第153話 イピリアの特性

「では明日から冬季休校となります、皆さん、来年も無事に会えることを楽しみにしています」


 今年最後の授業が終わると、教師がそう締めくくり終了した。


「さて、バアルはこれで中等部は最後になるのね」

「だな」


 来年から二年間マナレイ学院に留学することになる、つまりは中等部は今日で最後になる。


「クラリスはそのまま学園に通うのだよな?」

「ええ、ノストニアに帰る気もないし、バアルの家に居ても何だし、そのまま学園に通うわよ」

「そうか」


 クラリスに関しては問題ない。セレナを専属の護衛にして、影の騎士団にも要請をしている。


 これならば変な虫は寄ってこない……と思いたい。


「で、結局誰を連れて行くの?」

「今回はリンとノエルだな」

「ノエルは分かるんだけど、リンも?あの子も学園はあるわよ?」

「そこは大丈夫だ、もう学園長が俺と同様に卒業を約束してくれた」


 既に確約は取ってあるので問題ない。


「まぁ何かあったら、俺の実家を頼れ」


 クラリスとは色々な思想がある関係だが、とりあえずは身内と言っていい関係だ。何かあった際に助力する義務がある。


「まぁ私はこっちで楽しくやらせてもらうわ」


 ということでクラリスはグロウス王国に残ることとなった。









 冬季休校が始めると王都を出立することになる。


「ほら帰るぞ」

「「はい」」

「「は~い」」


 王都ゼブルス邸の門に止まられている馬車にリン、ノエル、セレナ、クラリス全員が乗り込む。


「ではバアル様、御達者で」

「ジョアンもこの屋敷をたのむぞ」

「心得ています」


 屋敷をジョアンに任せ、ゼブルス領に帰ることになった。











「兄さん、おかえりなさい」

「兄様!おかえり~~~」


 一週間かけて家にたどり着くとすぐさま、二人が出迎えてくれる。


「ただいま、父上と母上は?」

「今は執務室におります」

「そうか、一緒に行くか?」

「「行きます」」


 元気の塊である二人に手を引かれて父上の元まで連れて行く。


「失礼します」

「おお……………帰って来たか」

「おかえり」


 執務室には机の上で書類に忙殺されている父上と、それ監――見守っている母上がいる。


 今回は取り繕うほど余裕はないらしい。


「今回は結構な量ですね」


 いつもなら父上に来るまでだいぶ数が絞られるのだが、今回はメートル単位の厚さの束が置かれている。


「内容を見てみれば、どういうことかわかるわ」


 母上が一枚の書類を見せてくる。


 内容はとある貴族からの救援要請だった。


「原因は……盗賊ね」

「それもその領地の騎士団が勝てないほどの、ね」


 言葉の裏に、だれかに手引きされた、と聞こえてくる。


「まぁ、頑張ってください」

「バアル!?」


 一切手伝わないことを言うと父上は驚愕し振り向く。


「す、少しぐらい手伝ってくれたりは?」

「来年からはマナレイ学院です、そのための準備や、イドラ商会の調整、とある騎士団との話し合い、経路の確保などを行うので、暇がありません、なのでこの書類はすべて父上にやってもらいます」

「そんな~」


 残念ながら、いろいろな方面とやり取りがあるので、本当に手伝うことができない。


「まぁ、もう少ししたら少しは落ち着きますのでそれまでは頑張ってもらうしかないですね」


 それから自室に戻ると、案の定書類の山が出来ている。


(さすがに、そこまで重要な案件は回ってきていないな)


 派閥関連はすべて父上に行っているおかげでそこまで量はない。今回は早く終わりそうだ。









 それからはイドラ商会の各幹部を呼び集め、俺がいない間の魔道具販売やその販路などを話し合う。


 結果、魔道具の生産を少しだけ抑えて、国外に重点的に販売することになった。


(クメニギスでも魔道具が充実すれば、俺も魔道具が使いやすくなる)


 これには影の騎士団にも要請し、スムーズに事態が動くようにした。


 次にクメニギスへの経路だが、海と陸の二つのルートがあるのだが、今回は陸路を使うことになった。理由は、まぁ、その、ごく個人的な理由だ。


「じゃあ、これを頼む」

「はい」


 文官に馬車と送迎用の騎士団の手配、食料の準備の要請書を渡し、実行してもらう。


「あとは」

『ふぁ~~~久しぶりに起きてみたのだが、何にも変わっておらんのう』


 ひさしぶりにイピリアが出てきた。


 ここ数年でわかったのだが、精霊は呼び出さない限り、基本寝ていることが多い。


 さらには時間間隔が人とズレているため長期間寝ていることも普通にある。イピリアが起きたのは実に3か月ぶりだ。


『あいも変わらず、かみっぺらとにらめっこか、ご苦労じゃの』

「これが俺の仕事だからな」

『もっとこう、魔物相手に戦闘とかせんのか?お主の年頃の人族ヒューマンはそう言うのにあこがれるのだろう?』

「たしかにそういう人もいるが俺はパスだな」


 既に十分な地位は得ている、危険を冒すつもりはない。


『かぁ~~つまらん、オノコであるなら少しは偉業を成し遂げようとは思わんのか』

「知ったことか」


 手を動かし、手紙を用意する。


『まぁどっちでも良い、我はお主の魔力をくわせてもらえればそれでいい』

「働いてもらうときは働かせるぞ」

『問題ない、その時にはお主の魔力をもらい受け魔法を発動させてやる』

「とは言っても戦闘でお前を呼び出す機会などほぼないのだが」

『……』


 イピリアのエリマキがしぼむ。


(正直なところ、魔法戦に持ち込むのなら、さっさと『飛雷身』で近づいてバベルで殴るのが楽なんだよな)


『拗ねるぞ、儂、拗ねるぞ』

「まぁこれから魔法の国に行くんだ、活躍できるときはあるさ」

『…うむ!』


 励ますとエリマキが開く。


「そう言えば、お前の特性ってなんだ」


 今の今まで不自由がないので忘れていた。


『今かい……儂の特性は【雨乞】と【沈下】じゃ』


 ……ショボいと思うのは俺だけか?


「効果は?」

『【雨乞】は雲を呼び雨を降らせる特性で、【沈下】は地面を液状化させてい地上にある物を地中に埋める特性だな』


 へぇ~~~…………あれ…………これって。


「イピリア、お前が地中深くにいた理由って………まさかとは思うが自分の能力の誤作動か?」

『……』


 沈黙しているのは、もはや自白と変わらない。


『仕方ないじゃろ、寝ぼけていたのじゃ!!』


 ………寝ぼけて、自分を地中深くに沈めるって


「どんなアホだよ」

『アホいうな!!』


 小さな体で威嚇しながら目の前を飛び交う。


 イピリアを無視して書類の作成を続ける。


 しばらくしてつまらなくなったのか肩に乗って書類をのぞき込んでくる。


『何をしているんじゃ?』

「ん?クメニギスに行く際に通る、貴族への手紙だ」


 一応は通過するのだ、きちんと断りは入れておく必要がある。


『めんどいものだな』

「まぁな」


 無断で通るという手もあるのだが、俺にも立場という物がある。


『まぁがんばれ』

「投げやりだな」

『儂は人族のことなど知らんしな、まぁ命の危険があれば助けてやるわい』

「呼んだときは素直に出て来いよ」

『気分次第じゃの』


 とりあえずは大人しくしてくれているので助かっている。


(アルムに忠告されたが、そこまで厄介者でもないな)













「「こっち」」


 俺は幼い手に掴まれながらゼウラストの町を探索している。


「わかっているから少し待ってくれ」


 二人に手を引かれて、行動を制限させる。


「あれ!いい匂いするわ!」

「たしかにする」


 二人が指差した先はもはや屋台で定番となった綿飴の屋台だ。


「ラインハルト」

「買ってまいります」


 ほほえましいと顔に書いてあるラインハルトにお使いを頼む。










 事の発端は今朝になる。


 今日は久しぶりに書類がひと段落していたので朝からソファで寝ていたのだが、そこに


「「せーの、ど~~~ん!!」」

「ぐっ!?」


 二人がお腹に飛び込んでくる。


「「今日はお休みですね(よね)?」」

「あ、ああ」


 それからは二人のおねだりに根負けして、街に出かけざるを得なくなった。










 護衛にはラインハルト、リン、セレナ、二人のメイドを付けている。


 そのほかにも遠巻きに何人もの騎士がいるのが見える。


 その数はざっと見30人はいるだろう。


(まぁ、現状だと妥当だな)


 一応は隠れているおかげで二人は気づいていない(その他は気づいている)。


「毒は入っていないようです」


 ラインハルトは毒見をして安全を確かめる。


「ほら」

「「わ~い」」


 素直に喜ぶ二人を見て、周囲の人もほっこりとしている。


 それからも二人を連れて、街を散策する。


 日が落ちるころになれば


「「すぅ~~すぅ~~」」


 二人はメイドの腕の中で穏やかな寝息を立てている。


「かわいいですね~」

「本当、バアル様はこういう時期は一瞬だったからね~」


 メイドの二人は俺が生まれたころからおり、俺の幼少期を知っている。


「そうなのですか?」

「ええ、ほとんど自分でやっちゃうし、世話のし甲斐がなかったのよ」

「へぇ~でも想像できるわね」

「子供らしくなくて御当主様も奥方様も心配していたんですよ」


 それからリンとセレナはメイドに俺の幼少期の思い出を聞き入っている。


「……」

「なんだ?」

「いえ、私も何となくですが、想像できると思いまして」


 ラインハルトも俺の様子から子供のころどんなだったか想像できたのだろう。


 それから全員で屋敷に戻り、弟妹との休日が過ぎていく。

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