第115話 打算のみの関係

 エルドとイグニアの争いは、一言で言うなら第一王妃が死んだのが争いの原因だ。


「なんで?」


 まぁいろいろと省くがグロウス王国の王妃は俺が生まれる数年前まで、本来はその一人だった。


「え?そっちでは王妃は一人なの?」

「まさか、その王妃が子を生せない時のために普通は・・・複数の王妃を娶る」


 だが陛下はそれを頑なに拒否し、一人の王妃しか娶らなかった。


「なぜ?」

「そこは知らん、特殊性癖がちょうど合致したとかでは?」


 そこの真相は俺も知らない。


 だけどその王妃との間には三人の王女しか生まれなかった。


「あっ話が見えてきた」

「そう、第一王妃が死んだことにより新しい王子を作ることができなくなった」


 そうなると陛下も仕方ないと第二王妃と第三王妃を同時期に娶ったわけだ。


「ちなみにだけど第二と第三の違いは?」

「勢力、派閥の違いだな」


 唯一の寵愛を得ていた第一王妃がいなくなったならばと様々な派閥が動き王妃を斡旋した。そして力関係はほぼ同じ、なので別段第二第三で権力の差などはなかったに等しい。


「なるほどね、それで」

「そう、さらにはエルドとイグニアが同じ年に生まれてしまったわけだ」

「第一王妃の子を女王にしようと思わなかったの?」


 ノストニアではどうだかわからないが、グロウス王国ではできない。


 なにせ人族ヒューマンは弱い。さらには女性は孕んでから出産まではとても危険な状態が続き、場合によっては命を落とす。そんなことになれば国は大荒れだ。


 子を成さないこともできない。なにせ国にとって次の代表を作り出すのは必須、なので避けては通れない。


 その点


「男だったら出すだけ出して終了だもんね」


 そう、一人の王妃が子を宿していても、ほかの王妃と子作りができる。言い方悪いがこれが事実だ。


「まぁその分継承位争いが生まれそうだけどね」

「そこは仕方がない。王系が全滅して貴族たちがそれぞれ国を興すよりはよほどましだ」


 なので第一王妃の子を王に仕立てようとする勢力はなく、第二第三王妃が同時期に王子を出産してしまった。


 そしてお互いの派閥が欲を出し、それぞれ陛下にしようとしたためこのような事態に陥っている。











「はぁ~納得」

「話している方も本当に頭が痛い」


 だが起きるべくして起きた問題なのだ、仕方ないと言えば仕方がない。


「で、今の勢力はそれぞれどんな感じ?」

「ほぼ互角、しいて言えば第一王子側がほんの少しだけ優勢だな」


 それぞれ西と東に勢力圏を築いており、今は寝返り工作や無所属を取り込もうと必死になっている。


「バアルのところは」

「中立だ、どちらのが陛下になっても尽くすと約束している」

「まぁ無難だね」


 リスクもリターンもゼロの立ち位置。


(いや、なんで協力しないんだって少しは恨まれるか)


 ということでほぼゼロリスク、ゼロリターン。


「それじゃあ北の部分はどうなっているの?」

「アズバン家は後継者争いに参加しない、いや、できない」


 アズバン家は外務大臣つまりは他国と強いつながりがある。


 自身の懐に入られると他国に情報が漏れ出るリスクが生じてしまう。


 それだけは国として、してはならない。ネンラールもクメニギスも隙を見せたら食らいついてくる仮想敵大国なので外務大臣であるアズバン家は継承位争いに参加させないのが暗黙の了解だ。


「それじゃあバアルはモテモテだろうね」

「嫌なモテかただけどな」


 俺は中立を崩すつもりはない。


 なにせお互いの派閥が蹴落とすために何をやるのかわからないのだから、監視者をする派閥が必要になる。


「これで話せるところは全部だ」

「ありがとう、参考になったよ」


 これで現状の説明を終える。










「ひとつ聞きたいんだが」


 受け取った果実を亜空庫にしまうと、アルムは神妙な顔つきになる。


「君から見てクラリスはどうだ?」

「どうだ、とはどういう意味だ?」


 意味合いの捉え方によっては侮蔑になってしまう。


「まぁ腕は立つな、正直王族じゃなかったら雇い入れたいぐらいだ、まぁエルフだからこっち来てくれるとは思えないが」


 王族に対して失礼だとか言われるかもしれないがこの場所には俺とアルム以外いない。言葉を選び問題ないように話す。


「マイナス印象がなくて安心した、というわけでクラリスと婚約してくれないか?」

「…………ん?」


 耳に入った言葉は理解できなかった。


「すまんもう一度言ってくれ」

「だからクラリスの婚約者になってくれ」


 少しの間思考が停止する。


「実はな、クラリスをそっちに派遣しようと思っている」


 アルムの意図を考えこむ。


(人族の理解を深めるために大使にするということか?)


「………………確実に派閥争いに巻き込まれるぞ?」


 ただですら様々な勢力を取り込もうとしている殿下たちなのだ。


「そう、だからバアルに協力してもらいたいんだ」

(………………なるほど、つまりは婚約したという形でクラリスを庇護してくれというわけか)


 手段としてはアリだ。


「わかった」

「助かるよ」


 あくまで婚約であって結婚ではない、最終的には破棄するつもりだろう。そう考えればクラリスがグロウス王国内で自由に動くには最適な盾となる。もちろんゼブルス家としてもノストニアの王族と近しい関係に成れる。そこから生み出される利益はかなりの物となるだろう。


「最終的にはどうするつもりだ?」


 アルムの本意を確かめる。まさか本当に結婚させるわけではないだろう。


「まだ決めていないよ、とりあえずはグロウス王国で人族ヒューマンの生活について調べてもらうつもりだ」


 調査員の役割が強いとアルムは言う。となれば本当に実を守る盾としての役割が大きいだろう。


「しかし、クラリスが頷くか?」


 だが一つ問題がある。普段の様子を見る限り俺との婚約なんて拒否しそうな点だ。


「理由を話せば、クラリスも納得してくれると思うよ」


 何の問題もないとアルムは言う。クラリスはああ見えても樹守としての立場もある、そう考えれば任務のためにと割り切って婚約だけは受け入れる可能性があった。


「まぁこちらとしてはノストニアとの友好を示せるから問題ない」


 こちらとしても問題がないので間に話が進んでいく。だた当の本人はこの場にはいなかった。













〔~アルム視点~〕


 バアルが城を出ていくのを確認すると部屋にクラリスを呼び出す。


「―――ということでクラリスはバアルの婚約者になってもらうよ」




「ふざけんな!!!」




 僕は端的にクラリスに伝えると案の定、かわいい妹は紅くなりながら叫ぶ。


「アニキにもいろいろな考えがあるのもわかるけど!ちゃんと納得のいく説明をして!!」


 何とかなだめて理由を話す。


「つまり、婚約者というのは人族ヒューマンの世界で面倒ごとに巻き込まれないようにする免罪符ってこと?」

「その通り、説明した通りクラリスには人の世界の情報を調べてきてもらうつもりだ」

「だけど下手すれば継承者争いに巻き込まれるからバアルの庇護の証拠に婚約者という体裁をとるわけ?」

「そのとおり、僕としてはそのままお嫁に行ってもいいんだけどね」

「…………とりあえず保留で」


 僕は思った反応とは違ったことに驚きを隠せない。


「なによ?」

「いや、そこは“あり得ないわと”か言いそうだったからさ」


 可能性がないわけでもないのか。


(なら少しは安心していいのかな)


 クラリスは精霊と契約することができない。


 そのためこの国では王族ということを加味しても過ごし易い環境とは言えない。だがクラリスは王族だ、年齢をとればおのずと結婚の話も出てくる。だがその時になっても精霊と契約していないクラリスはどうだ。精霊と契約して一人前と判断されるのに契約できないクラリスと結婚しようとする人物があらわれるだろうか?


 もちろん僕との血縁ということでクラリスを望む相手もいるかもしれないがそんな関係などいずれは破綻する。なにより肉親にそんなことはさせたくない。


(幼馴染がいて、ともに愛を育んでいたら話は早いんだけど)


 いないものを考えても仕方がない。


「樹守リアナ・クラリス・ノストニアに新たな任務を言い渡す」


 クラリスは言い回しに気づいて姿勢を正す。


「グロウス王国に入り人族ヒューマンの生活模様を観察してきてくれ、そのためにバアルに協力を取り付け婚約者という状態にした」

「はい」


 任務となればクラリスも文句は言わない。


「そして十分に人族ヒューマンを熟知したと思ったら、自身の判断で婚約を破棄、ノストニアに帰国することを許す」

「はい」


 かわいい妹なのだ、追い出すわけではない。


 外の世界を見て見聞を広めてほしい。


 そしてどうか幸せになってくれ






 僕の贖罪・・・・のために。













〔~バアル視点~〕


「改めまして、バアルの婚約者になったクラリスです、よろしくお願いします」


 翌日、クラリスが訪ねてきたと思うと全員を呼び出し、こう切り出した。


「ほぅほぅほぅ」

「まぁまぁまぁ」


 父上と母上はとてつもなく喜んでいる。日頃は何も言わないが内心では俺に婚約者がいないことに焦ってもいたのだろう。


「いつの間にそんな話に?」

「昨日アルムに呼び出されたときにそんな話が出たんだよ」


 リンが戸惑うのも無理はない。なにせ俺でさえここまで早く話が進むのは予想外だった。


「確認なんだが、すでに先王様と皇太后様には許可を取ってあるのか?」

「もちろんよ、アニキが根回し済みだったわ」


 アルムもアルムで婚約に必要な手順は踏んでいる様子。それならこちらとしても文句はない。


「グロウス王国で不自由はさせないと約束するよ」

「ええよろしく」


 俺とクラリスは握手をする、ともに様々な思惑を抱きながら。

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