第134話 騎士とは
父上が呼んでいることを母上に教え、俺は自室でいつも通り仕事をこなす。
『お主、いつもこんなことをしているのか?』
暇になったのかイピリアが現れて話しかけてくる。
「まぁな」
イピリアがそういいたくなるのもわかるほどの量の書類が俺の部屋に運び込まれる。
「失礼します、若様これもお願いできますか」
オカワリがやってきた。
「……どの書類だ?」
「各村の陳情と対応、それと各町や村の人口増減の確認をお願いします」
一応はまとめられているのだが、最終チェックは俺か父上が行うことになっている。
(……ほんの少しだが魔物の襲撃が増えてきているな、それと人口も各村では減少傾向にあって逆に大きな町にはかなりの増加傾向が出ている)
金がある場所に人が集まるのは必然、つまりこの反応は正常なのだが……。
「各村の詳しい調査のために人員を派遣させろ」
せっかく村があるのに若手がいなくなりつぶれるなんてことになれば開拓した意味がない。
「ではその書類を作成しますので後程サインをお願いできますか?」
「早くしろ、あと調べるのは周囲の自然状況と魔物種類、遭遇確率、各村町の年代割合と同じく職種割合も忘れるな」
「はい、それで経費はどれくらいを」
「一つの村に大銀貨三枚、町や遠方では金貨を許可する」
「わかりました」
そういい文官は部屋を出ていく。
そして入れ違いにほかの文官が入ってくる。
「失礼します、ゼブルス家の騎士団からの要請があります」
「どれだ?」
差し出された書類を見る。
中身は練兵のための経費と訓練場の借り切り、演習のために草原の貸し切り要請、回復魔法を使える者の手配が書かれている。
「第三騎士団からか」
まずは騎士について説明しておく。
この世界では騎士とは軍隊での士官階級のことを指している。まず騎士として雇われると、先任騎士の部隊で研修を行う。一定の期間の研修を終えれば最初は10人の部下が配属されて活動する、そこから功績を積み、徐々に部下を増やしていき、やがて数百人規模の隊に成長していく。
もちろん兵士から騎士になることもできなくはないが、それ相応の教育を受けている学園卒の騎士と比べると技量や知略は劣るため、昇進速度はかなり遅い。もちろん例外もいるがやはり教育を受けているのといないのでは違いが出てしまう。
階級は10人の分隊の隊長から始まり、30~60人の分隊をまとめるの小隊長にまで成長し、60~250人の複数の小隊をまとめる中隊長、250~1000まで複数の中隊をまとめるの大隊長、その先は数個の大隊が連なる連隊、旅団、師団の長となっていく。
そして最終的にそれらをすべて束ねたのが軍団長となることができる。
ただここまでくると限られた存在にしか成りあがることはできない。
そしてゼブルス家の騎士は現在約4千人ほど、兵士もすべてを含めれば20万ほどまで存在する。ただ様々な場所に散らばっているので、一か所には多くてもせいぜいが1万程度だ。
その中で騎士団は6つに分かれている。
まずは武術、魔術、騎乗術の優れた精鋭だけが集められた第一軍団。
歩兵を中心に構成された第二軍団。
魔術師を中心に構成された第三軍団。
騎馬を中心に構成された第四軍団。
弓兵や斥候などの役割が得意な兵士が集まる第五軍団。
そして最後に門番や町に巡回するための衛兵、街道を渡り歩き監視する監視兵といった日常に必要な兵種が集まっている第六軍団。
ただ兵士の70%は第六軍団に所属している、なので本格的に戦争などに使えるのは30%ほどだ。
「軍馬の餌に訓練用武器、けがの際に必要な医療物資、食糧に給金……全部で白金貨か」
「はい、第四軍団は数こそ第二や第三軍団に劣りますがその分、軍馬などにかかる経費がありますから、妥当だと判断します」
「……問題ない、近くの町村に草原の貸し出しについて、周知しておけよ」
「わかりました」
その後も食料に関する文官、輸出入に関する文官、第六軍団とのやり取りを担当する文官。
これ等が立て続けに訪問してくるのでかなりの時間が取られる。
『のぅ』
「ん?なんだ?」
『あそこからとてもおいしい匂いが漂ってくるのだが』
イピリアが窓から見ていたのは俺の工房だ。そこから漂ってくるおいしい匂いとは。
「いずれ教えてやるよ」
『いやじゃ、今教えろ』
イピリアがおいしいと感じるもの、それは魔力しかない。そして工房で魔力といえば動力源に他ならない、そんなものをイピリアに貪り食われでもしたらどれほどの損害が出ることか。
「……教えてほしければ大人しくしていろ」
『なんじゃ?訳アリか?』
「ああ、あそこに俺の重要なものがあるんだよ」
なにせ俺が今の地位に立つために必要なものを作っている場所だ。あれが無ければここまでの地位にはなれないだろう。
『なるほどのぅ、とりあえずは我慢するかのぅ』
イピリアは納得してくれたのかとりあえずは大人しくしてくれる。
しばらくするとノックされる。
「誰だ?」
『リンです、ご当主様がお呼びになっておりますよ』
「……分かった」
幾つかの書類を持って父上の部屋に向かう。
コンコンコン
「バアルです、呼んでいるとのことでしたが」
「入れ」
「失礼します」
許可が出て、中に入ると父上と母上、それとネロがいた。
「???なんの要件ですか?」
「ネロの件だ」
俺の視線がネロに向く。
「結果だけ言おう、ネロはゼブルス家で雇うことになった」
「正気ですか?」
どう考えても訳アリだ、仮にこれが納得できる事情ならいいのだが事情は教えてもらえていない。あやふやな人物を雇うことなど俺ならしたくない。
「もちろん正気だ。バアルならある程度察しているだろうけど、ネロはある理由を持っている」
「ただそれを話すことはできないわ」
両親は知っているようだが、俺には話さない。
「……いいでしょう、ネロの出自、事情は一切聞きません」
俺にも事情を話せない。これだけを聞くと俺だけが外されているようにも見えるが、俺の口の堅さを知っているなら、普段の父上は事情を話す。それをしないということは聞くことによる何らかの不都合が含まれているからにならない。
例えば
(事情を知った物は命の危険が迫る、か)
命ではないにしろ、聞けば危険に巻き込まれるとなれば父上が教えてくれないのも納得だ。
「よろしい」
「それで、ネロは第何軍に所属させるつもりですか?」
「そこなんだが、ネロは少々事情があるのでな、お前の護衛騎士にしようと思っているのだが」
「お断りです」
思わず食い気味で答える。
「仮にネロが父上の隠し子で罪滅ぼしで雇うつもりだったとしてもです」
「…あなた」
「いや!?いるわけないだろう!?」
何やら母上が父上を責め立てる。
おそらく昔に何かあったのだろう。
「俺の専属護衛となるのなら、俺の仕事の時にずっとそばにいることになります」
「うむ」
「……俺の仕事には書類仕事もあるんですよ、重要な書類を見られたらどうするんですか!!!」
能天気な父上に少しだけいら立ちを覚える。
「なるほど、ではネロは移動中の護衛のみを仕事にするとしたらどうだ」
そうなれば室内とかでの書類仕事を見られずに済むという。
「ふざけているんですか?」
外でも重要な情報のやり取りはあるに決まっている。それにどこに出かけたなどでも十分何をしているかなどを推測することができてしまう。
「はっきり言いましょう、事情を知らない俺からすれば、ネロは信用できないんですよ」
「いや、何もそこまではっきりと」
「逆です、父上は甘すぎます」
俺からしたらよくわからない存在を懐に入れるなんてごめんこうむりたい。
「ご子息様の考えもごもっともですね」
するとネロ自身が立ち上がった。
「それでしたら、提案があります」
俺達の視線がネロに集まる。
「私を小間使いと同様にお使いください」
「…続けろ」
「はい、私は声がかかるまではこの屋敷の護衛として過ごし、必要な際のみにお呼びください」
(…なるほど)
俺が動かしたいというときにだけ動ける自由な騎士で、用がない場合はこの屋敷を守護する護衛になるという。
「そうすれば秘密にしたいことなどからは私を遠ざけることができます」
「どうだバアル」
「……いいでしょう、ではそういう風にお願いします」
「うむ」
「それとこれも」
ドサッ
わきに抱えている書類総てを父上の机の上に置く。
「こ、これは?」
「俺の方に紛れ込んでいた書類です」
「いや!それならバアルがやるべきではないか!?」
父上は50センチある書類の束に恐れおののく。
「確かに俺でも処理できそうではありましたが、それは俺の立ち位置でギリギリです、これはきちんと父上の方で処理してください」
「うむ………」
父上が気落ちしていく様を見て、すこし留飲が下がった。
「はぁ!」
「ふぅ!」
それからは普通の日常が過ぎ、とある日に運動するためリンと共に訓練している。
ギィイン!
俺は叩き潰す要領でバベルを振るうが、リンは半身になり刀で受け止めたと思えば急に打ち付けた感覚がなくなる。
ヒュン
刀がバベルとの衝突を溜めに使ったため、しなりながら頬の薄皮を切る。
(デコピンのような溜めを作っているのか)
残念ながらただの身体強化のみでは避けることはできなかった。
今回は技術を鍛えるためユニークスキルを縛っており、リンに勝てるわけもなく一方的にやられていく。
「はぁはぁはぁ」
「まだまだ無駄が多いですね」
水を飲むと、いつも通りにリンのアドバイスが入る。
「確かにバアル様のユニークスキルを使えば、一撃に重きを置くのも分かります」
リンの言う通り、俺はヒット&アウェイの戦法が得意だ。
「『飛雷身』からの攻撃がバアル様の中で成り立っています、ですが収穫祭のあのレイスのような敵が出てきたらどうします?」
「まぁそこはゴリ押しで?」
「ではその相手が私なら?」
確かにリンは本気を出せば俺の『飛雷身』に対応することはできる。
「その時のためにバアル様は重い一撃に頼らない戦い方を習得しなければいけません」
「そうなんだけどな」
俺のメイン武器がハルバード型なのでどうしても重い一撃に重きを置かざるを得ない。
そんな中で連撃を意識するとなると、相当な難易度になるのだ。
パチパチパチ
拍手の方に視線を向けると、俺達と同じく訓練用の衣装に着替えたネロがいた。
「素晴らしい腕前ですね。もしよろしければ私も参加させてもらえませんか」
「……………リン、頼む」
いい機会だと判断しネロも加える。もちろん信用したわけではないのでリンにやらせるが。
「わかりました」
場を整え、リンとネロの模擬戦が始まる。
「まずは条件として、共に木製の訓練用の武器をしよう、魔法は無し、ユニークスキルは使用不可、スキルに関しては問題なし、異論は?」
「「ない」です」
「では、はじめ!」
俺の言葉と共に、二人は動き出した。
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