第183話 蜻蛉の群れ

 空がまだ青と赤が混ざる中、門の外に出てみると。そこには熱を帯びている万を下らない集団が既にそこにいた。


 柵の外は門の周辺のも森が切り開かれていて、全員が居座るには十分なスペースが存在していた。レオンやほかの連中は柵のすぐ近くにわざわざ用意してある岩の上に乗っており、全体を見渡していた。


「バアルが最後だぞ」


 こちらに気付いたレオンが岩から降りて近づいてくる。


「悪い、熟睡していた」

「しっかりしろ、蜻蛉共はお前が担当するんだぞ」

「ああ、わかっている」

「………………」


 レオンと普通に会話しているだけなのだが、隣にいるルウの視線がなぜか痛い。


「おい、レオンそろそろ出発するぞ、あとバアル、これ」


 エナが時間を告げると同時に、大きい葉で包んだ何かを渡してくる。


「これは?」

「例の薬だよ、30日分、ティタが何とか作ってくれたんだよ」


 葉を開き中を見ると、白い結晶が30個入っていた。


「……ああ、約束通りだな」


 亜空庫を開き、薬をしまう。ただこの薬の作り方を知っているので喜ぶことは難しかった。


「それじゃあ、連中に檄を入れる、バアル、お前も来てもらうぞ」

「了解だ」

「…………」


 レオンに続いて移動するのだが、やはりルウは何か言いたげにしていた。













「今日であの忌々しい蟲共を殲滅させるぞ!!!」

「「「「「「ガァアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」」」」」


 レオンが一言の後に咆哮を上げると、ここにいる全員が獣の咆哮を上げる。


(ん?なんだ?)


 レオンの咆哮に呼応した獣人から陽炎のように揺らぐ何かがまとわりつく。


(レオンのユニークスキルの力か?)


 目の錯覚かと思ったが、その現象は続いており明らかに何かしらの影響がそこにあった。


「では皆!!それぞれの持ち場につけ!!」


 レオン達は岩を降りると、それぞれ担当する集団に合流しだす。


「ほら、おまえはこっちだ」


 かくいう俺も集団の端っこに案内される。


「おし、じゃあ今から俺達はこの坊主の命令を聞くことになる、異論はないな!!」

「「「「「「「「「おう!!!」」」」」」」」」


 エナが声を上げると呼応するその集団は少なく見積もっても200はいる。種類としてはエナの部隊にはネズミやウサギなどの小型の哺乳類、壁を伝うトカゲや擬態を得意とするカメレオンなどの爬虫類。ティタの部隊は大半が蛇系統で、残りは派手な色が特徴的なトカゲなどだ。そして最後にルウやアシラなどに出してもらった水辺でも戦力となるイタチ、カワウソ、ワニ、亀などの獣人。主だった戦闘は彼らの役割となるだろう。


「おい」


 どんな人物がいるのか観察していると、次はお前だとエナに背中を叩かれる。


「了解。お前ら、『母体』を倒したいなら命令は聞け、いいな?」

「「「「「「「「おお!!」」」」」」」」


 俺の言葉に無事に声が上がる。どうやら言うことは聞いてもらえるようで安堵する。


「エナ、いいか?」


 あくまで俺の立ち位置は捕虜だ。いくら協力しているとはいえ、俺の決定にエナ達が異議を唱えればそれに従わざるを得ない。


「ああ、今回はオレはバアルの下につくから問題ないさ、ただ意見はしっかりさせてもらうぞ」

「それは歓迎する」


 どうやら立場の杞憂はないらしくこちらに全面協力してくれるとの言質も取れた。


 またエナの協力は心強かった。なにせ今までの推察ではエナのユニークスキルは危険を察知する類の能力だ、もはや未来を見るような力と言ってもいいのでまず重宝するだろう。


 ガァアアア!!!


 先ほどレオンがいた方向から咆哮がこだます。


「では行くぞ!!」


 そう言うとレオンが先頭に立ち、もはや群体となった集団は東南の方角に走り出した。


「たく、せっかちだね。バアル、さっさと行かないと同時攻撃が無意味になるよ」


 エナの視線を辿ると、エルプスの集団も東方角に移動していた。


「それでは移動する!エナ、案内を頼む」


 地形に詳しくない俺が先導するのはよした方がいい。


「じゃあ、野郎どもついてきな!!!!」

「「「「「「おお!!」」」」」


 エナが咆哮を上げると、全員がそれに呼応し【獣化】してから移動を始める。



 こうして獣人の大攻勢が始まった。














 今回、キクカ湖に向かう俺たちの編成は、エナの部隊が100人、ティタの部隊が50人、それとアシラやほかのところから選出してもらった水辺に強い獣人が100人、それと唯一の人族である俺だ。


 この少数の戦力で何とかしなければいけない。普通なら厳しいと思うが少数ならではの利点も、たしかに存在していた。










 キクカ湖があと少しと言うところで俺たちは一度進軍を停止し、指揮に関わりそうな連中を一度集める。


「まず手順としては水中で動ける獣人はすぐさまキクカ湖に潜ってもらう、いいな、カイマン」

「おう、任せておけ」


 カイマンはアシラの部隊に所属していた鰐の獣人。


 鰐の獣人だけあって、ガタイが大きく、水中で動きやすいように水掻きと水中で推進力を出す尻尾が出ている。


「カイマンたちはそのまま待機、水中に落ちてくる魔蟲を処理していってくれ。水の中だったら奴らも簡単にやれるはずだ」


 水中に落ちた虫なんてほとんど無力化できていると思っている。


「次にエナの部隊だが、お前らは周囲に展開してもらい、増援に駆け付ける魔蟲の発見にあたってもらう」

「了解だ」


 戦闘があまり得意でないと聞いているエナの部隊は湖の周囲に展開してもらい増援を警戒してもらう。


「ティタの部隊はその護衛だ」

「……わかった」


 当然ながらエナの部隊は増援を見張ってもらうと戦闘になるリスクがある。なので戦闘があまり得意でないエナの部隊には警戒を任せてその護衛にティタの部隊を護衛に使う。


「で、バアルは?」

「オレは『母体』を探し、それを潰す。当然ながら反撃してくるだろうから数名は護衛をしてもらう必要があるな」

「できるのか?」

「ああ、ただ飛んでいる的なら問題ない」


 正直隠しておきたい手札もあったんだが、早々に魔蟲を殲滅するとなるとそうも言ってられない。


「……俺が護衛になるさ」

「ティタが、か…じゃあオレも護衛にあたるさ、伝令とかもうちの奴らに任せればそうそう問題ないだろうし」


 二人が戦闘中の護衛となった。


「了解だ、作戦通りに」

「「「「了解」」」」


 一通り、説明し終えると湖めがけて疾走する。









 数十分走ると森が途切れ、目的である湖が見えた。


「うようよ、いやがるな」


 湖の上には何百、下手すれば千をも上回る数の蜻蛉が飛び回っていた。中には水草に止まっている個体もいるので数としてはその数倍は超えているだろう。


「どうする?あのなかを進んで湖に向かうのは無理だぞ」


 カイマンの意見も理解できる。水辺の周囲は背の低い草花しかなく身を隠しながら湖までたどり着くのは厳しいだろう。仮にカイマンたち水棲組を向かわせたところで途中に殺されてしまう。


「順序を入れ替える。エナとティタの部隊で3人組を作って湖を囲むようにしてくれ。そして異常があった場合は何としても伝えろ」


 そう言うとエナの部隊とティタの部隊は迅速に動き組を作り散っていく。


「そんで、俺達はどうする?」

「カイマンはもう少しだけ待機だ。俺が派手な一撃をお見舞いする。それに気を取られている隙に湖に向かって走れ」

「わかった」


 そう言うと湖に一番近い森の茂みに移動する。






 ちなみにだが、森の中には百足や蠍はいるが蜻蛉は見当たらなかった。理由は体長1メートルを超える蜻蛉は森の中ではろくに移動などできないから、そのため今回の蜻蛉共は大きく開けた場所にしか現れることができない。


 そのため蜻蛉に見つかる前に森を使って配置を変えることは難しくなかった。







 十分な時間を与えて、ほかの仲間が展開し終わるのを待つ。


(……………さて、始めるか)


 十分な時間が経ち、問題ないと判断すると、森を抜けて湖の淵に立つ。


「『雷霆槍ケラノウス』」


 投擲の構えをすると雷の槍を作り出す。それも


(もっとだな、それこそあそこにいる奴ら一掃するくらいに)


 魔蟲の注意が引けるように可能な限り魔力を注ぎこむと、そのまま群れの中に投擲する。


 ドゴゥ!!!


 ある程度蜻蛉共の中に入り、一匹に衝突すると半径50メートルはある雷球が出来上がる。音も放電と言うよりは爆発に近かった。


「おぉ~~確かに効いているな」


 エナの言葉の通り、今の一撃で100を超える数を撃ち落とすことができた。


 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ


 けたたましい羽音とともに大群と呼ぶべき蜻蛉の群れがやってくる。


(カイマンは……無事入水できたようだな)


 視界の端で獣人達が湖に入っていくのが見えた。もちろん一切襲われなかったと言えばうそになるが、それでも個人で十分対応できるため、誰一人かけることなく湖に潜水することができた。


「さて、話に聞いていた『母体』はどこにるのかな」


 事前に聞いていた話だと蜻蛉の『母体』はほかの蜻蛉よりも何倍も大きく、このキクカ湖を離れることはまずないらしい。


 なので姿を確認しやすいように見通しのいい場所まで移動して『母体』を探し始める。


「『雷霆槍ケラノウス』」


 当然ほかの蟲共は迫ってくるので、先程よりも大きくした雷の槍を投げつける。


「いいぞ、目に見えて削れている!!」

「……けど、それよりも迫ってきている方が多い」


 エナは純粋に喜んでいるが、心境としてはティタの言う方に近い。


 一度に100匹を殺せたとしても、次の攻撃までに数百匹がやってきてはあまり意味がない。


(イピリア、お前も手伝ってくれ)

『おうよ、と言ってもすべては無理じゃぞ、何度か【雷鳴恢恢】で広範囲に攻撃するのがせいぜいじゃな』

(それでいい、程よく固まっている奴らにだけ技を使って効率よくこいつらを撃ち落としたい)

『了解じゃ』






 それからは俺は『雷霆槍ケラノウス』を最も固まっている場所に投げつけ、近づいてきた魔蟲はエナとティタが排除、イピリアは雷霆槍ケラノウスでは攻撃することができない部分を対処してもらう。


 魔蟲はしぶとく、標準の雷霆槍ケラノウス一発では殺しきれないのが大半だ。だが幸いにも蜻蛉は特に弱点でもないが、雷の耐性がないため、雷霆槍ケラノウスの一撃だけで羽を破壊することができていた。そうなれば蜻蛉は落下するのだが、湖の中には獣人達がいるため。水の上に落ちてしまえば、あとは水中に引きずり込んで楽に殺せる。


(どうだ、結構削ったと思うんだが)


 数十分ほど経つと、千を下らない数が地上か湖の上に落ちている。


 湖の上に落ちた奴らはカイマンたちが水中に引きずり込んで、確実に殺していくが、地上に落ちた魔蟲は大半が飛べはしないが戦いに復帰してしまう。


「はぁはぁはぁ、いい加減三人じゃきついんだが」

「ふぅ…まだ見えない」


 地上を這ってきた蜻蛉を始末しているとエナが悪態をつく。またティタの言う通り、『母体』の姿がまだ見えない。


(まさか逃げた?、いや、逃げたなら周囲に散っていたやつらから報告があるはずだが)


 エナとティタの部隊はなにも外からの増援だけに気を配っているわけじゃない。内側から『母体』が逃げ出さないかどうかの見張りでもあった。なにせここで逃げられたら今回の攻勢の意味がない。


(しかし、母体はどこに行ったのやら)


 湖には背の高い水草が生えており隠れようと思えば隠れられる。


 もし逃げようとしていないなら、程よく敵が弱ったタイミングで群れと一緒に襲撃するのが一番効率がいいはずだった。


(とりあえずは今はこいつらを削るのが先決だ)


 それからも蜻蛉が集まれば、雷霆槍ケラノウス、射程が通らなければイピリアの『雷鳴恢恢』、近づいてきた蟲はエナとティタに任せる。さらには復帰できないようにするためできるだけ湖の上で撃ち落としている。


 それが1時間ほど続いたころようやく、そいつは姿を現した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る