第154話 キビクア公爵
「では新年祭の書類を置いておきます」
「うむ」
父上の執務室で4日後の新年祭の計画表を置いておく。
「新年祭が終わったら、すぐさま立つのか?」
「ええ、さすがにノストニアの生誕祭にまで顔は出せないので」
現在は冬、こちらの都合上来年の春までにはマナレイ学院に到着する必要があるのだが、多少移動に時間が掛かる。さすがに行き来に時間がかかりすぎることから、ある程度余裕を持つとして新年祭を終えてすぐが一番いいタイミングだった。
「アルとシルは拗ねるだろうな」
「大丈夫ですよ、長期の休暇がありましたら何度か帰ってきますので」
俺が長い間いなくなると告げると、何度も引き留められた。学園で何度も離れているので大丈夫だろうと思っていたが、思わぬ誤算だった。
「最後にはわかってもらえたので問題はないと思いますよ」
「だといいな」
一応は説得できたのだが、もちろん、快諾とはいえない。現に二人は今も拗ねている。
「新年祭で何とかなだめてくれよ」
「わかっていますよ」
それからも新年祭の予算案を作成する。
新年祭当日
父上の挨拶が終わると、護衛とともにアルベールとシルヴァを連れて町に繰り出すのだが…
「「……」」ムゥ~~
二人は頬を膨らませて、目を合わせてくれない。
「二人とも機嫌を直してくれないか?」
ブンブン×2
頭を降り拒否を示す。
(さて、どうしようか)
ここまで拗ねた子供の扱いはよくわかってない。
それから物で釣ろうとも、楽しそうな話題を出しても乗ってこなくて。どうすればいいか本当にわからない。
「バアル様、そろそろ」
リンの時間が来たことを伝える。催し物があるためそろそろ広場に戻らなくてはいけない。
「「………」」
二人の視線がちらちらと広場の方を向く。その表情は嬉しそうではなく、どちらかと言うと後悔しているようにも見えた。おそらくだが、ここで放置してしまったら今年は嫌な思い出となってしまうだろう。
(……そうだな)
「「わ!?」」
一つの考え事を思いつくと二人を抱えて、身体強化をし、建物を駆けあがっていく。
「に!?」
「ひ!?」
二人は抗議らしき声を上げるが、その時にはすでに建物の屋上に来ていた。
「ここならよく見えるだろう」
「「??」」
登った建物の屋上からは広場を一望でき、父上の姿も母上の姿も見えることができていた。もちろん護衛であるリンも屋上の死角におり、警護も万全だ。
しばらくこの高さから人混みの多さと賑わいを見守っていると数名の魔法使いが広間に出てきた。
「「わぁ!!!」」
そして始まるのが魔法の演舞だ。
殺傷性が低く、ただ魅せるために様々な形や色を取る魔法に二人は楽しそうにそれをのぞき込む。
「アルベール、シルヴァ、確かに俺は数年遠くに行く」
この言葉に二人の楽しかった表情が曇っていく。
「だから約束しないか?」
「「約束?」」
「ああ、来年に必ず帰ってくる、だからその時はまた一緒に見よう」
「「……」」
二人は何も言わないが、徐々に表情が柔らかくなっていく。
「「約束!!」」
「ああ、約束だ」
二人を膝の上に乗せ、魔法の公演を楽しむ。
そして最後の演舞が終わり新年祭が終了した。
「では行ってきます」
新年祭が終わると、次はクメニギスへの留学だ。
玄関口には屋敷にいる全員が見送りに来てくれている。
「兄さん」
「兄様」
もちろん弟妹もいる。
「「約束忘れないで」」
「ああ、もちろん忘れないさ」
二人の頭を撫で、母上の元へと返す。もはや二人の表情に負の感情はなかった。
「それじゃあバアル元気でな」
「体を壊さないでね」
「ええ、それと父上、あの書類は2日後までに決済が必要ですからね」
「……むろんわかっているよ」
そうは言うが視線が泳いでいる。約5メートルの書類の山なので気持ちはわかるが、アレを処理しないことには様々な問題が進まないため、嫌でもやってもらう。
「安心してバアルちゃん、私がしっかりと見張っておくから」
「なら、安心ですね」
「……バアルからの評価はどれだけ低いんだ」
そう思うなら自身の仕事ぶりを振り返ってほしい。
「準備が整いました」
御者が声をかけてくる。
その後ろでは護衛である騎士の馬車が集まっている。
「では行ってきます」
「気を付けるんだぞ」
「気を付けてね」
「はい」
それから屋敷の者ほとんどに見送られながらクメニギスへと向かう。
今回クメニギスに赴く際には陸を選択してある。順路はまずはゼブルス領を出て、キビクア領を目指し、そこからまっすぐに西に向かう。そのあとはクメニギスの国境を越えた先にある町でマナレイ学院の使者と合流する手はずとなっていた。
当然ながら距離もあることながら、さらには雪道の為従来よりも速度は出ない。計画としては2か月を目安に移動をしているが、おそらくはもう少しかかると踏んでいる。
「今頃、みんな何しているんですかね」
そんな馬車に揺られて2週間が経つ頃、ノエルが空を見ながらそうつぶやく。
「セレナは簡単に想像がつくな」
「そうですね」
今ごろギルドで小遣い稼ぎをしているのだろう。
「カルスとカリンは今でも教育されていて、クラリスは王都のゼブルス邸でのんびりしているだろうな」
「ネロさんは?」
「ネロはゼブルス領でアルベールとシルヴァの世話を任されたな」
ネロは狙われる身なのでゼブルス領にいたほうが安全だ。
それにあの二人の周りにいればネロを含めて三人を同時に守れるようになる。
「バアル様、見えてきましたよ」
そんな予想を語りながらリンの声で外を見てみると、広大な草原の真ん中にある大きな都市が見えてくる。
「あれがキビクア領の都市キビルクスか」
見渡す限りの平面の大地に、一つだけ存在している城壁に囲まれた大都市。それがキビクア領の都市キビルクスだ。
草原らしきところには放牧地であろう場所が見える。今は冬なのでそこまで茂ってはいないが、これが春頃から夏頃までは見ごたえある風景になるのだろう。
「それじゃあ中に入ってくれ」
「わかりました」
御者に命令し、都市に入る。
門番に話を通すと、すぐさまキビクア公爵家の城に案内される。
「ようこそいらっしゃいました!!」
城門をくぐった先には、エルドの婚約者レイン・セラ・キビクアが待っていた。
「久しぶりですね、レイン嬢」
「そうですね、一年ぶりぐらいですかね」
既に手紙でキビクア領を通過する旨をキビクア公爵に伝えてある。もちろん大体の日付と人数もだ。こちらは通過する礼儀として手紙を送り、向こうは礼儀として対応してくれている。
それからレイン嬢の案内で城内を案内される。
「お父様、お連れしました」
一番大きな部屋に入ると、レインと同じ深緑色の髪を整えた渋い男性が座っていた。
その顔は何度も夜会やパーティーで見たことがる。
「お久しぶりですキビクア公爵様」
この男性はキビクア家現当主、レイフォン・セラ・キビクア。
今回はノストニアとは違い、完全に私用で立ち寄っている。なので立場としては相手が絶対的に上だ。
「久しいなゼブルス家のバアル殿」
相変わらず渋い声だ。
この声だけで惚れる女性も数多くいることだろう。
(ほんとう、なんで父上だけあんな感じなんだろう)
ほかの公爵家当主と比べても父上だけやたらとぽやんとしている。
「それで、今回は何の用だ?」
ソファに座るように促されると無駄な挨拶を一切省き、いきなり本題に入った。
「来年からマナレイ学院への留学が決まりまして、その道中にキビクア家を通るのでご挨拶に」
「……なるほどな」
一瞬何かを思案したようだが、何を考えているかはさすがに読めなかった。
「いつこの地を立つ?」
「明後日を予定しております」
「宿は?」
「あらかじめ手配した宿が」
そういうととあごひげをさする。
「明日はどうするのだ」
「食料の買い込みのみですね、ここから先はクメニギスへ一直線で進むので」
「……なるほど、では明日、レインに町を案内させよう」
「(レインに?)こちらとしてはありがたいのですが、レイン嬢は多忙ではないのですか?」
「問題ない、ここで客人に案内しないのはキビクアの礼儀に反する」
「……ではお願いします」
ここで断るのは悪手だ、相手が礼儀を尽くしてくれるのにそれを断るのなら、よこしまな目的があると宣言しているようなものとなる。
「話は変わるのだが、中立派はエルド殿下とイグニア殿下どちらが未来の陛下としてふさわしいと考えている?」
本当に急に話が変わる。そしてその話題は俺が触れたくないものの一つだ。
「それを決めるのは私ではありません」
あきらか明言を避ける。なにせここで何か言ってしまえば、言質を取られてしまう。もし言質を取られてしまえば、瞬く間に噂は広がり逃げる間もなくエルド派閥にいることになってしまいかねない。
「ほぅ、では誰が?」
「さぁ?ですが私ではないことは確かですよ」
問をはぐらかす。
「……今日の晩餐に招待したい、受けてくれるか」
「光栄です」
様々な思想があると分かるが、今夜はキビクア公爵家で晩餐をすることになった。
キビクア公爵との面会も終わり、再び馬車に移動するのだが。
「それでレイン嬢、なぜついてきているのですか?」
現在予約してあった宿に向かうのだが、馬車の中にはレイン嬢と一人のメイドが乗り込んでいる。
「いえ、明日は案内しろと父さまから言われましたが、べつに今日から案内をしても問題ないと判断しました」
「今日はやることがあるとは思わなかったのですか?」
「でしたら後ろで見ているだけにいたします、もちろん何かあった際は助言をさせてもらいますよ」
こうして宿に到着するまではキビルクスの特産を紹介された。
「え!?」
宿に到着しチェックインすると、なぜだか、レイン嬢は驚く。
「なんだ?」
「三人部屋、それもリンとノエルちゃんと……」
どんな誤解をしているかが今の言葉で理解できた。
「リンは護衛だから同室、ノエルも侍女としてついてきているから同室、これの何がおかしい?」
「いえ、その、男性の部屋に独身の女性が泊まるのはいかがなものかと」
そういうが目を光らせて興味を持っているのがよくわかる。
「安心してください、レイン様の考えているようなことは起こりませんから」
リンがそういうとレインに近づき何かをささやき、リンが離れると、そこには顔を真っ赤にしたレインがいた。
「何を言った?」
「いえ、なんでもないですよ」
まぁ別段何も起きないので放置する。
「それじゃあ、役割を与えられたもの以外は自由にしていい、ただくれぐれも騒ぎ起こすなよ」
「「「「「「「「「「「はい!!!」」」」」」」」」」
そういうとすぐさま騎士や御者は宿の外に出ていく。
仕事を命じられた者は忠実に実行し、休みを言い渡された奴らは徒党を組み歓楽街に遊びに行った。
少ししたらまた長距離の移動があるので存分に羽を伸ばしてもらう。
「それじゃあ俺たちも町を見て回るか」
「そうですね」
リンとノエルを連れて町に出る。こちらとしてもさすがに宿に籠りっきりはあまりにもつまらなすぎる。
「では私がご案内します」
そんな俺たちの前にすぐさまレイン嬢が出てきて、名乗りを上げる。
「ではお願いします」
「はい、まず一番のおすすめは騎乗体験です!!!」
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