第116話 【念話】の理屈

 祭りが終わってからグロウス王国に戻るまでは俺たちは暇になる。なのでアルムに頼み込み、精霊魔法を習いたいと申し出たのだが。


「……なんでここにいる?」


 指定された訓練場に行くと、そこには動きやすい恰好をしているアルムの姿があった。


「いや~さすがに体を動かさないとと思ってさ」


 ここ数日ずっと書類仕事のみをしていたので動きたいらしい。


「新しい王が他国の客人と訓練か?」

「大丈夫、今日は貸し切りにしてあるから」


 アルムの言う通り訓練場には誰もいない、しいて言えば観客席にアルムの護衛らしきエルフが数人いるだけだ。


(ここで下手な行動をすれば矢が飛んでくるだろうな)


 敵意むき出しではないが少し緊張している様子だ。なにせ友好的ではあるが、相手はつい先日までは敵対していた人族だ。気を抜いているエルフがいればそれこそ問題になる。


「大丈夫だよ、下手な行動をしなければ何もないから」


 アルムは断言する。おそらくはあの護衛もアルムの派閥からしか選んでいないのだろう。


「なら安心だ」


 だが最低限の警戒は解かない。あそこにいる護衛がいつ反アルム派になるか予想がつかないからだ。










 精霊魔法を習いに来ているのは俺のほかにセレナとノエル、カリンの三名だ。ついでに護衛としてリンもいるがアルムの護衛と共に観客席に座っている。


「まずは全員精霊を呼び出してみて」


 俺はイピリアと呼ぶと半透明なイピリアが目の前に現れる。


『なんじゃ急に呼び出しよって』


 イピリアを呼び出すが、ほかの三人を見るが呼び出せていない。


「よし、全員呼び出せたみたいだな」

「は?」


 思わず口をはさんでしまった。


 なにせ俺の目では三人の精霊がいるようには見えないからだ。


「呼び出せているのか?」

『阿呆、顕現しない限り、契約者以外に姿は見えぬわ』


 だがアルムは見えている、いや――


『エルフなんだから魔力が見えるに決まっておろう』


 魔力が見えるエルフにはそれぞれの精霊が見えているとのこと。精霊が魔力を持っていると考えれば当たり前と言えば当たり前だった。


「うん、基本契約した精霊は本人以外に見えないからね」


 イピリアと同じような説明がされる。


「まずは顕現のやり方、これは簡単だ、精霊に魔力を流し込むだけ」


 じゃあやってみてと言われるので、イピリアに向かって魔力を流し込む。すると半透明だったイピリアがくっきりと浮かび上がった。


「バアルは問題ないね」


 次に成功したのはノエルだった。


「君も合格」


 ノエルの周りには以前見た藍色の光りの玉が浮かんでいる。そのあとはセレナ、カリンも顕現させることができた。


「それで顕現って実際何が起きるんだ?」

「ん?ただ見えて聞こえて触れるようになるだけ」

「それだけ?」

「もちろんそれだけじゃないけど、特性を持っている精霊以外はこれだけだね」


 以前にも説明されたが特性を持つ精霊は一度でも精霊王になったことがある精霊のみ、つまりほぼ使い道はないのと同義だ。


「………そういえばお前の特性ってなんだ?」


 イピリアを眺めながら聞いてみる。


『ふふん、儂の特性は2つある』

「四回精霊王になったんだよな?なのに2つだけ?」

『仕方ないじゃろ!最初の二回は水・風属性を得るのに使っちゃったんじゃ』


 詳しく聞くと精霊王から転生するとき祝福ギフトが与えられる、その祝福ギフトはほかの属性を得ることか特性を得るかのどちらかしかないらしい。でイピリアは属性を獲得する方を先決してしまったとのこと。


 だがアルムの表情を見るに、それはどうやら悪手らしい。


「本来は特性を得てから同じ属性の精霊と差をつけてからほかの属性を得るんだけどね」


 そうしないとただ二つの精霊と契約すればいいだけになってしまうからという。


「それは後々二人の時にでも聞いておいてよ」


 時間が惜しいとアルムは説明を続ける。


「さてもちろん顕現させたのにも理由はあるよ、顕現させると意思がはっきり伝えやすくなるんだ」


 これはバアルにはあまり意味がないことだけどね、と付け加えられる。


 三人は意思のない低級精霊なので顕現させないと訓練しにくくなるという。


「それじゃあ本格的に精霊魔法を教えるよ」









 精霊魔法というのは一言でいうと“願う”こと。


「発動したいイメージを精霊に伝えて、魔力を受け渡す、それだけで」


 アルムの背後に、火、水、土、風でできたアルムそっくりの人形が出来上がる。


「これはそれぞれを俺の形にしてくれと皆に頼んだからだ、だから」


 今度はそれぞれが分裂し球となそれぞれの属性が俺たちの周りを飛び始める。


「まずは同じように、それぞれの属性の塊を自身の周りに浮かべてごらん」


 ということでイピリアに向き合うのだが。


『お主はする必要ないぞ』

「いや、練習したいんだが………」


 イピリアは訓練するつもりはないと言う。


 横目で三人を眺めると、声に出して自身のイメージを何とか伝えようとしていた。精霊術を使いこなすようになるならあのように練習する必要があるのと考えるのだが。


『あの小僧、意地の悪い性格だな』


 イピリアもその様子を見ており、同時にアルムの事をいじわると評価する。


「いじわる?どういうことだ?」

『どうって、こんなもの【念話】を使えば何も問題ないだろうに』

「【念話】?」


 アグラや千年魔樹エンシェントトレントが持っていたものだな。だがそれが精霊術と何が関係あると言うのか。


「さすがにイピリアには通用しないか」


 その様子を見ながらアルムが近づいてくる。


「なぁ、【念話】ってなんなんだ?」


 言葉だけで言えば音を使わない会話手段に聞こえるが……。


「簡単に言えば言語の通用しない相手と意思疎通を指せる術ね」

「…………言語の通用しない?」


 アグラやネア、千年魔樹エンシェントトレントやウルは今話している俺たちの言語を言っているわけではないという。


(言語を理解しているけど発音できないから念話を使っているんじゃなかったんだ)


 ただその手段がわからない。


「どうやっているんだ?」

「そうだね~~~」


 アルムは期待するような目でこちらを見てくる。


「わかった、訓練を頼んだ分とは別にもう一つ貸しにしてくれ」

「了解」


 そうして説明を始める。









「まず、いま僕たちが使っている言葉というやつは三つの部分が必要になる」


 アルムは指を立てながら説明してくれる。


「一つ目が共通の知識、単語とそのイメージが合致していること」


 相手に伝えたいイメージの単語を理解していること。例えば『歩く』と聞くと、足を動かして前に移動することを指すようにだ。


「二つ目が文法、正しく単語を繋ぎ合わせる方法を知っていること」


 もちろんのことながら文法を知らないと単語の意味だけ知っても大雑把にしかわからない。


「最後に正しい発音」


 これは言わずもがな、間違った発音で違う単語に聞こえてしまえば伝えたいことは全く異なる。


「これらがすべてそろって準備が完了だ、次に」


 アルムは土で出来た絵を自身の頭の上で浮かべる。


「これがバアルに伝えたいことだ、そしてこれを単語という欠片にする」


 土の絵は欠片に分解される。


「そしてこれを発声により相手側に伝える」


 欠片が一直線に俺の頭の中に飛んでくる。


「それで相手側の頭の中で単語の意味、文法などでつなぎ合わせる」


 欠片が頭の上で繋ぎ合わせる。


「これが人にイメージを伝えるための言語という手段だ」


 言語とはジクソーパズルといっても過言ではない。


 頭で考えている絵を単語のピースに分解して、相手に受け渡し、相手側でピースを繋ぎ合わせて目的の絵を完成させ意図を伝える


「だがこんなものめんどくさいと思わないか?」


 すると土の絵が消えていく。


「だから【念話】というのはこれを根本的から覆すんだ」


 再びアルムは頭の上で絵を作り始める。


「相手に伝えたいことを思い浮かべるのは同じここからは少し工程が違う」


 次にその土壁を水で覆う。


 そして水は俺の上に移動すると土の絵と同じ形になり氷となる。


「……………イメージ自体を相手側に転写する?」


 予想を口にすると、正解といった風にアルムは笑う。


「なるほど」


 イメージ自体の転写、考え方はわかる。


 これならばイメージがあればいいだけなので相手の言語を知っている必要もなくなる。


 だが、肝心のそれを行う手段が見当もつかない。


「やり方は簡単だ」


 アルムは俺の額に指を当てる。


「こうするだけ」

『こうするだけ』


 聞こえてくる声と頭に響いてくる声が二重に聞こえる。


「それのやり方を知りたいんだが」

「簡単だよ」


 それから地面に図解してくれる。


「まずは自身の頭の中に他人でもアクセスできる領域を作り出す」


 地面に描かれている絵の頭にもう一つ脳みそが描かれる。


「そしてそれを相手側につなぐ」


 浮かんだ脳みそが切り離されてもう一人の人型の頭につながる。


(なるほどUSBメモリや外付けハードディスクのような外部記憶ストレージか)


 確かにそれなら納得の方法だ。


「実践してみようか」


 アルムは魔方式を地面に描く。


「この魔法を使ってみると言い」


 アルムの言う通りに魔法を組み立ててみると頭の中に空白の部分が生まれるのがわかった。


「できたね?ならそこに自分の伝えたい絵、意思を書き込む」


 言われたとおりに何を伝えたいかを考える。すると空白の部分に伝えたい事が書き込まれていく。


「最後にこれを相手の頭に同期させる、そしてこれが一番難しいんだ」

「アルムは難なくできていたみたいだが」

「これでもかなりの修練を積んだんだ、さぁやってごらん」


 それから何とかアルムに同期させようとしているのだが、なかなか伝わらない。


「最初は相手方の額に手を当てながらのほうがやりやすいよ」


 アルムの額に手を当てる。


 そして気づく。


(………これは脳波に同期する要領なのか?)


 アルムの脳波を意識し、もう一度送ろうとしたら何かがつながったのがわかった。


「伝えたい事は『感謝する』かな?」

「合っている」


 無事に送ることができたようだ。


 そしてその後は少しずつ距離を取り、何とか1メートル離れた場所から【念話】を送ることに成功した。


「ここまでくればあとは慣れだから頑張ってね」

「感謝する」

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