第42話 環境がそろえば厄介な

 月が見える夜、俺とクラリスは山の一部に隠れている。


「……来た」


 徐々に降りてきている雲が月に照らされると山の一部に覆いかぶさるように広がり、次第に消えていく。


 その後を追い、遠目から観察できる場所で成り行きを見守る。


 雲が完全に消え去ると中から現れたのは灰色の鳥。形は白鳥やアヒルに似ていて、尻尾は大きく広がれるようになっている。


 そして特徴的なのは尾の横にある二つの長い羽だ。


「アレがそうか」


 鑑定したいが奇襲が失敗になる可能性がある。そのため遠目で眺めているしかやることがない。

 

「で、ダンジョンコアはどこだ?」


 アグラの情報が正しければボスの近くにあると聞いていたが。


「……あれじゃない?」


 クラリスは壁に埋まっている水晶を指さす。指さされた水晶には以前に潜ったダンジョンにあった水晶と似た模様が描かれていた。


「なるほど、じゃあ計画通り朝まで待つとするか」


 何も別に厄介な奴がいる時に壊す必要はないので俺たちはあいつが飛び立つ朝まで待つことにした。








 空が赤らみ、朝日が山を撫でると、ようやく動きがあった。


「……動いたな」


 鳥が身震いすると同時に朝霧が生まれる。


「これがあいつがばれなかった理由か」


 昼間は空を飛び身を隠し、夜は寝床にて眠る。アグラの活動時間は主に日が出ている間、つまりは鉢合うことほぼない状態だったわけだ。


 しばらく観察していると霧自体が動き始める。


 霧はそのまま空に上がっていき雲としての動きをしだした。


「まさか霧を纏ってそのまま空に飛ぶとはな」


 一応、霧も雲も似たようなもの。となれば不自然には思えない。


「ほら、さっさとコアを壊して上に戻るわよ」

「了解だ」


 俺とクラリスはダンジョンコアが見える岩場の近くに移動する。


「売ったら高値が付きそうだな」


 ダンジョンコアは大きな水晶の中に魔法陣らしきものが刻まれておりとてもきれいだ。


「こっちは当たりだったな」


 ここには俺達しかいない、なぜならアグラベルグには自身の仔を探してもらっている。なにせダンジョンを壊すとなればこの場所も無事では済まない。犠牲になる前に見つけられればそれこそ一番最善な方法だ。そのことをクラリスが提案すると、アグラは受け入れて礼を言った。いくら聖獣でも情はあるのだろう。


 それに雲の算段が外れている可能性があったので、アグラベルグには仔の捜索と同時に隠密の高い魔物がいる可能性も当たってもらっている。


「(俺たちは探知系のスキルがないため、こっちを担当するしかないからな)さっそく壊すとするか」


 険しい山道を進み、ダンジョンコアに向かっていると周囲に違和感が現れる。


「なんで急に霧が」


 急に辺りに霧が立ち込めてくる。頭上を確認するといまだに雲は空を泳いでいた。


 不思議に思っているとさらに霧は濃くなり俺とクラリスを包んでいく。


 ヒュン

「っ!?」


 何かが横切った音と同時に肩に切り傷を付けられる。


「クラリス!!」

「私じゃないわ!!」


 すぐさま俺たちは背中合わせで構える。


「ねぇ、これって」

「嵌められたな」


 あの鳥は俺たちのことに気づいていた。そして空に飛び去ったと誤認させて、罠を仕掛けた、と考えるべきだ。


(霧の中、つまりあいつの得意なフィールドに早変わりか)


 現に一切の姿を見せずに攻撃している。


 霧を吹き飛ばしたいがここまで広範囲に広がっているなら多少の風などでは意味がないだろう。


(先にダンジョンコアさえ壊してしまえば)


 無視してコアをこわそうとするのだが、すでに一メートル前すらギリギリという濃度だ。下手に動いたら転落してもおかしくない状況なので、うかつに動けない。


「クラリス、探知系のスキルは?」

「ないわ」

「だよな………敵の魔力は?」

「無理、魔力で作った霧だから判別付かない」

(………これなら一人の方がよっぽどやりやすいな)


 逃げるだけなら一人でできるし、何よりこうゆう状況だと広範囲攻撃が有効なのだがこいつを巻き込む可能性がある。


 ヒュン

「っっっっっ」

「おい、大丈夫か」

「ええ、少し傷をつけられただけよ」


 どうやらクラリスも傷を負ったようだ。


(しかし、本当にまずい)


 俺たちは完全に動けなくなっていた。


「……クラリス、魔法は使えるか?」

「ええ、光闇以外なら少しは」

「なら風魔法でこの霧を取り払うことはできないか?」

「……厳しいわね使えるのは『風刃エアカッター』『追い風テールウィンド』『風鎧ヴェントゥスアーマ』の三つよ」


追い風テールウィンド』は風の強化魔法、『風鎧ヴェントゥスアーマー』は風の防御魔法だ。


(もう少し強い魔法があればよかったが)


 本当なら強風でも起こして霧を晴らしたかったのだが、無いのなら仕方がない。


「エルフは耳がいいのは本当か?」

「ええ、人間よりは断然いいはずよ」


 ならばやりようがあるな。


「クラリス少し響くかもしれないから気を付けろよ」

「な、何をするの?」

「こうする」


 パン!!


 強く掌を叩き音を出す。


「……………そういうこと!!」


 どうやらクラリスも何がしたいか理解できたようだ。


 クラリスも同じように掌を叩き耳を澄ます。






 今やっているのはエコーロケーション、つまりは反響定位を行っている。


 これは蝙蝠やイルカ、クジラ、シャチなどが行っているもので各方向からの反響を受ければ、周囲のものと自分の距離および位置関係を知ることができる。


 これは鋭い聴覚を持っている者ならできる可能があり、視覚に近い役割を持つ。


 本来ならこんなことはできないのだが、【身体強化】の応用で耳、つまりは聴覚だけを強化すると、これと似たようなことが出来る。


「近くにはいないみたいね」


 今回は耳がいいエルフがいてくれて助かった。


「俺達だけでは厳しい。アグラベルグが必要になる」


 アグラならいくつかの探知系スキルを持っていたはずだ。


「そうね、今のうちに霧の外に移動しましょう」


 クラリスもこの考えには賛成してくれる。来た道を戻り、霧を抜けそうとするのだが。


「あれ?」

「どうした?」

「道がない」


 来た道を戻ろうとしたのだが道が途切れている。


「方向を間違えたか?」

「いえ、足跡を辿ってきたから間違ってないはずよ」


 ということは。


「壊されたか……」


 再び警戒をする。


「逃げ場はなくなった」

「じゃあ戦う?」

「それもありだが、最初の目標のほうが楽だ」

「……ダンジョンコアね」


 後ろに引けないなら前に進むしかない。当初の目的通りコアの破壊を行う。






 パン、パン、パン


 クラリスが手を叩きながら進んでいく。


「……こっちね」


 俺にはわからないけどクラリスには周囲の様子が理解できていた。


 パン


「あれ?」

「どうした?」

「ううん、なんでもない」


 違和感を感じたのか少しクラリスの足が鈍る。


 そしてその瞬間クラリスの頭上に暗い影が落ちる。暗い影から足が伸び鋭い爪で――


「クラリス!!」

「え……」


 ジャク


 切られた音ともに何かが地面に落ちる音がする。


 アァアアアアアアアアア!!!!!!!!!!


 甲高い悲鳴が周囲に響き渡る。


「クラリス、おい!クラリス!!」


 バベルで切りかかるとすぐに影は消えていく。


「おい、大丈夫か、おい!!」

「ぅぅうううぅぅう」


 クラリスの様子を確認すると体のある部分が無くなっていた。


「み……み、みが」


 エルフ特有の長い耳が無くなっている。


「おい、ポーションは持っているか?」


 普通のポーションでは耳を直すことはできないが、止血程度には役立つ。


 クラリスは首を横に振る。


 残念ながら手持ちにポーションは無いようだ。


「じゃあ治癒魔法を使えるか?」


 コクコク


「じゃあそれを自分に使うんだ」


 クラリスは手に魔法を集中させ、治癒魔法を発動させる。


「どうだ?」

「……えぇ、問題ないわ」


 血が止まり、傷が塞がっている。


「………私の耳はそこにある?」

「ああ」


 落ちている自分の耳を渡すと大事そうに抱え込む。おそらく長い耳に何かしらの誇りでもあるのだろう。


 クラリスはそれを失った。


(再起は無いかもしれないな)


 だが予想と違い、クラリスは立ち上がる。


「……ふぅ、コアを破壊するわよ」

「あ、ああ」


 耳をポッケに仕舞うと再び集中する。


 パン


「……あれ?」


 パン


 それから何度も手を叩き、周囲の音を聞こうとしているのだが、なにやら様子がおかしい。


「どうした」

「………わからない」

「なに?」

「周囲がわからないの………」

「……そういうことか」


 先ほどの一撃は偶然ではなく、計画的に行われたものだろう。おかげで俺たちは周囲の状況がわからなくなった。


(これじゃあ最初よりも悪い)


 逃げるための退路すらなくなった。では前に進むしかないが、クラリスの耳が無くなったことにより地形の正確な把握ができなくなっていた。


 ケッケッケッケ!!


 霧の中に鳥の鳴き声らしきものが響き渡る。


(このままじゃ俺らが先に力尽きる)

「??あれはなに?」


 クラリスの向いている方を見ると視界の隅に何かの影が動いている。


(なんだ?)


 その大きさがあの鳥のサイズではない。せいぜいが柴犬ほどの大きさだった。


 ナォウ、ナォウ


 霧の中から現れたのは黒い子ライオンだ。


(こいつがアグラベルグの子供か?)


 背骨から尻尾にかけては爬虫類のようになっていることからアグラベルグの子だと推測できる。


 ナー!!


 子ライオンは霧の奥に進んでは戻ってくる動作を繰り返す。


 ナー!!ナー!!


 今度は怒ったように鳴く。


「……ねぇ付いてこいって言っているんじゃないかしら」

「………」


 まさか、とはいいがたい、現にアグラベルグは俺たちの言葉を理解していた。


「わかった」


 こちらの意図が伝わったのか何度かこっちを振り返りながら進んでいく子ライオン、そしてその後ろをついて行く俺達は壁際まで連れていかれた。


 ナォウ!!


 子ライオンは一声鳴くと壁の隙間を進んでいく。


「ここか」

「私たちならギリギリ入れそうね」


 俺たちなら身をかがめればギリギリ入れるサイズだ。


 ケッケッケッ!


 背後からあの鳥の鳴き声がする。


「考えている時間は無いようね」


 クラリスはためらわず中に入っていく。


「仕方ないか」


 毒ガスや、中に酸素のがあるか、とか考えてる暇がない。


「暗いな……」


 唯一の光源が外の光だからほんの少ししか照らされていない。


 安心したのもつかの間


 ゲッゲッゲーー!!


 入り口から鳥の足が入れられてガリガリと出口を削る。足により光が遮られて中がより一層暗くなる。


 ホラー映画ならとても怖いシーンだが、これは映画ではない。


「馬鹿が!!」


 壁を削ろうとしている足を掴み、最大限の力を出して洞窟に引きずり込む。



 ミシミシミシミシ

 ゲーギャー!?!?!?!?



 なにかが引きちぎられそうな音と共に鳥の悲鳴が聞こえてくる。


「さらには全力で『天雷』!!!!」


 出口に鳥の足に向かって全力で放つ。


 ギィ………ギィ…………


 次第に足は動かなくなり、最後には足が動かなくなった。


「……死んだか?」


 警戒していると足が塵となって消えていく。


「……問題ないようだな」


 外に出ると鳥が死んだおかげか霧が晴れていた。


「ちなみにこいつはどんな奴だったんだ?」


 戦利品の残った羽を拾い上げて鑑定してみる。


 ―――――

 ミストガルーダの霧生羽

 ★×4


【魔霧放出】


 ミストガルーダの羽、観賞用にも使えるが装備の素材としてはかなりのもの。この素材は魔力を流すと霧を発生させる特徴を持つ。

 ―――――


(ミストガルーダ、ね)


 残念ながら死体は数枚の羽根を残し消えていた。


 しばらくすると子ライオンを抱えた、クラリスが出てくる。


「倒せたの?」

「ああ、霧の中は強いみたいだけど姿が見えているなら雑魚だったみたいだな」


 実際、『天雷』を食らわせた段階でかなり弱っていたからな。


「……それなら」


(怪我をする前に倒してほしかった、か)


 残念ながらクラリスの耳はすでに切り落とされてしまっている。


(エリクサーぐらいを使わないと元には戻らないだろうな)


 普通のポーションでは傷とを塞ぐことはできても、再生させることはできない。できるとしたら希少価値の高い、霊薬と呼ばれる類の特殊な薬品ぐらいだ。


 残念ながらこれについては謝るつもりがない。


「さて、ダンジョンコアは」


 依然として壁に埋まったままだ。


「さっそく壊すとするか」


 バベルを振り上げ、ダンジョンコアを破壊する。




 バギッ!


 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!






 ダンジョン全体が揺れ動く。

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