもわかるけどここで焦っちゃまずいよ」


 頬に着いた血をロザミアさんが拭ってくれる。


「ですが」


 反論しようとするとロザミアさんに両頬を押せつけられる。


「いいかいリンちゃん、たとえリンちゃんが一人で奥に行くことができたとしてもだよ、広大な未開の地でどうやってバアルを探すの?」

「それは……」

「本当にバアルを救い出そうと考えるなら、ぜっっったいに人手が必要になるの、ならば一人で突っ込むんじゃなくて軍を推し進めるように動くのがいいと思わない」

「………」


 ロザミアさんの言い分は頭では理解できる、だが気持ちでは到底納得はできなかった。なにせ護衛である私がいたのにすぐそばでバアル様は攫われてしまった。そんな自分の失態はバアル様を助け出すことでしか拭われない。


「それにさ【吹き飛べ】」

「****!?」


 一人の獣人が襲い掛かってくるが、ロザミアの言葉で、まるで見えない何かに殴られたかのように吹き飛んでいく。


「こいつら、案外しぶといんだよね」

「そうですね」


 いくら弱体化したといえども身体能力が破格な獣人だ、一人一人殺すのすら骨が折れる。


「それに魔力も無尽蔵じゃないからさ、私も結構いろいろ使ってるからさ」


 ノストニアの果実で最大値を増やしている私と違い、ロザミアさんは生来の魔力量しか持ってない。となれば早々に魔力切れになるのは目に見えている。もちろん装備などで魔力の回復速度を速めたり、最大値を増やしたりとしているがそれでも5000以上を持つ私には及ばなかった。



 ガォァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!



 一際大きい雄たけびが山脈内に木霊する。


「ロザミア様、ご報告です」

「迅速に」

「は、新たな獣人の集団が出てまいりました、数は二千を超えないとのこと」


 報告をした人もロザミアさんも、落ち着いている。


「彼らも学ばないね」

「蛮族であるので当たり前といえば当たり前なのですがね」


 ほんの少し仕事が増えた時のような口調で会話している。


「一応確認だけど、あの杖・・・どこの部隊も壊してないよね?」

「はい、蛮国への進行の重要な道具ですので。レシュゲル様自ら慎重に扱うように言いまわったとのこと」

「ならいいけどね、あれを壊されたら厄介だからね」


 二人の会話を傍目に迫ってくる獣人の集団を見る。


「………おそらくですが、手こずることになるかと」

「なんでだい?」


 ロザミアさんはどうやら見えていないようだ。


「先ほどよりも圧が強いので」


 先ほどの獣人とは違い、猛スピードで坂を下っているあの集団の獣人は、全員が揺らめく何かを纏っている。


 そのおかげなのかは分からないが一人一人が手ごわくなった気がする。


「そ、おそらくはユニークスキルの類だと思うけどそれでも周囲に強化効果を促すだけなら、ね」

「ええ、問題ないでしょう」


 先ほど最前線にいた獣人と入れ違いに戦線に入ってくるのだが、結果はほとんど先ほどと同じく、時間はかかるが徐々に押し込んでいる。


「さ~て戻ろ戻ろ、後ろに下がる許可も出たし」

「そうですね」


 私たちの部隊が下がり、クメニギスの部隊がそのまま入る。







 ガァアアアアアアアアアアアアア!!!








 もう一度大きな咆哮が木霊すが、先ほどと違い少しだけ声色が高い。


(女性の方ですか、同情はしますが自業自得ですよ)


 これは戦争だ、戦場で女性がどんな扱いになるかは想像に難くない。


(運がいいですね)


 だが今回は捕虜はすべて奴隷として売り出すようで乱暴はされない。それどころかある程度の傷は商品価値を上げるため癒してもいる。


「ほ、報告!獣人が後退していきます」


 先ほどの報告を聞くと戦っていた獣人がすべて反転し逃げていくという。


「馬鹿だね、そんなことをすれば」

「全部隊!!追撃に入れ!!」


 指揮官が追撃の号令を出す。当たり前ながら背を向けているときが一番倒しやすい。指令が行き渡ると戦士は前に出て魔法使いは詠唱を始める。


「ご愁傷様」




 魔法が完成し放たれようとした、その瞬間。








 ヒュン、ドン!!!!!!!







 馬すら飲み込むほどの黄色の大槍が魔法部隊に衝突する。槍は一人に当たると、その瞬間特大の雷撃となって周囲に走り、ほとんどの者が動かなくなった。


 それを見て心臓が強く跳ねる。


「なに!?どこだ!!どこにいる!!!」


 何が起こったのか把握していない指揮官が何事か確認している間に次々に黄色の槍が放たれている。


 その光景を見ていつの間にか足が動いていた。


「リン!?」

「リンちゃん!?」


 人垣を飛び越えて一番前に出る。


「『風の羽衣』」


 すぐさまユニークスキルを発動して槍が飛んでくる場所に移動する。


 羽衣を纏っているおかげでかなりの速さで走ることができている、ある程度近づくとそのまま風で体を浮かせる。



「あ、ぁぁああああぁぁぁ」



 どれほど心配したか、どれほど辛かったか、どれほど傍にいたいと切望したか。











「ようやく見つけましたバアル様」


 最愛の主人がそこにいた。

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