第135話 汚名返上

〔~リン視点~〕


 私は眼前のネロに突撃していく。


「ふぅ!!」


 あちらも同じく近づいてくる。剣士なら勢いを付けた攻撃の重さを知らないはずがないため、双方がそれぞれ助走をつけて剣筋に重みを付ける。


 そしてネロが間合いを読んで切りかかってくる。


 ヒュン

 ブン


 振るわれた剣を避けて、確実に当たる位置を確かめる。


「すごい」


 何やら感嘆の声が聞こえてくる。


 元々翠風流は見切りに重点を置いている流派であって、目にはかなりの自信があった。


「『風柳』」


 刀を抜き、剣を受け、一切の手ごたえを感じさせずに受け流す。


「!?」


 ネロは身を乗り切っての攻撃だったので体勢を崩し、隙を晒す。


「やばっ」


 フォン

 カコン


 攻撃が木刀越しに胴に当たると簡単・・に吹き飛ぶ。


「…え?」

「そこまでだ」


 ネロが吹き飛んだことにより模擬戦が終了した。






〔~バアル視点~〕


「お前案外弱いな」

「っぐ!?」


 思ったことを言うと軽く傷ついている。


 だがこう思うのも無理はない、なにせ主だった行動も見せないうちにやられているのだから。


「お前、よくそれで卒業できたな?」

「言い訳させてもらえば、私は自前の剣を使った時こそ私の実力です」


 悔しそうに言う。


「自前の武器が使えない時もあるだろうに」

「ぐっ」


 とりあえず、ネロはリンよりも弱いということが判明した。


「俺が何も指示してない時はラインハルトに稽古をつけてもらえ」

「…はい」


 館に戻る際に訓練場の担当者にネロとラインハルトと顔合わせを頼んでおく。


「そう言えば、ほかのみんなは?」

「クラリス様ならセレナの案内で図書館に、あとの三人ならルウィムさん達が指導しているはずです」


 ルウィムとは長年執事長をしている人物で、父上の信頼が厚い忠臣の一人だ。


「じゃあ先にカルス達の方を見てみるとしよう」


 ネロを訓練場に置いて、リンと共に三人の様子を見に行く。











「いいですか、カルス、我々執事は主人の裏方となる存在です」

「はい」

「ですので、主人が快適に過ごせる空間を整え、主人の手を煩わせないように雑務を仕切ります」


 とある部屋でカルスが執事長であるルウィムに仕込まれている。


「では、この部屋で主人が過ごせるように工夫してみてください」

「はい」


 何やら訓練らしきものを行っているようなので覗いてみる。


 カルスがいろいろなところを回り、様々な工夫を凝らす。


「できました」


 部屋の中は全て整頓され、綺麗には整えられてはいるが……


「カルス君、60点です」

「なんで!?」

「理由はいくつかあります、まずは窓です、今は程よく日が入ってきていますが、あと30分もすれば強い日差しが入り込みます、なのでその場所のみカーテンを閉じておく方がいいでしょう」

「うぐっ」

「次に机の上のインクです、カルス君は中を見てみませんよね、どのタイミングでインクを使うかわかりません、常にインクの中身を満タンにしておくことが大事です」


 他にも細かい点を隅々まで指摘していく。


「……次行くとしよう」

「そうですね」


 どうやらカルスの修行はまだまだ続きそうだ。










「ノエルはとてもいい感じですね」


 カルスの場所とは打って変わって、侍女長の元にはノエルとカリンが部屋の掃除の手伝いをしている。


「カリン、もう少し丁寧に」

「……はい」


 モップを持って廊下を掃除しているのはカリンだ。


「そうそう、廊下は人が通るから真ん中よりも端のほうがゴミが溜まりやすいからね」


 ノエルは苦もなく掃除をしているが、カリンは少し辛そうだ。


「……そろそろ、武芸の時間ね、カリン、ノエル、今やっている仕事を終えたら訓練場に向かいなさい」

「はい」

「はい!!!」


 どちらが喜色の声を上げたかは声だけでわかる。


 カリンは先ほどのやる気のなさが嘘みたいに張り切って掃除を終わらせる。


「ほら行こ!」

「はいはい」


 カリンはノエルの腕を引っ張って廊下を走っていく。


 当然ながら侍女長からはお怒りの声が上がるがカリンはすでに足を淡く光らせながら逃げていく。


「はぁ~あの調子じゃノエルのみが使えそうだな」

「ですね、あの二人は執事や侍女ではなく騎士として育てるのがいいのでは?」

「そうはいってもな、どこに預けるんだ?」


 騎士としての教育を本格的に行うならそれなりの場所で育てなければいけない。


「騎士の誰かに引き取ってもらうのは?」

「無理だ、カルス達の出自を忘れたか?」

「………あ」


 カルスたちは自覚こそないがエジルカ子爵家の血縁者だ。


 下手な家に任せると、鑑定をした際に面倒なことになるのは火を見るよりも明らか。


(下手すればエジルカ子爵に通じて身柄を受け渡される可能性すらあるからな)


 ただ拾っただけの俺と、血縁のエジルカ家とではどちらが保護するにふさわしいかは簡単にわかる。そしてエジルカ家からしたらユニークスキル持ちの二人を囲っておきたいはず。


(とりあえずは、ゼブルス家が心地よいと思ってくれるまではそのままにしておきたい)


 そうすれば無理やり引き取られてもまた戻ってくるはずだ。


「(とりあえずはそのまま放置だが)将来はどうなるかな」


 ユニークスキル持ちだ上手く取り込めるようにしたい。ただどうしても人を扱うため気質の違う仕事を割り振ってしまえば心は簡単に離れて言うだろう。


「そう言えばセレナがカルス達に冒険者の良さを熱く語っていましたね、それでカルスとカリンは結構乗り気で…………」


 リンは俺の顔を見て話すのをやめた。


「セレナはどこにいる?」

「と、図書室にいるかと」


 自分でも低い声が出たのは自覚できた。









「さて、セレナ、何で床に座らせているかわかるか?」

「えっと、記憶にございません?」


 どこかの政治家が言いそうな言葉を出してくる。


「カルス達に冒険者について語っていたな」

「あ~ありましたね、いや~ロマンがありますからね~~しかもユニークスキル持ちですよ有名に成るのは間違いなし。私の記憶に残るテンプレも全部教えたら、カルスの反応があまりにも良かったのを覚えてますよ。いや~アレは間違いなくラノベを読んだら馬鹿ハマりするタイプですね。そう言えばラノベの戦闘スタイルも教えもしましたよ、カルス君は糸使いでカリンは蹴りに重きを置く格闘家ですかね、いや~いくつかあっていそうなのを教えたら喜んでいましたよ、それから―――」


 俺の眉間にしわが寄っているのに気づかずにべらべらと趣味満載な話を続ける。


「セレナ、そこまでにしといたほうがいいわよ」

「え~何でですか、カルス君なら雲に糸を付けて空ですら飛びそうなのに、あ、バアル様なら小島一つぐらいなら簡単に滅ぼせる雷球ぐらい出せると思うんですよ」


 クラリスが俺の様子に気付いてセレナをやんわりと止めるが当の本人は気づきすらしない。


「セレナ、バアルの眉間を見なさい」

「へ………」


 ようやく、妄想の世界から帰って来たのか、俺の表情を見て青ざめる。


「……バアル様?」

「なんだ?」

「なぜ、眉間にしわを寄せておられるのですか?あと額に血管が浮き出ていますよ」

「それはな」


 セレナの額を鷲掴みにする。


「待って待って!バアル様の力だと私簡単にトマトに成っちゃうから!?ぶちゅっと逝くから!?それになぜだが若干ビリビリくるんですが!?」


 本当に軽く電流を流し折檻しておく。








 ブスブスブス


 若干、焦げた匂いがセレナから漂ってくる。


「つまりは、バアル様はカルスを手元に置いておきたかったと?」

「そうだな」

「ですが、私が冒険者の話をしたことにより、結構乗り気になってしまったと?」

「ああ」

「えっと、ごめんなさい?」


 ゴギゴギ


「本っ当っに、誠に申し訳ありませんでした!!!!」


 なにかを掴む動作をしながら指を鳴らしてやると、俺すらも見逃す速度で土下座の姿勢になる。


「ほら、バアル、それくらいにして」

「……はぁ~、罰則はあたえないから安心しろ」

「えっでも」


 チリチリになった髪の毛を触る。


「それは、まぁただの八つ当たりだな」

「ひどくないですか!?」


 そうするとクラリスが咳ばらいをして空気を換える。


「それで、なんでバアルはここに来たの?」

「いや、現状皆がどんなふうに過ごしているかチェックしているだけ」

「それだけ?」


 クラリスは俺の性格をわかっている。


「もちろん、それだけじゃない」


 俺はネロのことをクラリスに話す。


「ふぅ~ん、つまりが国の偉い人から紹介されたけど正体不明の人物だから気をつけろってことね」

「そういうことだ、二人もだぞ」

「「はい」」


 知らせておかないで、クラリスとセレナ(主に心配はこっち)から大変な情報が漏れるのは避けたい。









 数日後、この日はカルス達の実力を確かめるために模擬戦を計画したのだが。


『お願いします、その模擬戦私も混ぜてはもらえないでしょうか』


 以前リンにあっさりと惨敗したネロがぜひ参加したいと頼み込んできた。


「ではこれより、模擬戦を始めるぞ」


 俺はリン、ラインハルト、セレナ、カルス、ノエル、カリン、ネロを呼び出す。


「バアル様、俺たちは構わないんだけど……この人は誰なんだ?」


 カルス達とネロは初対面だ。


「お互いの自己紹介は後で頼む、それよりも早速始めるぞ」

「どの組み合わせでで行いますか?」

「まぁ最初はラインハルトとネロかな、同じ剣同士だし」


 まずはラインハルトとネロの模擬戦を始める。


「ラインハルトさん、お願いがあります」

「なんですか?」

「もしよろしかったら自分の剣を使っていいですか?」


 模擬戦を始める前にネロがラインハルトに自身の剣を使いたいと頼み込む。


「ふむ、魔剣の類なんですか?」

「はい、もちろん鞘に納めたままにします」

「ふむ、いいでしょう」


 ラインハルトの許可が出たのでネロは鞘に入ったまま剣を握る。


「では始めるが、双方いいか?」

「はい」

「問題ないです」



「では、始め!」


 俺の言葉と同時に二人の戦いから始まる。










 ネロとラインハルトの戦闘を見て、以前のネロとの評価を変えなければいけない。


 なにせ


 ヒュン!


 ラインハルトが切りかかるのだが、ネロは一切受け止めることなく紙一重で躱す。


「リンの『風柳』に似ているな」

「ええ、ですがアレは受け止めて、流すというわけではなく、完全な見切りと『躱す』の方に重きを置いていますね。それでいうとクラリスさんの方が似ているのでは」

「ええ、そうね私の『羽舞』に似ている、というかほぼ同じ感じかな?」


『羽舞』は、相手の攻撃にの際に起こる風に乗るように躱すアーツである。


「ふん!」


 フワッ


「「「え?!」」」


 ラインハルトが剣を振りぬくのだが、すぐ後にネロはラインハルトの剣の上にのっている。


(牛若丸かよ)


 俺達の視点から見えていたがラインハルトの視点だと急に消えて、次には振りぬいた剣に乗っている状態だ。


 それからもまるで羽のように軽やかに動き、ラインハルトの攻撃をかわし続ける。


「え!?ラインハルト様負けちゃうの!?」


 カリンはラインハルトが負けると思って驚く。


 カルス達はラインハルトから剣を教わっているから、余計に信じられないのだろう。


「どうだろうな」


 カァン!


 ネロが繰り出した一撃を的確にラインハルトは防ぐ。


「スピードで勝てないので、きちんと相手の動きを見切りに動きましたね」


 リンの言う通り、ラインハルトは様々なネロを念入りに観察し、癖を見出そうとしている。


「………なるほど」


 ラインハルトが何かをつぶやくと模擬戦は急速に動いて行く。


 ブン!


 ラインハルトは先ほどよりも大振りな一撃をで繰り出す。


「そんな大振りでは」


 当然、ネロには大振りでさえ隙となる。


 そんな隙を見逃すはずもなく、流れるように懐に入り、剣を振るう。


「そこ!」


 だが、この動きはラインハルトの予測通りだ、そして自身で導いた答えを実践する。


「!?」

「貴方の弱点はここですね」


 すぐさま切り返し、まるで重なるように剣を振るう、ラインハルト。


 その剣同士がぶつかり甲高い音が上がったと思ったら。


 ネロが吹き飛ばされる。


「そこまでだ」


 俺は終わりを告げる。


「なにが起こったの?」


 セレナがなんで、ネロが吹き飛ばされたのかよくわかってない。


「さて、ラインハルト説明してくれるか?」

「ええ、ですがその前にネロさんを」

「わかっている」


 バベルを取り出して『慈悲ノ聖光』を使うと、ネロとラインハルトの怪我が癒えていく。


「それで説明を頼む」

「はい、まず、ネロさん、その剣のスキルはおそらく自身を軽くするもの、違いますか?」


 ネロは肩をすくめる。


「その通りです」



 ―――――

 軽羽剣“フェザーソード”

 ★×4


【軽キ羽】


 剣と一体となる時、その身は風に舞う羽となる。

 ―――――


「この剣は魔力を流すと、量に応じて体を軽くしてくれるんです」


 それで軽やかに躱すことができたのか。


「最終的には自然の風にすら流されるほど軽くなります」

「なるほど、剣風に乗ることであの回避を実現しているのですね」


 リンの言葉にネロは頷く。


「でも、なんで最後はラインハルトの攻撃が当たった?」

「それは簡単ですよ」


 ラインハルトは何事もないように説明する。


「避ける際に何らかの方法で身を軽くしているは気づいていました、ですが私が剣を受けた時はかなりの重さがあったのです」


 攻撃する際にも軽量化を駆けているならダメージなど、ろくに入らない。なので攻撃する瞬間だけ能力を解除する必要があるらしい。


(確かにな、大雑把だが『衝撃』=『重さ』×『速さ』の式が成り立っている時点で、『重さ』の部分が限りなくゼロに近いのであれば衝撃も無いに等しい。)


「その通りです、ですからラインハルトさんは剣が当たった時に私の剣を滑らせて反らすと同時に攻撃を加えたのです」

「そうすれば、さすがに避けられないかと思いまして」


 二人の解説に納得し、最初の模擬戦はラインハルトの勝利に終わった。

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