第182話 融通を利かせろ

雷霆槍ケラノウス』を空へと放ち、蜻蛉への有効攻撃があることを示す。


「このように、俺は蜻蛉や蜂に対して有効手段がある。しかも放電する性質上範囲攻撃で、空への攻撃は十分だろう?」


 一応は策を見せたが、まだ少し疑っている様子。


「オレも別段文句はない、こいつの策は危険な匂いがあまりしない」

「「「「エナが言うなら問題ない」」」」


「おい」


 だがエナの一言だけで全員が納得した。それぞれの表情を見るに、エナを苦々しく思っているようだが、同時に信頼しているのがしっかりと見て取れる。


「……悪気はない、エナの鼻は信用されている」

「鼻だけ・・な!!」


 ティタの言葉が気に障ったのかルウが強めに言う。


「はいはい、言い争いはそこまでにして、明日のことを話し合うわよ」


 ムールのとりなしでティタとルウは再び座り込んだ。


「それで動きとしてなんだが、最低限の戦力は残しておく必要があることを考えれば」

「まずは動ける戦力だがレオンが約4500、ルウが3200、アシラが1700、ノイラが800、エルプスが150。で、このうち最低でも2000はいざというときに残しておきたいな」

「そうだな……レオンのところから700、ルウのところから600、アシラが500、ノイラ200を残しておく、これでいいか?」


 そう言うと全員が少し考えてエナに視線を向ける。


(………少しは考えろよ)

「いいんじゃないか、ここの防衛はそれぞれが戦力を出し合っていく。割合も問題ないだろうさ」

「……そうだな」


 エナが賛成したことにより、全員がその方向で進めていく。


「そう言えば、エナとティタの部隊はどうする?」


 レオンの一言で全員動きを止める。空気からしてどうやらあまり触れたくない話題なのだろう。


「何を言っているんだレオン、あんな奴らは拠点ここでおとなしくさせておけ」


 ここにいる全員が同じ意見なのかそれ以上は何も言わない。


「エナとティタの部隊について詳しく話してくれないか?」

「おいおいおい」


 レオンに尋ねるとルウが何を聞いているんだと言いたげに声をかけてくる。


「まぁ話しておこうか、オレの部隊は、戦闘には合わないけどその他に一芸を持っている奴の集団だ」


 レオンではなくエナが直接説明してくれる。話を聞くと逃げ足が速かったり、何かの感覚が鋭かったりと、戦闘じゃない方に特化した集団なのだとか。


「……俺のところは、毒持ちの集まりだ」


 ティタはそのまま、毒を持っている獣人の集団だ。


「数は?」

「オレのところが100、ティタは50だな」


 本当にごく少数らしい。その数ではレオンやルウのような集団の扱いはまずできない。もちろんあらかじめの斥候としての役割は十分に果たしてくれるらしいが、戦闘面ではレオンやルウにはかなうわけもなかった。


「まぁそいつらはここでおとなしくしてお」

「いや、オレ達の部隊はバアル、お前と同じ湖につけるさ」

「……問題あるか?」


 ルウの言葉を遮って二人は言葉を発する。全員を見渡してみるが誰も反対意見がなかった。しいて言えば俺にいいのかと問いかける視線が送られたぐらいだが、戦力が増える分には問題ない。それに俺は獣人の性分とは違い、勝つためならどんな手段もためらいなく使える。そう考えれば軍を俺に付けるのも正しい判断だろう。


「おし、じゃあ俺とルウはそれぞれここに残す人員を選定し、配置、その後、日が出始めたころそれぞれの場所に出発、いいな!!!!」

「「「「おう!!」」」」


 レオンの号令で主要メンバーだけではなく周囲にいる連中もそろって声を上げる。


「ではそれぞれがやるべきことをやってから空が赤らむまでにまた集合しろよ」


 レオンがそう言い立ち上がるとエナとティタを残してその他全員が解散して、それぞれの部隊に報告しに行く。


「オレたちも行くが、お前はどうする?」

「俺はそろっと寝るよ」

「そうか、ティタ、怪我人にアレを打ち込んだら・・・・・・お前のところにも伝えておけよ」

「……わかった」

「ちょっと待て」


 そう言ってそれぞれが動こうとするが少し気になる部分があった。


「ティタが打ち込むというのはなんだ?」

「それは……気になるならついて来い」


 エナに連れられた場所は里の一角に建てられている大きな建物だ。


「ここはなんだ?」

「入ってみればわかる」


 そう言ったエナの後に続く。する扉をくぐった瞬間に血生臭いがした。


「ここって」

「ああ、怪我人の診療所だ」


 建物はとても大きいのだがすべての空間を怪我人で埋め尽くしておりのでそうは感じられない。


「あ、エナ、帰ったのね」


 一人の鹿の獣人がエナに気付くと、持っている革袋を置き、近づいてくる。


「よっ、それで重傷者は?」

「今回はかなり多いわよ、できるだけ痺れ薬を欲しいのだけれど」


 鹿の獣人がティタに視線を向け、空になっている壺を持ってくる。


 そして同時に納得した、打ち込むとは痛み止め用の痺れ薬のことだ。毒を持つティタならできてもおかしくはない。


「……了解した」


 ティタは顔だけを【獣化】させると、空になっている小さい壺に牙を入れて、水の音を立てる。


「それで、状況は?」

「明日には大規模な攻勢をかけるつもりだ」

「…そう、じゃあまだまだけが人は出るわね」

「まぁな、けど今回の標的は二体の『母体』だ」

「『母体』?それって蠍と蜻蛉よね?蠍はまだわかるけど蜻蛉の方はどうするの?有効手段はないのでしょう?」

「オレ達にはな、だがこいつなら問題ないだろう」


 そう言うとエナは俺の襟を掴み、近くに引っ張る。


「この子が?……あ!この子人族ヒューマン?!なんでここにいるの?」

「まぁ、話せば長いな」


 そう言うとエナはオレがここにいることを掻い摘んで話す。


「なるほどねぇ……ねぇ、人族には怪我を一瞬で治してしまう魔法をというものがあるって聞いたんだけど本当?」

「本当だが?」

「なら!!お願い!ここにいるみんなにそれを掛けてくれないかな!!!」


 そう言って痛いほどに両肩を掴まれる。


「そうだな………エナ」

「なんだ?解毒しろってことなら飲まんぞ」

(チッ)


 できればその要求をのませたかったが拒否されてしまった。だが獣人にはない魔法を使うことになれば、それなりの対価を期待できるだろう。


「なら、毒の薬を30日分で手を打とう」

「まぁそれならいいか」


 値切られて十日分がいい所と期待したが、いい意味で期待が裏切られる。


「お前、名前は?」

「私はビューラ、薬師の一人よ」

(へぇ)


 獣人の中に薬師がいることに少々驚く。


 獣人はやや野性的な生活をしていたため、医学薬学と言った部分も存在しないと思っていた。


「ビューラ、全員を集められる場所はあるか」

「ええ、外の広場を使えば何とか」

「そこに全員を移してもらえるか?」

「全員を?!」

「ああ」


 残念ながら俺は光系統のそれも回復魔法はかなり苦手だ。スキルに出ていない時点で全くと言っていいほど扱っていない。だが回復の手段なら魔法よりもいい物を持っていた。


「なら話は決まりだ、ビューラ、全員を動かすぞ」

「いや、だけど」

「なんだよ、動かしたらすぐ死ぬわけじゃないんだろう?だったら動かして治してもらった方がいいに決まっているだろう」

「ん~~~、わかったわよ」


 エナの言葉でビューラがわかってくれた。その後は動ける連中でせっせと外に怪我人を運び始めた。







「これでいいのか?」


 建物の外に全員を運び終わる。


「ああ、それじゃあ約束忘れるなよ」


 怪我人全員のを見渡せられる中心に立ち、バベルを取り出す。


「『慈悲ノ聖光』」


 掲げたバベルから暖かく優しい光が放たれると、時間が巻き戻るように傷が癒えていく。


(まずい、案外魔力を消費する)


 体感で約7割の魔力が削られた。どうやら範囲内の怪我人の数に応じて魔力の消費が増す仕様らしい。


(ここじゃ魔力供給はできない、となると自然回復のみだが……間に合うか?)


 魔力の回復手段は、自然回復か人為的に用意した魔力手段を用いるしかない。


魔力回復薬マナポーションは無いし、魔石は持ってない、ここじゃあ魔力供給装置インフィニティも使えない。……………なら寝るしかないか)


 自然回復には取っている行動で回復量が変わる、その中で一番回復するのが睡眠だった。だがそれでも半日以内に魔力が全て回復するかと言われれば微妙な線だ。


「俺は先に戻っている」

「ありがとな、お礼に添い寝でもしてやろうか」

「いるか。今度はどんな毒が盛られるのか、それと30日分の薬は明日までに用意しておけ」


 エナに言い返し、事前に伝えられていた寝床に向かう。


『用意された寝床も安全かわからんぞ』

(だから見張りを用意するんだよ)

『なるほどの、つまり儂か』

(その通りだ。お前なら眠る必要はないだろう?)


 見張り番には最適な存在がいる。ただこいつは頼まれた時しか働かないため融通が利かない。もしクメルスの時にイピリアが起きていたのならこんな事態にはならなかっただろう。


「じゃあよろしく」


 用意された寝床は簡素に屋根と壁がある箱に藁を敷かれただけの場所だった。


『了解じゃ、では害意のあるものは近づけさせんから安心して眠れ』


 イピリアの言葉を聞いたら、さっさと横になり眠る。


(はぁ~さっさと片付けて帰ろう…………)


 帰ることだけを考え、眠りに落ちる。











「おい、おい、起きろごら!!」


 誰かの大声で意識が起き上がる。


「おい!寝床に女を詰め込むなんて、ガキにしちゃいい身分だなぁ!!」


 意識がはっきりしてくると体を起き上がらして、うるさく怒鳴っている本人を見る。


「なんだルウか、どうした?」

「時間になったから呼びに来たんだ、が!!」


 なぜだかルウは俺の横を指さす。


「まさか女を連れ込んでいるとはな!!」

「女?」


 隣を見てみると見たことがない少女が寝ていた。


「…………????(イピリア、これはどういうことだ?)」

『いや、お前が寝入ってから少ししてから入ってきたんじゃ』

(いや、なんで排除しない?)

『??害意は無かったぞ』


 いや、確かにそうは言ったが。


(融通を利かせてくれ)

『知らんがな』


 イピリアに呆れながら立ち上がる。


「んん~~、確かにそろそろ日の出か」


 ルウを押しのけて外に出てみると空は青と赤が入り混じった色をしている。


「御苦労ルウ」

「おう!……じゃねぇ!!さっさと準備しろ、もうお前以外は準備ができているぞ」

「了解だ、じゃ早速案内してくれ」

「お、おう」


 ルウはいまだに寝ている少女と俺の間に視線を彷徨わせるが、何も言うことなく案内してくれた。

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