第179話 特務救出部隊
〔~リン視点~〕
ヒュン
シャン
シャキ
マナレイ学院の病棟のすぐ近くにある庭で一つの人影が武芸を披露している。
一振り一振りを確かめるように慎重に振り切り、最後には綺麗に刀を仕舞い始める。
「は~~~」
刀を納刀すると大きく息を吐き体の熱を逃がす。
パチパチパチ
庭の隅には何かを書き記している女性が拍手を鳴らす。その正体は現状を観察している主治医と呼ぶべき女性であり、バアル様の研究室の室長でもあるロザミアだ。
「うん、見事、私は武器の扱いがさっぱりでね、憧れるよ」
「ロザミアも修練すればできるようになりますよ」
「だといいんだけどね」
ロザミアは一通りの記載を終えると、近づいてリンの腕を触る。
「うん、完治したね」
「ではバアル様を追うことができますね」
気持ちがはやり、今にも飛び出しそうになる。何か月も待ち望んだ回復なのでそれも当たり前だった。
「まぁそうなんだけどさ、もう少しだけ待ったほうがいいよ」
「なぜですか?」
思わずロザミアに圧を飛ばしたのは無意識のうちだった。
「一つは学院からの援助が決まった」
「援助?」
「そう、クメニギス王家から戦力を貸してもらうことが決まってね」
「……意外ですね、国はバアル様を見捨てようとしたと思うのですが?」
「位の低い貴族ならそうしたかもね、だけど他国とはいえ公爵家の嫡男だ。ここで救出しておかなければメンツがなくなるってことさ。ちなみにだけどこのことをゼブルス公爵家に伝えたら向こうでも戦力を用意するってさ」
「御当主様がですか?ですが、そんな報告は入ってないんですが?」
「雇われているだけのリンちゃんがこの話に割って入る必要はあるのかい?」
たとえクメニギス王家とゼブルス公爵家の交渉の場に私がいたとしても何の意味もない。つまり内容が事後報告だとしても不都合がないため、後回しにされた。
「ちなみに計算が合っていれば、今日か明日中にはゼブルス家の戦力が到着するはずだよ」
「……速くないですか?」
ゼブルス領からクメルスに来るまではそれなりの時間が掛かる。話が決まってからあと少しで援軍が到着するとなると、長い期間内密にされていたことになる。
「なんで、黙っていたのですか」
「それは怪我人だからさ。リンが援軍が着いてもまだベッドにいることになるなら、無理やりにでも動こうとするでしょ?」
ロザミアを薄目で睨み抗議の視線を送るが、ロザミアもロザミアで内容を秘密にしている理由が存在していたため何も言えない。
「リンさん、ロザミアさんいますか?」
庭の入り口からのノエルの声がする。声色から探していた様子だ。
「失礼します、リンさんに面会したい人がお越しになりました」
「私に?」
リンに面会したいという人物はまずいないはずだ。ただ頭にこの国ではと付く。
「お久しぶりです!!」
「ああ、ルナでしたか」
庭の入り口から現れたのは藍色の髪をした顔なじみの影の騎士団の一人、ルナ・セラ・ヨルクスだ。
「ちなみに、私もいるぞ」
ルナの後には最近200人部隊の隊長に抜擢されたラインハルトがいる。
「お久しぶりですお師匠様」
ノエルはラインハルトさんが来てくれたことに喜ぶ。
「やぁ、久しぶりだね」
「また、なんで、いや、愚問ですね」
ノエル自身はラインハルトさんから武芸を習っていたので実力を知っているため、心強い援軍が来たと喜んでいる。
「ええ、私の部隊がバアル様救出の作戦に抜擢されたのです」
そう言うと一つの紙を見せられる。
「命令書ですか?」
紙にはゼブルス家の印璽でラインハルト率いる200人部隊とその他もう一つの200人部隊、それと100人部隊一つの計500人の騎士団を派遣すると記されている。
「それとリンにも指令書が来ている」
「私にですか?私はバアル様直轄なのですが」
公的に雇われているわけでもなくバアル様個人に雇われているので、絶対に命令に従う必要はなかった。
「いえ、内容は一つだけです。要はバアル様を助けるためにとった行動はすべてゼブルス家に責任があるというものです」
封筒を開けて中身を見る。
ラインハルトの言う通り、内容はバアル様の救出する際にすべての行動の責任をゼブルス家が負うと書いてあった。
「ちなみに私の扱いはどうなるのですか?」
「リチャード様と話し合った結果、一応は私の部隊に配属することに決まりました。ですが、扱いとしては部隊としては扱わないことになっています。部隊に入りたいときは入れるが、別段無理する必要はないということです」
つまりは自由に動いていいとのお達しだ。
「わかりました、準備のほうはどうなっています?」
「補給なども必要なので明後日からならすぐに」
「ではそのように」
「ちょっと待った!!」
話がまとまりそうなのにロザミアが話を止める。
「その話は少し待ってくれないかな」
「なぜ?」
「さっきの話に戻るんだけど、この国からも援助がある」
「具体的にはどういったことをですか?」
返答代わりにロザミアも懐にしまっていた封筒を開ける。
「まずはクメニギスの500人の魔法士軍を派遣することが決定、ちなみに指揮官は私ね」
「「「「え!?」」」」
全員が驚くのも無理はない、なにせロザミアが戦闘できるとは思えない。今来た二人はもちろん、私ですら弱そうだという印象しか持っていないのだから。
「確かに武芸はさっぱりだけど、魔法なら自信はあるよ」
そういってほほ笑むがやはりどう見ても強そうには見えない。
「ではロザミア殿がクメニギスから派遣される軍の全指揮権を持っていると考えていいのですか?」
「ええ、ラインハルトさん。私が今回の軍のすべてを握っていると考えてもらっていいです」
「では質は?」
ラインハルトの言葉には雑兵のみが来るのではないだろうかと懸念している。なにせ足を引っ張られてはたまらない。
他にも一国の要人を救いに行くのに腕利きを派遣しないのかという抗議も含まれていそうだ。
「そちらと同等の500、質は……まぁ中の中くらい」
「そうなのですか、クメニギスの精鋭ではないのですね」
ラインハルトの言葉は、クメニギスが乗り気ではないのかとの疑っている意味合いを含んでいた。
「そうじゃないよ、むしろ無理して人員を出しているのよ」
ロザミアは、戦争中さらには継承位争いが活発な中、政治に関与しない勢力から残った実力者を集めたそうで、ないがしろにしているわけではないと説明してくれる。
「まぁ現場を指揮するのはまた別の人だけどね」
つまりロザミアはお飾りというわけだ。それでも最終決定権はロザミアにあり、問題なく意見を通せるとのこと。
「いつほどで準備ができますか?」
「クメニギスの方は4日後からなら。さすがに今すぐとはいきませんね」
ロザミア以外が顔を見合わせてうなずく。
「ではロザミアさん、明日にでもそちらの指揮官との顔合わせをお願いしたい」
「了解、重要な人たちに声をかけてくるよ」
次の日にはロザミアの案内の元、クメニギスの派遣軍との会合が終了し、出立の準備に入る。
(バアル様、すぐに行きます)
〔~バアル視点~〕
ザッザッザッ
エブ氏族が襲撃された翌日には、魔蟲との最前線であるグファ氏族へと向けて足を進める。
「向こうは大丈夫なのか?」
「大丈夫だろう。マシラ姐もいるし、行きにある程度露払いはしておいたし」
マシラはエブのみんなを隣のクル氏族へと護送しているためここにはいなかった。
「しかし、あの里は守る戦力がないのか?」
今思い返すと、子供と多少戦える大人しかいなかった気がする。話通りなら氏族の長は戦闘に最も長けているはずだ、なのにあのやられようはどうなのか。
「仕方ない、ここら辺の氏族はほとんどの戦士が前線にいる。それにたとえ長が居たとしても数が多すぎれば当然、死ぬ」
「それもそうか」
守護のためある程度は戦力を残すはずのなのだが、それすらもままならない状況だったらしい。
「まぁ大丈夫だろう」
「なんだエナ、匂いはいいのか?」
「問題ない、危険な匂いはするんだが、いつも通りだ」
「そうか、
レオンとエナは以前と同じ陣形で移動しているのだが、なぜだか二人の空気はそこまで重くない。これから魔蟲との戦争するのにかなり軽い反応だ。
「いいのか?」
「……なにがだ?」
「顔が変だぞ」
ティタが不機嫌な顔をしている。その原因はレオンとエナの会話している風景を見たからだろう。
「……うるさい」
そう言うと距離を取る。
(わかりやすいな)
ティタの様子はとても見おぼえがあるため、大体の何を考えているか察することができる。
ザッザッザッザッ
それからもひたすらに走り続けると
「!?おい!」
何かを見つけたのかレオンが声を上げる。
「左に少し逸れろ、そっちに
「了解だ!!ついて来いよ!!!」
エナが方向を支持すると二人はギアを上げる。
「どういうことだ?」
「……準備しろ、すぐに始まるぞ」
ティタもそう言い先に出る。
(……始まるか)
気を引き締めて三人に続く。
森を走っているとわずかに死臭が漂ってくる。
「おい、これって」
「黙って走れ!」
そして走った先ではエブ氏族に似た柵が見えてくる。
「エナ」
「大丈夫だ、とりあえずはいないみたいだ」
エナが断言するとレオンとティタの肩の力が抜ける。
「……さっさと里に入るぞ」
里に入るとそこはひどい光景だった。
いたるところに怪我人がおり、家の中に納まらないのか地面に寝ている人すらいる。
「これはひどいな」
「ああ、だが仕方がない」
そう言うとレオンとエナはけが人の中を入っていき、一つの家に押し入る。
「おい!アシラ!いるか!!」
大声を発しながら家に入ると、すぐさま拳が飛んできてレオンが外に吹っ飛ばされる。
「おい、こら、いままでお前の穴を埋めてやった恩人に礼もなしか」
家の中から出てきたのは熊だった、それも身長は2メートルはある青い毛の大きな熊だ。
「いてて、それはすまんな、向こうも放っては置けないからよ」
「ふん!それで向こうはどうだったんだ?」
「無事に救出は完了した、ただ…全員とはいかなかったが」
「致し方ない、レオンでも無理なものは無理なのだろう、あと」
熊の獣人、アシラは俺の目の前に立つ。
「なんで
瞳を覗いてくるのだが、今は全身を【獣化】させているため熊の顔となっている。普通の子供なら泣くほど怖いだろう。
「一言でいうと援軍だ」
「援軍?……く、くく、ははははは」
レオンの一言で腹を抱えて笑い出す。
「おいおい、レオン、笑わすな!こんな奴に何ができるんだよ」
そう言ってバカにしてくる。
「エナの鼻がそれがいいっていうからな」
「なに?エナがか?」
そう言う表情が嘲笑から疑惑に代わる。
「ふぅ~ん、まぁいい、とりあえず中に入れよ」
ひとまずは納得したようで家の中に通される。
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