第180話 獣人の現状把握

 藁と木材でできた建物の中にはアシラのほかに、豹の獣人、狼の獣人、犀の獣人、象の獣人が存在していた。ちなみにその中で豹の獣人だけが女性だった。


 そして一つ気になる点がある。


(……大きいな)


 犀の獣人とアシラでかなり窮屈そうなのに、象の獣人などもはや拷問だ。アシラは完全に【獣化】を止めて、ここにいる全員【獣化】などしていないため、通常の人の形に少しの獣の特徴持っている状態でだ。


 おそらくだが、獣の種類によっては元の体格にも影響が出るのだろう。


「待たせたな、皆」

「問題ないわ」

「ああ、ありがとな、ムール」


 レオンの声に反応した豹の獣人はムールというらしい。


 長い髪には豹の特徴的な模様が浮き出ており、目はレオン同様に猫の目、獣人特融の服装から見える肉体はしなやかさを備えており、女性的な魅力を感じさせる。


「それで、同胞は取り返せたのか?」

「ああ、迷惑かけたな、ルウ」

「よせや、同胞を守るのは当然のことだ」


 狼の獣人はルウ。


 目つきは鋭く、右目は切り傷がついており見えてないようだ。特徴はその灰色の毛並み、艶やかとは程遠いがなぜだか力強さを感じさせる。


「しかしながら、レオンがいなかったのは少々でかかったの」

「そうじゃな、我々も努力したのだが、少し押し返されてしまった」

「いや、ノイラやエルプス爺さんがいたからこそ、ここまで抑えられたんだ」


 頭の上に犀の耳を生やしたガタイのいい人がノイラと呼ばれ、耳が広く大きい象の獣人はエルプスとよばれた。どうやらそれなりの歳らしい。


「それで現状はどうなっている?」

「っち」


 エナが会議に入るとムールは不機嫌な顔をする。


「おい」

「わかっているわよ、数でいえば両方とも同じ数が削れたさ、けど元から向こうのほうが数が多いんだ、損害でいえばこちらのほうが大きいわ」


 エナに促されると報告してくれる。


「もっと詳しく」

「あいよ、って言いたいんだが、なんだこのガキは?」


 エナの言葉に今度はルウが答えようとするのが、会話の矛先が魔蟲に付いてではなく俺に付いてに切り替わった。


 レオンとエナ、ティタに並んで話を聞いていると全員の視線が集まる。


「俺はエナの捕虜だ。別にいないものと考えてくれていい」

「いやいやいや、捕虜でも何でもいいけど、なんでここにいるのさ!?」


 ムールの言葉に同意するようにレオンたち以外が首を縦に振る。


「こいつはオレが連れてきた」

「なぜじゃ?」


 エルプスがエナに問いかけると、エナは得意満面な笑みになる。


「なぜ?おいおい、オレの鼻を信じろよ。こいつでどれだけお前らの窮地を救ってきたと思っているんだ?」


 エナの言葉に全員が何も言えなくなる。それほどまでにエナの発言力は絶大なのだろう。


「しかし扱いはどうするんだ?」

「それは簡単さ、こいつはオレのところにいれる。もちろん責任は全部俺がとってやるから文句はないな?」

「それならば」


 エナが全責任を持つことで全員が納得した。


「それでムール現状を話してくれ」


 一通り俺についての説明が終われば今度こそ魔蟲についての話となる。


「ええ、まずレオンのところだけど、先に謝っておくわ。あなたのところが一番損害を受けている」

「…………そうか」


 レオンはムールに何も言うことなく受け入れた。


「ごめんなさい、本当に」

「気にするな、俺も無理言ってお前に奴らを託したんだからな」

「ええ、今度はあたしも一番先頭に立つわ」

「怪我だけはするなよ」


 それからの話でムールはもともとレオンの側近で、クメニギスの同胞救出の際に彼女にレオンの部隊を任せたらしい。


「あ~あ~夫婦水入らずのところ悪いが、話を進めてもいいか?」


 ルウがそう言うと、周りが同調するようにうなずく。


 それより気になるのが


「レオン、お前、妻帯者だったのか?」

「俺か?当たり前だろう、すでに三人いるぞ」


 何を当然のことをと言う風に返される。


「…………なぁティタ、獣人はみんなこうなのか?」

「……ああ、レオンやバロン、同じように強いやつらは大抵が数名の妻を得ているぞ」


 ティタの説明だと、獣人は力があればモテるとのこと。力があれば大人数を養える、力があれば子を守ることができるということで、基本が一夫多妻なのだとか。


「……もちろん、夫婦になるには長の許可が必要だ。まず家族を養っていける力を見せる、それができれば女性に告白し、了承を得れば長の名の元に結婚がなされる。二人目のときは一人目の時よりも長に力を見せなければいけない、三人目はさらに多く、四人目はもっと多くといった具合にだ」

「なるほど」


 自然界で強い雄がハーレムを作るのと同じような要領らしい。


「……もちろん、相手に了承してもらう必要もある」

「当たり前だな」


 ティタの言葉にエナが頷く。独りよがりで迫っても意味がないのはどの場所でも同じなのだろう。


「ん!ん!!」


 さすがに痺れを切らしたのかルウがにらんでくる。


「さて話を戻すぞ、まず損害だが大まかな数はレオンのところが400、俺のところが300、アシラが100、ノイラが70、エルプスのところが20だ」

「エルプスのところが痛いな」


 エナはレオンではなくエルプスの部隊が不味いと言う。


「なんでエルプスのところなんだ?」

「それはな―――」


 レオンが説明のでは


 この軍はどの氏族とかの括りではなく、近しい特徴を持つ獣人で纏めたらしい。


 一番多いのがネコに似ている獣人、次点でイヌに似ている獣人、次に熊、偶蹄類、象、爬虫類、げっ歯類、と生物的に強そうな種類がより多く存在するらしい。


「へぇ~」

「こういっちゃなんだが、俺たちネコの類は数が多いんだが」

「エルプスみたいな大型種はそう居ないのさ、ノイラのところもな」


 数でいえばレオン、ルウ、マシラのところはある程度損耗しても変えが利く。だがノイラのところの犀や猪、牛や、エルプスの象の獣人は人員が少なく、まず変えが利かない。


「さらに言うとだな、それぞれのところで特色が違いすぎる。レオンのところは短期的な戦闘にはもってこいだ、そんで俺のところは―――」


 ルウが丁寧に説明してくれる。


 レオンの部隊は瞬発的な戦闘力はあるが、長時間持つことはできない。


 ルウの部隊なのだが、レオンの部隊よりは戦闘力が劣るのだが、その分スタミナが多く、長期的な戦闘が可能、ほかにも追跡能力もあり深追いも可能。


 アシラの部隊は、とにかくタフなのが特徴。戦闘もできる盾職といった立ち位置。


 ノイラの部隊は、部隊構成からわかるように突進力が随一、敵の分厚い層でも簡単にぶち抜けるとのこと。


 そしてエルプス、ここはどの部隊もかなうことができない超高火力の部隊だ。ほかの部隊でも対処できない敵を屠るのに最適らしい。


「ちなみに数は?」

「レオンのところで5000、俺が4000、アシラが2000、ノイラが1000、エルプスが200ほどだな」

「それは確かに痛いな」

「だろ?」


 エナのいうことも理解できる。


「唯一被害がないのがその二人の部隊だ」

「二人?」

「ああ、卑怯者共・・・・の部隊だよ」


 そう言うとエナとティタの二人に視線が向く。


「はぁ~どうせお前らがうちの連中を動かさなかっただけだろう?」

「は!卑怯者の力を借りるなんてできるわけないだろう」


 レオンは目をつむり何も言わないが、その他はおおむね同意の顔色だ。


「エナの部隊はどんなだ?」

「…………」


 隣にいるティタに聞いても答えてくれない。


「では我が答えよう」


 代わりに答えてくれたのは口数少ないノイラだ。


「エナの部隊は変わり者の部隊だ、力はなく姑息に動くためのすべを持っている卑怯者共の集いよ」

「そうだ!そうだ!!ろくに戦えないのに戦場をうろちょろしてんじゃねぇ!!」


 ノイラの言葉に乗っかるようにルウがそうまくしたてる。


「はっ!!お前らが罵倒している奴らの功績がいなければとっくに負けていることも理解できないのか、馬鹿ども?」

「「「「あ゛!?」」」」


 エナの一言で、一触即発の空気になる。それからルウが何度も嫌味を言い、エナがその倍の嫌味を返すという応酬が何度も続く。


「さて、馬鹿どもが騒いでいる間にこっちはこっちで話を進めておくぞ」


 唯一冷静なエルプスが話を進めてくれる。


「まずレオンが離れてから進展した部分を説明しよう」


(ふぅ、ようやく話が進む)












 まずグファ氏族が魔蟲カボインセクトとの最前線なのは変わりがない。


 地形としてはグファ氏族の森から東に行くと三つの特徴的地形に当たる。


 一つは北東にある、北の山脈のウルブント山脈から流れてくる川の水がたまった、キクカ湖。


 二つ目はグファ氏族の土地からまっすぐ左にある、湿地帯だ。キクカ湖から南に細い川がいくつも流れており、その影響でどこを歩いても泥のような地形になっているという。


 三つ目は南東にある岩場地帯だ。ガルニクス山脈に近いせいかそのあたりは大きな砂利などの地形になっている。


 その三つの先に最後の森が広がっており、最後の森には死の砂漠が広がっている。


 この砂漠から魔蟲はやってきてる。






「まず確認している種類は蜻蛉、蜂、百足、蠍の四種類じゃ」


 今回の魔蟲の群れはこの四種類しか発見されていないとのこと。魔蟲はどんどん繁殖していくため温存しておく理由はなく、この四種類のみだという。


「主な生息域はキクカ湖に蜻蛉、湿地帯には蜻蛉と蜂、岩場に百足と蠍だ、おそらくは『母体』も近くにいると思うのだがな」

「それで、今回の『王』の種類は?」

「それも不明じゃ、すでに見ているのか、まだ見たことすらないのかすらもな」


 エルプスの言葉に違和感を覚えた。


「見ているのかもわからない???『王』には何か特徴があるんじゃないのか?」


 何か特別な存在なら分かりやすい特徴があると思うが。


「もちろんある、だがとても分かりづらい個体がいるのだ」


 魔蟲には大きな特徴なのだが、俺達にはわかりづらい時もあるという。例に出すなら一目でシマウマを模様で見分けろと言われているのと同じようなものらしい。


「『母体』は巣を作ったり胎盤らしき器官が発達しているからわかりやすんじゃがな」


 また『母体』は産卵器官が発達しているため、こちらは簡単に見分けることができるとのこと。


「だな、それで現状を教えてくれ」


 レオンの言葉で現状の確認に入る。


「現在、我々の部隊の大半が防衛に徹し、残った勢力でできるだけの殲滅を行っておる。その間にエナの部隊が『母体』の捜索をしているな。ちなみに『母体』は二種類発見済みじゃ」

「種類は?」

「蠍と蜻蛉の『母体』。場所は岩場とキクカ湖で発見された。その知らせが届いたのが数日前のことじゃ」

「そしてこれからどっちに攻撃を仕掛けるか考えたところにレオンが帰ってきたわけさ」


 いつの間にかアシラがこちらにやってきていた。


「なんだ喧嘩はいいのか?」

「今も勃発中だよ」


 アシラは親指で扉の向こうを指さす。


「へやぁあ!!!!!!」

「はっは!!!!!!」


 外ではエナとムールが戦って、いや殺しあっていると表現するのがより適切だろう。


「いいのか止めなくて?」

「いいさ、二人とも不味いと思ったらやめるさ」


 そう言うと座り、本格的に会議に参加する。


「どこまで話した?」

「今は『母体』の発見までじゃ」

「じゃあ、そこからはおれが話そう」


 そう言うと手だけを『獣化』すると爪で机に絵を描き始めた。


「悔しいがエナの部隊のおかげで『母体』を発見できた。そして確実に『母体』を屠るために最低限の戦力だけを残して一つの『母体』を攻撃するべきだと考えている」

「どっちにだ?」

「それは『蠍』だ」


 レオンは視線で『なぜだ』とアシラに尋ねる。


「理由としては簡単だ、蜻蛉と蜂は空を飛ぶからつぶしていくのに時間がかかりすぎる」


 仮に蜻蛉の『母体』を標的にすると、当然ながら蜻蛉の群れが『母体』を守ろうとする。だが空に対する碌な攻撃手段を持たない獣人では群れを排除しようにも時間がかかりすぎる、そうなれば他の魔蟲が援護にきて窮地に陥る可能性があるとのこと。


「だから、先に地上しか生きられない蠍と百足の『母体』を排除し、地上の敵を削りきってから空を飛ぶ蜻蛉と蜂を殺せばいい」


 アシラが提言し終わる。


「なるほど、どう思う?」


 首をかしげながら、レオンが問いかけてくる。それも捕虜に近い俺に・・だ。


「おいおい、レオン」

「問題ない、エナが連れてきたんだ、その意味を考えてくれ」


 しばらくレオンとアシラが視線を交わすと、アシラはため息を吐く。


「おいバアルっていったか、お前はどう考える?」


 なんとアシラまで意見を求めてきた。


「……そうだな、まずは確認だ、お前たちは遠距離攻撃を持っているか?」

「いや、仮に持っていてもほんの10人程度だろうよ」

「……………弓すらもないと?」

「あ?飛び道具ならないぞ?なにせ俺たちは自分たちの爪と牙で戦うからな」


 ということで遠距離攻撃には期待ができない。


(マジで脳筋種族なのな)


 だがここでいくら文句を言っても仕方ないので、落胆しながら考え始める。


「じゃあ現状の個別戦力比を教えてくれ」

「個別戦力比?」

「一匹の百足や蠍に何人なら対応できるのか、討伐できるのかということだ」


 するとレオンとアシラは考え始める。


「百足は3人いれば確実にやれる、2人もいれば時間稼ぎは容易じゃな」


 逡巡しているふたりを置いてエルプスが話してくれる。


「じゃあ蠍は?」

「蠍は一人でも十分に対処できる、2人もいれば完璧じゃな」

「蜻蛉と蜂」

「両方とも真正面から戦うのであれば一人でもこと事足りる、じゃが」


 当然、群れで襲ってくるだろうし、何より空からの攻撃と地上からの攻撃を受けることになる。


「(もし『王』の個体に知能があるなら襲撃したタイミングで他種族の魔蟲が援護に入る可能性がある、か)…いままではどのような行動をしていたんだ?」

「ん?ああ、『母体』を探すと同時に間引きをしていたな、あいつら放っておくとどんどん増えていくからな」

「間引くとはどうやって?」

「簡単だ、あいつらそれぞれの縄張りに入るとどこからともなく襲い掛かってくるんだよ」


 湖に近づけば蜻蛉の群れが、湿地に行けば蜂が、岩場にいれば蠍の群れが襲ってくるらしい。


「百足は?」

「あいつらはどこにでもいるんだよ」


 百足はすべての場所に存在するらしい。


「じゃあ百足以外の介入はあるのか?例えば湖で蠍の援護が入ったりとか?」

「あるぞ、まぁ数は少ないがな」


 援護が来た時点で連絡できる手段があることは判明した。


 ただそれが指揮しているのか、同じ群れだと認識して自身で動いているのか判断がつかない。


「(となると取るべき方法はこうだよな)レオン一つ提案があるんだが」

「おっと、話をする前に少し待て」


 そう言うと立ち上がり外に出る。


「なんだ?」

「気にするなよ、全員を呼んでくるだけだからさ」


 ガゴン!!


 何か鈍い音が聞こえてくる。そしてその音はどこかで聞いたことのある音だった。


「呼んでくるだけ・・?」

「いつものことさ、気にするな」


 するとレオンが気絶したルウを担いで戻ってくる。ほかのみんなもレオンに続いてきた。


「さて、じゃあ、話してくれ」

「いや、そいつはいいのか?」

「大丈夫だ、後で説明しておく」


 そう言うと隅にルウを放り投げると全員が俺を囲むように座る。


「それで提案ってのは何だい?」

「その前に聞きたい、ここにいる全員は魔蟲を討伐することに命を懸けているか?」


 思いついている作戦は確実に損害が出る、そうさせないためにこの確認は必要だ。


「愚問だぞ、バアル」

「そうそう、オレたちは元からその覚悟をしている」


 他のみんなの表情を確認するとレオンとエナと同じみたいだ。


「なら、いい、俺が今まで聞いた話だとまずは『母体』を殺すことを第一に置いていること、違うか?」

「その通りだ、さっきも言ってたが『母体』を屠らないといつまでも増え続けるからな」


 アシラが代表して答えてくれる。


「それならいい、まず検討している話だと既に蜻蛉と蠍の『母体』が発見されている。そして空への備えがない時点で蠍の方を討伐しようとしている、合っているか?」

「ああ」

「さっさと話しを進めてくれ、本題が見えない」


 エナが痺れを切らすので本題に入る。


「俺から提案したいのは3方向への分散攻撃だ」

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