第209話 秘密兵器

〔~バアル視点~〕


「あ~~やっぱり使う羽目になったか」


 山頂から軍陣を見下ろしていると西の出口の近くで紫の煙幕が上がっている。


「あれを使ったってことは助けに行った方がいいのでは?」


 わざわざエナとティタに手配してもらった山羊の獣人の一人が苦言を呈してくるが。


「お前ならいけるのか?」

「それは………」


 純粋に考えて、正攻法での侵入は無謀に近い。だからこそ、わざわざ山羊の獣人を準備させて、その中からできるだけ体格が普通かつ普通の山羊にしか見えない一人を選び、リンに手引きさせたのにだ。


(それにしても、大きくなることはできても小さくはなれないんだな)


 話を聞いた限りだと、獣人は体を大きく【獣化】させることはできても、体を小さくさせながら【獣化】はできないとのこと。


(まぁ普通に考えれば小さくなった時の体積がどこに行ったという話だしな)


 変化した際の差分は大きくなるのには魔力で穴埋めしていると考えれば違和感がないが、小さくなる際はどこに消えていったという話となる。


 それにそんな手段があるならネズミなどの使用動物を送り込む方が迅速に事が運ぶだろう。


「それに万が一のためにティタに協力してもらっていただろう?」

「…………」


 今回潜入させた獣人にはティタ特製の毒煙を持たせている。もちろん本人には抗体を打ち込んでいるため、毒に侵されることはない。


(しかし、毒を使うことの忌避感が半端じゃないな)


 毒煙を持たせようとしたときは拒絶の言葉しかなかった。もちろん、その後はみんなの命が掛かっていることをコンコンと説明して一応持たせることだけはできた。


(それに毒も殺傷能力はないからな)


 陣にはラインハルトなどのゼブルス家の騎士たちもいる彼らに被害が及ばないように、殺傷能力や後遺症といった物は出ない、麻痺系の毒をティタに用意してもらっていた。


 おそらくこのことも潜入する彼の決め手となったのだろう。


(しかし、思ったよりも中で発動したな。これだと、ん?)


 陣の外に出るまで煙は広がっていないため、無駄死になると思っていると、外に近づくにように紫色の煙が広がっていく。


(自然の風の流れ、じゃないな。人為的に生み出された風だな)


 獣人に協力するように振るわれた風の力。となれば該当するのは一人となる。


「助かる」

「「「?」」」


 獣人が言葉に反応して首をかしげる。


「………おっ、出てきたぞ」


 獣人が陣の外に飛び出る。さすがに無傷とはいかなかったようで、火傷のような傷跡と矢が一本背に刺さっていた。


「お前ら、同胞が出て来たぞ、援護に行け」

「「「おう!」」」


 周囲にいる数人が断崖絶壁を駆け降りていく。


(やはり便利だな)


 ほぼ垂直の崖を上り下りできる。それはここにいる者たちが山羊の特徴を模倣しているからだ。山羊は蹄の形状がやや特殊でほんの少しの取っ掛かりさえあればすいすいと崖を登っていけてしまう。


(仮に攻城戦となれば橋を架ける必要なんて一切なくなるな)


 扉を開ける必要も梯子を掛ける必要すらない。彼らはただただ道のように壁を登れてしまう。


(よし、無事に逃げ切れたな)


 何度か魔法などで追撃があったものの、【獣化】した状態のためほとんどが軽傷で済んだ。


 杖を持った彼と仲間たちが合流すると、また目の前にある崖を登ってくる。


「はぁはぁはぁ、指示通り取ってきましたよ」

「ご苦労」


 いろいろな魔石をはめ込んでいる杖を受け取る。


「よし、目標は回収した撤収するぞ」

「「「「はい!!」」」」


 羊の背に乗せてもらい、山頂を伝ってレオン達の元に戻る。

















 翌日の早朝、エナとティタを呼び集めて現状を聞く。


「それで人族の軍は?」

「連中は全く進んでないぜ」


 斥候に出ていた者の話ではハリネズミみたい警戒して動いてないとのこと。


(まぁ昨日獣人が忍び込んだとなればな)


 なにせ動物に化けられると分かれば警戒を強めるしかない。


「それで罠の方は?」

「………そっちも無事に済ませた。すべての罠に毒が仕込んである。それも皮膚に触れただけで実害があるやつをな」


 そこまで手の込んだものは作れなかったが簡易的な物に毒を使っており厄介な物が仕上がったとのこと。二人の報告で時間が稼げているとの報告も受けている。


「それで?そっちの方はどうなんだ?無理言って人員を割いたんだ。成果がないなんて言ったらどうなるかわかってんだろうな?」

「わかっている」


 今度はこっちが戦果を取り出す。


「……説明しろ」

「わかっている。これは魔法杖と言ってな、魔力を籠めるだけで魔法が使えるようになる代物だ。そして今回これに仕込まれているのが」


 魔力を籠めると周囲に『獣化解除ビーステッドディスペル』が発動する。発表会で見た魔法陣が地面に引かれ、その中にいるエナとティタの体は最低限の獣の証を残してほかの特徴が消え去った。


「ぐぅ、痛ってえな」

「やはり無理やりだから痛みがあるのか」


 それは初耳だ。


「でもわかったぜ、それがヒュールが追い込まれた原因なんだな?」


 そう、これを使われれば獣人側は大ダメージを受けることになる。


「ああ、それといろいろと検証したいから手伝ってもらうぞ」

「わかっているさ」


 それから人族の軍に注意しながら、幾人もの獣人の協力の元『獣化解除ビーステッドディスペル』について計測していった。




 それから二日間、双方大した動きはなくただひたすら時間が過ぎていた。














「さて、集まったな?」


 両軍動かない二日目の昼、杖の説明のため主要メンバーを集めていた。


「おう、久しぶりだなバアル」


 声を掛けてきたのは後続の一部を引き連れてきたアシラだ。


「済まねぇな、それなりに急いだんだがやっぱり時間が掛かった」


 そういって謝罪してくれるが、間に合ったので何も問題ない。


 この場に新しくいるのはムールとルウを除いた魔蟲での主要メンバーにバロン、テト、テンゴ、マシラの四人だ。


「それでどれくらい集まった?」

「まず残っていた連中が約1000」

「俺が連れてきたのが2000」

「そんで遅れてやってきた俺たちは大体5000」

「それと長の連中が出してくれたのが大まかに1000だな」


 ヒュールが最初の勢力を答え、次にレオンが連れてきた戦力、遅れてアシラが連れてきた魔蟲に使っていた戦力、最後にバロンが各氏族が予備に用意していた戦力を報告してくれる。


「総計9000か、まぁ地形を利用すれ勝機はあるか」


 真正面からの潰しあいなら不利だが、あの限られた場所での戦いなら数の差よりも戦い方で十分ふりを覆せる………のだが。


(こいつらがゲリラ戦なんて飲むはずがない…………よな)


 進行ルートが限られているのならゲリラ戦がよく効くのだが、こいつらが潜伏や奇襲を好むとは思えない。


「それでバアル、おれ達を集めた理由はなんだ?」

「ああ、それはこれの事だ」


 杖を取り出し見せる。


「まずは魔法杖は――」

「あ~詳しい説明はいい、簡潔に教えてくれ」

「………じゃあ早速『獣化解除ビーステッドディスペル』」


 この事態を予想していたのかエナとティタだけは事前に【獣化】を解除している。


 それ以外といえば


「「「「「「「ッグゥ!?」」」」」」」


 痛みを答える鈍い声と共に体が人間に近づいていく。


「このように獣人の【獣化】を解除………して…………」


 実例を踏まえて説明しようとするとバロン、テト、テンゴ、マシラの【獣化】は解けていない。


「「どうした?」」


 バロンとテンゴの不思議そうな声を受けて説明を続ける。


「ああ、すまないそれでな見ての通りこれは獣人の【獣化】を強制的に解除する…………はずなのだが、なぜだか例外はいる」


 四人の事が意外過ぎて思考が一度止まる。


「ふむ、それは確かに脅威だな」

「だな、おれ達も少し体が重い」

「軟弱だね」

「そうだよ、ま、あたしらほどになればこんなものどうともなるがね」


 四人に話を聞いて理屈を聞き出したい。なにせ今まで協力してもらった人たちはことごとく解除されていた。なのでこれは想定外と言わざるを得ない。


「まず距離については大体半径50メートル」

「単位なんか知らん」

「………大体あの辺りだ」


 指で大体どのあたりかを指し示す。


「「「「「「ほぉ~~~」」」」」」

「………で、範囲内に入ると強制的に解除され、発動することができなくなる」

「っそうか、だから」


 ヒュールがこの事実を知って悔しそうにこぶしを握り締める。


「効果としては以上なんだが………バロン達はなんで【獣化】が解けていない?」

「ん?ん~~~なんでだ?」

「いや、知らん」


 バロンはわからず、尋ねられたテンゴもわかっていなく、ほかの二人もわからないらしい。


「まぁそのことはとりあえず置いておく。で、おれが言いたいのはこれから人族の攻撃の要にはこの杖が使用される」


 当たり前といえば当たり前だ。人族の攻勢の背景はこれが決め手だと言い換えてもいい。そしてこれに対策しない限りは獣人陣営にまず勝ち目はない。


「じゃあ、どうするんだよ?頑張って親父たち見たくなるか?」

「それがどれほど時間が必要なんだ?普通に考えて現状ではそこまで時間がないのは理解しているだろう?」

「まぁ…な」


 アシラもそれはわかっているとのこと。


「だからこれを使う」


『亜空庫』から一つの結晶を取り出す。


「それは?」

「これはな―――」


 これが人族との戦争で決定的な一撃になるはずだ。そして同時に獣人を手中に収めるための最後のピースともなる。














 その日の夜、山頂でリンと会話を交わす。


「へぇ~ひと悶着あると思ったがそうでもなかったのか」

『はい、私もただの山羊が獣人であるとは思わなかったといったら、むしろ同情されました』


 意図していないとしても獣人を引き入れたとして少しはお咎めがあると持ったが、全くと言っていいほどなかったそうだ。


「で、今、部隊はどこにいる?近いうちにでかい衝突がある。その前にうちの連中は引かせたいんだが?」

『ご安心ください。現在、私たちは陣形の最後方に展開するようになっております。ただロザミアさんの部隊だけはあの場に残ることになっております』


 あの部隊は俺の救出部隊ではあるが、軍からしてみたらいっぱしの戦力だ。できるだけ後ろに下がらせたくないのだろう。


「それは上々。ちなみにこの連絡ができるのはお前たちががやったのか?」

『はい、軍の複数人に荷物となるといくつかの魔道具を配りました。もちろん道中にも問題ないようにいくつか無造作に捨てています』


 現在の山頂から人族の陣営にある魔道具を経由してリンの通信機の元に通話が届いているとのこと。


「………魔道具に予備はあるか?」

『残念ながら、我々もそこまで準備していたわけではないので』

「そうか」


 もしここからグロウス王国に通信が飛ばせるようになれば、いろいろ手を打てるのだがそれは高望みだったらしい。


『もし、必要であればルナを使うことを提案します』


 ルナ、つまりは影の騎士団の事だ。


「今いるのか?」

『はい、国の要人でもあるバアル様がいなくなったのです何人かはその手の連中が同伴しております』


(………必要になるな)


 考えた結果、必要と判断する。


「ではルナに連絡しろ、本国と何とか連絡できるように魔道具を配置しろ、と」

『わかりました』


 これで、準備が整った。


『では早速手配します。バアル様ご武運を』


 そういうと通信機が切られる。


「ご武運………ね」


 眼前で灯りをともしている人族の陣営を見る。


(あっちもそろそろしびれを切らすよな)


 実は二日前に仕掛けた罠が発見されたことにより軍は一日停止し。そこからはまさに牛歩と呼ぶべき速度で進行しているため何も成果が上げられな。そんな事態が続けば上の連中は確実に焦るだろう。


(リンが内部にいないから内情は詳しくはわからないが、功績を上げられない指揮官は下から突き上げ食らうはず。ならば動かざるをえなくなり、いくら慎重論をかざしても、上の連中は損失を上回る功績があれば何ら問題ないと思い動き出す)


 たとえ一人の兵士が死んでも敵を皆殺しにできるならば推し進める。この手の人物が上にいるのは組織の中での必然、のし上がる際にまとわりつく弊害と言ってもいい。


「おい、バアル」

「ん?」


 振り向くとティタにまたがっているエナがいた。


 エナは本来山頂に登ることはできないのだが蛇になったティタに乗ることで移動が可能となる。


「どうした?」

「いや……そのな」

「………お前は同胞を手に掛けることに耐えられるのか?」

「あ、おい」


 エナがなかなか切り出さないので、ティタが率直に物申す。


「なんだ、俺がいざ目の前にしたら手が鈍るとでも?」

「……大丈夫そうだな」

「まぁな」


 人が死ぬのをこの目で見たことがないわけではない。むしろ領内の犯罪で斬首を行ったこともあるほどだ。


「バアル、ここまでしてもらったんだ、もう降りても誰も文句はない」


 エナがそっぽを向きながらそう告げる。


「ぷっ、ははははは」

「何がおかしい!」


 エナのその態度を見て不覚にも笑ってしまった。


「ここまで来てお優しいことだな。俺を無理やり連れてきて毒で利用してきたのにこういうところだけは甘いな」

「うるせぇ。戻るぞティタ大丈夫そうだ」

「……わかった」


 そういうと二人は山肌を伝いレオンの元に降りていこうとする。


「あ、そうだ、バアル」


 エナが振り返り告げる。


「なんだ?」

「明日、あいつらは必ず攻めてくる」

「根拠は?」


 エナは自らの鼻を指した。つまりはそういうことだろう。


「なるほど、了解だ」


 そういうと今度こそ二人は山肌を下りて行った。


『いいのか?ここまで協力して?』


 二人がいなくなるのを見計らってか、イピリアが出てくる。


「問題ない」

『だが、お主は既にクメニギスの軍に攻撃を仕掛けたぞ?』


 長年生きているとは思えないイピリアの言葉に思わず笑いそうになる。


「俺がやったと誰が証明する?リンか?それともレオン達の誰かか?」

『………今後お主が同じアーツを使うならばれるぞ?』

「かもなだが、今の俺は命を握られている。クメニギスの失態で獣人に囚われることになった結果、脅されて攻撃したとなればどうだろうか?」


 完全にお咎めはなくならないだろうが情状酌量で罰金ほどで済む結果となるだろう。もしかしたらマナレイ学院が口出しして本当に無罪になる可能性すらある。


『しかし、どこまで協力するつもりじゃ?これ以上進むとなると、本当に獣人に肩入れせにゃならんくなるぞ』


 イピリアの言葉もわかる。


 だが


「安心してくれ、俺が協力するのは一度だけクメニギスを押し返しすまでだ。それ以上はあいつらの対応次第だな」


 そして同時にエナがいる限りは予想通りの手順に進むと言う確証もある。


『そうか、なら儂は何も言わん』


 イピリアはこちらの考えをくみ取れたのかわからないが、静かに体に沈んでいく。


「はぁ~戦争か…………はは、月がきれいだな」


 空を仰ぎ、真上にある満月を見ながら夜が過ぎる。はてして明日には何人が同じ空を見上げられるだろうか。

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